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3.暗躍3

太陽帝国、首都星地球。

その首都ブールプールの郊外にある、静かな屋敷で、帝国軍務官レクト・シンドラはくつろいでいた。広々としたその部屋は、シルバーフォックスの毛皮が全面に敷かれ、黒檀の大きなデスクには埋め込まれた端末から投影される、ホログラムのスクリーンが開いている。そのデスクに背を向けて、彼は黒い革張りのソファーに座っていた。煙草の煙をふいと吐き出す。白い煙の向こうに揺れるホログラムのスクリーンは、何かの報告書のようだ。男性の映像が裏返しに見える。


今日、面白い情報を得た。

それが、彼を楽しませていた。

栗色の髪は短く整えられ、精悍な顔は宙に向く。珍しく、穏かな笑みが口元に浮かぶ。

静寂を破る小さなコール音に、レクトは眉をひそめ、仕方なくまだ吸い始めたばかりの煙草をもみ消すと、デスクに戻る。

星間通信の相手は、レイス・カストロワ。セトアイラスの惑星元首であり、レクトとは旧知の中だ。

「なんだ、珍しくご機嫌だな。」

開口一番、そう言ったカストロワは逆に不機嫌な顔になる。

「たまには、そういう日もありますよ。」

にやりと笑う、端整な顔立ちの男に、カストロワは冷たい金色の瞳を向けた。レクトがまだ、大学生の頃から知っているカストロワは、彼の表情が、獲物を捕らえることを楽しむ猛獣のようであることに気付く。何か、面白いことを考えついたのだろう。

こういう時のレクトは、後に「伝説」と呼ばれることを引き起こしてきた。それは、カストロワも楽しんできたことである。ぞくりと、知りたい衝動が、心地よく心臓をなでる。

「何を、企んでいる。」

「大公、私は何も。」

「隠し事はするな。内容によっては協力しよう。」

ふふん。切れ長の黒い瞳を細めて、レクトは笑った。

「私を落し入れようとしているものがいましてね。皇帝陛下すらもその道具にしようとしている。面白いと思いませんか。」

その言葉に、カストロワは表情を消した。先ほどまでの不敵な笑みではない、しかし、愁いているわけでもない。

「その度胸に、感動しているんです。容赦、しません。」

「詳しく、話せ。」

「安心してください、すでにリュードには情報部と皇帝の親衛隊を送りました。大公、そちらにも。」

「あの、ミストレイアのものたちか?」

「あれは、別の調査をさせています。が、大して役には立たないでしょう。ああ、大公はその件で私に?」

「ふん。ミストレイアの二人はおとりか。」

軍務官は、帝国軍情報部を指揮している。ミストレイアのホルターたち以外にも、情報部のエージェントを使っているのだろう。

「必要でしたら、二人はご自由にお使いください。手配はしておきます。・・・大公、何かご不満でも?」

苦い表情を変えない大公に、レクトは口元だけ笑ってみせる。

「シンカに、何かあるというのか。」

「ええ、事を起させようと思っておりますので、多少は危険なこともあるでしょう。」

「はっきり言え。」

「順を追って、お話しましょう。セダ星の元首ワトノ・ロシノワからミストレイアに、警護の依頼がありました。その依頼を仲介したのがフォン・デ・ルーラン。まあ、彼らは旧知の仲ですし、当然といえばそれまでですが、指名してきたエージェントと、時期が問題でした。

指名されたエージェントはミストレイア、工作部のランクAクリア。しかも二人だけです。警護というにはあまりにもおかしな依頼、しかも時期がシンカのリュード旅行と重なる。

それで、私はミストレイアの審議委員会で追及しようとしたのです。

案の定、ルーランからの圧力がありましてね。

逆に確信が持てましたよ。彼らは、私とカッツェを、以前から疎ましく思っている。仕掛けてくるとね。これが、ルーラン率いる役員連中の罠だとしても、エージェントの個人的な暴走だとしても、皇帝陛下を傷つければミストレイアを代表する我々も責任をとらざるをえない。まあ、そこは、覚悟するとして、ただでは引き下がりません。我らに罠を仕掛けて、シンカに手を出そうというのですからね、それ相当の覚悟をしてもらおうと思っていますよ。

