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4.謀略3

宿では、ミンクが青い顔をしていた。

シンカと泊まるはずの寝室には、血痕だけが残され、彼の姿がなかった。その悲鳴で駆けつけたレンは、冷静に状況を言って見せた。

「複数の賊ですね。大丈夫ですよ、殺すつもりなら、ここでやってる。」

顔を両手で覆って座り込んでいる、銀髪の少女の肩を抱いて、カイエはレンを睨んだ。

「そんなこと分からないでしょう。すぐにシキさんに連絡するのよ。」

「シンカは、殺されちゃうの?」

涙を浮かべて、見上げるミンクに、カイエは真顔で答えた。

「最悪の可能性を言ったまでです。皇帝を亡き者にして得をするものももちろん大勢いますが。まだ、亡くなってはいません。」

「なんで分かるの?」

「ネットワークが通常どおりに稼動しているからです。陛下が亡くなれば、麻痺します。」

慰めにはなっていない。


「カイエ、端末を開いてネットワークにつなげろ。ミンク、大丈夫だ。」

黒髪の大柄な男が、入って来るなりそう言った。シキだ。ミンクの肩を優しくたたいて、切れ長の黒い瞳で優しく微笑むと、室内を見回した。

ネットワークで、シキは、とても長いパスワードとIDの入力を数回繰り返した。

地図と、座標が表れる。

「位置はわかった。行くぞ。カイエは、ミンクを見ていてくれ。」

「はい。」

指示に不満も見せず、カイエは銃とナイフを身につけた。

レンは少し不満そうな顔で、シキについていく。

「ひっく。」

涙をふく少女を、眺めながら、カイエは窓際から外を警戒している。

「ねえ、どうして、みんな、シンカを傷つけようとするの?」

「?はあ。」

「シンカは悪いことしてないでしょ?ニュースとかで報道されても、いつもいいことばかりだもの。誰に聞いてもシンカのこと悪く言う人はいないのに、どうして、だれが彼を傷つけようとするの?」

「彼がどう、という問題ではないのだと、思います。私には、よくわかりませんが。ただ、混乱を招くことが目的のこともありえますから。」

窓際の安全を確認し、カーテンを閉めると、カイエが床に座り込んだままのミンクを見つめた。今まで、シンカとともに地球の外に出たことはない。だから、彼の周りにはいつも危険が存在することを、知らない。いや、頭で分かっていても、体験することは初めてだろう。短めのくるりとくせのある銀色の髪が、額にかかることも気にしないで、両手で口元を覆って座り込んでいる。

その顔は蒼白だ。

「ミンク、あなた、いつか皇妃になるんでしょう?そんなにめそめそしていては、だめですよ。あなたにも、帝国の公人としての責任があるのです。今回のようなときに、ただおろおろしているようでは、皇帝の支えにはなれませんよ。」

「!・・じゃあ、どうしろっていうの!」

珍しく、ミンクが大きな声を出した。

彼女が、最近感じていた、自分がふさわしくないのではという思いを、カイエの言葉は深くえぐった。

「こんな何の力もない私に、どうしろっていうの?カイエなら、どうするの?」

「・・・少なくとも、陛下は、それ以上の重圧を十七歳のときから受けておられたと思いますが。哀しくても、恐ろしくても、不安でも。自分がその感情を露にすることで、自分の下につくものたちが不安にかられないように、陛下なら、常に穏かに笑っていると思いますよ。先ほどのシキさんのように。」

シンカは、子供の頃から、ミンクに対しては、そんな感じだった。常に穏かに笑っていた。喧嘩することはあっても、泣かされた記憶はなかった。

「・・・。」

そう言えば、シキだって、心配なはずなのだ。滅多に取り乱した姿を見たことがない。私の周りの人たちは、誰も、物事に動じない強さを持っているんだ。シンカも。いつか、レクトさんに危険が迫ったとき、命を賭してでも、救おうとした。その時も、彼は、穏かに微笑んだ。

涙が出た。

私には、できないよ。

「すぐには、無理です。ミンク。私もレンも、あなたに微笑んで優しくしてあげるほど、余裕があるわけではないのです。」

「カイエも、緊張してるの?」

そこで、初めて、女性エージェントは口元を緩めた。

「私だって、人を殺すのは嫌です。恐いですよ。自分が傷つくのだって恐い。」

「そうなんだ。」

「・・以前、着任当時、レクトさんに、教わったのですよ。」

「レクトさんに?」

「ええ。私は、失敗して仲間に迷惑になるのが恐ろしくて、なかなか的確な行動が取れなかったんです。必要なときに、動きが取れなくなってしまう。それは、もう、資質のようなもので、克服するという性質のものではないのです。向いていないということでしょうね。」

