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想造世界  作者: 篤
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絶対に負けられない戦争④ 一騎当千

 


——男が一人、荒野を高速で駆け抜けていた。


 彫りの深い剛毅な顔立ち。顔中に刻まれた無数の傷跡と相まって、尋常ならざる風格を漂わせている。身に纏うのは無数の細かい疵を抱えながらもなお、鈍く光を放つ漆黒の軽鎧。それら全てが、幾多の修羅場をくぐり抜けてきた豪傑の証であった。


 彼が駆け抜けた後には砂塵が舞い上がる。だが視界が不良であろうと、行く手を阻む岩を難なく回避し、足元の小石一つすら見逃さぬ精妙な身のこなしを見せていた。


 しかし、その速度で荒野を走るとなれば、いかに注意を払っても危険は伴う。だが男は、それを承知の上でなお走り続けていた。額には薄く汗が滲み、胸中には焦燥の色が浮かんでいる。


 ——間に合え、頼む、間に合ってくれ!


 この歪な世界に満ちる数多の喪失と悲哀——その螺旋の運命に抗おうとしていた。彼にとって、守るべき者たちはあまりに大切で、愛おしかった。だが戦に送り出さざるを得ず、共に戦うことすら許されなかった現実の中で、多くの犠牲を出してしまった。


 一度は理不尽から遠ざけたはずの彼らを、再び戦場に戻してしまった。そして、またもや哀しい最期を強いることだけは、今度こそ避けたい——。


 「だから……絶対に理不尽な謀略など退けてやる。俺が、絶対に守る。——もう、誰も失わせはしない」


 彼が信じるのは、これまで幾度となく勝利を収めてきた遊軍。その中心を担うのは、己が手で救い上げ育ててきた戦争孤児たち。そしてその将は、最も信頼を置くリガイルだ。


 だが今回は、敵軍の不穏な動きを察知したことで、居ても立ってもいられなくなった。部下に監督地を任せ、自ら単身駆けつけてきたのだ。数名の部下を従えていたが、足並みが揃わぬために先行した。


 命令違反ではある。だがこの胸騒ぎと得た情報が真実であったなら、自分を決して許せないだろう。あの子たちを守れるのなら、大将軍の位などどうでもいい。


 だから今は、ただ駆ける。ナバ・セルフェウスという名の男が、理不尽に抗うために。


****************************


「リガイル様! フェインから伝令、敵の援軍が到着する! 一度下がって、立て直すんだ!」


 将同士の一騎討ちに、サキルの声が飛び込む。霧によって視界が遮られていたが、感知能力に長けた彼ならリガイルを見つけるのは容易だった。


 だがその言葉がもたらす内容は、リガイルにも女将軍にも看過できないものであった。


 「ほほ……殿方との逢瀬は、邪魔しないでいただきたいものですわね!」


 「くっ、逃げろサキル!」


 女将軍が素早く反応し、サキルへと斬りかかる。今まで隠していた情報——援軍の到着が露見したことで、彼女の怒りは頂点に達していた。


 リガイルはそれを瞬時に察し、反射的に身体強化を施して追従する。彼女の剣技は、今のサキルよりも遥かに上。加えて奇襲である。最初の一撃で決着がつく恐れすらある。


 「やめろぉぉぉ!!」


 手を伸ばし、声を張り上げる。リガイルがここにいるのは、次世代の者たちに希望を託し、この理不尽な世界を変えるため。だからこそ、サキルを失うわけにはいかない。彼は類稀なる感知能力と強い意志を持ち、今まさに力を覚醒させつつある。次の将となるべき存在なのだ。


 ——間に合わない!


 刃がサキルの首へと迫る。その瞬間、鮮血が——


 ガギン!


