5.再会3
シンカが再び眠りについた頃、別室ではミンクとガンス、カイエの三人が遅い昼食を取っていた。
合流した親衛隊は、その強い権限でシキやレンを疑ったり責めたりした。
もともとナイツのこともミストレイアのことも、存在自体を嫌っていたのだから仕方ない。
親衛隊にとって自分たちに代わって皇帝の護衛を勤めるそれらが、憎くて仕方なかったのだから。
シンカがシキに連れられて戻ってきた翌朝、親衛隊は突然宿にたずねて来た。
夜のうちに郊外に高速艇で降り立ったという。
リュード人に見つかれば大変なことになるのだが、緊急事態という大義名分があった。彼らはシンカの治療を連れてきたガンスに任せて、事情をナイツの二人に問いただした。なぜ誘拐されることを防げなかったか。
そのことでナイツの二人が責任を問われることは避けられない。
「陛下のお遊びのお相手にしても、もう少しまともな人材を派遣して欲しかったものだ。太陽帝国の質が問われよう。」
親衛隊の一人がそう言うとカイエよりずっと年下のもう一人もうなずいた。
「陛下は我らを呼ぶほどのことでないといつもおっしゃいますが。それがこの件を引き起こしたとなれば、今後は常におそばにお仕えしなければ。」
「そう、陛下がなんとおっしゃられようとな。」
「ところでレン・ムラカミ。カイエ・ハムリ少尉でしたか。今後は我らの指揮下にはいること軍務官より指示があった。まあ、やってもらえる仕事はないでしょうが。」
いやみに笑う若い親衛隊にレンが無謀に噛み付いた。
「さて、親衛隊の皆様は地球人でいらっしゃる。陛下がリュードに残られることにでもなれば長くて七日間しかいられないでしょう。あ、いえ失礼しました。親衛隊の方ともなればこの星の大気に肺を侵されてでも陛下をお守りするという、御立派なお覚悟がございますでしょうが。」
「だまれ無礼な。二人とも責任を問われること、覚悟しておいたほうがよいぞ。陛下のおそばにいられるのも今限り。二度と同じ地は踏めぬと思え。」
「あの、そこまでおっしゃらなくても。」
ミンクが恐る恐る言う。
「ミンク様、あなたが御無事で何よりでした。今後、私がお守りいたします。」
女性の親衛隊ナニヲイが微笑んで、ミンクの肩に手を置いた。
背の高い彼女を見上げてミンクは笑い返すしかなかった。
シキはその間もずっと、シンカのそばについていた。だが、レクトの命を親衛隊に伝えられるとミンクに「シンカを頼む。」と言い残し、夜の明けないうちに小型の高速艇でステーションに飛び立った。その時の表情を思い出すたび、ミンクも涙が出そうになる。
その日から二回目の夜が明けて、皆の雰囲気は最悪になっていた。
ミンク、カイエ、ガンスの三人は常に寄り添うように行動をともにしていた。レンは誰とも口を利かなくなり部屋にこもりがちで、食事のとき以外ほとんど顔を見ない。
親衛隊はやはり早く地球に帰りたいのだろう、日ごとに苛立ちを増していて、その威圧感はこの宿に泊まるほかのリュード人にも少し異常に見られていた。
それすら親衛隊には気づかないことのようだった。
シンカが元気になれば、そんなおかしな空気はなくなるのに。
ミンクはそう思っていた。
窓からさわやかな風とともに楽しげなパレードの音楽が流れてくる。
「ミンク、後でパレードを見に行きますか?今日が最後でしょう?お供しますよ。」
そう言ったカイエの慰めも、ミンクの食欲を取り戻すことはできなかった。
ミンクの向かいでパンに乗せたハムが噛み切れないで困っていたガンスが、あきらめてハムを取り除けた。
「ガンスさん。シンカの目は本当に治るのかな。」
「ミンク。」
パンをちぎってスープに浸しながら、ガンスが豪快に笑った。
「大丈夫よミンク。目に見えない傷を治そうと陛下のお身体はフル稼働している。まだ完全に治っていないのだから、それをご自身に知らせるために痛みが残る。視力も同じ。
これで今、視力が戻れば陛下のこと。また無茶をなさる。多分陛下が受けた傷は見た目より深いの。
この二日間何度もうなされているのを見ているでしょう?心に受けた傷が治って、陛下の身体自身が普通に行動してよいと判断すれば。視力は戻ります。」
「シンカが無理しないように?」
「ええ。生き物の中で最も敏感に痛みを感じるのは人間です。なぜなら人間は痛みを押してでも感情で行動してしまうからです。本能的に身体が保護しているんです。逆に野生動物は痛みをあまり感じません。多少の怪我で動けなくなったら、それこそ生死に関わるからです。
何の病気にもならない陛下の場合は、もっとシビアに感じさせなくては身体を休ませることができない。
だから陛下は通常の人間より敏感に自らの身体に起こっていることを感じているはずです。」
「痛みだけじゃなく?」
「ええ、五感も鋭いはずです。倦怠感や疲労感、体温の変化もよく分かっていらっしゃる。ただそれが、他人と違うことを自覚なされてはいませんが。」
「そういえばシンカひどい猫舌だものね。」
くすっとそこでカイエが笑った。
「違うの?猫舌もそうじゃないの?」
「・・ある意味当たっていますよ。」
ガンスも笑った。
つられてミンクの顔にも笑顔が戻る。
暗い。
静かな闇。
深夜なのだろう。
そう思った。
何かがきらりと光った気がした。
切られる!
