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6.過去4

地球。首都ブールプール。

夏の盛りを過ぎ、空の高さに秋を感じさせる午後。中央政府ビルのオフィスで、太陽帝国軍務官は、いらだたしげに歩き回っていた。珍しく、落ち着かない。

先ほど、皇帝親衛隊長のフェンデル・サー・リーベルから、皇帝の行方不明を知らされたばかりだった。

親衛隊といえども、シンカのリングをたどって居場所を知ることはできない。その許可を受けているのは大臣以上。ただ、シキにだけは、レクトは個人的にパスワードを与えている。シキが、シンカを助け出し、あとを親衛隊に任せセダへ向かったまでは、計画どおりだった。

シキは予想通りの行動をするだろう。

しかし、あれほど傷ついた状態のシンカが、まさか、親衛隊のもとを離れるとは。

どかっと、黒い革張りのソファーに座る。

煙草をもう一つ、吸殻の山に突き刺した。


「レン、か。」


そう、いくらシンカが行動しようとしても、盲目の状態では決して出られない、そう判断してシキを離れさせたのだ。ナイツは基本的にシンカの行動を抑制する目的でつけている。今回はミンクも反対するはずだ。それを押し切って、レンを協力させるとは。

シンカの力量が勝ったか、それとも、レンに何か含むところがあるのか。


そこで、男は切れ長の黒い瞳を細めた。

何か、別の目的。シンカが言っていた、フォン・デ・ルーランの目的とは、なんなのだ。確かに、今回のルーランの行動、二人のエージェントをルーランが派遣したことが明るみに出ないのであれば、それでいいだろう。だが、それではいささか、我らを見くびりすぎてはいないか。それほど、無能と思われているわけでもあるまい。

実際、ミストレイアの審議委員会で俺が疑義を表明している。それでも実行するには、自らの所業が明らかになってでもする価値のある、別の目的がある。まさか、俺やカッツェを追い落とすためだけに、刺し違えるようなことはしないだろう。

その覚悟があるのならとうに、シンカを巻き込むようなことをしなくとも実行できるはずだ。

「ナツ、補佐官を呼べ。」

隣の秘書室に向かいながら、控えていた美しい女性に、声をかけた。

戸口に立つと、ナツがにっこりとあでやかに笑って立ち上がった。

「はい。こちらにお通しいたしますか?」

女性の肩に手を置きながら、レクトはにやりと笑った。

「下の会議室でいい。そのあとに、出かける。準備しておけ。」

「はい。」

黒いストレートの髪をなでて、露になる白い首筋にキスをする。

手馴れた仕草。それを、にこやかに受ける秘書。

「軍務官、何か心配なことでもおありですか?」

昼間から甘えるように抱きしめる男に、ナツは微笑む。

「なかなか、手におえないものだと思ってな。」

「また、陛下の事ですね。手におえなくてよいではないですか。皇帝陛下なのです。」

「いつから、俺に意見するようになった?ん?」

生意気な美しい女性の口を塞ぐ。

女性の体を探りながら、レクトはまったく別のことを考えていた。

レン・ムラカミ。あれの身元をもう一度調査するか。なにか、出るやもしれん。


セダ宇宙ステーション。

そのリドラ人政府庁舎に、フォン・デ・ルーランはいた。

青みの勝った長い黒髪を背にたらし、額にリドラ王家の印を刻んであるその姿は、一種独特な威厳を見せる。

ルーラン財閥の総帥でもあり、リドラ星における王家の血を引く由緒正しいフォステリーヌ家の子孫でもある。

その褐色の顔には、いまや深いしわが刻まれ、あごに蓄えたひげも、先ほどから盛んになでられている。灰色の勝った薄い青の瞳は、宇宙の深遠を見つめていた。


「お呼びですか?」

そういって入室してきたのは、がっしりした体躯の、白衣を身にまとったリドラ人の男、あの白い大陸研究所所長の、バンデクスだった。太い眉を表情にあわせて忙しく動かしながら、にこやかに笑って、ルーランの立つ窓際に来る。


