8.星に還る3
まだ肌寒い季節ではあったが、日が高くなるにつれ、王宮のテラスでも暖かさを感じられた。
謁見の間の南の扉を開放し、キナリスとルイ、大臣たちはテラスに席を作っていた。
キナリスの、丁寧な説明に、ルイは、ふんふんとうなずく。大臣たちは、話が進むにつれ、回りを見回し、何か言いたそうにもぞもぞする。
キナリスが、各国に点在する遺跡の話に移ったときに、ついに髪の薄くなったでっぷりとした大臣が口を挟んだ。
「恐れながら、陛下。その、先ほどからのお話、私めには想像もつきません。」
キナリスは、口元を緩ませ、珍しく怒鳴りつけない。
「信じられないのも無理はない。だが、真実だ。我が皇族にのみ言い伝えられる五百年前の話と、シンカがもたらしたものとは完全に一致した。遺跡に入れば分かる。」
「しかし、そのような怪しげな者、信用できるかどうか。」
なおも食い下がる大臣に、ダンドラの王子がかみつく。
「イトスラン殿、信じるかどうかを決めている猶予はない。民を救う行動をとるかとらないか、なのだ。民を非難させ、何事もなければそれはそれでよいではないか。」
ゴホンと、咳払いして、キナリスが言った。
「こうして、ルイ殿下にも協力していただける。今、行動しなくてはならない。特使の準備はできたのか。」
キナリスの背後で、パラガスがうなずく。
「彼らに封印を説く方法を教える。遺跡に呼べ。大臣、お前たちも来るのだ。特使とともに行ってもらうからな。」
「なんと、我らが、ですか!」
「何を恐れる。シンカの話がすべてうそであれば、恐れる必要もないだろう。」
鋭い瞳で、口元のみ笑みを浮かべる聖帝は、五人の大臣を震え上がらせた。
「いえ、その、・・。」
「キナリス、人の悪いこというな。」
ルイ・ス・チューレは整った顔立ちですがすがしい笑みを浮かべた。
「私が行こう。」
キナリスは、ダンドラの王子を見つめた。なにか、ふっきれたような、重荷を下ろしたような表情だ。このことは、ルイを立ち直らせることができるのかもしれない。これが、成功すれば。
「では、ルイ。ダンドラへの通達を頼む。各地の遺跡は、偽の玉を乗せてあるのだ。本物を宝物庫から運ばせる。少し重くなるが、特使と3名で運べば、何とかなるだろう。」
「うむ。分かった。」
面白そうにルイは笑った。
「で、イトスラン、デリーニ公国へは貴殿の息子を向かわせる。」
「そんな。」
「隣国の王子が受けてくださるのに、お前たちは何もしないつもりか?お前たちには、ファシオンの各地へ向かってもらう。何、封印のとき方は簡単だ。安心しろ。民が、喜ぶぞ。大臣自らが民を救うのだからな。」
「しかし、そのようなこと、兵士にやらせればよいのではないですか。」
「この国に、余分な兵はいない。先の戦争、お前たちの中で戦場に立ったものはいるのか?」
ざわりとどよめいて、互いに視線を交し合う。
「いえ、その・・。」
「お前たちのその地位は、責務を全うするもののためにあるのだ。」
キナリスが、手元に持つ豪奢な剣と頬に赤く残る傷は、聖帝自らが責務を全うした証拠だった。反論できるものはいなかった。
キナリスの指示で、パラガスがてきぱきと大臣と特使に、護衛兵を割り当てた。各地の遺跡の地図、玉を、特使に持たせる。
「では、慰霊の塔に参れ。」
キナリスについて、一行は城の敷地の外れに向かった。
遺跡に入ると、皆、一様に緊張を隠せない様子で、不安げに見回す。
六角形の塔の中は、さほど広くない。
キナリスは言った。
「よいか、各地の遺跡は、さらに奥に通路があり、部屋が広がっている。十分、町や村のいくつかが避難できるくらいはある。ただ、さまざまな、こういった見知らぬ機械がある。触らぬよう、きつく申し渡してくれ。何が起こるか、私も分からんのだ。」
キナリスの動かした手に反応して、休止状態だったホログラムが、起動する。
「おお!」
大臣の一人が一行を取り囲むように映される映像に驚いて、転んだ。
「これが、今の我々の住む大陸だ。」
キナリスが指し示すところには、海に浮かぶ灰色っぽい土地があった。その手前の白い雲の中に、黒い塊はいた。
「これが、その脅威なのか?」
ルイが尋ねる。
「そうだ。空を飛んでいる。高いところにいるのだろう、我々の眼では見えない。これが、かつてデイラを滅ぼしたのだ。」
特使の一人がこぶしを握り締めた。
「陛下、私は、惨劇の後のデイラをこの眼で見ました。何も残らず、家々は焼けただれ、戦争よりずっと、凄惨な様子でした。何が起こったのか理解できませんでしたが、これを見れば納得できます。あれが、この国、いえ、大陸すべてにもたらされたとしたら、今度こそ、人間は死滅します。」