大公、ワトノ・ロシノワが何を考えているか知りませんが、もし、セダ星政府を大切にしたければ、ルーランと手を切るように、大公からお話いただきたい。」

「ふん。お前がどうしようと、セダ星政府がどうなろうと、わしは知らん。わしはセダ星を出た身なのでな。しかし、お前たちを落し入れるなら方法はいくらでもあるだろうに、シンカに手を出そうとは、ルーランらしからぬ所業でもあるな。」

「目的は別にあると、考えています。」

「しかし、レクト。よいのか。もし、シンカに何かあれば。」

そこで、栗色の髪の男は目を見開いてスクリーンの向こうの、セダ星人を見つめた。百二十一年も様々な人間をコレクションし、その決して幸せばかりでない人生を見つめて楽しんできた、この食えない男は、本気で、シンカのことを心配しているのだろうか。

レクト自信も、大公のコレクションとして十年支援を受けた。その間、面白いばかりの人生ではなかった。それを、大公は手を差し伸べるでもなく、激励するでもなく、ただ、黙って見ていた。コレクションの中には、才能を発揮できずに絶望に追い落とされ、若くして自殺したものもいた。それすら、一つの物語を読むように、レイス・カストロワは楽しんだのだ。資金を援助する以外、一切関わらない。

この男が、今さらシンカに「友情」だなどと、信じられるはずもなかった。シンカが、お人よしだからこそ、成り立つ関係だ。シンカがどんな目に会おうと、それはそれで楽しむつもりではないのか。

「大公、シキもついていますし、あれはそうそう死にはしません。それに、多少は、懲りてもらわないと。わがままになっていけない。」

「ナイツの配置といい、お前はどうも、シンカに嫌がらせばかりするな。」

「嫉妬、しているんですよ、大公。誰かさんがシンカを可愛がって甘やかすから。」

にやりと人の悪い笑みを浮べるレクトに、カストロワは金色の瞳で睨む。

レクトの涼しい顔を見つめながら、カストロワは考えていた。

本気で、シンカに危険が迫るのを放っておこうというのか。助けないというのか。今、レクトが地球にいるのなら、リュードで事件が起こっても駆けつける余裕はない。本気で、シンカを突き放すつもりか。

黒い切れ長の瞳を面白そうに細める軍務官を、じっと見つめる。確かに、うわさされるように、この男は冷酷な面をもつ。前皇帝リトード五世の血を引いているだけはある。しかし、こと、シンカのことになれば父親の顔を覗かせていたはず。

カストロワには腑に落ちなかった。


同時に、軍務官は目の前のスクリーンで、白いあご髭をなでる大公を見据える。

笑っているようでも、その瞳は大公が心のそこからシンカのことを心配しているのかを、確かめようとしていた。

この、人の悪いコレクターが、なぜ、シンカのみを人間扱いするのか。その人生を支えようとするのか。積極的に関わろうとするのか。それは、単なるフリではないのか。シンカに仲良しのフリをして、太陽帝国を操ろうというのではないのか。

この老獪な男にシンカが振り回されるのではないかと、レクトは危惧していた。


ふいに、レクトにもう一つの通信が入る。

「失礼、大公。これから女性と食事の約束がありましてね。」

「相変わらずだな。」

フンと荒く息を吐くと、不機嫌を隠そうともせずにカストロワは言った。

「お前が何を企んでいようと、わしはわしの思い通り行動する。それが、もし、お前の目論見を崩す結果になっても文句は言わせん。」

「どうぞ。ご自由に。」

カストロワは、自らがもっとも愛したコレクションを、冷ややかな瞳で見つめていた。その姿が、スクリーンから消えても、しばらく見つめていた。

もともと、可愛げのない男だった。それすら魅力であった。姿といい、才能といい、その人生といい、カストロワがこれまでコレクションしてきた若者の中でも、最も素晴らしい存在だった。完璧な、生き方。それは時に冷酷でもあり、無謀でもあった。しかし、それらを、運も含めて、総て成功に導く才能が、まぶしいくらいだった。