「皇帝陛下にお会いしたそうだな。」

「ええ。以前、お伺いしたとおり、素直で賢い青年ですね。好感がもたれる道理が解りましたよ。」


背を向けたまま、こちらを見ようとしないフォン・デ・ルーランを、学者というより探検家肌のバンデクスは見つめる。どうやら、ルーラン卿はご機嫌斜めだ。リドラ人政府代表の彼には彼の子息が歴史研究の分野を学んでいることもあって、さまざまに援助してもらっていた。ないがしろにはできない存在だった。


陛下のことは、以前ルーラン卿自身がほめていたはずだ。

言葉を発しない自治政府代表の背に、バンデクスはもう一度話しかけた。

「同行していたミンクという女性、地球でご子息と同じ大学に学んだとおっしゃっていました。ご子息も、歴史研究においては、教授も一目置かれているとか。」

「カナスのことはよい。あれは、できの悪い息子だ。」

「そのようなこと、おっしゃらずに。彼が、私の研究所で論じた見解は、われわれには新鮮でした。それが現在の、我らのリュードの歴史に対する認識を、左右した部分もあります。」

「あの、皇帝陛下と同年とは、考えたくもない。地球で育てたのがよくなかったか。とても、陛下とは比べ物にならん。今だに、研究に没頭して、自治政府の政策ひとつ論じられん。」

いらだたしげに、振り向く。バンデクスは反射的に視線をそらした。一見穏やかな、威厳ある男だが、思い込んだことに対する自信はゆるぎなく、それを崩そうとするものに対しては容赦ない。政治手腕は尊敬するに値するが、人徳という部分においては、決して人を安らかにする存在ではなかった。

「皇帝は、先の惑星同盟会議の惑星環境委員会で、リドラ星への帰還政策を発表した。」

「ええ、あれは、うまかったですね。背景の大義名分には、誰も反論できませんでした。それに、あの日以来公表された、リドラ星の美しいことといったら。私もリドラ人の端くれとして、ぜひ、見てみたいですな。」

「ばか者。」

「あ、はあ?」

「カナスも同じことを言いおった。ばか者が。シンカのあの演説など、表向きのことに過ぎない。リドラ人のためなどと、わざとらしいことよ。あの、腐りきった惑星に、われらを強引に帰すことで、太陽帝国の株を上げようとしている。今、あの惑星に戻ってどうする!太陽帝国の中枢に位置するそこに、恩を着せてわれらを帰す。そう、結局帝国にとって惑星リドラは宇宙航路の重要な基点として抑えておかねばならない星なのだ。おめおめと、そこに戻って、われらリドラ人の独立がかなうわけがない!」

バンデクスは、ひざを床について、頭を下げた。


「気づきませんでした。」

「バンデクス、お前には、いろいろ世話になった。」

白衣の似合わないひげの男は顔を上げた。


「お前が、カナスを通して、われらに惑星リュードの歴史を教えてくれなければ、今回のことは思いつかなかった。」

「今回の、こと、ですか?」

「お前が、カナスに話したそうだな。リュードは五百年前に、太陽帝国によって滅ぼされたのだと。リトード一世がかの地で暗殺され、リングの報復によって、今の環境になったと。」

「え、ええ。そう、推測されます。」遺跡に遺されたデータを解析したのだ。

「陛下にその話をしたのか?」

「いえ、まさか。しかし、陛下はすでにご存知ではないでしょうか。陛下はわれらでは知ることのできない真実を知ることができますし、陛下は歴史を埋もれたままになさいません。今後、さらに詳しいことが判明するでしょう。」

「・・シンカが、生きていれば、だがな。」

そこで、バンデクスは顔を上げた。フォン・デ・ルーランと視線が絡む。

一瞬の沈黙に、バンデクスはさらにあせった。

ごくりとつばを飲み込み、何とか、話す。

「まさか、・・」


「歴史は繰り返す、名言だな。リュードで皇帝が殺され、リングの報復によって破壊される。そのために、お前たちリドラ人をここに呼んだのだ。今回の破壊で、リュードの人口は激減するだろう。そして、そこに、調査、環境整備、研究、援助、さまざまな理由で入り込むのは結局われら、リドラ人。この星の環境に順応できるのは、我等だけなのだからな。」

