5.再会9
地下。
宮殿の最も外壁に近い北の隅にある、古びた石段からそこへは降りる。
湿った空気と、思い鉄の扉を押し開くと、そこには二人、衛兵がいた。
「ルイ殿下。」
一人が驚いて、姿勢を正す。
「昨夜、捕らえたものがいるだろう?会いたい。」
「しかし、あの、陛下の許可なくしては・・。」
「ああ、キナリスは今忙しいんだ。代わりに、私が話をするよう言われてな。」
にやりと笑うオレンジの髪の男に、衛兵は戸惑う。まだ、若い衛兵だ。
「それとも、この私が、欺いているとでも言うのか?」
睨みつけるルースの迫力は、常に人の上に立つ者として生まれ、そのように育てられたものにしか表現できない。
「いえ、どうぞ。」
若い衛兵は、牢内にいる先輩の衛兵に判断を任せることにした。それが、最もいい判断だと、思い込んだ。同僚に目配せすると、二つめの扉の閂をはずす。
「ああ、ありがとう。」
ルースは笑って通る。
衛兵は、その腰に、派手な長剣があることに、気付いた。
が、既に扉の向こうに消えようとしている、隣国の王子に、そのことで注意などできようはずもなかった。
任せよう。
二つ目の扉の中で、再びルースは止められた。
「ルイ殿下。どのような御用でございますか。ここは、殿下がいらっしゃるようなところではございません。」
「キナリスに、頼まれたのだ。昨晩、捕らえた男がいるだろう?」
「はい。しかし、陛下が御一緒ではないのでしょうか?」
「ああ、急な用事でな、外まで一緒だったのだ。でなければ、外の衛兵が私をここに通すわけがなかろう?」
長いまつげの縁取る、深い緑の瞳が、涼しげに笑う。衛兵は、一瞬の間に何か考えたようだ。静かに言った。
「はい。では、御案内します。」
「いや、一人で行く。どこだ?」
腰の長剣を鞘ごと外しながら、問い掛ける。衛兵の視線が、剣に向く。
「一番奥でございます。殿下、あの。」
「これはお前に預ける。」
ルースは強引に、衛兵に剣を渡した。
「お前は信頼できる。外の、あの若い衛兵。あれは、だめだな。私なら、使わない。」
にっこりと笑って、衛兵の肩を二回たたき、ダンドラ王国の王子はさらに地下に続く石段を、降りていく。その後姿が、ランプの明かりが揺らす影だけになるまで、衛兵は両手に長拳をささげ持ったまま、ぼんやりと見送った。
レン、そう、呼ばれて、寝転んでいた男がむくりと起きた。
「・・ルース、いえ、ルイ殿下。」
牢の鉄柵はひざの高さから天井まである。牢内には灯りはなく、廊下のランプの明かりがレンに縦じまの影を投げかけている。衛兵が見回りに来たときに、のぞかなくても見えるようになっているのだ。
「そなた、いろいろと面白いことを話したそうだな。」
「ええ。なんなら、お聞かせしましょうか?」
柵越しにルースの正面に立つと、ルースより少し背の低い、淡い金髪の男はにやりと笑った。ルースは、この男には隙がないことに気付いた。
「それも、聞きたいのだが。私が知りたいのは、シンカの目をつぶしたものを、お前が知っているかと思ってな。」
「どういうことです?シンカ本人にお聞きになればよろしいかと。」
「話したがらないのだ。」
「聞いて、どうされるのですか?」
「・・永久に、あれの目を見えないようにして欲しくてな。」
にやりと、笑う。
「・・あの。」
いつも冷静を装っているレンも、さすがに驚きを隠せない。
「ふん。お前、あいつの何なんだ?皇帝陛下とか言っていたから、付き人か。」
「はい。直属ではありませんが、護衛をしています。」
いつもの細い目の、冷たい表情に戻ってレンは言った。ルースは、にやりと笑った。
「ま、仕事であいつのそばにいるわけだ。じゃあ、いいだろう?教えろ。知っているんだろう?」
「本気で、陛下の目をつぶす、と?」
ルースはにっこりと笑った。その笑顔に一点の曇りも躊躇もない。本気だ。
「・・あなたは、陛下とは旧知の中だと、思いましたが。」
「ああ。あれにかわる友人はそうそうできるものではないな。」
「なぜ、陛下の目を?」
「その方が面白いだろう?」
レンは黙った。
「レン、お前も、まんざらでもなさそうじゃないか?俺の話を聞いても、大して心を動かされていまい。」
細面の細い目の男は、だまって、王子を見つめた。この王子、人懐こい笑みと我儘な様子が人を欺くが、その観察眼と勘の鋭さは、相当のものではないのか。奥底でなにを考えているのか、想像もできない。ある意味、シンカとは対極に感じる。
「・・言わないか?」
「殿下。シンカは、太陽帝国皇帝は、貴方の予想をはるかに越える、力を持っています。」
「ほう。」
腕組みをして、ルースは冷たくレンを見つめた。
「彼は、いずれこのファシオンも、ダンドラも。この大陸の五つの国のみならず、この星のすべてを自分のものにしようとするでしょう。」
「ほう。」
レンの脅しとも取れる言葉にも、ルースは緑の派手な瞳を面白そうに輝かせて聞いている。
「私は、それを防ぐよう、ある方に命じられて、シンカのそばにいます。」
「お前は、シンカの味方ではないのだな。」
「そういうことになるでしょうか。」
したたかに笑うレンを、じっと見つめる。
「殺すのか?」
ポツリとつぶやくようにはなったルースの言葉に、細い灰色の瞳がさらに細くなる。
「なかなか、難しいのですよ。シンカのあのリング、腕と指にあるもの、お気づきですか。」
「ああ。」
