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5.再会2

「シキ!」


声を大きくして呼んだつもりだが思ったほど大きくはならなかった。腹に力が入らない。

「陛下。軍務官とネットワークが繋がりました。」

フェンデルがそばにいたのだ。

俺が指揮を探しているのに、そ知らぬ顔をしている。


「映像は映すな。」

横たわったまま起き上がれない上たぶん顔色も悪い。こんな姿をレクトに見られたら、なにを言われるか分かったものではない。


「はい。」

フェンデルが抑揚のない口調でシンカの耳にささやく。端末を持ってシンカの顔に近づけているのだろう。

「シンカ、ずいぶんな目にあったらしいじゃないか。」

聞こえてくるレクトの声は嬉しげな響きすら感じられた。


「レクト、説明しろ。最初からなにか企んでたんだろ。でなきゃこんなに早く公表するはずがない。議会を召集だなんて何をそんなに急がせているんだ。」

「シンカあの二人はミストレイアのエージェントだ。今帝国軍が追っている。」

「・・ああ。」

レクトは知っていたのか。知っていて事件のことを公表したのか?


「なんだ気付いていたのか。捜索のために中立星軍に協力を依頼した。リュード宇宙ステーションのミストレイア基地は彼らが押さえている。二人はまだ戻っていないからな多分リュードに留まっている。これから捜索のためのエージェントを送る予定だ。身柄を確保すると同時に地球へ送る。ミストレイア基地にも帝国軍を派遣できる。」

「ずいぶん手回しがいいな。」

いやみなシンカの言葉にも軍務官は笑った。


全宇宙のうち現在惑星政府として独立を認められている惑星の制宙圏外の事件については文字通り中立の立場の軍隊が警察の役割を果たす。彼らは各惑星からの資金援助で成り立つ組織で力はさほどないものの中立という大義名分は制宙圏外での軍事活動には必要な条件だ。協力を取り付けておけば何かと動き易いのだ。


「二人が任務としてお前を襲ったのなら太陽帝国はミストレイアに対して解散を言い渡す。」


解散!?

「!レクト、解散って、なんで!?」

ミストレイア・コーポレーション元はレクトと親友のカッツェが興した民間軍事会社だった。太陽帝国に劣らないほどの勢力を持ち、それがどの星にも属さない自由な勢力であることが評価されている。

つまり仕事として請け負えば同じミストレイアの軍が敵味方に分かれて戦うこともあるという。

政治的な圧力や偏見にとらわれない組織として人気があった。今や百を越える惑星に基地を持ちその規模は太陽帝国の次に大きいのだ。組織に関わる人間の数は数万人に及ぶ。


それを解散させる?


「まあ、お前には悪かったが、今回の件の概要はわかっているんだ。もともとはミストレイアの内部抗争だ。ミストレイアはエージェントたちを動かす軍事組織としての一面と、巨大企業としての一面を持っていてな。実際に各惑星で紛争や暗殺調査なんかに当たる現場と組織の金儲けを第一に考える役員や出資者との軋轢が大きくてな。」


レクトの言葉にシンカは頷く。そういった噂は耳にしていた。


「末端では命をかけているのに、それを指揮する管理部門が何の軍事的経験のない奴らだったりする。俺が統括本部長に戻ったことで力関係が崩れたんだろう。今は執行部が力を持っている。

それが気に入らない役員どもは、ことあるごとに執行部を罠にかけようとする。今回も同じだ。例え誰の企みだろうと、ミストレイアに所属するものが皇帝を傷つければ、企業として責任を逃れることはできない。

フォン・デ・ルーランたちミストレイア役員どもは、我々執行陣に責任を押し付けてこれを機に一新するつもりさ。


けどな俺もカッツェもそろそろこのゲームを終わらせようと思っている。ミストレイアは存在理由を失っている。作った俺たちが解散を決めたんだ。お前にも文句は言わせん。


ルーランのリドラ人自治政府への不正流用も分かっていることだし。ルーラン財閥をたたくいい機会だ。解散後はミストレイア全体を太陽帝国軍の一部隊として吸収する予定だ。そのための臨時議会さ。

長い説明になりましたが。分かっていただけましたかな皇帝陛下。」


満足そうな言葉にシンカは目を閉じた。レクトはミストレイアが皇帝暗殺を図っている事を分かっていた。予想できていてそれを利用した。レクトはそういう性格だ。まあ事前に報告されたって俺は旅行をあきらめたりはしないだろう。レクトに上手くやられたって感じか。


