6.過去3
セダ星上空。
セダ宇宙ステーション制御区域、太陽帝国軍基地内の貴賓館に、レイス・カストロワはいた。
ステーションに到着した夜、レクトからの連絡で、シンカが何者かに襲われ怪我をしたという話を受けた。昨日のことだ。
もうすぐ昼というのに、詳しい状況も、シンカ本人からの連絡もない。
静かな曲の流れる広いリビングで、上質なソファーに身をしずめ、瞳を閉じている。
「大公。」
従者が、そっと声をかける。
「なんだ。」
目を開けずに、応える。そのイライラした感情が、長年仕える従者には良く分かった。
「ミストレイアの地球本部長が、お見えです。」
「なに?シキか?」
目を開け、金色の瞳がちらりと従者を見る。
「はい。」
体を起すと、立ち上がる。
「呼べ。」
「は。」
室内に入ってきた、男は、黒い髪を乱れさせたまま、惑星リュードに合わせた服装なのだろう、丈の長い黒いシャツに少し幅広い黒のパンツ、足もとは編み上げの皮のブーツといった装いだ。右腕に毛織の上質なケープを抱えている。疲れた様子で顔色も優れないようだ。褐色の肌、健康的に歯を見せて笑う精悍ないつもの様子は、今は見られない。
大公を見るなり、膝をおって、深く頭をたれる。
「・・シンカは、どうなのだ。」
「はい。命に別状はありません。今は、視力をなくしていますが、いずれ治るとの、報告は受けています。」
頭をたれたまま、男のいつも朗らかな表情は硬い。悔しさが、にじみ出るような、低い声は、そのまま大公の感情を逆なでした。
「守れなかった、と?」
「はい。」
「今、見えないのか?あれは。」
「はい。」
浴びせられる言葉一つ一つを鞭のように受けながら、シキは耐えている。誰よりもシンカを守ろうとしていた。友人として、常にシンカを支えてきたつもりだった。しかし、今回は裏目に出た。
守ろうとしたことが逆に、賊の付け入る隙を作ってしまった。悔やんでも悔やみきれない。
「なにがあったのだ。詳しく話せ。」
息を整えて大公はシキの肩に手を置いた。ソファーに座るように、指示する。
「ルシナ、ブランデーを少しもらえるかな。」
従者にそう声をかけて、大公はシキの向かいに座った。
「大公、シンカはその夜、惑星リュードのファシオン帝国皇帝に会いに行こうとしていました。」
シキはひとつひとつ丁寧に話した。
シンカをアルコールで眠らせたこと。その間に、自らがデイラの位置を探るために宮殿に侵入したこと。その帰りにレンから連絡があったこと。駆けつけて、シンカの居場所を探り出し、レンと二人で救いに行ったこと。
そこで見たシンカの様子。
連れ帰ったものの、ひどく傷ついた様子のシンカ。熱を出して寝込んでいた。
時折、思い出すように怯え、うなされ、目を覚ませば何事もなかったかのように笑った。あまりにも痛々しく、レクトの指令によって離れなくてはならなくなったときには、その姿を見なくていいことに安堵すら感じたことを。
「私は、彼を守れませんでした。」
最後にそう締めくくって、シキは口を閉じた。
大公は黙って聞いていたものの、時折やりきれないようにブランデーのグラスをあおった。
「もう、よい。すべてはミストレイア、ルーラン、レクト。あれの責任だ。」
「あの。」
大公の言葉にシキは顔をあげた。ミストレイアはわからないでもない。しかし、ルーラン、レクトとは?