「それなのに、どうして、情報部にいるの?」

「ある時、私のミスで隊が危険にさらされてしまったことがあるのです。たった五人の部隊でしたが、部隊長は亡くなって、残された私たちを救ってくださったのが、レクトさんでした。当時、大佐でした。大佐は、自ら怪我をなされて、それでも私たちのために盾になって退路を守ってくださったのです。後に病院にお見舞いに行ったときに、あの冷たい態度で、言われました。」

『お前は、自分も守れないのか。まず自分を守ることを考えろ。それができて初めて、人を守れる。隊を守れる。』隊を危険にさらして上司を死に追いやって、そのために大佐も怪我をなさって、それでも、私に、自分を大事にしろって、そう、おっしゃったのです。私は、それ以来、いつも隊に迷惑をかけるのではと、必要以上に緊張していたのが、和らぎました。そうすると、少しは状況がわかるようになるものです。まだ、隊を守れるほどにはなれませんが、人を守るくらいはできるようになったと、思っています。今は、あの時亡くなった部隊長のためにも、この仕事を続けています。」

「・・・私の周りの人たちは、みんな、強くて、そんなふうな話しは、初めて聞くの。」

ミンクが、微笑んだ。

「そうでしょうね。尊敬に値する方々です。陛下も、シキさんも。なかなか、あんなふうにはなれないものですよ。だから、あなたも、あせらず、でも、きっといつか、立派な皇妃になられます。私みたいなものでも、こうして、陛下を守る位置にいられるのですから。」

「ありがとう。」

ミンクは、少し心が晴れたような気がしていた。きっと、シンカも、大丈夫。信じているもの。





深夜二時。さすがに前夜祭の催しも終わり、通りには寝転ぶ酔っ払いと野良猫。テントを固く閉じて、つかの間の仮眠を取る店主たち。

この星の夜は、二つの月が照らす灯りだけになる。

市街の入り組んだ細い路地を入ったところにある、小さな一軒の家に、二人の大柄な影が入っていった。

家に、施錠はされていない。


白い土を焼いたレンガを積んだその家は、寒い季節特有の土の匂いがしていた。

黒くすすけた木の扉を開くと、冷えた空気に軋む音がうつろに響いた。

この国の人間がいた気配はない。暖炉には冷たく干からびた薪の燃えカスがほこりをかぶっていた。

一階にはキッチンと、リビング。小さな家で、扉の位置から見渡すだけでほぼ家の造りが飲み込める。奥に見えるキッチンには、ねずみがいたのだろう、カタカタと小さな音がする。暗がりで息を潜めているのだ。シキたちが照らす人工の灯りは、この星にはないものだから、その白さはよくある家の風景を違うもののように見せる。

標準的な壁の色も、床の赤茶色の素焼きのタイルも、昼間見るそれらとは違う。暗がりに浮かび上がるそれらは、日常とは違う異様な雰囲気を感じさせ、シキは背に悪寒が走るのを感じる。部屋の右手奥にある、黒くつやのあっただろう階段は、今は白い埃に覆われている。そっと近づいて、灯りで照らすと、くっきりといくつかの真新しい足跡が、二階への階段に続いていた。

シキは、後ろから入ってきたレンに、手振りで合図して階段を上る。ギシギシと木でできた古いそれは苦しげな音を立てた。これだけ音を立てているのに、相手の動く気配がない。こういう古くて狭い家では、どんなプロでも、気配を消すことは難しい。

それでも二人は警戒し、手にはレーザー銃を構えていた。

狭い階段を上りきった踊り場は、正面と右手側の双方に扉がある。正面は、鉄の枠にガラスがはめ込まれ、屋根の上の物干し場へと続いているのだろう。右手にある扉は、素朴な手彫りの装飾を施したもので、少しだけ開いている。静かな暗がりが、その奥にある。