「あれは、皇帝の証と言っていいもので、あれを外すと、全宇宙の総てが麻痺して混乱します。そして、一定の時間がそのまますぎれば、シンカは死んだとみなされて、そのリングを持つものに自動的に報復がなされます。そう簡単には殺せないのですよ。」
ルースはシンカのあの痛がり様を思い出していた。だから、外れないようになっているのか。面白い。あの指輪に、そんな仕組みがあるとはな。
「報復とはなんなのだ?」
やけに嬉しそうな王子に、レンは目を細めた。何を、考えているのか。
「詳しくは知りませんが、この国で、一瞬にしてなくなった町が、あったのではありませんか?」
「あれは、報復だったのか?」
「いえ、単なる攻撃を受けただけです。報復はその何倍もの被害となるでしょう。まあ、実際にその報復を受けた例がありませんので、本当のところは誰も知らないのですが。」
ルースは、戦地に赴く際に通りかかった、アストロードのあった場所を思い出した。
何もない、荒地と化した平原。それが、一瞬にしてなされたことだとすれば、その力の大きさは計り知れない。今の、我らの技術では、想像もつかないものだろう。その力を持つ太陽帝国とやらを、あれが、統べているというのか。
あの、利発ではあるが素直すぎる、子供が。
「あの、ルイ殿下。貴方は、宇宙とか、惑星とか太陽帝国とか、あまりその存在に疑問をもっていないように思いますが。御存知、というわけではないですよね?」
落ち着いて聞いているルースに、レンは疑問をもつ。
「太陽帝国とやらは知らん。だが、シンカは子供の頃から、惑星だの、遠い星に違う世界があるだのと、俺に話した。あれは、母親にそういう教育を受けていた。俺が珍しがるので、得意げにその日知ったことを話してくれた。」
「そうでしたか。」
「始めは、子供の空想と思っていたが、それらの知識が増えていく様が、空想の域を超えていることに気付いてな。それに、シンカは普通の子どもと違っていたし、そう言うこともあるのかもしれんとは思っていた。」
「それだけの背景を持つシンカの目をつぶして、どうなるというのですか?」
「そばに置く。それだけだ。もともと、あれは私がそのために育てたのだ。協力しろ。殺すより、簡単ではないのか?報復を恐れる必要もない。」
無邪気とも取れる笑みを浮べる、派手な容貌の王子を見つめて、レンは、だまった。
拒絶はしないが、実感はないのだろう。盲目になったからといって、シンカを皇帝の座から下ろすことができるわけではない。強引に誘拐などすれば、それこそ、ただでは済まされない。それが、理解できていないのだろうか。
だが、利用できないわけでもない。
レンは灰色の目を細めた。
「・・個人的には、彼が盲目であろうと、なかろうと、関係ないとは思います。そうですね、一つ、御協力願えますか?彼を襲ったものたちは、今、太陽帝国に追われています。しばらく、匿って欲しいのです。その条件でなら、彼らも協力してくれるでしょう。」
ルースは、あきれた声を出した。
「なんだ、それもお前が手引きしたのか。」
「どうされます?」
「ふん。いいだろう。」
にやりと、ルースは笑った。その冷たい視線が、レンをあざけるように眺める。
どこにでも、姑息な家臣はいるものだな。シンカ、お前は皇帝とやらになって、幸せなのか。家臣の手によって殺されそうになる。それに気付きもしないでいる。あれの性格では気付いてもきっと、許すのだろう。
俺のそばにいるほうが、お前は幸せだ。汚泥のなかを這い進むような、政治と権力の世界で、その蒼い瞳がにごるくらいなら、俺のそばで、何も見ずにいたほうがよい。綺麗な心のまま、真っ直ぐな性格のまま、俺が、守ってやる。
レンは、腕につけたリングから、小さな通信機を取り出した。
去っていくダンドラの王子の後姿を見ながら、ヌーたちが応じるのを待った。
「なんだ、お前か。」
シケットの返事は冷たい。
「今どこにいるんだ。」
レンの問いかけに、シケットは一瞬黙った。
「馬鹿かお前。言うわけないだろ。何度、連絡したと思ってる。皇帝は生きているんだな?」
馬鹿にされて、レンは頬を紅潮させる。
「仕方ないだろう?親衛隊がシンカに張り付いていたし、私も疑われていたんだ。」
「生きているんだな。今のままでは、死なないということなんだな?」
彼らは、シンカが死ぬのを待っていた。遠く離れた場所でそれを確認したら、惑星を離れる予定だった。リングの報復を避けるために。
「ああ。ぜんぜん、だめだぞ、あれじゃ。何手加減してるんだ。今はもうぴんぴんしているぞ。お前たち、名声の割に半端な仕事をするんだな。もう一度、チャンスをやる。隣国の王子を味方につけた。私は今、身動き取れないが、お前たちを宮殿内に呼び込むよう依頼された。」
「本当に馬鹿だな、お前。俺たちは、やろうとすればいつでも、宮殿内に入る込むことくらいできる。ただ、皇帝がどういう状態で、どこにいるのかをお前が知らせないから動けないのだろうが!」
「ふん。まあいい。ルーランさんが痺れを切らす前に、早いとこ、やってくれよ。ヌーにお遊びはやめて、確実にやれって伝えておけ。」
「お前、殺す。」
返事はヌーだった。
「でも、先に、皇帝を殺す。」
シケットが離れたところで何かをうなるのが聞こえた。かまわず、ヌーは続ける。
「今夜にも行こう。」
「ああ。」
にやりと、レンは笑った。ヌーたちが来る前に、ここから、抜けて武器を手に入れておかなくては。そう、考えながら。