6.過去5
惑星リュード。
終戦記念の式典も終わり、少しずつ暖かくなる日差しに、フェンデルはあせっていた。親衛隊がこの惑星に降り立ち、五回目の夜を迎えようとしていた。
隊員の中にはフェンデルに密かに体調の不良を訴えるものもいる。彼らを診察したガンスは、マスクの着用を指示した。ガンス本人も寝るときには使用していると言う。
「隊長さん、大丈夫ですか?」
宿の中庭で空を睨むフェンデルに、ミンクが声をかけた。
銀色の長い髪がさらりと揺れる。透き通る肌に、赤い瞳。特殊なのだと皇帝から聞いている。歳の割りに幼く見える容貌で、女性というよりは女の子だ。
「ミンクどの。あなたも、あまり良くはないのではないですか?顔色が良くありません。」
「うん、少し寒い日が続いたから。」
「貴方を放って、目の見えない状態で。陛下は一体、なにをお考えか。」
「・・シンカがこうしたいっていうことは、たいていちゃんと理由があるから。だから、私も待っていられるんです。」
にこやかに笑うミンクは心配でたまらないだろうに、ギクシャクするこの集団の中で唯一、誰にでも優しい。
「あの、地球人の皆さんは、ほんとに身体に良くないから、マスクを着用するか、ステーションに戻るかして欲しいです。」
芝生に座るフェンデルの横に、膝を抱えて座り込んだ。
その様子は可愛らしい。
「御心配いただき、ありがとうございます。しかし、我らは陛下を置いてこの地を去ることはできません。陛下の居場所を軍務官より教えていただきましたが、元より我らは陛下のおそばでお守りする役目。宮殿に入り込んでいる陛下を、お迎えに上がるような、軍の情報部がするようなまねはできないのです。」
ミンクはまだ三十歳には達していないだろう、若い親衛隊長を見つめた。いつも、硬い言葉遣いで、シンカの前だととても礼儀正しく、皇帝らしくあるようにとくどくどと諭す。シンカはとても嫌がっている。でも、それはシンカに対してだけで、ミンクや他のものに対しては、歳のわりに寛容な、優しく落ち着いた感じの青年だった。
今も居場所を知っても乗り込んでいけない自らを、腹立たしく思っているようだ。シンカを思ってくれているのは本当なのだ。ただ、その理想がシンカには窮屈なだけで。
「レクトさんが、きっと、情報部の方をよこしてくれます。それに、レンも一緒だから、大丈夫です。」
「あなたは、いつも、そうやって、見守っているのですね。ちゃんと、大切にされているのですか?」
ミンクの瞳が大きく見開いた。
「貴方は本心をちゃんと、陛下にお話されていますか?」
もう一度確認するように見つめるフェンデルに、ミンクは笑った。
「隊長さん、シンカはいつもちゃんと考えてくれています。いつも、とても大切にしてくれます。忙しい身だから、ちょっと寂しいときもあるけど、でも、私には到底、理解できないようなたくさんのことをシンカは知っていて、ちゃんと考えているんです。それは、皇帝になる前の、子供の頃からそうでした。生まれたときからそばにいて、ずっと一緒だったけど、いまでもシンカが考えていることや、彼が体験してきたことの半分も分かっていないんです。それでも、いつもちゃんと振り向いて、後ろからついていく私の手を引いてくれるんです。シンカも私が考えること一つ一つを総て知っているわけではないけれど、それは、重要じゃないです。」
フェンデルは、隣で膝を抱え、足元の芝生を少しちぎっては、ぱらぱらと落としている少女を見つめた。
「理解することと、愛することは違うから。」
そこでミンクは顔をあげた。少し、照れて笑う。
「シンカは時々、無茶をするから、フェンデルさんにも迷惑かけてしまうけど、これからも、見守ってあげてください。」
その赤い瞳が微笑むのが、やけにまぶしく。フェンデルは数回瞬きした。