甘い、香りがした。

そっと、扉を開ける。

ギシと、小さな音を立てるそれは、シキの手に、冷たく重い感触を残す。

「シンカ。」

ふわりと、甘い香りが鼻をくすぐる。そのユンイラの香りに、シキは心臓をつかまれたように感じた。

シンカの、血の匂い。

「陛下。」

照らされたそれを見て、レンが、絶句した。

シキの手が震えているのだろう、携帯の灯りがゆらゆらと揺れる。

ほの白い明かりに、赤い衣装をまとった、金髪の青年が照らし出された。

横たわっていた。

白い顔をしていた。

「これは、・・生きていますか?」

レンが、シキの背後から、それ以上近づこうとせずに低くうなるように言った。

寝間着にと、シキが着替えさせた白い服は、赤一色に染まり、襟元だけが辛うじて白い服であったことを示していた。

シキは、ギリ、と奥歯をかみ締めた。

「シンカ。」

そっと、首に手を当てる。

脈は、ある。

「大丈夫だ。息はある。」

シンカが普通の人間であれば、発見が遅れることで死にいたることも予想できた。

だが、シンカは特別だった。今ほど、その性質に感謝したことはなかった。大丈夫。安堵すると同時に、怒りが湧き上がった。

この手口は知っている。

ミストレイアのエージェント、ヌーの手口だ。楽しみながら、相手を殺す。

男の脳裏に、あの時のヌーの言葉がよみがえる。「どんな顔で死ぬのか見たい。」シキは、胃が、背が、眼の奥が熱くなるのを感じた。

「レクトさんに連絡しますか。」

レンは、戸口に寄りかかったまま、通信装置を取り出す。

「急がないと危険ですね。シキさん?」

シキの返事はない。

「あの、シキさん?」

黒髪の大柄な男は、レンに背を向けたまま、青年を抱き起こそうとしていた。

「動かさないほうがいいですよ!」

レンが、シキの行動を止めようとすると、びしりその手をたたかれた。

「さわるな。」

シキの表情は暗くて見えないが、その低く短い言葉に含まれる怒りは、レンをぞっとさせた。

彼の腕の中で、青年はぐったりとしている。

「このまま、連れ帰るわけには行かない。お前、灯りをつけて、湯を沸かせ。」

「シキさん、医者を待ったほうがいいです。どこをどう怪我されているか分かりませんし。」

シキは、低くうなるように言った。

「いいから、従え。」

「いや、でも、」

さらに言い募ろうとするリドラ人の青年を無視して、シキは、無残な状態の服をはがす。

血を含んだそれを取り去ると、そっと、傷を確認する。

やはり、既に傷はない。

今さら、治療の方法はない。とにかく、安全な場所へ運ぶ。ヌーたちが何を目的にしているのかは分からない以上、危険を避けるためにもカイエやミンクと合流することが第一だ。ガンスを呼ぶにしても、それからでいい。ヌーたちの捜索は、レクトに頼む。

ただ、この状態では、ミンクに会わせられない。

その時、不意にシンカが目を開けた。

痛みと熱のせいだろう、その瞳はうつろに宙を見る。

「シンカ、おい、分かるか?」

声をかけても、反応はなかった。

青年の頬に手を当てて、こちらを向かせようとした。

シンカの左手が、シキを押しのけようと振り上げられ、見当外れに空を掴んで、力なく降りる。

「?シンカ?」

何も認めていない瞳、シキの声にも反応はない。ただ、小刻みに震えている。

彼がおびえているのを、初めて見た。

そして、シキは悟った。眼も、耳も、彼に何の情報ももたらしていていない。

シキは、瞳を強くつぶった。それは、ヌーの特殊能力だ。怒りで、手が震える。

青年を、ベッドに座らせ、その左手に、そっと自らの拳を当てる。

シンカの目は哀しげに宙をみる。痛みがあるのだろう、シキに握られる左手には、力が入らない。

もう一度。彼の拳と自分の拳を突き当てる。これは、二人がよくする挨拶だ。

三度目に、シンカの見えない瞳が意思を持って正面を見据えようとする。

「・・シキ。なのか?」

シンカが、小さく、つぶやいた。

そっと、額に手を当てられ、それを返事だと理解したのだろう。蒼い瞳がやっと、穏かに微笑んだ。

「ごめん、俺、失敗した、シキ・・」

かすれる声で話すのを、背後からの声が遮った。


「シキさん、湯、沸きました。これで、いいですか。」

片手でランプを、片手で湯を張った桶をもつエージェントに、シキは冷たい視線を向けた。

「……には、言わないで欲しい。」

周りの音を聞くことのできないシンカは、まだ話しつづけていた。

「ばかやろうが。」

背後の青年に舌打ちして、シキはシンカと言葉を交わそうと、その手のひらに文字を書き始めた。






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