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1.はじまりの予感4


地球の首都、ブールプール。

そのほぼ中心に位置する、ルール・ス・ウェッス大学。いわゆるブルジョアの子女が通う、政治力は地球でもっとも強いといわれている大学だ。

この日、一年でもっとも大きな行事である、卒業式が行われていた。


大学の講堂での一通りの式典が終わると、千人を超す卒業生たちは思い思いに中庭に用意されたガーデンパーティー会場に向かう。

夏の空はまだ昼の色を残し、まぶしい日差しが芝生の緑を白く光らせる。

広い庭園に大理石の彫像、そこから静かに流れる噴水。まだ人が電気も発明していなかったころに作られたという美しい彫像は、羽の生えた天使と海神を表現した魚のような生き物で、それに囲まれた優美な曲線の泉。たたえられた水がきらきらと輝き、ミンクは目を細める。今日のワンピースはとてもお気に入りなのだ。それだけでもうきうきする。でも今日は、卒業の日ということよりもパーティーにシンカも出席してくれることのほうがうれしかった。

今まではどんな行事でも、彼が参加してくれることはなかった。警備上の問題もあったが、とにかくメディアがうるさかった。

ミンクが落ち着いて大学に通えるように配慮してくれていた。

それも今日まで。

「ミンク。」

仲良しのアレクトラだ。彼女の今日のドレスは、藍色のきりっとしたマーメイドラインのもので、彼女の長身に映える。

「アレクトラ、先輩は?」

彼女とお付き合いしている一つ上のスード・キトラ先輩が、今日はエスコートしてくれると聞いている。

「あそこ、よ。ほら。」

指で示すほうを見ると先輩は泉の向こう側で、大勢の学生たちに混じって話している。その隣に、金色の髪の後姿がある。今日は、きりっとした帝国軍の式典に使うような礼服で、その白い服は彼の髪の色に映える。

どきりとする。

こちらをふりむく。

蒼い瞳が、微笑んだ。手を振ると、周りに集まっていた全員の視線が、ミンクに集まった。

頬が火照るのを感じる。

「やだ、なんだか、緊張しちゃうよ。」

「わたしまで、どきどきしちゃった。行こう。」

アレクトラに手を引かれて、人の波をかきわけて歩く。シンカの周りにはたくさんの人垣が出来ていたから。途中から、皇帝の親衛隊長フェンデルさんが、ミンクのためにスペースを開けてくれた。回りの視線が痛いほど注がれた。そばまで行くと、シンカが肩に手を回し、そっと頬にキスしてくれる。

