8.星に還る2
ちょうどその頃。
地球の太平洋上の巨大基地、太陽帝国軍地球基地に、軍務官が到着した。
帝国軍総司令部。
その執務室に入ると、レクトは壁をこぶしで叩いた。
ひとつ、息を吐き出すと、怒りの収まらぬ様子で、震え上がる秘書に見向きもせず、デスクに座った。
同時に開くたくさんのホログラム。その中から、ひとつ、もっとも彼をなだめてくれそうな太陽系艦隊司令部からの通信につなげる。
「どうした。」
「再三の降伏勧告をも無視し、攻撃を仕掛けてきましたので、火星上空にて、先ほどミストレイアの戦艦マールブルグを撃沈しました。」
「よくやった。マールブルグの乗艦者名簿を送れ。」
「はい。」
レクトはにやりと笑う。肥大化してしまったミストレイア・コーポレーション。これを機に、余分な戦力をそぎ落とす。残るものは、俺や太陽帝国に従うもののみ。事前の調査で、すでに百にわたるミストレイア基地のうち、八十七までは帝国軍の指揮下に入ることになっている。今後の再編を考えると、わくわくするのだ。
次のホログラムに移ろうというときに、携帯がなる。机上に置いたそれに、四角い顔の男が映し出された。
「ジンロ、ご苦労だったな。」
「当然の任務っすから。レン、ヌー、シケットの三人はご命令どおり、東宇宙艦隊に引き渡しました。」
「そうか。ご苦労。立て続けで悪いが、お前は、ニーヒスケルスに向かってくれ。そこで、シキと合流するんだ。シキだけでは、シンカを止めきれないかもしれない。」
「もう向かっているっす。今回のことで、シキさんもかなり参っていたっすよ。」
「俺がシンカを怒鳴りつける気持ちが、シキも少しは分かっただろう。」
「・・いじわるっすね。」
軍務官の端正な顔がにやりとする。煙草に火をつけ、切れ長の瞳は面白そうに細まる。一つ紫煙を吐き、言った。
「ふん。いいか、縛り付けても何してもいい、シンカを、ネットワーク端末に近づけるな。ニーヒスケルスに連れ帰ったからといって、安心はできないからな。」
「了解しました。」
そう、宇宙のどこからでも、シンカはネットワークに介入できる。例のリングを使って、ネットワークを操り、戦艦を止めることも、可能かもしれない。しかし、それは、命を賭してまで行うほどの価値はない。
自らを守ることを、いつになったら覚えてくれるのか。それが、そのまま、宇宙を守ることになるというのに。
あんたの思惑のために命をかけるよりましだ、・・そう言ったシンカを思い出す。
確かに、常に利用させてもらっている。当然のことだ。皇帝には、政治的価値がある。つまり、そういうことなのだ。それが、シンカは気に入らないというのか。だとしたら、皇帝としての役割を半分も理解していないのではないか。
まだ、子供だな。
珍しく穏やかな笑みを浮かべて、次のホログラムを確認する。
照度を落とした室内で、火をつけたタバコの明かりが赤く揺れた。
***
キナリスは、迷っていた。
六角形の遺跡の中、天井の高いそこからのほのかに明るい白い光を受け、目の前に展開され続ける映像を、見つめていた。
太陽帝国が、何をしようとしているのか、どうして、わが国に、いや、大陸にあるすべての国に災厄をもたらすことになっているのか。何も、詳しいことは分からない。
それが、どういうものであるのかも。ただ、五百年前と同じような、あの、デイラを滅ぼしたような巨大な力が降ってくるのだろう。
映像は、白い雲の上の、黒く禍々しい機械の塊を映し出していた。
それは、全体に円筒形に似ていて、ところどころが、このネットワークとやらの機械に似た灯りでちらちらと光る。大きさは想像が付かない。
未知の、存在。まだ、地上の人々は気付いていないだろう。それが、頭上にあることなど。
判断、しなくてはならない。
シンカは言った。
「キナリスが、話したければルースに話せばいい。」と。すべては、私の判断に任せられた。
このことを、隣国に、知らせるべきだろう。
ダンドラ、そしてデリーニ公国。まずは、そこからだ。
もし、このまま、あの物体がどこかに行ってくれれば、何事もなかったことに出来る。だが、ことが起こってから、知っていたなど表明しても信頼を損ねるだけだ。同時に、今なら、太陽帝国の存在を知り、シンカと面識の有るわが国がもっとも優位に事を運べるはずなのだ。十五年後の「惑星の開放」とやらの前に、優位を保つことは重要だ。
あの時、この国を助けようとしていたシンカを、シキが強引に連れ去った。それを、とめることが出来なかった。
あれは間違いだった。シンカのみが防げるのだろう、だから、あれは危険を承知で行動しようとした。シキが、言った言葉を思い出す。
「立派な皇帝でなくてもいい、お前が生きていてくれれば。」
胸に、わだかまる思いが残る。シキは、リュードより、シンカを選んだ。
不意に周囲を囲んでいた映像の角度が変る。遠く、蒼い星の全体が映し出される。
我に返って若干三十歳の皇帝は、アメジストの玉を握り締めた。
民は戦争で傷ついた。これ以上、民を犠牲にすることは出来ない。わが国に伝わる、カンカラ王朝の時代の、地下の都市。そこは、今まで遺跡として封印してあった。それは、各地に点在し、ダンドラにも、デリーニ公国にも、いくつかある。そこに、民を非難させよう。五百年前から、破壊されずに残ったものだ。今回も、役に立つだろう。
