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7.震撼3

どれくらい、祈り続けただろう。

誰かに肩をたたかれ、シキはひとつ息を吐いた。


シンカは?


腕の中でシンカの蒼白だった顔には赤みが戻り、押さえている手にも彼の鼓動が感じられた。

「シキさん。」

ローダイスだった。

なんと言っていいかわからないような、複雑な表情で、シキを見つめていた。

「ああ。」

シキは、恐る恐るシンカの首から手を離してみる。傷はもうない。固まりかかった血液が、べっとりと、手にからむ。


意識はないものの、シンカは静かに息をしている。考えてみれば、切り傷のひとつに過ぎない。傷がふさがり、失血によるショックが収まれば大丈夫だ。


シキは深くため息をつくと、肩の力を抜いた。


「陛下は、その……」

沈痛な面持ちでホルターが声をかけた。

「ああ、大丈夫だ」

にかっと、いつもの笑みを浮かべる黒髪の獅子に、二人はきょとんとした。

助からないとばかり思ったのだろう。


「おい、喜べよ。大丈夫。われらの皇帝は、このくらいじゃ、死なない」

誰よりも悲壮な表情だったくせにと、ローダイスは呆れ、同時に表情も崩れた。

「シキさん、一番心配していたの、シキさんじゃないですか」

笑う青年の言葉にシキが照れる。

それを見て、やっと本当に大丈夫なのだと実感したのだろう、ホルターが珍しく微笑んだ。


シキの肩をぽんとひとつたたいて、ジンロが笑いもせずにいった。

「大丈夫っすか?」

「ああ、シンカはこれくらいでは・・」

「シキ、あんたのことっす。」


無表情の奥に、ジンロの静かなやさしさを感じて、シキはもう一度、深くため息をついた。

「ああ」

ジンロは親指を立てて見せると、黙って背を向けた。ヌーの遺体を引きずっていく。レンとミストレイアの二人、正確には一人は遺体だが、ジンロが処分すると言っていた。


レクトから何か指示を受けているのだ。


「あ、こいつ、どうします?」

ローダイスが、少しうめいて体を動かそうとするオレンジの髪の男を軽くけった。

シキはシンカを抱きかかえたまま、じろりとルースをにらんだ。


「殺しておきますか。」

傍らで、静かにホルターが言った。

「くやしいが、シンカは助けたいと、言うのだろうな」

「けどこいつ、やばいですよ。変ですよ。陛下の目をつぶして自分の国に連れ帰ろうなんていかれてます。さっきだって、道連れにしようとしたじゃないですか」

ローダイスが顔をしかめて言った。

「生かしておいたら陛下にまた、何かしようとするんじゃないですか?」

「お前、はっきり言うなあ。」

あきれてシキが笑う。この若者は面白い。


「それでも、このファシオンの宮殿で、ダンドラの王子を殺すわけには行かないのだが。」


四人の背後で、落ち着いた声がした。


朝日がちょうど、この国の聖帝を照らし出す。キナリスは、大理石のテラスから、シキたちを眺めていた。腕を組んだまま、シキ、シンカ、そして、ルース。最後にホルターとローダイスに視線を移す。


薄い青の瞳で、ぶしつけなくらいじろじろと彼らを見た。

早朝のため、かなり不機嫌な様子だが、シキはかまわず笑いかけた。


「ああ、キナリス、悪かったな、起こしたか。」


「……シキ、あなたは自分がどういう立場なのか、分かっているのか。」

「お前、男前になったな」

シキの、少し懐かしげな笑顔に、キナリスはむっとした。顔の傷のことを言っているのだろう。

「シンカから太陽帝国のことは聞いた。シキ、あなたがそばにいることも。今ここで、あなた方を捕まえることもできるのだが。どうやら賊を捕まえてくれたようだな。もともとそいつらも、ここにいていい者たちではあるまい。見なかったことにするから、さっさと消えてほしいものだ。太陽帝国でごたごたがあるのだろうが、ここでは何も起こらなかった」