 金属を打ちつけるような音。刃は、サキルの眼前で見えない壁に阻まれたかのように止まった。


 「なっ!?」


 思いもよらぬ光景に、女将軍が驚愕の声を漏らす。


 「邪魔を……」


 生まれた一瞬の隙に、サキルが低く呟き——


 「するなっ!!」


 その右手に握られた剣が、怒りと決意の籠もった一太刀を放った。


 長く続いた戦いの均衡が、ここで崩れ始めた。




「っっ!?」


 女将軍が衝撃に吹き飛ばされた。

 一瞬視線を向けたが、それきり、サキルはすぐにリガイルの下へ駆け寄る。


 「リガイル、さっき言った通りだ。敵の援軍が迫っている。感知に引っかからない特殊な敵らしい。とにかく、急いでここを脱出しよう!」


 歴戦の猛者リガイルが苦戦していた相手を一撃で黙らせたのは驚異的だったが、今はそれよりもリガイルを連れての撤退が最優先事項だった。


 「…………」


 「リガイル?」


 「——あ、ああ、すまねえ。少し驚いた。まさかサキル、お前があの女の不意打ちを防いだうえ、返り討ちにするとはな」


 リガイルは、明らかにサキルの変化に動揺していた。


 「……俺の期待は間違ってなかったな。サキル、お前は本当に強くなっていた。……まぁ、感動は後だ。今は一刻も早くここを離れよう」


 リガイルもまた、置かれた状況の切迫さを即座に理解していた。サキルの言葉だけで、この戦場の危機を察知したのだ。

 やはり、頼りになる。


 二人は頷き合い、サキルが駆けつけてきた方向——すなわち自軍が撤退を開始しているであろう後方へと身を翻す。


 「ふ、ふふふ……」


 しかし、不気味な笑い声が耳を打った。


 「やはり、あの程度では仕留めきれませんでしたわね」


 「……ああ。異能が主戦力のこの戦場で、あの分厚く重そうな鎧を身につけてるくらいだ。何か、あの鎧にも力があるんだろう」


 振り返れば、先ほど斬撃を受けたはずの女将軍がゆっくりと立ち上がり、口元を歪ませて笑っていた。

 予想はしていたが、やはり彼女の鎧には何らかの防護機能が備わっているようだ。


 「とはいえ、納得はできねえな。年下の兵に不意打ちを仕掛けて返り討ちにされたってのに、なんでそんな余裕なんだ……狂ってるのか?それとも……」


 「……!!まさか!」


 女将軍の不敵な態度に、サキルの感覚が鋭く反応する。


 「どうした、サキル。何か……いや、これは……」


 リガイルもまた、本能で何かを察したらしい。


 「……そう。お二人の感じた通り、時すでに遅しですわ」


 女将軍の声が静かに割り込み——


 「援軍、到着。これで終幕ですわ」


 霧をかき分け、現れたのは大軍。

 その姿を背に、彼女は艶然と勝利の宣告を下した。


 * * * * * * * * * * * * *


 「間に合わなかった……俺が、もっと早く突破できていれば!」


 後悔しても遅いと頭では理解していた。だが言葉にせずにはいられなかった。

 すでに包囲網は形成されつつある。脱出口に土壁を築かれるのも時間の問題だ。

 そうなれば、身体強化を用いたとしても、突破は困難になる。


 サキルが覚醒させたばかりの障壁も、ある程度自身の動きに合わせて展開できるが、全力疾走と同時では展開が間に合わないことは、先程の戦闘で痛感していた。


 「どうすれば……」


 だが諦めるわけにはいかない。

 ここまで来て、終わってたまるものか。

 考えろ。何か打開策があるはずだ。


 「どう……すれば……」


 だが何一つ思いつかない。二人が共に生き残る方法が——


 「……ここは俺に任せて、お前は行け。サキル」


 リガイルの静かな声が、現実に引き戻した。

 残された選択肢は、もはや一つ。

 どちらかが残って囮になるしかない。


 そして、未だ覚醒した力を使いこなせず、熟練にも遠いサキルでは、その役は務まらない。

 必然、残るべきはリガイルだった。


 「!? な、何を言ってるんだリガイル……いや、ダメだ!俺も残る!二人なら耐えられる、時間を稼げば、きっと皆が来てくれる!」


 それは理屈ではない感情だった。

 数多の犠牲、守れなかった仲間、失った者たちの記憶。

 これ以上、目の前の命を見捨てるなど、到底できることではない。

 まして、リガイルは兄のような存在だ。


 「……耐えて、どうする。援軍を呼べば、数で押され、味方にも被害が及ぶ。最悪、全滅だ」


 「…………」


 反論できなかった。

 リガイルの言葉は正論そのもので、頭では理解していた。

 だが心が、抗っていた。


 「時間がない。はやく行け!」


 「そ、そんな……」


 「頼む……時間がないんだ。行ってくれ……」