今まで、隠し通してきた、様々なことを、明るみに出す時が、来てしまったらしいな。
キナリスは、額にかかる金髪を、かき上げると、ふと、自分がスクリーンに映るのを見た。あの、カンカラ王朝を滅ぼすきっかけを作った女性に、似ている気がした。
「過去の、罪を、押し付けられた気分だ。」
記憶にある皇妃の姿を恨めしく思いながら、きびすを返した。
ルースは、目覚めているだろうか。
王宮に戻ると、白髪の若い側近パラガスが心配そうに扉の前に控えていた。
「陛下!あの、何か重大なことが起こったのではとご心配申し上げておりました。」
「ああ、今まさに起ころうとしている。大臣たちを呼べ。それから、寺院の年寄りどももだ。時間はない。特使を送る。いつでも発てるように準備させて置け。行き先はダンドラとデリーニだ。」
「は。」
その足で、キナリスはルースの部屋に向かった。
部屋の前の衛兵に、尋ねる。
「どうだ?」
「先ほどお目覚めになられまして、ご朝食をおとりになったところでございます。」
キナリスはうなずくと、衛兵は扉を開いた。
オレンジの髪の、隣国の王子は、意外にもにっこりと笑って迎えた。
「ルイ、お前、起きていていいのか?」
ソファーに座り、食後の飲み物だろう、おいしそうに口元に運ぶ。
「ああ。不思議とな、気分がいい。」
それでも、その整った顔は普段より青白い。
「傷は、どうなのだ。」
キナリスは隣に座った。ふわりと、香の香りが漂う。
「それがな、きれいなもんだ。あいつは、何したんだろうな。あの時。」
「さて、知らんな。私が行った時には、お前もシンカも、死んでいるのかと思った。やはり、シンカは人間とは思えんな。」
「じゃ、俺も人間じゃない、か。」
やけに上機嫌で、ルイは笑った。
シキのあの様子からすると、シンカを殺そうとしたのは、ルイだ。記憶が、ないのだろうか。それとも、今も少し、おかしいままなのだろうか。
キナリスは、ルイの緑色の瞳をじっと、見つめた。
「シンカはどこにいる。」
笑顔のまま、問われて、キナリスは答えた。
「シキに連れ去られた。もう、この国にはいないだろう。」
言い終わる前に、応えてしまったことにキナリスは後悔した。ルイの、表情が一変した。
口を閉じ、眉を寄せる瞳には怒りの影が見える。
オレンジの髪の長身の王子は、飲み物を乱暴にテーブルに置くと、立ち上がる。
「どこに行ったのだ!」
部屋を飛び出そうとするルイを、キナリスが衛兵に止めさせる。
不機嫌の矛先を、幼馴染の聖帝にむけ、ルイがつめよった。その表情は、悲しげでもある。
「なぜ、行かせた。」
「ルイ、なぜそこまでシンカにこだわるのだ。」
ルイは黙った。ふんと、鼻息を荒く吐き出すと、背を向ける。窓のステンドグラスに向かって、考え込む。
「・・ルイ、お前は、お前の国の民を、救いたくはないか?」
「知らん。」
ふてくされたように、話すルイに、一つため息をついて、キナリスは言った。
「シンカは、守ろうとしていた。この国も、お前の国も。あれは、いずれ、またここにくる。二度と会えないわけではない。」
話しているうちに、なぜ、こんな思いをして子供のようなルイをなだめているのかと、ため息が出た。今は、それどころではない。
「ルイ、お前はアストロードの民に好かれていた。お前も、楽しく過ごしたのだろう?あのような民衆を、守りたいとは思わんか?」
「・・。」
ルイは何も言わずに、いらつくキナリスを見詰める。
「お前が、王子としてダンドラの民に認められないのは、そこなのだ。ルイ。王族たるもの、民を守ることを使命とする。お前は、ダンドラの王族の知らない、たくさんの民をみてきたのだろう?彼らがたくましく生きていく姿を、目の当たりにしてきたのだろう?だからこそ、民を大切に出来るのではないか、今のダンドラ王家とは違う政が出来るのではないかと、亡くなった王太子が期待していたのだ。」
ルイの顔色が変った。
「兄上が?」
「王太子は、お前をうらやましいと言っていた。彼も、できることならお前のように、市井の暮らしを見てみたいと、体験してみたいと常々おっしゃっていた。だから、お前がたまに戻って話す、街の様子や旅の話を喜んで聞いておられた。」
「・・しかし、俺は、兄上を・・。」
「お前は、ルイ。今のお前のままでよいのだ。そのままで、きっと民には受け入れられる。ダンドラ王家にも、王族たちにも、認めさせようではないか。お前が、王子としてふさわしい素質を持っていることを。」
ルイは、視線をそらす。
「ルイ、ダンドラ王のためではない、王族のためではない、ダンドラの民のために、手助けをしてほしいのだ。」
「・・何を、せよと?」
初めて、真摯なまなざしで正面からキナリスを見据えた。
キナリスの表情が崩れる。
「説明しよう。そろそろ大臣度もが集まるころだ。謁見の間へ、行こう。」
キナリスは、珍しくルイの肩に手を置いた。普段、他人の体に触れることを極端に嫌がる。その聖帝が、肩を軽くたたく。
その行為は、不思議とルイの気持ちを落ち着かせた。