「うむ。だからこそ、お前たちに頼むのだ。この任務の重さを理解してほしいのだ。大臣、お前たちもだぞ。」
「はい。」
禿げ上がった頭を仕切りとなでて、驚きを隠せない大臣だが、その表情は引き締まった。いざというときに、力量を発揮できるだけの人材ではあった。
「時間がない、急ぐのだ!」
「はい。」
皆の声がそろった。
程なくして、ルイは二人の特使とともに、ダンドラに向かった。シオンより、早馬で半日走れば国境へたどり着ける。
すでに国境へは、鳥によって馬の替えを準備させていた。
ルイの心は不思議と晴れていた。肌を刺す冷たい風も、木々の間からちらちらと照らす陽光すらも心地よく感じた。
シオンを囲む丘陵地を越え、ラドラーヌの森を駆ける。途中、国境の手前の村で、水をもらうことにしている。昼を、少し過ぎた頃だ。
不意に馬が鼻を鳴らして立ち止まった。
「なんだ?」
後ろの二人の馬もいななく。
ごお、という熱い風が起こり、ルイの乗る馬は転びそうになる。危うく下敷きになるところで飛び降り、馬の体をたてに熱風を避けた。塵だろうか砂埃だろうか、赤茶けた風は視界を奪い、三人は身を低くして耐えた。
風が収まる。
前髪と顔にかかった埃を払うと、ルイは目を開けた。
立ち上がると傍らに、先ほどの特使が立つ。
「あれは、・・殿下。攻撃が、始まったのでしょうか。」
遠く、南の果てに、赤い夕日が落ちたような丸い塊が燃えているのが見えた。それは、周りの水分を瞬時に蒸発させたのだろう、空をゆがめて見せた。地に流れるように広がる燃える塊は周りの木々を焼き払いながら広がる。
湖を飲み込み、とどろく爆音とともに白い煙が立ち上った。
ここからでも、頬がちりちりと焼けるように熱い。
「急ぐぞ、この先の遺跡を開放し、近隣の民に知らせよう。ダンドラにたどり着くまでに、できるだけ多くの民を避難させるのだ。」
「はい。」
特使の顔に、真っ白な灰がかかっているのをみて、ルイは微笑んだ。
「お前、ひどい有様だ。」
「殿下も、同じです。」
くくっと笑って、ルイは顔を軽く払った。
「行くぞ!」
馬を立たせるとその背をぽんぽんとやさしく叩いて、ルイは再び乗る。
燃える火が収まったのか、あたりは急速に暗くなった。巻き上げられた水蒸気と灰は、空を多い、太陽が黒い空に白く丸く浮かぶ。その光景は、何が起こったかわからない人々を震え上がらせた。
布切れで口元を多い、漂う異様な臭気を抜けて、一行は小さな村にたどり着いた。
そこには遺跡が一つある。
村人はおびえ、皆家から出て、裏山に上っていた。
特使が彼らを呼び集め、ルイは遺跡を開放する。古びたそれは、何の音もなく宮殿にあったものと同じように静かに開いた。
その精巧さは、ルイを安心させた。ここなら、確かに大丈夫なのだろう。
村人が、入ってくる。きょろきょろと恐ろしげに見回しながら、それぞれ、今もてるすべての食糧と水を抱えて。
ルイは村人に、奥に進むよう指示しながら、通路に立つ。
幼い子供が、ルイの足元で不意に向きをかえ、転びかける。
「おい、あぶないぞ。」
子供を助け起こす。
「あの、兄さんが、まだ。」
「なんだ、村にいるのか?」
「うん、鶏とウサギを取ってくるって言って。」
「親はどうした?」
「いない。」
心配そうに、戻ろうと走り出しかける子供を抑え、ルイは子供の目の高さまで、かがんだ。
「俺が行って来る。お前はここで待っていろ。兄さんの名は?」
「ワーニム。」
「よし、待っていろ。」
ルイは、特使たちを呼び、次の村へ向かう準備をするよう命じた。
地上へ出る。
まだ、空は黒くにごり、夕闇よりずっと暗い。
ルイは、オレンジの髪を一つに束ねると、そのざらつく手触りに辟易しながら、走り出した。村に向かって。
「ワーニム!いるか?ワーニム!」
小さな石造りの家が点在する小さな村。庭先の囲いの中の鶏がケコと鳴く。
「ワーニム!」
「なんだよ!」
不意に横の小さな民家から、男の子が顔を出した。まだ、十歳くらいか。
片腕に鶏、背に食糧なのだろう、麻袋に入った荷物を背負っている。鶏が暴れる。
「あ!なんだよ、あんたが声かけるから逃げられただろ!」慌てて追い回す。
「いいから、遺跡に行くんだ!」
「けど、あいつ鶏のスープ好きだから!」
「仕方ないな。」
隣の家の庭に入り込んで、生垣の下に逃げ込んだそいつを、二人で挟み撃ちにする。
ばたばたと暴れる鶏の足を持って、ルイは笑った。
「ほら、逃がすなよ。」
「ありがと、おっさん!」
少年は、かけていく。その声と顔は、一瞬シンカと重なった。
出会った頃の、幼いシンカと。
懐かしさに、ルイは微笑んだ。
ピシ、と空気の割れるような音が鳴り響いた。
空を見上げる。すぐ目の前に、火の塊が盛り上がる。熱風が、何もかもを、飲み込んだ。