「・・シキは?」

「ああ。あいつはお前のそばを離れたがらなかったんだが、セダ星のステーションでカストロワ大公の護衛に当たってもらっている。ミストレイア所属という立場もあるからな。下手にお前の近くにいて、あらぬ疑いをかけられてもつまらんだろう。二人を手引きしたなんて疑われても可哀相だしな。」

確かにやけにいいタイミングで二人は現れた。

「大公は大丈夫なのか?」

「ああ。ずいぶん俺に腹を立てていらっしゃるようだったがナ。」

そこで軍務官はくくっと笑った。


「今回のお前の襲撃事件を実行したエージェントは、表向きはセダのワトノ元首の依頼でセダ星に向かった。それがどうして皇帝暗殺未遂に繋がったか、元首が問われない訳には行かない。大公は事情を説明するようワトノ元首に説得を試みたらしいが、どうも意固地な体質だからなあそこは。決裂したらしい。」

「本当は違うんだろ?」

セダの元首はかたくななところはあるが、そんな不利な行動はとらないはずだ。そんなに馬鹿ではない。


「さあな。ワトノ・ロシノワはフォン・デ・ルーランとは旧知の仲だ。どこまで共謀しているかは分からん。気になるならお前もさっさと旅行なんてやめて帰って来い。二人のエージェントを捕まえたら、セダ星にも軍を送る。考えている時間はないぞ。」


「・・。」

セダ星はこれからの太陽帝国の政策上重要な惑星なのだ。今、セダ星との関係を悪くしたくなかった。

もともとプライドの高い惑星人種だ。自分たちに落ち度があっても認めはしない。例えそれがルーランに利用されただけでも。力で押せば力で返すだろう。

下手に俺が動けばますます混乱するのではないだろうか。


とにかく俺が無事であることを正式に伝える必要がある。それにはここでは無理だ。ステーションまで戻るか・・・。


黙ったシンカに代わってフェンデルが口を出した。


「明日にはセダ星ステーションへ到着できますよ。」


シンカには見えないが、ホログラムに映ったレクトは面白そうにニヤニヤしていた。彼の思惑通り、親衛隊は強引にでもシンカを連れて帰ってくれるだろう。

そのためにわざわざ親衛隊を送り、シキを呼び戻したのだ。

ミストレイア吸収が全宇宙に広がって混乱する前に安全なところに避難させたい。


シンカは蒼い瞳を宙に漂わせて小さくため息をついた。

「帰らない。」

「何を意地になっている。皇帝としてやるべきことが待っているんだぞ。まさか、その青白い情けない顔で私は無事です、なんて表明するつもりじゃないだろうな。」

「!フェンデル。」

映さないと言ったのに。

「え、映っておりましたか?それは申し訳ございません。操作ミスのようです。」

シンカはしらっと言ってのける男の方向を睨んで、もう一度言い直した。


「俺は帰らない。ここでやるべきことがある。それにレクト。ルーランがそのためだけにこんな事件を起すはずがないだろ。お前がやろうとすればどんな理由でも彼に制裁を加えることは簡単だ。それを覚悟してでもやり遂げようとしている何かがあるんじゃないのか?もっと別の目的が。それを確かめてからでも遅くないだろう?議会の開催はまだ許可しないからな。」

「ふん。そのあたりはお前に言われなくても分かってるさ。今調査中だ。」

つまらなそうにレクトは言った。


「なんだやけに冴えてるなシンカ。かなり参っているとシキから聞いたが。」

「馬鹿にするな。事件がおきたのは仕方ないけど、俺が身動き取れない間に事を進めようなんて甘いぞ。」

睨みつける青年に遺伝子上の父親は面白そうに笑う。

「なんだ俺に腹を立てているのか?それは筋違いだろう。お前が怒りをぶつけるべきはお前を襲った二人だろう?それになシンカ。俺が、お前をどうこうしようって輩をただ罰するだけで満足するはずがないだろう。お前が許しても俺は許さん。」

「レクト…」

シンカは言葉を失った。


俺のためだっていうのか。襲撃を知っていて見過ごしたくせに・・。


「これでシンカ。お前もリドラ人自治政府に強く出られる。なにしろ自治政府代表のルーランが罪に問われるんだ。お前が考えていたリドラ人の帰還政策もやり易くなるだろう?感謝しろ。」

