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5.再会

聖帝国ファシオンの首都シオンは終戦記念のパレードで浮かれていた。


通常の三倍にもなる人口のうち、ほとんどが市街の中心の街路に集まっている。石畳のそこを練りあるくきれいに飾られた馬や、騎馬兵たちの規律正しい行進。

楽器を鳴らしながら後ろに踊る道化師を従えた音楽隊。

街の少女たちだろうかあどけない顔に似合わぬ紅を引いて踊る列に市街のあちこちから大きな歓声が沸く。


昼前の二回目の花火が乾いたパン!という音を響かせた。


シンカたちが宿を取っている白煉瓦の三階建ての建物は、ちょうど市外の中心の公園を望む角にある。

公園の噴水の周りをパレードが一周するのを眺めるのにちょうどいい場所だった。


二階のシンカの眠る部屋にも甲高いラッパの音や少女たちの歌声観客の拍手など聞こえてくる。


その音にシンカは目覚めた。何度か目を覚ました記憶はあったがあまり覚えていなかった。シキの顔を見た気がした。


薄く瞳を開いた。

そこは暗かった。


まだ見えていないのか。それとも夜なのだろうか。シキの顔を見たのも夢だったのかもしれない。そうだな見えないのだから。


再び花火の音が室内に響く。


耳聞こえるんだな。

ああそういえばシキが手に何か書いてくれて。

……俺生きてるんだよな。



ふと息を一つ吐き出して首を回そうとした。全身に重い痛みがある。貧血になっているのだろう鈍い倦怠感がある。熱もあるようだ。


「シンカ、よかった。」

すぐそばでミンクがため息とともにそう言った。

気づかなかった。シンカは驚いたのだがそれを表情に出す前に笑顔を浮かべる。心配させてはいけない。それはもう癖のようなものだった。どんなに痛くても笑顔だけは作れる。


「ミンク。ごめんな。心配させて。」

そう言って見つめる瞳の方向は見当違いだったが、かまわずミンクは婚約者の首にすがりついた。一瞬痛みに身体をこわばらせたがシンカはすぐにミンクの顔があるだろう方向に視線を泳がせる。

