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5.再会7

引かれるがまま、たどり着いた部屋で、どうやらソファーらしきものに、シンカは座らされた。

「ルース。」

「なんだ?」

面白がっているのがよく分かる口調だが、それにいちいち腹を立てていても仕方なかった。

「俺は、ダンドラには行かないし、あんたのものでもないからな。勝手に決めるな。」

白い、革張りのソファーに沈む込むように座って、その蒼い大きな瞳をしっかりと宙に向けて話す青年が、ルースには面白かった。

「私が、救わなければ、お前は牢獄行きだったぞ。」

「それは、礼を言うよ。ありがとう。」

礼を言う素直さがまた、面白い。

「シンカ、もっと早く見つけるべきだった。私はいずれ、お前をそばに置くつもりだった。」

「だから、俺は、あんたのものでもないし、おれには俺の国があるし。」

「その、状態でか?」

あごを上向かせる男の手が嫌で、シンカは、振り払ってそこから離れようとする。

数歩、歩いたところで、テーブルだろうか、何かに突き当たって、転ぶ。

「危ないな、シンカ。」

また、引っ張り起される。情けない。

「放せよ!・・はなせ・・」

悔しくて、涙が出そうだ。

「泣きたければ、泣けばいいだろう?そうやって、お前はいつも、我慢するんだな。」

「!別に、我慢なんて・・。」

うつむいて、ぎゅっと目をつぶる。

ルースの、濃い緑の瞳は、真剣な視線を、目の前の青年に向けていた。

この、意地っ張りは、決して弱みを見せない。それを、吐露させるのは、一つの楽しみになっていた。どう責めれば白状するのか。その過程が面白いのだ。

笑わせてほぐしたり、きつく叱ってみたり、涙を誘ってみたり。シンカの真っ直ぐな性格は、どんなに複雑に絡んでいるフリをしていても、必ずどこかでほどけてくる。

「十歳の頃もそうだったろう?アストロードのガキどもに追いかけられて、怪我した時だって、歩けないほどひどい痛みでも、平気な振りして。熱出してなかったら、俺だって気付けなかったぞ。」

「だから、・・言っただろ。どんなに痛くても、誰にもいわないことに決めたんだ。痛いって泣いたって、誰も分からないんだ。傷が残らないんだ。母さんにだって、男の子が泣くもんじゃないってよく怒られた。」

「分かってもらえなければ、平気な振りをするのか?その辺は相変わらず子供だな。」

「平気だ。おれが平気だって言えば平気なんだよ!」

「じゃあ、なんで、そんなに怯えているんだ?」

そう言って、ルースはシンカから離れた。

「!」

「いつものお前なら、見えないくらいで、そんなに怯えないぞ。なにがあった?」

シンカの手が、宙をさまよう。捕まるところを、探していた。

「どうして、見えなくなったんだ?」

ルースは、ソファーに横たわり、ため息混じりに意地を張る青年を眺める。

シンカは、顔だけはあちこち見回すが、どうにも、一歩が踏み出せずにいた。

「ルース、意地悪するなよ。」

返事はない。

「ルース?いるんだろ?」

「・・・。」


しばらく、そのまま、シンカは無言で立ち尽くしていた。緩やかなくせのある金髪は、本人が気にできないためだろう、乱れたままで、額にかかる前髪が、余計に青年を幼く見せる。

そのうち、うつむいて、小さいため息をそろそろと吐き出した。

ゆっくりと、その場に、座り込んでしまった。

天井からつるされたシンプルなシャンデリアの白い灯りが、シンカの足元にゆらゆらと影を作る。深夜。何の物音もしない。

手元のテーブルを照らす、ランプの黄色い光の向こうに、青年を眺めながら、ダンドラの王子はじっと見つめている。意地悪にも、息を潜めて。

座り込んだ青年が、小さく震えていることに、男は気付いた。

泣いているのか?

うつむいた横顔は陰に沈み、そこからではよく見えない。

「・・だろ。」

小さい声が、した。

「ルース、そこに、いるんだろ?」

その声は、かすかに震えている。

そこに、ルースがいるのは、わかっている。わかっているのに、物音一つしないと、恐ろしくなる。今は、床の冷たい感触だけが、シンカを現実につなぎとめている。それを、失うのが恐ろしくて、立ち上がることも、前に進むこともできない。せめて、何か音があれば。

「意地悪だよ、ほんとに。」

自分でも声が震えていることに気付いている。情けなくなって、余計に胸が締め付けられる。

恐怖。

何も危険なことなんかないのは分かっている。なのに、恐怖が消えてくれない。手の震えが止まらない。

「頼むよ。・・ルース。俺、恐くて・・。」

返事はない。

「何度も、何度も、切られたんだ。手とか足とか、腹とか・・。見えなかったけど、・・多分、ナイフだと、思う。ゆっくりと、切り刻んで、俺を殺すつもりだったんだ、・・・あいつら。」