しかし。

以前、彼に感じていたような、心の高揚はなかった。

カストロワがもっとも、レクトの人生で面白いと思ったのは、彼の子供に対する愛情だった。それは、彼の経歴や、生き方からすれば、ほど遠いものだった。無縁といってもいい。

それでも、彼は、シンカに対して彼なりの愛情を示す。それが、面白かった。人間とは、かくも計り知れない生き物なのかと。

それが、どうだ、今回はシンカの身の安全より、自らの策略に力を注ぐ。それは、カストロワが、レクトに期待する姿ではなかった。

妙に、苛立った。

いや、以前なら、それもまた意外、と面白がっていたかもしれない。そう、以前なら、何ゆえレクトがそうなったのか、などと推理してみるのも楽しみの一つだった。コレクションは時に、予想もつかない行動をする。

それが、面白みのはずであった。

しかし、今は、苛立っていた。レクトは、シンカに対しては冷酷であってはならない。そう、思えるのだ。

一つ、ため息をついた。

自らを支える、やわらかい上質なソファーから離れ、立ち上がる。セダ星の首都、ガトース・クは深夜。窓辺に向かってゆっくり歩きながら、また、考えにふける。

シンカは、大丈夫なのだろうか。

レクトのあの様子では、事前に知らせることはしないのだろう。そのことを、あれが、知ったら悲しむのではないか。わざと自分を危険にさらす父親に、シンカは、何を感じるのだろう。

笑って、許す、青年の表情が浮かんだ。想像できた。

苛立ちは、喉もとより下に落ちず、胃が引き締まる。のどの渇きを覚え、従者を呼んだ。

あれに、そんな思いをさせていいのだろうか。

「お呼びでございますか。」

眠っていたのだろう、平静を装いつつも髪が乱れている従者を見やると、レイス・カストロワは言った。

「ホルター・アビアスという男を呼べ。それから、明日、ワトノに会う。」

「は、はい。」

今年、百歳になったばかりの従者は、カストロワとは長い付き合いだ。

一瞬驚きを見せたが、礼儀正しく一礼をし、退室した。自らの執務室に向かいながら、メイドに大公の好きな地球の茶を持っていくようにと指示をした。


惑星元首である、ワトノ・ロシノワが、宮殿に隣接する寺院で、朝の礼拝を済ませたところに、従者がレイス・カストロワの来訪を告げた。早朝より突然の来訪とは、何事か。

不機嫌極まりない元首ではあったが、太陽帝国内では彼より実力のあるカストロワ大公の来訪を無碍に断るわけにも行かないのが現状だった。

カストロワは、セダ星出身ではあるが、セダ星政府の管理する市民ではない。帝国の公人であり、聖籍を持つ。それは、どの惑星に属するというものではない。聖籍とは、生まれや居所に限らず、どの惑星政府にも管理されずに、太陽帝国領内に財産を有し、存在することを許されたものが持つ。セダ星に居所があっても、そこは治外法権であり、例え惑星元首であろうともそれを侵すことはできない。

こういう聖籍を持つのは、太陽帝国議会議員、大臣、帝国政府の高官の外交に携わる一部のもの、及び、皇帝。

この権利は、惑星保護同盟により批准され、それを侵害するどんな勢力も、全宇宙を敵に回すことになる。

ワトノ・ロシノワにとって、レイス・カストロワは、無視できない存在であると同時に、セダ星人にはあるまじき行為、つまり、セダ星に生きることを捨て、権力に走った外道。

しかしそのカストロワが成功を収めていることで、セダ星人の理念は崩されつつあった。宗教に生き、生まれた星に生き、伝統と祖先を尊び生きる。この慣習を総て否定し、成功し、こうしてその姿や力を、セダ星人に見せつけるカストロワは、現セダ星を維持していく元首にとっては政敵であった。


