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3.暗躍2

歓迎の式典には、セダ星の帝国議員や、政府高官、政財界の大物などが、名を連ねる。

豪奢な広間は、華魂石と呼ばれる、地球で言う大理石に似た石で作られ、天窓に刻まれた彫刻は、色とりどりの顔料で彩色が施される。精緻な植物紋の円柱、重さ二千キログラムはあるだろう金と銀のシャンデリア。そこには、白く青い灯りが煌き、高い天井を照らし出す。

腰高の窓は、ステンドグラスで埋め尽くされ、壁に燈される白い明かりに冷たく光る。

セダの夜は、闇にはならない。太陽との位置関係のために、常に夜は薄紫の光が空を照らしている。ステンドグラスはその淡い紫を透かし、室内の白い灯りを巧みに弾き、形容しがたい美しさだ。


立食のパーティー会場の片隅で、雑誌記者風の若いリドラ人が、窮屈な襟元を盛んに気にしている。セダでいう正装とは、襟のつまった裾の長いシンプルなスーツで、それは頭の小さいセダ星人を基準に作られているので、体格のよいリドラ人の彼には、基本的に窮屈だ。

そばに立つ初老の学者らしい風体のリドラ人にいたっては、襟の飾りとめ具を外している。式典は終わり、すでに会食に移っているのだから、そう堅苦しいことを言うものもいない。


「ホルターさん、連中、現れませんね。」

記者風の若者が、そう言って赤い色のカクテルを飲み干した。傍らのホルターと呼ばれた五十歳くらいのリドラ人は、ふん、と笑う。

「元首の警備など、名ばかりだってことだ。」

ホルターは苦々しい表情で言った。

「ミストレイアにもたらされる仕事の依頼には、もちろんやばいものもある。帝国の法すれすれのものや、人道的に表ざたにできないもの、暗殺や暴動、戦争。何でも受けるってわけにはいかない。審議委員会は特に危ない依頼について審議する。今回の、ワトノ・ロシノワからの依頼は、一見ごく普通の警備依頼だった。だが、レクトさんは帝国情報部からの情報で、ロシノワが惑星リュードに興味を示していることを知っていた。ちょうど、皇帝陛下が惑星リュードを旅行中だ。時を同じくしての、警備依頼、しかも、ミストレイアの理事、ルーランが仲介になっている。

レクトさんが俺たちを派遣したのは、まあ、念のための調査って訳だが、俺は、レクトさんの勘が当たっていると思うな。」

低く語られる、先輩の話に、ムサンは気分の高揚を隠せない。

ミストレイアの調査部に配属されて以来、つまらない仕事が多かった。今回は、相手も大物、しかも情報部や帝国にもからむ重大なものだ。やっと、ミストレイアに入ってよかったと思える仕事にありついた。

「審議委員会では、止められなかったんですか。」

「レクトさんは委員会で疑義を提出したんだが、審議委員もフォン・デ・ルーランの仲介となると尻込みして、レクトさん一人じゃそれ以上追求しようもなかったという。けどな、警備として依頼された内容は、たった二人のエージェントの派遣だ。しかも、ミストレイアでは警備なんて甘い仕事する奴らじゃない。暗殺やテロを専門にしてきた奴らだ。そいつらを指名して来たってんだから、単なる警備でないことは明白だ。ロシノワが何を企んでるか知らんが、ルーランも一枚噛んでいるのは確かだな。レクトさんは皇帝陛下と親交がある。これが、もし、皇帝陛下に何かしらの害を与える仕事なら、依頼したセダ元首だけじゃない、ミストレイアだってやばいぜ。帝国軍を敵に回すことになる。帝国の軍務官を兼務しているレクトさんはかなり微妙な立場になってしまう。」