「知らないか。」
金色の不思議な光を放つ大公の切れ長の目が、男を見つめる。その瞳には、怒りに似た思いが宿っている。
「レクトは分かっていたのだ。シンカが狙われていることを。それを防ぐためにするべきことをせず、わざと事が起こるのを待った。親衛隊が到着したタイミング、まさしくそうであろう?もう一日早ければ結果は違っていたはずだ。」
「しかし、大公。レクトさんは、シンカのことを心配なさって。」
「違う。あれはミストレイアを解散させるつもりだ。」
シキは思わずつばを飲み込んだ。
「解散・・。」
「劇的に変えるつもりなのだ。シンカに危害を加え、それをミストレイアの、ひいてはレクトたち執行部の責任にするためにルーランが仕組んだ。レクトはそれを利用してミストレイアの形を変えるつもりなのだ。同時にルーランにも報復を考えているのだろう。そういうことを考えついたときのあれは冷酷だ。」
「・・目的のためには、我が子の危険すら、顧みないと?」
「そうだ。親衛隊が地球から派遣されるには何日かかる?お前たちがリュードに降り立つずっと前から、レクトは知っていたのだ。だが、お前には知らせなかった。」
シキは膝に置いた両手をきつく握り締めた。
レクトはあのシンカの姿を見ても、何も感じないというのか?シンカが普通の人間であったら生きてはいない。
「政治を行うものは皆、そういう才能がある。レクトがここまで登ったのも、そのおかげともいえる。わしも過去には、デイラの破壊を指示したこともある。レクトはそういう状況を利用して、自らの目的を果たすことに素晴らしい能力を発揮するのだ。だからこそ、軍神として異名をたたえられるまでになった。」
「・・とても、シンカには言えませんね。」
「うむ。レクトが面白がって言わないことを願うが。シンカも敏い所がある。気付かなければいいのだが。」
「それをシンカが知ったとしても、怒りもしないでしょう。ただ傷つくだけです。」
シキの予想は大公と同じものだった。二人のため息が重なった。
ふと表情を緩めて、カストロワは空いたグラスにブランデーを注ぐ。それをシキのほうに押しやった。
シキは大公の表情とグラスを交互に見つめ、それからグラスを受け取ると、一気にあおった。
「・・シキ。レクトに命じられてここに来たといったな。」
「!はい。」
シキの表情が引き締まった。
「レクトに利用されているのではないか?お前はシンカのそばにいるべきだ。私が許可する。あれのそばに戻れ。」
「命じられなくとも、戻ります。命令違反で罰せられようと、大公。私は自分のすべきことを忘れたりしません。そうレクトさんに伝えてください。」
「頼む。ああ、そうだ。ミストレイアから借り受けた二人のエージェントがいる。お前が必要なら貸すが。」
「・・だれです?」
「ホルター・アビアス、ムサン・ローダイスだ。今回のミストレイアのこと、理解しておる。セダから私の護衛をしてもらっている。ちょうどいいことに二人ともリドラ人だ。」
「・・そのあたりもレクトさんの意図が絡むようで気にはなりますが、せっかくです。御協力願います。相手があのレベルAクリアですからね。さすがに私一人では難しいかもしれない。」
つい、一時間ほど前にうなだれて入ってきたものと同じ男とは思えないほど、シキは生き生きしていた。やるべきことと状況がはっきりしてくれば、恐いものなどない男なのだ。
その姿を見送りながら、カストロワは小さくため息をついた。
遠い星で、痛みと暗闇にいるだろう、若き友人を思う。
何も言ってこないのは、ミストレイアをかばってのことと、シキは言った。そう、レクトとシキ、彼らの所属する組織をかばおうとして事を公にしないように、気を使っているのだろう。
だが。
レクトは事件のあった翌日には「皇帝が辺境惑星で賊に襲われ怪我をした」という報道を許した。今、このセダステーションにも報道のための民間人が大勢押しかけてきている。
これで、レクト。
犯人を捕まえられなければ、お前の名声にもいささか傷がつくのではないか?それとも、情報部の力を持ってすればすぐにでもかたが着くと思ったか。
そこまで思いをめぐらせて、カストロワはふと気付いた。
親衛隊は頑ななほど皇帝を守ることを最優先にする。本人の意思は二の次。だとすれば、すぐにでもシンカをリュードから連れ出し、保護する方向を選ぶだろう。シキがそばにいない状態では、傷ついたシンカは従うしかあるまい。それはレクトからすれば安心できることでもある。
軍の情報部がリュードに潜む二人の賊を捕獲するにも、その方が都合がいいだろう。場合によっては、リュードの人々を犠牲にすることも厭わないだろう。もしやシキをシンカから一時的に引き離して私に会わせたのも、私に二人のリドラ人のエージェントをつけたのもすべて計画の一つ……なのか?
私に面会した後、シキが保護されたシンカに付き添うもよし、怒りに任せて賊を追うもよし。どちらにしろ、レクトにとって不利にはならん。あのまま、シキがシンカのそばにいれば、親衛隊に反発してシンカの保護を遅らせることもありうる。
我らの今の会話すら、レクトの想定された計画の一部となっているのかも知れぬ。
そのためにわざと冷酷なフリを、わしにして見せたのかもしれん。
疑えば疑うほど話のつじつまが合うことが、底知れない怒りを湧き上がらせた。
我がコレクションながら手におえない男。
もう一杯、カストロワはグラスをあおった。それは、喉に辛く染み渡る。