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2.シンカと不愉快な仲間たち5

宿屋に帰ると、ミンクとカイエは既に寝ている様子だ。シンカはシキとレンの部屋に入り込むと、あまりにも納得がいかなかったので、そこで粘りだす。


「お前、もう寝ろよ。」

シキになだめられても、意地でも起きていると言い張る。


「下のレストランでこれ、もらってきたし。」

シンカが、ククラのジュースをツボごとテーブルに置いた。それは、ククラという木の実を発酵させた飲み物で、アルコール分はほとんどない。少し炭酸が含まれ、すっぱい味とジワリとする炭酸の舌触りが、他のジュースよりは酒らしく感じる。

シキにいわせれば、同じ子供の飲み物だそうだが。


「お前、とって来たのか?」

「ちゃんと、代金は置いてきたよ。いいだろ。だいたい、俺が寝てた間、二人してなに話したんだよ。」

「陛下のことです。」

レンが、マントをきれいにたたみながら、言った。彼は几帳面だ。

「ん、ああ。」

シキは、黒髪をかきあげて、めんどくさそうに煙草に火をつけた。

「俺のこと?」

「ああ、お前がここでどんな子供だったかってこと。」

「子供だったかって、シキが俺と知り合ったとき、俺はもう十七歳だったぞ。なに話したんだよ。」

睨むシンカ。

「子供って言葉に過敏になるなよ、俺と出合った頃のお前のことだ。誉めておいたから安心しろ。」

「レンは、どんな子供だったんだよ。」

自分のことばかり知られているのは、なんだか損した気分になる。

シンカは、明日着るつもりなのか、衣服と荷物を整理しているレンに声をかけた。

「さあ。」

本人が知らぬふりをする。


「きっとおとなしい、お勉強できる奴だったんだ。」

シンカが頬杖をついてククラを飲みながら決め付けた。その瞳は、いたずらっぽく笑っている。

「そうです。私は優等生でしたからね。加えて運動も万能だった。背も高くて、子供の頃からよくもてました。」

にこりともせずに淡々と話すレンの様子に、本当なのか嘘なのか、シンカには分からない。

隣のシキを見ると面白そうに、シンカを眺めている。


嘘だ。


「いつの間に仲良くなったんだよ、二人してさぁ。なんで、俺だけ子供扱いなんだよ!」

二人を交互に睨みつける。


「お前、俺たちといくつ違うと思ってんだよ。」笑うシキ。

「そうですよ、陛下。私とだって八つは違うんですから。」

「数、合わないぞ。」

「いえ、私が二十五ですから。」

「俺、むかつくの通り越して、おかしくなりそうだ。」

「シンカ。まじめな話、ここでは子供でいろ。その方が安心だ。」

「だから、」

言いかけたシンカは、シキの視線が、真剣なことに気付く。


「俺が、集めた情報ではな。今、この国には、十分なユンイラがない。」

「!」

そうだ、ユンイラ畑のあったデイラは焼かれ、その上戦争、迦葉が密猟したりもした。ただでさえ、絶滅しかかっていたんだ、栽培は困難だ。


「そのためにな、子供を産むことを制限されているんだ。夫婦一組につき二人まで。ユンイラの税も、高くなってる。」


リュードでは『ユンイラのしずく』と呼ばれる薬を、五年に一度聖帝から受け取る。それを飲まなくては、大気の毒素で病気になるのだ。だが、その薬を受け取れるものは豊かな民のみ。貧しくて税が払えなければ、市外には住めず、ユンイラのしずくも受け取れずに、山岳地帯で病に冒されていくのを黙って耐える。

シキが最も嫌った、この国のよどんだ部分だ。


「ひどいな。」

「代わりに、聖帝は子供を守ることを約束したんだ。男の子だろうと、女の子だろうと、必ず成人させる。そういう政策なんだそうだ。だから、危険のありそうなところに子供を入れさせない。」