「シンカ帝になる前は、対等にやりあってたって話じゃないですか。それでこそ、ミストレイアじゃないですか。」

ムサンの言うとおり、以前の太陽帝国には反発する勢力が多く、ミストレイアも彼らを支援するような業務を多くこなした。そのため、帝国に立ち向かう義勇軍のような印象をもっているものも未だに多い。とくに、その印象に憧れて、ミストレイアに所属した若者は、現実の業務の地味なことに驚く。

「ムサン、今のミストレイアを、レクトさんがかばうと思うか?今のミストレイアはな、レクトさんやカッツェさんが立ち上げた時のような組織じゃない。組織が大きくなって株主や役員の利権争いで、本来のあり方から外れている。何しろ、あいつらはオーナーのレクトさんやカッツェさんを引き摺り下ろそうと躍起になっているんだからな。俺は、創立期から所属しているが、あの頃の組織とはまったく違うぞ。組織が大きくなりすぎた。

もし、今、ミストレイアが帝国政府を揺るがすような事件をしでかしたら、レクトさんは軍務官の立場で、組織の解散を命じるだろう。」

「どうせなら、その時期に所属したかったですよ。まあ、解散したら帝国軍情報部とかに入って、また、レクトさんの下で働きます。」

平然と言ってのける若者に、ホルターは苦い笑みを浮かべた。五十歳の彼が、未だにミストレイアの前線で働くことは、簡単なことではない。しかし、彼は創立当時の組織を知っているがために愛着がある。今、どんなに形が変わってしまっても、いや、変わってしまったからこそ、こういう若者に、本来お前らが憧れたミストレイアはこういうものだったのだと語り継ぎたいと思う。確かに、お前らが目指すに足る、ミストレイアが、過去にはあったのだと。

ミストレイアが変わった一つのきっかけに、シンカ帝の即位がある。それを期に、ミストレイアを指揮していたレクト・シンドラが帝国政府に戻り、おかげでミストレイアは骨抜きとなった。何ゆえに、一度捨てた帝国軍にレクトが戻ったのかは不明だが、その理由がシンカ帝にあるのだとすれば、ホルターにとっては未だに太陽帝国皇帝は敵である。

今回の、レクトからの直接の命令で、少しでもその理由が分かるのではないかと、ホルターは密かに願っていた。そうでもなければ、ミストレイアに命をかけてきた自分の生き方にけじめがつかない。誇りを持って、戦ってきたのだ。

今の、金や名誉目当てのエージェントとは違う。彼の生きる理由が、そこにはあったのだ。


「ホルターさん、奴らの動きを張るために、ステーションに戻ったほうがいいと思いますよ。」

「私に意見するな。」

青年は、肩をすくめる。

「なあ、どうして、カストロワ大公は、皇帝陛下を支持するんだと思う。」

不意の問いに、ムサン・ローダイスは大き目の瞳をキョロキョロさせた。確か、会場内に大公もいたはずだ。下手なことはいえない。

「さあ。人の趣味にどうこういうつもりはないですよ。」

「ふん。趣味、かな。」

「どっちにしろ、あの大公に興味を持ってもらえる人間なんて一握りですよ。それだけ、皇帝陛下は特別ってことっすよ。珍しいですね、こういう下世話なうわさをホルターさんが気にするなんて。」

青年が、テーブルのオリーブを一粒つまんでいった。

「いや、皇帝陛下のなにが、魅力的なのかと思ってな。」

ムサンは一瞬言葉を失って、喉に詰まりかけたオリーブの酸味にむせ返る。

「さあ、友達じゃないんで、私にはわかりません。」

にんまり笑って、青年はいつもと違う相方を見つめる。

白いワインを片手に、落ち着いた笑顔を見せるホルターは、恰幅のよい、堂々とした男だ。若いときには相当の腕の持ち主だったろう。

「ホルターさん。」

声をかけてきたのは、セダ星の観光局の室長だった。セダ星人にしては他の惑星に興味を持っている人物で、旅行会社の営業と名乗っているホルターにも何かと世話を焼いてくれる。