「ところで、シンカは、生きているのか?」

確かに、シキと彼の周りに飛び散るシンカの血の量を見れば、生きていると考えるほうがおかしかった。

「今は、眠っている。」

「それより、こっちのが、やばいんじゃないですか?」

再び、ローダイスがルースを足先でつつく。


「無礼なことをするな!」

キナリスに一喝されて、ローダイスはびくりと動きを止めた。


テラスの手すりから身を離すと、キナリスは三段の石段を下り、つかつかと歩み寄る。金髪の聖帝は従者に合図すると、ルースを覗き込んだ。

その顔色と、怪我の様子を見るが、首をかしげた。


「これは?」


シキがシンカの頬の血をぬぐいながら言った。

「シンカがユンイラで治したんだろ。だが、どちらにしろひどい怪我だ、まだ安心はできないと思うがな。そいつとシンカがどういう関係かは知らないが、二度と近づけるな」


「さあ、二人がどう望むかだろう、それは。」

冷たく言い放って、キナリスは身を翻した。横たわるルースに、触れようともしない。もちろん、シキにもシンカにも。

一定の距離を置き、集まってきた衛兵に指示を与えて自らは宮殿の方角に歩き始めた。

衛兵たちはルースを担架に乗せて去っていく。


「シキ、もし、気が向いたなら謁見の間に来るがいい。シンカとルースには部屋を用意してある。好きなようにしろ。そこの無礼な者たちと、牢にいるレンはさっさとこの地から消えてもらいたい。明日その姿を見たなら、殺す」

背を向けたまま、そう言って、去っていく。


「相変わらず、かわいくないなぁ」

シキが、豪快に笑う。

「ああ、やだやだ、王様だの貴族様だの。」

ローダイスがぼやいた。



  ***



「カナス様。バンデクスです。」

厚い扉の向こうは、さらにプライベートエントランスになっていて、少し進んだ先に、やっと住居としている部屋の扉が見える。

「待っていたんだ!バンデクス!早く来てください!」


学生の、慌てたような口調に、自動的に開いた扉が開ききる前に強引に入り込む。つかつかと早足で進むと、次の扉もバンデクスの歩調に合わせてスイスイと開いた。

部屋は向こうの壁面一面がすべて透明なスクリーン。外光を目に優しい明るさに調整しているのだろう、まぶしすぎもせず、ちょうどいい照度だ。


本物の木を使った床には、植物の鉢植えがすえられ、白い壁には大きな絵、壁にあいた四角い窓の向こうには、飼われているのだろう、地球の美しい色の小鳥がちくちくと鳴いている。


カナス・デ・ルーランは短くした金髪を自然に立たせて、以前より精悍な感じになっている。もともとまっすぐ通った鼻筋、切れ長の瞳、少し長いあごにきりっとした額。年齢よりも大人びて見えた。


白衣に無精ひげのいつもどおりのバンデクスを認めると、大きく手招きする。

「見て!ニュースで、今。」


彼の指すリビングボードの上に映されるニュース映像は、惑星リュードを映していた。


『先ほど、太陽帝国皇帝に害をなした犯人が、逮捕された模様です。軍務官の記者会見が開かれました。その模様をもう一度ご覧ください。』

興奮気味の、若いキャスターが、噛み付くようにカメラを見つめる。


一転して、星間ネットニュースのスクリーンいっぱいに、ブールプールの太陽帝国軍総司令部の会見室が、映された。

栗色の髪の、もっとも有名な大臣、レクト・シンドラが端正な顔を見せていた。


「陛下を襲ったのは、ミストレイア・コーポレーションの二人のエージェントと、認められます。彼らを誘導したのは情報部に所属していたレン・タカナシ軍曹。このことについて、私は遺憾の意を表明するとともに、自らミストレイア統合本部長の地位を辞することを決意しました」

落ち着いて話す軍務官に、報道陣の質問が飛び交う。それらを一切無視して、レクトは話し出した。


「陛下は、リュード宇宙ステーションに保護され、現在は帝国軍基地内で療養中です。怪我は幸いにも軽く、程なく皆さんの前にお姿をお見せになるでしょう。陛下は、ことを大きくすることを反対なされていますが、私は今回の事件を機に、ミストレイア・コーポレーションの解散を命ずることを決定しました。


軍務官としてのみではなく、統合本部長として、いえ、ミストレイア・コーポレーションの創始者の一人として、責任を取るつもりです。これは、すでにわが盟友カッツェ・ダ・シアス氏とも話し合った結果です。