「おはようございます。突然の来訪、ご容赦ください。」

穏かに微笑み、しきたりの挨拶をする大公に、ワトノは、不機嫌を隠さない。その白い濃い眉を険しく寄せ、腕組みをする。

許しのないまま、カストロワは顔を挙げる。金色の瞳は、鋭く年長の元首を見つめる。

「お話がありましてな。人払いを。」

立ち上がったカストロワ大公の威圧感は、その低いゆっくりした話し方でさらに重みを増す。

口元を皮肉に歪ませ、ワトノ・ロシノワは従者に目配せする。執務室内に五人いた従者は、総て、一礼をしてその場を去った。

最後の一人が扉を閉めたところで、カストロワはもう一歩、元首に近づいた。

「現在、このセダに近いリュードに、皇帝陛下がいらっしゃる。それは、ご存知ですな。」

表情のない顔で元首は小さくうなずいた。その、しわの刻まれた手は胸元の白い髭をなでる。

カストロワは続ける。

「そして、先日、このセダを立ったミストレイアのエージェントが二名、同じくリュードに向かっている。その二名、ミストレイアよりあなたの依頼を受けて派遣されたものという。」

「警護のものだ。」

「何を、警護するのでしょうかな。ルーランと何を取り決めしたのかは存じないが、もし皇帝陛下に害を及ぼせば、この惑星は全宇宙を敵に回すことになる。それをご承知での所業ですかな。」

「そのような依頼はしていない。」

ロシノワ元首は厳しい表情で、睨んだ。

「カストロワ大公、貴殿は、勘違いしておる。」

「勘違い。それで済むのであれば、誰もこのような話をあなたにしたりしません。貴殿は私を惑星を捨てた者と、お思いでしょうが、私にとってこの惑星は、やはり故郷。一元首の過ちのために、惑星全土に被害が及ぶことは、避けたい。」

長身の元首が立ち上がった。

その薄い緑の顔は紅潮し、金色の瞳を見開いている。

憤怒の形相だ。

それでもカストロワ大公は、表情を崩すことなく言葉を重ねる。

「ロシノワ殿、すでに、太陽帝国軍が動き出しているのです。ルーランと何を企むのか、明らかにすべきでしょう!」

「ふん。惑星を捨てたものが、何を言うか。皇帝陛下は、我がセダ星におかしな興味を抱いておるとか。何のつもりか知らないが、大公、皇帝に付き従うお前に意見する資格はない。早々に立ち去れ。」

カストロワは、ロシノワ元首に冷たい視線を投げかけると、つぶやくように言った。

「わしは、セダ星に生まれた義務は果たした。ここで、わしが話したこと、心に刻んでおくがいい。皇帝陛下が、セダに興味を示されるのは、セダ星人の優秀さを認めてのこと。今回、私がここに降り立った本来の目的は、陛下が考えるセダ星人のよきあり方、それを、貴殿に説明するためだった。陛下は、この宇宙の未来にセダ星人が必要とお考えだ。だからこそ、セダ星を特別な惑星として守ることを、帝国の政策に盛り込むおつもりだ。

セダ星人が、優れた存在だと、貴殿も思うなら、その力を自らのためだけでなく、全宇宙のために使うべきだ。貴殿が、蔑む地球人の血を引く皇帝陛下は、全宇宙を見ておられる。その視野の広さは、ロシノワ殿、自我自賛におぼれる貴殿の比ではない。おかしなことを誰に吹き込まれたかは知らぬが、自らの目で確かめてからでも、遅くはないと思うが。」

「立ち去れ!」

面長の顔を紅潮させ、怒鳴りつける元首に、レイス・カストロワは、小さくため息をついた。セダ星の未来を担えない元首に、宇宙の未来を考えろということ自体、無理であったか。


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