「こちらは、ホルター・アビアスどの、地球の旅行社の方です。」

彼の背後には、うわさの主がいた。近くで見るとその迫力はさらに増す。金色の切れ長の瞳は、ムサンに爬虫類の冷たい瞳を思い出させる。

「カストロワ大公、はじめてお目にかかります。地球のパリシィ旅行社のホルター・アビアスと申します。お見知りおきを。」

「ほう。旅行社が、この星に何を求めるのかな。」

にやりと笑う大公の笑みには、迫力がある。

五十代のホルターと見かけの年齢は変わらないのだが、カストロワの風貌は、何かしら相手に威圧感を与える。

「新しい航路を検討中でして。この惑星の美しい自然を、もっと多くの人々に知らせる必要があると思いましてね。これからの、宇宙旅行には、今までのようにただ進んだ文明の惑星に案内するだけでなく、心洗われる美しい星が主流になると踏んでいるわけでして。」

「ほう。セダにも、少しは新しい刺激が欲しいと思っていたところだが。」

その穏かならぬ微笑に、隣にいたムサンは落ち着かない。

よくもまあ、そんな嘘が浮かぶものだ。ホルターは普段地味なくせに、やっぱり経験は豊富だ。こういう時の度胸は、とても、真似できない。

「君は、どこかの雑誌社の記者かね?」

大公が、ムサン・ローダイスに声をかける。

「あ、はい。地球で旅行雑誌を発行しております。ムサン・ローダイスと申します。」

「記者にしては、おとなしいな。」

「あ、はい?ああ、カメラですか?入り口で取り上げられました。参りましたよ。滞在中に大公にお会いできるなどという光栄に預かったのに、この有様です。」

早口の青年は、ニコニコと笑う。派手な金色の髪と淡いグリーンの瞳が、軽薄さを感じさせる。耳につけた小さな石のピアスも、指にはめたシルバーのリングも、若い男性らしいといえばそうではあるが、この場にはあまりふさわしくない。

「取材なら、別にすればよい。そうだ、ムサンといったな。君は、あの連中を知っているかな?」

くすくすと笑って、カストロワは今、まさに会場に入ってきた大柄な男たちを視線で示す。

「あ、いえ。」

ムサンは嘯く。

「フォン・デ・ルーラン。ルーラン財閥総帥であり、リドラ人自治政府代表でもある。そして、ミストレイア・コーポレーションの役員の一人でもありますな。」

「さすがに、ホルター氏はご存知か。わしは、少し気になってな。何ゆえ、リドラ人自治政府代表が、ここにおるのか。」

「そうですね。ちょっと行ってきますよ。」

軽くウインクして、ムサンは彼らに近づいていく。

「軽薄な青年だな。」

ウインクなど、女性にもされないカストロワは、苦笑いする。

「すみません。」

恐縮するホルターに、カストロワは冷たい視線を向けた。

「ミストレイアの質は、ずいぶん落ちているな。」

「!」

ホルターは、ほとんど表情を崩さずに、言った。

「何の、ことでしょうか。」

その一瞬の間も、大公は逃さない。

「レクトに、確認しておかねばならんな。わしに無断で犬をつけるなど。」

「大公、一体何をおっしゃっているのか。」

ホルターが食い下がるが、目の前のセダ星人はきいていない。独り言のようにつぶやいた。

「いや、わしではないか。」

その視線の先には、セダ星元首、ワトノ・ロシノワがいる。ちょうど、フォン・デ・ルーランと談笑中だ。

黙って、目の前の大柄なセダ星人を見つめるホルターに、カストロワが視線を戻す。

「ホルターどの、あなたは優秀だと、レクトから聞いている。」

その視線は、有無を言わせない迫力があった。

レクトさんから、といわれれば、ホルターには何も隠す術はない。

「・・そうですか。」

「あなたから、仕事の話を聞きだそうとは思わん。安心しなさい。」

感情の表れない、大公の言葉に、ホルターはただうなずくしかなかった。


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