「目は、どうしたんだ?」

シンカはほっとしたように、声の方向を見上げる。あきらめて、話し出した。

「・・そいつは、針を、使う。あの時は目だけじゃなくて、耳も、聞こえなくされた。恐くて、痛くて、・・声も出せなかった。何も見えなくて、聞こえなくて。・・動けなかった。・・俺、初めて、死ぬかと思った・・。今も、真っ暗で、何の音もしないと、恐くて・・。」

喉が、渇いて、上手く話せなかった。頬を、伝う涙に気付いた。

長い腕に、抱きしめられた。

「そうやって、ちゃんと泣けばいいだろ?」

震えている青年を、ルースは面白そうに見つめながら、抱きしめる。

「ルース。・・意地悪いよ。ほんと。」

男の胸に顔をうずめて、青年はやっと、肩の力をぬいたのだろう、体重を預けてくる。その重みが、ルースには心地よい。

ちょうど、頭一つ分違う背丈のせいで、シンカの柔らかな金髪が、首に触れる。

甘くて少し苦い、ユンイラの香りがする。まだ、幼かったシンカを、なんどこの腕に抱いたことか。白い頬の柔らかな感触を思い出す。あの頃のシンカは、今よりずっと華奢で、顔は幼くもう少しふっくらしていた。顔だけ見ていれば女の子に間違えられるほどだった。退屈な午後などは、時には二人で、時には女も交えて、快楽に酔った。

ぞくりと、心地よい衝動が起こる。

「いいこと、しようか?」

その台詞は、シンカを抱きたい時の決り文句だった。

「とびっきりの、悪いことを?」

シンカが顔を伏せたまま言ったその返事も、子供の頃の、シンカの決り文句。

あの頃の、シンカにとって、男だろうと女だろうと、性行為は悪いことだった。

それを、冒険のように楽しんだ時期があった。

「もう、大人だろ。お前は。」

耳元でルースがささやく。だれと交わろうと、悪いことではない。

「・・そうだな。だから、悪いことはしない。」

「しないのか?」

「おい、俺、ほんとに、そういうのいやだぞ、もう。」

離れようとするシンカを、引き止める。

「俺に、逆らえると思うのか?」

「・・だから、嫌だって。」

にんまり笑うルースの表情。それは、シンカには見えない。抵抗のしようもなかった。

「慰めるつもりなのか、苛めるつもりなのか、・・ほんと、訳わかんないよ、ルース・・」

それでも、その腕の温かさは、今のシンカには、ほっとできる場所だった。幼い頃から、一番影響を受けた存在だった。それが、いい事なのか悪いことだったのか、分からないけれど、今、ルースに逆らえないのは、もう、どうしようもない現実だった。

「シンカ、これ何だ?」

ルースはつかんだ青年の腕に、あまり見たことのない光を放つ、金属でできた腕輪と指輪がはめられていることに気付いた。それは、太陽帝国皇帝の証となる、特別なリングだ。対の指輪は、同じ右手の中指にある。

ルースの長い指を持つ手が指輪を外そうとする。

「だめだよ!それは、取れないんだ!痛いっ。」

慌てて、やめさせようとするが、つかまれた手首は高く引っ張り上げられ、届かない。ルースが強引に外そうとするために、ひどい痛みが走る。二つのリングはともに骨まで固定されている。神経に、端子が繋がっているのだ。

「なんだ?張り付いているのか?」

「違う、痛い!うあ、やめ・・。」

あまりの痛みに悲鳴に近くなる。ルースの手が放された。

「おい、なんだこれ。血が。」

生暖かい液体が、手首を伝う感触があった。外せないとは聞いていたが、ここまでとは、シンカも知らなかった。外されることを皇帝の死とみなすといわれたが、強引に外したら死んでしまうんじゃないか。それほど、ひどく痛んだ。その痛みはそのまま、後頭部に響き、ひどい頭痛がする。脳神経にまで、繋がっているのか。

医学の知識のあるシンカは想像して、ぞっとした。確かに、ネットワークを操作できるとは聞いていたが、それは認証のことだと思っていた。皇帝の意志を反映させることができる、そう言った博士衆の言葉の意味が、何となく分かった。

自分自信が、ネットワークの一部になりうるということか。だから、リングをはめるとき、全身麻酔が必要だったんだ・・レクトが、リングを作り直すことを反対するわけだ。こんな、ものだとは・・。