「もう一度、電話してみます。でも、多分、シンカも親衛隊の皆さんを心配していますよ。きっと、向こうから連絡してきます。」
ミンクは立ち上がって、彼らの泊まる離れに向かった。
その後姿を早春の風がなでるのを、フェンデルは見送った。
その時、腰に携帯していた電話が小さく鳴った。
「フェンデル、俺だ、シンカだ。」
小さなホログラムの中の彼は、元気そうだ。印象的な蒼い瞳の笑顔が伺える。
「!陛下!御無事ですか?」
「ああ、すまない。心配かけて。俺は大丈夫だよ。キナリスとこれからのリュードのことで話したいことがあってね。」
「そうでしたか。」
少し、返事に間がある。
「珍しいな。もっと、怒られるかと思ったよ。」
「あ、いえ。」
「体調悪いんじゃないのか?そろそろ、もどれ。外聞が気になるなら、俺も一緒だと偽ってでもいいから、みなの体調を最優先して欲しい。」
「陛下、陛下がお戻りにならなくては我らは帰れません。外聞など気にはしません。」
シンカの気遣いにかえって苛立つ。我らが外聞を気にしているなどと思われるのは、不愉快。
「陛下、我々は、名誉や体裁のためにいるわけではありません。陛下が心配だからこそ、常におそばにお仕えしたいと考えているのです。」
「フェンデル。お前は確かに俺のこと考えてくれる。でも、親衛隊の皆のことを考えてほしい。お前が決めなくては誰も動けない。それに、フェンデル、俺はお前が心配なんだ。」
「陛下、それでは逆です。心配しているのは我らのほう。陛下を守る役目も我らが。」
「命令だ。フェンデル、上の立場のものが、下のものを守るのが当然なんだ。しかも、俺は自分勝手に出てきたんだ。お前たちを危険にさらしてまで、守ってもらう資格なんかない。」
シンカの表情は真剣だ。
「陛下。」
「・・すまない。ミンクを頼むぞ。」
「彼女を説得するのは、難しいかと。」
「いつも俺にするように、強引に連れ帰ればいいだろ?」
不思議そうにシンカが言った。
「・・・陛下と、ミンク殿は違いますので。」
フェンデルは苦笑いする。陛下にはお体を大切にするという義務がある。だから、フェンデルも強引な方法をとる。同じことを、ミンクに強要できるはずもなかった。フェンデルが、厳しい態度で接するのは、皇帝陛下ただ一人に対してだ。
「変な奴だな。とにかく、今日明日には、ステーションに戻ったほうがいいだろう。ミンクにもあまり長くいて欲しくないんだ。レクトが公表したせいで、ステーションにも報道陣がいるだろうから、俺も一緒に戻ったことにして欲しい。映像ファイルを送るから、それを公表してくれ。もう目も治ったし、事を大げさにしないように、俺は大丈夫だって伝えて欲しいんだ。」
フェンデルの表情が険しくなる。
「陛下、今回のこと、十分、重大なことですよ。御自分のお立場をお考えください。貴方にもしものことがあったら、どれほどの影響が出ることか!それに、貴方にあれほどの傷を負わせた犯人は罰せられるべきでしょう?軽くお考えにならないで、少しはご自分のことを・・」
「なんだ、いつものフェンデルに戻ったな。それじゃあな。」
そこで、通話が切られた。同時に、ファイルの受診音が小さく鳴った。
「まったく。」
ため息をつきつつも、フェンデルは笑っていた。
上の者が下のものを守る。
それはフェンデルにも同じことが言えた。
隊長であるからには陛下のおっしゃるとおり、部下たちの身体を心配しないではいられない。陛下からの命令と伝えれば、彼らは従うだろう。ただ、ミンクを説得できるかどうか。嫌がって、泣かれでもしたら。そう思うと同時に、不思議な鼓動が胸を打った。
なにを、考えたのだ、私は。
泣かれたら、抱きしめて慰めればいい。想像までしている自分に気付き、頭を強く振った。
想像の中の、ミンクの赤い潤んだ瞳が、いつまでも心に残った。