「地球みたいだ。」

「ああ、ちょうどいいだろう。お前が、無茶しなくてすむからな。ここでは子供でいろよ。」

「いやだ、って言ったって、誰も認めてくれないんじゃな。」

シンカは二杯目をグラスに注ぎながら、ため息をつく。


「デイラがな。シンカ。」

「え?」

シキが、煙草をもみ消した。


「新しい、デイラが、できているらしい。」

「!」


デイラ、それは植物のユンイラを栽培し、精製し、「ユンイラのしずく」を作るための、隔離された街だった。シンカは、そこで密かに育てられた。


ミンクもデイラの出身だ。そこでは、ユンイラの中毒で、ミンクのように色素のない子供が生まれ、寿命も、他のリュード人より短くなる。シンカのいた頃は、皆四十歳まで生きられなかった。

リュード人を助けるためにデイラの人は犠牲を強いられる。街から出ることも許されず、短い一生を、その小さな街で警備兵に囲まれて生きる。

シンカの母親ロスタネスは、デイラの人たちを、ユンイラの中毒から救いたくて、研究者となり、そしてシンカを生み出した。


シンカの体内には、植物とは少し異なるユンイラの成分がある。

生きている限り、その成分は作られつづける。それを欲した太陽帝国の前皇帝と、それを防ごうとする惑星保護同盟の狭間で、デイラは壊滅させられた。そして、それは同時に、俺のためでもあった。

デイラを犠牲にして、俺は今、生きている。


その町が、また出来ているというのか。


「見てみたいか?」

シキの、言葉に若い皇帝は黙ってうなずいた。

「反対です。」

冷たく言ったのはレンだった。

「予定外ですし、危険です。第一、正確な場所も分からない。秘密にされているのでは、調べようもないでしょう?」


既に、自分のベッドに入り、何かの本を読んでいるリドラ人を、シンカが見つめる。


「それに、そこに行ってどうするのですか?この国にそれが必要ならば、仕方ないでしょう。嫌なものを見るだけです。」本から目を離さずに、レンが言った。


「ああ。俺もそう思うんだ。シンカ。」

シキが珍しくレンに賛成した。二人で話し合ったのだろう。


俺が酔って寝ている間に決めたんだ。


シンカは、何も言わない。黙ってククラを飲む。

「おい、なんとか言えよ。」沈黙に耐えられなくなったのはシキだ。


「俺、キナリスに会うよ。」

シキが立ち上がった。

「おいシンカ、なに言ってる!それは、まずいだろう!」

レンは首をかしげる。

「ああ、この国の皇帝でしたね。たしか、以前殺されそうになったとか。」

その言葉を無視して、シンカが続ける。


「今も、皇帝だと聞いた。デイラのこと、あいつが知らないわけない。それにシキだって、友達なんだろ。会いたいんじゃないか?」

シキはシンカの持つグラスを取り上げて、テーブルに置くと、肩をつかんだ。


「お前、酔っ払ってないだろうな!あいつに、お前、なにされたか忘れたのか?」

「忘れてないけど、別に俺、憎んでいないし。」

「絶対にダメだ!あいつはきっと覚えている。俺は、シオンについたら、お前にも変装させようと思っているんだぞ!もし、お尋ねものになってたらどうする!みすみす捕まって、また、拷問でもされたら」


「子供保護政策なんだろ。大丈夫だよ。」

シキの手を、そっとはらうと、シンカは笑った。蒼い瞳は真剣そのものだ。


「どちらにしろ、陛下。デイラの情報を得たところで、我々にできることはありませんし、内政干渉は禁じられていますよ。それに陛下に何かあれば我々に責任が及びます。勝手な行動は迷惑です。おやさしい陛下にはおわかりのことと思いますが。」

本から目を離さずに言う、冷ややかなレンの口調に、シンカがむっとする。


そこまで言うかよ、とシキはレンに視線を送りながら、説得を続ける。


「そうだ、シンカ。きっと、ミンクもカイエも反対する。だめだからな。分かったな。予定通り、シオンには二泊するだけだ。その後は、山岳地帯に行って、ダンドラにわたって視察するんだろ。」