 その声音は、まるで最後の言葉すら惜しむようで。

 サキルはようやく、己の甘さを悟った。


 「……約束する。俺が皆を守る。ナバ様を支える力になる。だから……ごめん、リガイル……いや、ガイル兄」


 気休めは口にしない。

 ただ最後に、呼ばなくなった愛称で別れを告げた。

 涙を堪え、サキルは駆け出す。


 リガイルの秘めた奥の手——それは敵を退け得るが、肉体を蝕む術。

 孤立無援の今、それは限りなく死を意味していた。

 だからせめて、彼の想いを継ぐと誓って、前へ。


 「逃がすな!」


 敵の将らしき男が怒声をあげ、包囲を完成させようと兵を動かす。


 「させるか!」


 だがリガイルの長剣が微かに震え、次の瞬間、強大な冷気が戦場を包む。

 冷気は敵の動きを封じ、包囲網に歪みを生じさせた。


 サキルはその隙を縫って走り出す。

 背を振り返らず、歯を食いしばり——


 「うっ、くっ、はぁはぁ……」


 ただリガイルの想いを、無駄にしないために。


 「そこを……どけぇぇぇ!」


 障壁を破って進み、敵陣を突き抜ける。

 かつてリガイルの下に行かせまいとした敵兵を斬り払い、今は誰よりも速く走る。

 仲間の下へ、必ず辿り着くために——





 「サキル、後は頼むぞ……」


 遠ざかる弟同然の存在の気配を背に、リガイルは瞳を細め、愛おしげに呟いた。それは誰に聞かせるでもなく、ただ静かに吐き出された言葉。言葉にできなかった想いは、きっと伝わったはずだ。あの最後の返答が、それを確信させてくれた。


 思い残すことがない——とは言えない。だがサキルには想いを託せた。ナバの庇護下にある家族に二度と会えぬ覚悟も、とうに決めていた。


 だからこそ——


 「この先には、絶対に行かせない。どうしても通りたいなら、俺を倒してからにしろ」


 その言葉と同時に、リガイルの剣から吹き出す冷気が戦場を包み込んだ。対峙する敵兵、迂回しようとする者たち、そして自分自身すらも飲み込むほどの密度。まさに全てを凍てつかせる死の結界。


 だがその冷気は術者であるリガイル自身にも牙を剥いた。


 「……はぁ、はぁ」


 体には霜が張りつき、呼吸は荒い。長剣——魔具の酷使が、肉体を蝕んでいる。


 「そういうことでしたのね。情報に記載がなかったのも納得ですわ」


 霧の向こうから女の声が響いた。冷気の結界を平然と歩いてくるのは、先ほどの女将軍。重厚な鎧に身を包み、余裕を崩さぬ表情のまま姿を現した。


 「……まあな。けど、確信が持てた。やはりその鎧と武具……それがてめえの能力の正体だ。だからこそ、この中を平然と歩けるんだろ」


 リガイルもまた、不敵な笑みを浮かべ、情報的な優位が崩れていないことを示してやる。


 「さあ、どうかしら。……けれど、こんな会話を続けている暇はありませんわ。あなたも、そうでしょう?」


 「……ああ、よくわかってるじゃねえか」


 女将軍が言葉を切り、空気が変わる。リガイルにとっても、その切り替えは都合がよかった。捨て身の術式を維持するには、時間が惜しい。今なら、この女とその軍勢を巻き込めるかもしれない。


 ここで仕留めねば、いずれサキルたちの脅威になるだろう。実際、あのフェインを出し抜いてここまで追い詰めてきた相手だ。侮れるはずがない。


 追う者と追われる者。立場は違えど、今この瞬間だけは利害が一致している。

 ならば、この場で終わらせる。それが自分に託された最後の役目だ。


 ——これが終わりの場所。これが、俺の最期の戦場。


 「ナバ軍第三将、リガイル・レイディア。散り際は——派手にやってやらあっ!!!」


 「……エリー・レイ・フィリイ。私も、負けませんわ!」


 互いに名乗りを上げたその刹那、決死の死闘が幕を開けた。









サキルが進もうとする先には、ざっと見て百人ほどの敵兵が立ち塞がっていた。

 だが、目に見える数など氷山の一角に過ぎない。感知を用いれば、やや点在しているものの、百メートル範囲に合計三百人近くが潜んでいるのが分かる。

 一方、サキルはたった一人で本陣への合流を目指していた。圧倒的な戦力差である。覚醒した力を持っているとはいえ、使いこなしには程遠い。囲まれれば、敗北は免れない。


 「そこを——どけッ!」


 「なっ、貴様どこから現れた!?」


 「なんだと……!?」


 それでもサキルが一直線に敵陣へ突っ込んだのには、二つの理由がある。

 一つは、リガイルが放った広範囲の濃密な冷気が敵隊列を大きく乱していたこと。

 もう一つは、サキルが包囲の奥深くにいたはずなのに戻ってきたという事実が、敵にとって想定外であり、不意を突けると見たからだ。彼は、全く別方向から包囲網に侵入してきたのだ。