「ルーラン卿、それは、リドラ人が、リュードに住む、ということですか?」

「美しくよい星だと、お前は常々言っていたな。」

「はい。」

バンデクスはシンカの笑顔を思い出していた。あの、皇帝を生み出し育んだ星。

「われら、リドラは、今リドラ星に戻るつもりはない。この新しい星で、新しい未来を刻むのだ。それは、数百年かかるやもしれん。だが、今、シンカの思惑に乗って、あの過去の星に帰ることはできない。それにな、バンデクス、お前は言っていたな。リュードは、五百年前に比べて、大気が改善されつつあると。地球人が、滞在できるようになるのも時間の問題だと。再び、五百年前に戻さねばならない。われら、リドラ人に適した環境にな。」


「ルーラン卿、それは・・。」

リュードで、邪魔な皇帝を殺し、報復を利用してリドラ人の都合のよい環境にするというのか・・。そんなに、都合よくいくものだろうか。


「お前には、環境測定の面で協力してもらいたい。」

バンデクスは、目をつぶった。


何のために歴史を紐解くのか。シンカが、研究所に来た時以来、ずっと、考えさせられていた。ただ、調べることが楽しかった。これが真実だと、世に知らしめることが歴史研究者としての名誉でもあった。だが、若き皇帝は言った。気楽でいいな、と。


彼は歴史に、責任を感じなくてはならない。過去の事実が社会に与える影響を考慮して、政府としてどうするのかを決定しなくてはならない。何の罪もない、彼が、過去の歴史を如何に今に役立てるかを、リュードの人々のために考え悩んでいる。それは、彼が、歴史を作る存在だからだ。

我々とは、違う存在だからだ。


「わかりました。しかし、リングの報復という説は、あいまいです。それだけで、あれほどの破壊が起こったとは考えにくいのです。実際に、リングの報復を、目の当たりにしたものはおりません。それに、当時のリトード一世には、皇太子がおりました。彼が皇位継承者としてのリングを持っていたのですから、防ごうとすれば、報復は避けられたはずなのです。」


そう、われら凡人は、大きな力に逆らっては、生きていけない。何のために、歴史を紐解くのか。簡単だ、私は、それが、楽しいからだ。


「そうだな。ミストレイアを使うか。いざとなれば、喜んで太陽帝国に反旗を翻すであろう。あんな、未開惑星、戦艦ひとつあれば半日で壊滅できよう。数百名を、犠牲とするだろうが、われ等リドラ人の未来のため。たいした被害ではない。私も自らの社会的地位は犠牲にする覚悟。何事も犠牲なくして解決できまい。」

ルーランは、あごに手を当て、真顔でつぶやいた。

「もうよい、バンデクス。ああ、そういえば、カナスが会いたいと言っていたな。寄ってやってくれ。」

「はい。」

一礼して、がっしりした体躯の学者は、退室した。


やっと緊張から解き放たれて、バンデクスは深いため気を吐いた。恐ろしい、話を聞いた。だが私には何の責任もない。反対して聞き入れられるはずはないし、私の立場を守るためには、仕方ないことだ。

そういえばカナスは、ルーランの企みを知っているのだろうか。彼は美しいリドラ星を見て、興奮気味にバンデクスに連絡してきた。嬉しがっていた。


やはり僕にもリドラ人の血が流れているんだと思うな。こんなに嬉しいなんて、想像できなかったよ。


そういった学生を思い出していた。


ルーランの部屋を辞して、カナン・デ・ルーランのいる居室へ向かった。政府庁舎ではなく、同じ敷地内の離れになる、ルーラン家専用の公邸だ。

離れにはなるが、庁舎から連絡通路がのび、ルーラン卿もこの通路を通勤用として使用しているはずだ。基幹ごとに衛兵が立ち、厳しい警護に守られて、リドラ人政府代表は従者を十数人はべらせて歩くという。


今は、バンデクスたった一人が、時折呼び止める衛兵に、いちいち説明しながら、歩く。あの若い皇帝のような、ほんの数名の護衛のみで旅行しようなどとは考えたこともないのだろう。

ちらりと透明な窓から、宇宙の蒼が見える。

シンカ帝の素直な笑顔が浮かんだ。


あの方を、殺す、か……。


癖なのだろう、あごに伸びた黒いひげをもしゃもしゃとひねりながら、バンデクスは肩を怒らせてカナスの部屋の前に立った。



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