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6.過去2

「これは当時のカンカラ王朝の聖帝、ティツアノに当てた、メッセージだ。発信は知らない地名だな。」


ルースが面白そうに瞳を輝かせた。開くとそれは、映像ファイルだった。

プラチナブロンドの女性がカメラに向かって話していた。


「陛下、お許しください。私は罪を犯しました。」


その背後にいる男性、金髪で蒼い瞳。線の細い若い男性が彼女の肩に手を乗せている。女性は、あのシンカが見た記録にあった女性だった。


「私は、もうこの星にいられません。陛下のおそばにいる資格もありません。リトード陛下と、ともに去ります。この、心変わりをお許しいただけるとは、思っておりません。ですが、どうかこの国と太陽帝国の友好が続きますように、お祈りいたします。」

映像はそこで終わった。


シンカは言葉もなく背後にいるキナリスを見る。

「なんだ、これは。」


シンカはこの映像の女性が、当時の王妃であることを知っていた。


「王妃のティツアノにあてたメッセージだと、思う。」

ため息とともに、シンカが言った。


「ふられたわけだ。当時の聖帝閣下は。」

シンカの首に腕を巻きつけながら、耳元でルースが言った。にやにやと、笑っているのが分かる。ルースは誰かれともなく触れたがる。癖のようなもので、シンカがうるさがっても気にすることもない。


「・・・。」

キナリスは憮然としている。

「お、シンカ、これ見てみようぜ。」

ファイルの一覧からルースが目に留めたのは、アクセス者が王妃、日付ももっとも新しいものだった。新しいといっても、地球暦2062年、五月十二日。今から五百三十一年前になる。

慌てて作ったものらしく、タイトルや認証はない。


「王妃が太陽帝国皇帝にあてた、最後のメッセージじゃないかな。」

シンカが小さくそう言って、開いた。


映像には王妃が映っていた。金色の長い巻き毛を乱れさせ、必死の形相で語った。


『なぜですか、陛下。私を、愛してくださったのではなかったのですか!あれは、偽りですか!リュードを捨て、身分すら捨てて、あなたのいる地球に向かおうというのに、なにゆえ、我が星を攻撃なさるのですか!』

彼女の頬に涙があふれ落ちた。

『貴方の言うとおりに、したのです。あなたが、私を皇妃として、迎えてくださると、約束なされたから、だから、私は総ての罪を背負って・・』


地響きのような唸りとともに、王妃の背後の景色が揺れた。

後ろを振り返った彼女の姿。

『すまない』

『陛下、あなた、なぜ、ここに・・』

王妃の後姿のその向こうにいる人物。それは先ほどと同じ、リトード一世だった。哀しげな表情で、王妃を抱きしめた。王妃は先ほどまでの激しさをすっかり失っている。

『謀られたのだ。公では、私はここで暗殺されたと報道されている』

『では、この端末でネットワークで、真実を・・』

振り向こうとする王妃を、皇帝が止める。

『これは切断されている。それができるのは、彼らしかいない・・』

『陛下、・・・』


そこで、映像は途切れた。


「皇帝は暗殺されたんじゃなかった。そうか。切断されていたから、この、メッセージは今のネットワークには残っていないんだ!」

シンカはデータを確認した。

「どういう意味なのか分からないが。」

キナリスが、シンカのすぐ横に顔を寄せ、モニターを見つめる。

「王妃のこのメッセージはしたためられただけで、相手に送られていないんだ。だから、これを見るのは俺も初めてだ。ネットワークを通じて、太陽帝国に届いたメッセージは、他の惑星からでも見ることができた。でもこのメッセージだけは、五百年、誰の目にも触れずに、この機械にだけ残されていたんだ。俺が調べたときには、皇帝はこの星で暗殺され、その報復のためにカンカラ王朝は滅ぼされたとなっていた。実際は、違ったんだな。このネットワークを操れるのは、太陽帝国皇帝か、あるいは皇帝と同じ資格を得たもの。皇太子とか。そういう人でなくては、ここをネットワークから孤立させることなんかできない。」


「つまり?」

ルースが、キナリスとシンカの二人の肩に腕を回す。キナリスが嫌がって、その手をつねった。

「皇帝は、いや、このカンカラ王朝は、当時の太陽帝国の皇太子とその勢力に罠に掛けられた。この惑星ごと葬られたんだ。」

「悲恋の物語ってとこか。あの王妃、キナリスに似ているな。」


相変わらず首にまとわりつくルースを引き離そうとしながら、シンカは言った。

「キナリスは、このカンカラ王朝の血を引くんだろ?」

「そう、伝えられてはいる。だが、遠い昔の話だ。今のこの国には関係ない。」

「おいおい、キナリス、お前の先祖の国を滅ぼした原因がわかるんだぜ、もうちょっと興味を示してもいいだろう?」


「キナリスが、必要ないなら、俺も調べないよ。」

シンカが、手を止めた。金色の髪に透けるモニターの光が、彼の顔をいつもより青白く見せる。

「なんだ、つまらんな。もっと、当時の様子とか分からないのか?」

シンカは肩越しに、ルースを見上げて微笑んだ。

「こういうののこと?」

ふわりと、ホログラムが立ち上がった。それは今の地球の首都ブールプールに少し似ている。そう、この星の旅行社が宣伝用に使っていた、地球の映像だ。

ホログラムは三人を取り囲むように六角形の室内一杯に広がり、どこを見渡しても完全な三六0度の風景を映し出す。夕暮れの赤く染まる空を、当時の空挺らしきものがキラキラと行き交い、ビルの間を縫う道路らしいパイプが、美しい植物のツルのように都市にまとわりついている。