「シンカ。」

ミンクは泣いているようだ。頬に暖かい涙が落ちる。首に伝う。


ミンクを泣かせている。その事実は何よりもシンカの心をきりりと痛ませた。


「ミンク。ごめんな。俺大丈夫だからほらもうちゃんと耳も聞こえるし腕だって身体だって痛くないんだ。」

シンカは穏かに微笑んですがりついた少女をそっと抱きしめる。


温かい。いつかミンクにあげた白花の香水の香りがする。


小さくうなずくミンクの肩をそっとなでてシンカは満面の笑みを浮べる。その瞳は哀しく宙を見る。

「レンがひどい怪我だったって。だから親衛隊も、ガンスさんも派遣されて」

「親衛隊が来たのか。ガンスにも迷惑かけたな。でも俺の怪我はたいしたことないんだ。大丈夫だよミンク。」

シンカは穏かに笑った。傷は残っていないのだ。なんとでもごまかせる。

「フェンデルたちはもう到着したのか?」

フェンデルは親衛隊長だ。まだ三十歳前で若いのに、しきたりだのなんだのと堅苦しいことこの上ない存在だ。

シンカは常にこの口うるさい年上の青年を敬遠していた。悪い人でないことは分かっているのだが。


「うん。シンカが助けられた日の夜に来たの。」


誰かが室内に入ってくる音がした。驚いたようにミンクが顔を挙げるのが分かる。首にかかっていた彼女の銀髪の感触がさらりと消える。


「俺はどれくらい眠っていたんだ?今日は何日なんだ?」

答えたのはミンクではなかった。

「リュードで言う今日は一月十九日です。陛下がこの町にお着きになって三日目の昼になります。われらは昨夜到着しました。」

穏かな若い男の声。親衛隊長フェンデルだ。

近くに寄ってきたのだろう声が近づく。


「申し訳ございません陛下。事前に防ぐことができませんでした。」

「ミンクごめんなちょっと席を外してもらえるかな。」

シンカは体を起した。

「大丈夫?」

「ああ。お前は心配しすぎだぞ。」

そう言って笑う青年に少しすねた顔をしてミンクは出て行った。



残されたフェンデルは膝を床につきそっとシンカの手を取った。

一瞬驚いたように震える手にかまわず軽いキスをする。


「フェンデル。レクトだろう?」

「はい。陛下が御立ちになって数日の後に、軍務官より情報をいただきまして。お聞きになっておりませんでしたか。」


シンカは小さく息を吐いて額にかかる金髪をかきあげた。その顔色はまだよくない。軍務官は皇帝に対する暗殺計画があることを知っていたのだろう。


「レクトに真意を直接聞くよ。すまなかったな。遠いところまで。皆で来たんだろ?」

「陛下。我らが陛下をお守りすることは当然のこと。感謝の言葉も謝罪の言葉も必要ございません。」

シンカは少し黙ってからもう一度言った。

「何人で来たんだ?」

「十二名でございます。」

「……この惑星では目立つだろうに。」


親衛隊は全部で十二名いる。それらは隊長のフェンデル以外は皆上下はなく、それぞれが聖衛士の称号を持つ。家系で受け継がれている職なのでいわば貴族のようなものだ。現在の太陽帝国には貴族の称号はない。地球暦1200年頃に廃止されたときにはこの聖衛士だけ残されたのだった。

上下関係がないためシンカの直接の命令でなければ誰が行って誰が残るかなど決められない。つまり常にぞろぞろと十二名で行動するのだ。そんな堅苦しい親衛隊の存在自体がシンカには嫌だった。


「しかし陛下。我らは皆同様に陛下のお体を案じております。」

「それは分かっている。」

「陛下我々が来たからにはご安心を。すでにニーヒスケルスの準備も整っております。」

「勝手に決めるな。まだ帰らない。とにかく」

言いかけた言葉をフェンデルが遮った。

「陛下!そのお体でこんな治安の悪い星に長居することなど許されません。我らが本来は我らが常に陛下のおそばにてお守りするものを。このような事態を何の手も打てずに知らされることがどれほどつらいことか。腹立たしいことか!」

肩を揺すられてシンカは表情をゆがめる。

「フェンやめろ。」

つかまれた腕がびりびりと痛む。

「陛下先ほどもう大丈夫だとおっしゃいましたが。」

抑揚のない口調でフェンデルはさらに力を込め、両手でシンカの二の腕を締め上げる。


わざとだ。いつもそうだ。俺が心配させないようにと平気な振りしているのにいつも邪魔する。


「陛下痛むのですね?」

「…平気だ。」

「そのようなお体で、ご旅行をお続けになることは不可能と思われますが。」

「平気だ。」

それでも強がりを言う皇帝にフェンデルは目を細める。


突き放そうとするが、胸や腹あの切られたところが重く痛んで腕に力が入らない。シンカはぎゅっと目をつぶって耐える。熱が上がったのか頭がくらりとする。


「帰りましょう。陛下。」

「フェンデル、お前……」

強引に押さえられて横たわるとやっと開放される。

肩で息をしてシンカはもう起き上がる気力はなかった。


「陛下。いつもそうではありませんか。本当は体を起こすことすらつらいはずです。私の目をごまかせるとお思いですか?我ら親衛隊は陛下の御身のためであれば御意に沿わぬことも強制できる権限があります。陛下がどうおっしゃられようと連れ帰ります。それもすぐに。」


「フェンデル今俺がこの状態でここを出れば事件を公表するようなものだ。だからまだ帰らない。傷はいずれ治るんだ。」


そうあの二人組みがミストレイアであることが知れたら帝国はミストレイアを処分せざるを得ない。それはひいてはレクト自身の首をしめること。


「もう公表されております。」

「!な?なんで!?」

シンカは思わず起き上がろうとして体を浮かす。

がすぐに断念して力なく横たわった。


「軍務官がそうなさいました。皇帝陛下が何者かに襲われ怪我をなされたという内容で。地球では臨時議会の開催のため日程が調整されています。惑星保護同盟でも非常召集がかかっていると。皆陛下の御帰還を待っております。」

フェンデルが毛布をかけながら言った。

「勝手に!レクトを呼べ今すぐだ。・・シキは?シキはまさか二人を追ったりしていないよな。」

その呼びかけには誰も応えなかった。フェンデルが席を外したのかそれとも知らぬ顔をしているのか。

いつもならシキがそばにいる。フェンデルたちに何か言われたのではないか?シキに責任があるようなことを。親衛隊は他の組織に比べて圧倒的に強い権限を持っている。ミストレイアのシキに対してはどんな態度を示したことか。ナイツにだって以前からいい顔をしていない。



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