「卒業おめでとう。それ、かわいいな。」

真っ赤になるミンク。そばにいたほとんどの女性も何だか頬を染めている。

それほど、シンカの存在は、人目を引いた。絹のような白い肌、蒼い瞳、笑うと人懐こい愛嬌のある、美しい表情は、見るものの心を奪う。

いままで、あまり感じたことはなかったが、そこにいるだけで周りの誰もが見つめている。挨拶された教授は、髪のない頭まで赤くして嬉しそうに握手している。


ああ、皇帝陛下、なんだな。


改めて、ミンクは実感していた。

いつもは、冷やかしてくる女の子たちも、からかう男の子たちもシンカを目の前にして大人しい。

数人の学生が意を決したように、二人の前に来た。

一人の男子学生がにこやかに笑っていった。

「陛下、お久しぶりです。リパーナ・ケスロスです」

「久しぶりだね。即位記念日の式典以来かな。ミンク、文政官アシラの息子だ。彼は飛行艇のSライセンスを持っているんだ。レースにも出ているんだ」

そう嬉しそうに語られてもミンクにはよくわからない世界だ。

「卒業後は、プロになるのか?」

話し掛けるシンカに、リパーナはグリーンの瞳を輝かせた。

「いえ、卒業後はセトアイラスの航空管理庁で、技術開発チームのテストパイロットになるための訓練を受けます。父は未だに反対のようですけど」

「うらやましいな。俺も興味あるんだ。今度、操縦法教えろよ。あそこなら訓練用のがあるよな。俺、市販のには乗れないし」

「はい。よろこんで」

「あ、だめよ、シンカに変なこと教えちゃ。また、レクトさんに怒られるよ。」

ミンクが横から口を出す。

「ミンクが黙っていればいいだろ。俺、免許もないって馬鹿にされるんだ」

皇帝陛下を誰が馬鹿にするというのか。それに皇帝自身が飛行艇を操縦する必要はまったくない。あきれるミンクに、シンカは悪戯っぽくウインクする。

「あ!」

と、ミンクがシンカの背後を見つめた。

「レクトさん!」

「え!?」

ミンクの言葉に慌てて振り向くシンカ。

「じゃ、なかった」と舌を出すミンクに、シンカは脅かすなよ、と苦い顔をする。

皇帝陛下も軍務官には叶わないらしい。ぶつぶつ言いながらもホッとしたのか胸を押さえているシンカを見て、リパーナが笑う。

「リパーナ」とその横に立つ長身の青年がリパーナの肘をつついた。

「あ、悪い。陛下、彼は私の友人で、カナス・デ・ルーラン。ルーラン財閥の御曹司です」

「はじめまして」

紹介された少し大柄な青年が、シンカと握手する。

浅黒い肌はリドラ人。シンカがうらやましがる肌の色だ。

「よろしく。お父上にはお会いしたことがあるよ。」

にっこり笑うシンカ。シンカより背が高いので、少し見上げる感じになる。

彼の父親フォン・デ・ルーランはリドラ人自治政府代表だ。惑星リドラの開発について何度か協議をしたことがあった。カナスも少し高すぎる鼻に、父親の面影がある。

「はい。父から、いつも陛下と比較されて困っています。私が陛下のようになれるわけがないですよ」

「俺は、彼から息子の自慢話ばかり聞かされたけどな」

カナスは少し照れ、それにシンカは目を細める。

「フォン・デ・ルーランの口癖はね、いつもこういう言葉で始まるんだ。息子の小さい頃には、ってね」

シンカが眉間にしわを寄せ、真似て見せれば周囲に笑いが起こる。

ミンクはシンカの腕につかまりながら、不思議な感覚を覚えていた。

今までどんなときも感じたことは無かった。シンカが自分とは違う、遠い存在のように感じた。自分の知らない世界をたくさん知っている。それは幼い頃からずっとそうだったが。


私はちっとも、シンカに追いつかない。彼の役にも立たない。

そばで、ニコニコ笑っていればそれでいいっていうだけの、存在。よくないと思いながらも、止められない。こんなことを考えたのは初めてだった。


「ミンク、少し、歩こう」

金髪をきらりと揺らして、シンカが歩き出した。遠巻きについてくる親衛隊をまったく意に介さず、シンカはミンクの肩に手を回す。アレクトラに小さく手を振って、ミンクはシンカを見上げた。

蒼い瞳は前を向いていた。

遠い、どこか、ミンクの知らない遠いものを見ているかのようだ。


「ここで、休もうか。」

シンカがそう言って木陰のベンチに二人で座った。目の前の花壇には艶やかなオレンジの夏の花が揺れる。

気付けば、あちらこちらで学生たちがくつろいでいた。二人だったり、数人だったり、様々な笑い声が聞こえる。


シンカは、ミンクの額に触れて、それから、そのままキスをする。

周囲の視線にミンクは少し、照れる。

「あん、フェンデルさんが見てるよ」

「気にするな。アレは空気と同じ」

「やあね、私は慣れてないんだから」

正式な皇帝としての行事にのみ、親衛隊はついてくる。だから、ミンクは彼らが同行するのを初めて体験する。身の回りの護衛役なのだから、どこかへ行けというわけにもいかず、かといって、気にしていたら何も出来ない。シンカはすっかり慣れている。