黙って立ち上がると、シンカは部屋を出て行こうとする。

「おい、許さないからな!おい、シンカ。」

背後から腕を引かれ、立ち止まると、シンカは言った。

「少し、考えたい。」

「だめだ。」

食い下がるシキに、シンカは蒼い瞳を向けた。それは、厳しい、どこか人をぞっとさせる表情だ。いつもの愛嬌のある顔のどこに、そんなものが潜んでいるのかと思うほど、相手を圧迫する。さすがのシキも、手を離した。


「どこにいくか、誰と会うかは、自分で決める。」

静かな声は、相手の反論を許さない迫力があった。

金髪の青年は、部屋を出て行った。


「皇帝、陛下さま、か。」

シキがポツリとつぶやく。あの、軍神と呼ばれる父親ゆずりの表情。基本的に大胆で恐いもの無しの性格、言い出したら止められない。


「陛下もわがままですね。世話する人間のことも考えて欲しいですよ。どういう教育を受けたのか、とても、帝国を治める人物には」

シンカの迫力につい落とした本を拾い上げる。そこで、シキの睨む顔に気付き、言葉を失った。

「お前に言えることか、嫌がらせが。」

「どういう意味です?」

「レクトさんも、よくよく考えての配置だよ。お前らのことを心配していたら、シンカは身動きとれねえ。それを狙ってのことか。さすがだよ、レクトさん。」

辛らつなシキの言葉に、レンは黙った。

「ただ、少し度が過ぎる。」


ここまで、シンカを怒らせるんだ、抑止力にはならん。

シキは、不安を感じていた。嫌な予感がする。


キナリス、聖帝とよばれるこのファシオン帝国の皇帝は、デイラが焼き払われた事件のときにシンカを疑い、捕らえている。殺そうとしている。

シキとは昔からの友人だったが、シンカを助けるために、キナリスとの縁は切った。

シンカを信じた。


それ以来、シキたちは聖帝の軍から追われる身になっている。

だから首都シオンに長居することも、デイラに行くことも賛成できない。まして、キナリスに会うなど論外だ。


シンカがデイラをどうしても見たいというなら、その位置を知りたいというなら、俺が一人でキナリスに会ってくるべきだ。それが一番、あいつにとって安全だ。


あれだけ飲んだ酒もすっかり抜けて、眠れない嫌な気分でシキはベッドに入った。




シンカは、ぐっすり眠っているミンクの頬に軽くキスして自分も横になった。

目が冴えて眠れない。


デイラ。窮屈な、小さな街だった。

デイラでは、俺みたいな金髪の蒼い瞳の子供なんか産まれない。だから、聖帝には秘密にされていたし、みんなみたいな学校にも行けなかった。嫌だった。

父さんもいなかった。俺だけだった。両親がそろっていないの、俺だけだった。


だから、いつか大人になったらデイラを飛び出して、父さんを探す旅に出ようと考えていた。

それを目標に警備兵相手に剣術の練習したし、母さんが教える勉強だって一生懸命やった。まさかそれが太陽帝国皇帝になるための勉強だなんて知らなかったけど。


俺はこの星に、自分の過去と向き合うために来たんだ。だから、新しいデイラと聞いて黙って見過ごすことはできない。

危険なら俺一人で行ってもいい。キナリスに会って聞きたいこともある。

だれにもまだ言っていない、もう一つの目的。


シンカの脳裏に、星間ネットワークのデータにあった五百年前のリュード人が浮かぶ。金髪のその女性は、シンカの記憶にあるキナリスに似ていた。

確かめたいことがあった。


もともと、シオンについたら一人でキナリスに会うことにしていた。それは、秘密にしていた。ああ、シキに言わなきゃよかったな。心配させるだけだった。


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