思うと同時に鋭い痛み。
瞳を開けてシンカは早まる鼓動とじわりと背をはう恐怖に体をこわばらせた。
どのくらい闇をただ見つめていただろう。
ふいに意思に反して手がピクリとする。とたんに体中が異常に緊張していたことに気付いた。肩の力を抜く。
どこかが痛いわけではなかった。
夢か。
汗をかいたためかぞくぞくした。寒気がする。
「シンカ。」
ふいに頬に触れられびくっと震えた。
「ご、ごめんね。驚かせちゃった。」
ミンクだった。
青年はぎゅっと目をつぶった。
見られたくない。
「熱が下がったみたい。・・あの、ごめんね。」
「どうしたミンク。謝らなくていいんだ。気付かなかった俺が悪かったよ。」
そう言ってシンカは微笑んだ。その優しげな笑顔がミンクを哀しくさせた。
「ううん。ごめんね。」
「なんだよ、泣くことないだろ。ほら、もう手足も自由に動かせるし。今何時なんだ?」
「えと午後三時くらいかな。」
「そうか。もう少し眼が治ったら、俺、キナリスに会いに行ってくる。」
「だめだよ!」
自分でも驚くほどの声が出てミンクは自分鼓動を聞いていた。
「どうした、……ミンク?」
「だって!シンカぜんぜん治ってないのに!さっきだってあんなに怯えてたのに。怖かったのを思い出したんでしょ?あんなに痛々しいシンカ初めて見たもの!だめだよ。無理しないで。お願いだから。」
「何かあったのですか?」
そこにフェンデルが入ってきた。
「なんでもないよ。」
そう言って笑うシンカに、ミンクは怒りすら覚える。
「シンカは私のことなんてどうでもいいと思ってるでしょ!私が死ぬほど心配したって平気な顔して大丈夫だって嘘つくんでしょ!」
「ミンク、なに言ってるんだ・・。」
「だって絶対に本当のこと言わないんだもの!つらいときにはつらいって言って欲しいよ!ちゃんと伝えて欲しいよ!隠したって分かるんだから!心配なんだから。心配なのに何もできないで、逆にシンカに気遣われちゃって。本当はちゃんと私の前でも泣いて欲しいし、甘えて欲しいのに。強がってばかりなんだもの!」
泣き出しかけているのが分かる。
「ミンク。ごめん、俺男だからさ。その、うまくできないよ、そういうの。」
「知らない!」
そう言って飛び出していく。
シンカは後を追おうとしてベッドから立ち上がる。おぼつかない足元にフェンデルが支えた。
「・・笑ってるだろ。」
「ええ。陛下。ミンク殿でなくとも怒ります。私には彼女の気持ちはよくわかります。」
肩に置かれたフェンデルの手をそっと引き離すとシンカは言った。
「じゃあ、お前が慰めてくればいいだろ。」
「陛下。」
「あいつが一人で市街に飛び出したりしないように頼む。」
真剣な皇帝の表情にフェンデルは微笑んで小さく息をついた。
「まったく。私はあなたを守るためにここにいるのですが。」
「いいから、命令だ!」
「・・・仕方ありませんね。」
親衛隊長が部屋からいなくなったのを耳で確認すると、シンカはゆっくりベッドに腰をおろした。
今は痛みがないはずの右肩をそっと押さえる。
その手は震えていた。
あの時のことを考えると震える。どうしようもなく暗闇が静寂が恐ろしい。
せめてほんの少しでもこの眼に光がさしたら。
昼の光を感じることができたら。きっとこの恐怖も薄れていくとそう思うのに。
思うようにならない自分が悔しい。