「おい、大丈夫か?」

シンカは、血の滴る右手を左手でかばい、うずくまるように体を丸めて、蒼白になっていた。

「シンカ?」

「ひどい・・よ。」

ぐったりして、目を閉じたままの青年を、そっとなでる。

「その金属、見たことないな。お前、なにを隠してる?」

耳元から聞こえるルースの声は、嬉しそうだ。

シンカは口をぎゅっと閉じて、応えない。

「明日、じっくり聞かせてもらおうかな。楽しみは、後に残したほうがいい。」

毛布をかけられた。離れていく足音。

シンカは、身動きできずに、その気配だけを感じていた。頭痛がひどかった。

部屋のどこかで、携帯の着信音が鳴っている。

脱がされたコートに、入っていた。

出られる、状態ではなかった。

・・レクトだ・・。

そんなことをちらりと考えた。


ベッドに誰かが乗った気配で、目が覚めた。

「おはよう。」

目をこする青年に、ダンドラの王子は挨拶を返す。昼が近いのだろう。

窓の豪奢なステンドグラスをすかした陽光が、王子の背の高い姿をシルエットだけ見せる。シンカはまぶしく感じて、何度も目をこすった。

「さっさと起きないと、朝食抜きだぞ。」

ルースは、濃い緑の瞳をニコニコ緩ませながら、シンカの顔を覗き込んだ。

厳しい口調とは裏腹に、その表情がやさしげであることに、シンカは気付く。

「・・機嫌いいんだ。」

「お前、見えるのか?」

「あ。」

ぱちぱちと何度も瞬きして、にっこり笑う青年に少し残念そうな顔をしてルースは言った。

「なんだ、簡単に治ったな。」

「うん、よかった。」

昨日の、指輪を外されそうになって、傷ついた脳神経が再生したのかな。シンカはまじまじと、指輪を眺める。指との境目から流れ出た血は、今は黒っぽい塊になっていて、傷や痛みはなかった。洗い流せば大丈夫そうだ。それより何より、見えるようになったことのほうが嬉しかった。

ベッドに座って嬉しそうに自分の手を見ているシンカに、ルースは適当に選んだ服を投げてよこす。

その態度にはあからさまに、不機嫌が漂う。

まだ、シンカは気付いていなかった。

「ルース、俺の仲間は、どこかな。」

「さあな。」

そっけない返事にも、じゃあ、キナリスに聞こう、なんて簡単に考えている。とにかく、見えることが嬉しかった。何もかも、いい方向に進むような気がする。

昨日、座り込んだだろう場所を見つめる。

そっと、目をつぶってみる。

真っ暗な、あの恐怖を思い出してみる。

ぎゅっと、手を握る。

瞳を開いて、息を大きく吸った。

大丈夫だ。もう、震えない。恐怖がないとはいえない、けれど、動けなくなるほどじゃない。見えれば、余計に自信が沸いた。

キナリスに、どうやって、太陽帝国のことを、はなそうか。それとも、先に、この城の地下にあるだろう遺跡を、見せてもらおうか。そこには、きっと、五百年前の何かしらが眠っている。

「来い、シンカ。」

まだ、服を着て、髪を整え始めたところだった。

「ルース。ちょっと、待って・・。」

「来い。」

強引に手を引いて、ダンドラの王子は先を歩く。

「・・・ありがと、ルース。ルースのおかげだ。」

「だまれ。」

天井の高い廊下を歩きながら、ルースは冷たく言った。

「・・なんだよ、俺が治ったの、気に入らないのか?」

「ああ、つまらん。おもちゃみたいで面白かったのに。」

そこで、シンカは、返す言葉を失った。

「もう一度、目をつぶすか。」

「は?」

「いや、綺麗なまま見えなくするって、どうやったんだ。針って、・・。」

独り言のように、ブツブツ言っている男に、手を引かれながら、シンカは心臓の鼓動が高まるのを感じた。

夢中になって、こうしたいと思って行動するルースは、止められない。

それは、幼い頃から、よく知っていた。逆らうと不機嫌になって手がつけられないのだ。

理由もなく殴られたことだってある。

シンカが、最期にルースに会った頃、当時十五歳のシンカには、彼の行動についていけないことがたびたびあった。昨晩のように、夜の相手をするのもいやだったし、彼の提案する遊びの半分が、罪悪感を伴ったり、理性的に受け入れにくいものが多かった。かなわないまでも喧嘩したりもした。

そう、キナリスが言っていた、冷たい男という表現は、とても、当てはまっていた。

ふいに、振り向いたルースと目があった。

どきりとしたシンカの表情を、また、面白そうに眺める。

「どうした?」

「なんでも、ないよ。俺、目をつぶされるのは、ごめんだからな。」

くくっと笑う王子。

「冗談だ。」

「俺、ダンドラには行かないからな。」

「逆らえると思っているのか?」

「思う。」

強く睨んだシンカの視線に、ルースは少し驚いた。

こいつ、こんなに強い表情を持っていただろうか。

やはり、視力が戻ったのがよくなかったか。

再び、ルースは、どうやって面白いおもちゃを元に戻そうか、考えにふける。


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