「帰還政策はリドラ人のためにするんだ。彼らの意思を尊重しないでどうするんだ。」


シンカは政治的にはレクトが言っていることが正しいことも十分承知だった。それでも性格上そのやり方は間違っているように思えた。認めることはできない。


「レクト。皇帝陛下のためだって言えばなんでも通ると思うな。」

今度は軍務官の精悍な顔の表情が固まった。


「親衛隊も同じだぞ。フェンデル。俺は俺のやりたいようにする。邪魔はさせない。邪魔するなら俺一人で行く。だれもついてこなくてもいいんだ!」

「シンカ。ふざけるな。」

低い軍務官の声は怒りで震えている。独特な威圧官を感じる。それでもシンカは続けた。


「議会の開催は許さない。同盟会議の召集もだ。分かったな!」

「もう遅い。事件があったことは公表済みだ!皇帝が姿を現さなければますます事態は重く見られるんだぞ!」

「レクト、あんたがそう仕組んだんだろ!もういい!」

シンカは腕を振り払った。


ガツと予想通りネットワーク端末に当たってそれは床に転がった。

「陛下!」

慌てて拾う気配。もう通信は途絶えているはずだ。

「陛下。よろしいのですか。」


少し非難めいた口調でフェンデルが言った。彼の淡い色の金髪と薄いグリーンの涼やかな瞳を想像してシンカは目を背けた。そっと振り払った手をなでる。手が痛いのか背中が痛むのか熱で頭が痛いのか、もうよくわからない。


「陛下。」

もう一度毛布をかけなおしてフェンデルがそっと肩に手を置く。

「うるさい。」

「陛下軍務官におっしゃったこと、後悔なさっているのではありませんか。」

「皇帝のため、皇帝のためって。俺何もそんなこと望んでない。素直に自分のためってなんで言わないんだ。レクトは絶対に楽しんでるんだ。

フェンデル。親衛隊だってそうだろ?本当に俺のためならな俺の言うことちゃんと理解して協力してくれるはずだろ。

こんなふうにさ、俺がしようとすること全部無視して地球に帰れなんて、納得できるはずないじゃないか!」


悔しい。皇帝陛下だなんていったって実際は何の力もない。


レクトにはいつもそう思い知らされる。父親の癖に、俺の気持ちとか考えとかぜんぜん認めないんだ。


フェンデルは目の前の青年をじっと見つめた。熱があるらしく頬だけが少し紅潮している。顔色は最悪で大きな蒼い瞳は哀しげに宙を見る。頬にかかる金髪が余計に彼を疲れさせて見せる。


「陛下。陛下はまだ皇帝としては未熟です。だからこそ皆、陛下を支えようとしているのです。それを認めることも皇帝には必要な資質だと思います。」

そっと頬に張り付く髪をかきあげてやる。


シンカは反論しなかった。

ただじっとフェンデルのいるだろう空間を見つめている。悔しいというより悲しそうな表情。

その瞳には今は何も映っていないはずだ。


一時的なものではと彼の主治医は言った。だがもし。このまま視力が戻らなければどうやって支えてあげればいいのか。フェンデルはかすかに眉をひそめた。


皇帝としてありつづけることができるのかも分からない。いや、そのまま皇帝であることのほうが危険を感じさせた。弱い皇帝は付け入られる。利用される。


フェンデルが初めて皇帝になるという少年を見たときに、彼の運命を哀れに思った。皇帝になるための血筋と前皇帝の承認を得たとはいえ、当時のシンカは何も知らなかった。


性格や能力は申し分ないが、彼にとってその地位にいることが幸せかどうか本気で怪しんだ。


「少しお休みください。お体を一番にお考えください。どうなさるかはその後に。」

「…すまない。フェンデル。言い過ぎた。」

目を閉じて小さくそう言った皇帝は枕に顔をうずめる。


フェンデルは八つ年下の青年を見つめた。結局は心から怒れないのだ。自分を心配してくれる周囲に、本人が一番気を遣ってしまう。皇帝らしくない。


「陛下。謝る必要はないのですよ。皇帝なのです。誰の心を傷つけようとどの星を犠牲にしようと、皇帝として下した判断について謝罪など感じてはいけません。

我々は一人の皇帝に尽くします。皇帝陛下が次の代になればそれまでの親衛隊は全員解任されます。私は陛下。私の代にお守りできるのがシンカ帝であることを誇りに思っております。」


「ありがと。」


枕に向かって小さくもごもごという青年にフェンデルは微笑んだ。


(まだまだお若い。われらがお守りしなくては。)


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