「うお、すごいな!」

「ああ。」

さすがに、キナリスも見とれた。

「この星の旅行会社が宣伝に使った、当時の地球の様子だと思うよ。多分ここもあんまり変わらなかったんじゃないかな。」

「これが、五百年も昔のこととは・・。」

映像は、展開しつづけ、青い海と空のリゾート地の映像や、陽光が透ける海の中に、色とりどりの魚が泳ぐ姿、と続く。最後に宇宙航路の宣伝だろう、宇宙空間と、惑星リュードの姿が映される。

「あ、キナリス、これが、この星なんだ!」

シンカが指差した。


青く、揺らめくような光を放つ、丸い星。

だんだん近づいて大きくなっていく。


ちょうど右の奥に、二つの月の一つが小さく白く輝く。

見ている間に二つ目が顔を出し、双子の小さな月であることが分かる。その姿は地上から見るのとほとんど変わらない。


「これが・・。」

シンカは、キナリスを見つめた。

映像が終わって室内が薄暗く戻る。

二人のリュード人は呆然と目を丸くして立ち尽くしている。


「・・キナリス。この文明を、今すぐにこの星にって、考えているわけじゃないんだ。」

「夢を、見ているようだ。」

シンカの言葉も届いていない様子で、ぽつりとキナリスが呟いた。ルースは面白そうに笑う。

「いいなあ、俺も、ああやって、この星を見てみたいぞ!」

「可能なのか?」

二人に期待を込めて見つめられて、シンカは困った表情をした。


「・・二人を特別に招待することは可能だよ。でも、この星にいる総ての人々に、今の景色を見せることができるのは、きっと、ずっと先になる。」


「なんでだ?シンカ、もったいぶるなよ、お前はああやって、遠いとこから来たんだろ?だったら、俺たちだって誰だって可能じゃないか。」

「だめだよ。」


きっぱり言ったシンカに、ルースが眉をしかめ詰め寄った。

「おい、あんなの見せといて、ここはレベルが低いからダメだなんていうんじゃないだろうな!」

「ルイ。やめろ。私には、何となくわかる。」

「なぜだ、キナリス。あんなすごいことができるんだぜ、もう、この大気の毒に脅かされることもない、もっと豊かな国になるじゃないか!」

シンカはその隙に端末の電源を落とした。

きづいてルースがシンカの手を取る。

「おい、シンカ、なぜ消すんだ。」

「ルース。キナリスは、知ってたんだ。この星こういう文明があったことも、その技術のことも。もう一度、同じようなことをしたいと願えば、そうできないこともなかったはずなんだ!」


「……そうなのか?キナリス。」

右手首をつかむルースの手を引き離そうと、必死になりながら、シンカはキナリスを見つめた。


「ルース。文献にはたくさんの技術や学術書などがある。真似して再現しようとすれば、可能だろう。だが、今のこの国には必要のない力だ。今はユンイラさえ、きちんと栽培できればそれでいいのだ。人口も少ない、労働力も今の文明を支えるにちょうど良い。」

「俺には分からん。」


シンカもルースの手を気にしながら、言った。

「ルース、いずれ今の太陽帝国の文明レベルに合わせていく予定だ。でも、その方法や早さは、これからこの惑星を代表する政府と、話し合って決めるんだ。何の理論も分からない技術を、ただ闇雲に取り入れることが豊かになるって言うことじゃない!」

ルースは立ち上がったシンカを睨みつけた。

「あと十五年しかないんだ、それまでにこの惑星の代表を決めて、どうやって新しい文明を受け入れていくのかを決めなくちゃならないんだ!だから、俺、どうしても、キナリスに会って話したかったんだ!い、痛い!」

金髪の青年の表情が、歪む。


キナリスは、何が起こっているのか、分からない。

ルースは、シンカの指輪のはまった中指を掴んでいた。


「お前、生意気を言うな!」

「やめ、ろ、・・」

シンカは後頭部を貫く痛みに、視界が赤くぼやけるのを感じながら、我慢できずに膝蹴りをルースの腹に蹴りだした。格闘技を習っているシンカのそれは的確に男の息を一瞬止めた。膝をついて、ルースは腹を押さえる。不意打ちだったのだからかなり効いたのだろう。

「お、・・お前。」

シンカは開放されて、痛む右手を抱え込んでうずくまると、荒い息でルースを見上げた。

彼の表情がどれほど恐ろしい形相になるかは予想できた。


可愛がってきた、ペットのような存在の俺に噛み付かれた気分だろう。


「おい、止めろ二人とも!」

キナリスが、ルースの腕を取って、助け起した。

「許さないぞ、シンカ。お前が、俺に逆らうなど。」

整った美しい顔が憎しみに歪む。それは、シンカの胸に、哀しく感じられた。

「とにかく、一度外に出るぞ。」

「俺、ここで、ネットワークを、直すよ。今、切断されているらしいから。・・。」

ルースに肩を貸しながら背を向けるキナリスに、床に座り込んだままのシンカは告げる。

「勝手にしろ。」

そう言って、振り向きもせず、金髪の聖帝は歩き出す。

ルースは、うなだれたまま、キナリスに身体を任せて、よろよろと歩いている。少し、その精神状態が不安定なのは、シンカにも、よく分かった。


椅子を支えに立ち上がると、小さく頭を振った。昨夜ほどではないにしろ、まだ少し、くらくらする。ルースに、指輪のことを知られたのは、失敗だった。

ため息を一つついて、シンカはネットワークの再構築をはじめた。つなげて、ついでにここで、フェンデルに連絡を取ろう。

そろそろ、ステーションへ帰さなくてはならない。体調が心配だ。同時に、ステーションで俺の無事を公表してくれれば助かる。そのための映像ファイルも作って、フェンデルに渡すことも可能だろう。

シンカは、再びシステムに電源を入れた。




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