気にするミンクの視界を抱きしめてさえぎる。彼らの姿が見えなければ気にする必要も無い。その気持ちを感じて、ミンクはそっとシンカの胸に頭を預ける。

シンカの甘い香りがする。今はいつもの、ミンクだけのシンカだ。

「なんだか、いいな。俺も大学行きたかったな」

ポツリとシンカがつぶやいて、左手に持っていた淡いブルーの飲みものを口に運んだ。

「うん。楽しかったよ。あっという間だった」

「卒論は大変そうだったけどな」

「うん、すごく大変だった」

「いやいや、陛下、彼女の論文はすばらしかったです」

振り向くと、ミンクの研究室の教授が穏やかに笑っていた。傍らには、助教授の姿もある。いつも気難しい顔しているのに、ミンクは不思議なものを見た感じだ。

「現在の宇宙における歴史観全体を、一定の社会法則に当てはめた推論は、非常に興味深い内容でした。」

教授は握手を求めながら言った。

「史実が、社会的概念や人類の精神論で書き換えられているというものですね」

教授の言葉に、立ち上がったシンカがうなずく。

「シンカ、それ」話し出すと、教授は止まらなくなる。ミンクがとめようとしたときにはもう、遅かった。

教授はシンカの正面に立って、講義を始めるときのように、こほんと小さく咳払いした。「そうです。陛下。現在の宇宙史ほど、塗り替えが簡単なものはない」

「教授。史実が生み出してきたものの上に、私たちは立っています。それが、うそであろうと、真実であろうと」

シンカの言葉に、あの饒舌な教授が黙った。邪魔をしないでほしいという、密かなシンカの想いが通じたかどうか。

「どういう意味?」ミンクが問い掛ける。

「そのままだよ」

穏やかに微笑んだシンカの表情に、ミンクは首をかしげる。

「教授、ミンクがお世話になりました。これからも歴史の真実について、ご教授願いたいことがたくさんあります。また、研究室をお尋ねしてもよろしいですか」

シンカの言葉に、教授は少し照れたように、笑った。

「もちろんですとも。こちらこそ、お教えいただきたいことが、たくさんあります」

二人が握手する。シンカしか知らない歴史がある。そのことを、教授も知っていた。だからこそ、シンカの言葉には重みがある。


「陛下、こっち、見てください!」

メディア論の学生が、学生広報誌のために、シンカにレンズを向ける。

「だめよ、写真撮っちゃ!」

ミンクが慌てる。

もう、ちっとも二人きりになれない。

「大丈夫だよ、ミンク。もう、いいんだ」

その肩に手を置いて、シンカは集まりかけた学生や教授たち、大学関係者を見つめた。

いつの間にか見知った顔の雑誌記者もいる。

かすかに吹いた風がシンカの前髪を揺らし、日差しに細めた目は穏やかに笑っている。皇帝陛下としてのコメントを話すときの表情。口調すら変える。

そんな姿もミンクは初めて目の前で見る。


「紹介します。彼女は私の大切な婚約者で、ミンクといいます。私と同じ、惑星リュードの出身です。来春には正式に発表しますが、今日は彼女の卒業を祝いに、そしてそれを機に公開することにしました。少しのんびりしたところがあるので、あまり苛めないでください」

軽くウインクするシンカに、著名な女性誌『ラ・クース』のレザイアが噴き出した。

「ひどいよ!そんな言い方!」ミンクが小声で反論する。

「人前でお前をほめるのって、恥ずかしいだろ」と、シンカ。

「でも!」

反論しかけて、ミンクはシンカが珍しく緊張していることに気づいた。つないだ手には少し力がこもり、汗ばんでしっとりとしている。

見上げて視線が合うと誰かが「お似合いですよ」「おめでとうございます」と声をかけ、遠巻きに彼らを眺めていた学生たちはいっせいに拍手した。


「何、緊張してんだよ」

ばし、と背中を叩いたのはシンカと友達付き合いしている、スード先輩だ。一瞬、親衛隊や記者たちに緊張が走ったが、シンカはそれどころではない。顔を赤くして「だってさ、照れるよ」と頭をかいた。

先ほどの気取った口調とはかなり違う、皇帝の若者らしい素直な言葉に、取り囲んでいた人たちにも、笑みがこぼれた。


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