今後、処遇が決定するまで、全ミストレイアの軍事基地、および本部、支部は太陽帝国軍の監視下に置かれます。我々、太陽帝国軍はミストレイアの諸君を同胞として迎えたいと考えている。ともに宇宙の平和と秩序を守る軍事組織として、手を取り合うべきだと考えている」


ざわざわと、報道陣が動揺したところで、再生映像は終わった。


「バンデクス!これは、どういうことになるんだろう!」

「太陽帝国軍、ミストレイア、全宇宙の二大勢力が合併すれば、もう太陽帝国に怖いものなんかない」

バンデクスはぞくりと背をなでる悪寒にこぶしを握り締めた。

「宇宙の歴史はまた、変わる」

初めてミストレイアが宇宙に誕生したときも、このレクト・シンドラが関わった。皇帝が百年ぶりに代替わりし、シンカ帝が即位したときも、その傍らには彼がいた。

そして、今、その力をさらに堅固なものにしつつある。


「でも、それじゃ、ミストレイアの人たちが、困るんじゃないか?」

傍らに立って、腕を組む青年に視線を移して、バンデクスは笑った。

「大変どころか、帝国軍に対抗意識がある奴らの集まりですからね。反乱でも起こしかねませんよ。いや、軍務官はそれを狙っていることもありうる。反乱も想定されたものなら、余分な肉をそぎ落とすいいチャンスなのかもしれない。しかし、そんな大胆なこと、あの陛下が許すだろうか」


「・・俺、陛下はいい人だと思ったよ。一度会っただけだけど。」

カナスは、思い出していた。あの、大学の卒業パーティーの日。


シンカは、きれいな蒼い瞳を常にニコニコさせていた。その表情はとても素直だった。

親友のリパーナ・ケスロスも言っていた。陛下はほんとうにいい人なんだ、と。


バンデクスは、あごの無精ひげをなでた。ザラリとしたその感触とともに、苦い思いがわく。


五百年前の歴史を開示することにすら、真剣に悩んでいたあの皇帝が、このミストレイアの贅肉を焼ききるような強引な手法を選ぶとは思えなかった。

苛烈な生き方を望む、太陽帝国の軍務官を思った。


直接話したことはない。以前、リュードを含む星系の大佐だったと伝え聞く。そのころから、派手なうわさの絶えない人物だったが、行動はますます苛烈になり、いまや生きる伝説になっている。

うわさでは、その冷酷な軍神は自らが作り上げたミストレイアを、シンカ帝のために去ったという。いったい、どういう男なのか。


「バンデクス、これ!近いよ、リュード上空だ!!」

カナスの声にバンデクスは再びニュースのスクリーンを見つめた。


『現在、火星付近の一艦隊、そして、ちょうど陛下のいらっしゃる惑星リュード上空で、ミストレイアの艦隊が、帝国軍の帰還命令を無視して活動しています!どちらも、すぐに臨戦態勢に入るのではと予測されます』

キャスターは緊張を隠せない様子で声を高くしている。


「ねえ、バンデクス、惑星リュードには人が住んでる。もし、上空で艦隊戦線が張られれば、危険なんじゃないか?」


「・・それは、あなたの父上の命令でもあるのですよ」

「何?」


驚いて駆け寄るカナスに、バンデクスは皮肉な笑みを浮かべた。


「たとえば、惑星リュードには対空防御装置などは一切ありません。そこに、戦艦のひとつでも落ちれば、その融合炉の核エネルギーで、惑星全体を黒い灰で覆うこともありうる。つまり、惑星リュードは五百年前と同じことを繰り返し、その後、リドラ人のみが進入可能な惑星となる。リドラ人は、惑星リュードに新たな故郷を見出す。」


青年はうろたえた。

「まさか、それを父上が指示しているなんて言うんじゃないだろうね。」


首を横に振ってやりたい衝動に駆られるが。バンデクスは続けた。


「すべてを混乱のせいにして、リドラは過去のリドラ星を打ち捨て、新たなる美しい星を手に入れる。ルーラン卿はそのために、自らの政治生命を犠牲にしてでも今回のことを仕組んだのでしょう」



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