 「ぐっ、何事だ!?」


 「狼狽えるな!敵はひとり……か?」


 さらに重要なのは、敵に余計な情報を与えないこと。

 今の混乱の中では、サキルひとりが襲撃者だとは気づかれていない。このまま撹乱状態を保てば、殲滅は難しくとも突破は可能。

 幸い、敵兵は数こそ多いものの、隊列は広く薄く散っていた。


 ——あと少し……あと少しで抜けられる。


 しかし、真っ只中をひとりで突き進むのは体力を著しく消耗させる。

 新たに覚醒した力で敵の攻撃の大半は防げていたが、それでも完全ではなく、ところどころに傷を負っていた。

 それでも、残る隊列はあと二列——あと一歩。


 「シッ!!」


 裂帛の気合いと共に右手の長剣で敵兵を薙ぎ払い、身体強化を最大限に発動して一気に突き抜ける。


 「よし、やっ……ぐっ」


 ——だが、甘かった。


 接触した敵は混乱させられても、外部から冷静に対処されれば優勢はすぐに崩れる。

 剣を緩めかけた瞬間、サキルは素早く構えを戻した。


 「残念だったな、小僧。これで詰みだ」


 ——敵陣の先には、さらにもう一重の隊列が組まれていた。

 しかも今度は、全員の意識がサキルに集中している。敵の反応は予想以上に素早かった。


 さらに、先ほど抜けてきた隊列もすでに動揺を鎮め、後方からサキルを包囲し始めていた。

 前後を完全に囲まれ、数でも劣るこの状況は、まさに絶体絶命。


 「詰み……か。はっ、面白いことを言ってくれるな」


 それでもサキルは好戦的に笑い、その高慢な宣告を否定してやった。


 「てめぇ、何を——」


 「待て。強がりは放っておけ。後悔するのは奴だ」


 苛立った敵兵が一歩踏み出すが、隣の男が肩に手を添えて制した。

 その男は、じっとサキルを見据えたまま言う。


 「お前も生き延びたいなら、投降しろ。捕虜になるなら命は保証する」


 「隊長、何故ですか!」


 「黙って従え。これは命令だ。全兵、動くな。彼の答えを聞く」


 どうやらこの男がこの隊列の指揮官のようだ。

 視線を向けると、彼の瞳はどこか哀しげに曇っていた。


 少年兵を討つことに、いや、少年兵がこうして目の前に立っている現実そのものに、彼は憐れみを抱いていたのかもしれない。

 その挙動からは、たとえ戦場であっても「人であること」を失いたくないという意思が感じられた。


 血に塗れようと、救える命は救いたい。そんな信念が滲んでいた。

 もしかすれば、この男もまた、サキルの夢とまではいかずとも「戦のない世界」を希求しているのかもしれない。


だが――


「……ふざけるなよ。これは戦争だ。無用な情けなんてかけてんじゃねえ。そんなやり方で争いがなくなるはずがない」


 サキルはきっぱりと拒絶した。

 この男は、何もわかっていない。戦争を楽しむ輩と同等――いや、自分を正しいと信じて疑わない分、性質が悪い。


「なっ、なぜ君は……いや、そんな……同じ夢を見ているのならなおさら……」


「隊長、もう……」


「わかってる!この少年兵を囲っている者以外は、敗走中の敵軍の追撃に回れ!」


 現実を直視せず、サキルの想いを一緒くたにするその姿に、怒りが込み上げる。だが、その怒りさえ時間稼ぎに使えるのならば、意見を戦わせることも惜しくはない。

 もっとも、もはやその必要もなかった。


「……と言っても、時間稼ぎの必要はないようだな――待ってたぜ、ホーキフ」


「……何を――!?」


 サキルがふと、包囲の外に目を向ける。

 次の瞬間、隊の隙間を縫うように放たれた無数の斬撃が、敵兵を瞬く間に屠った。


「なっ!?何が……いや、今は隊を立て直し、外の敵を――!」


 突然の襲撃に敵将は狼狽したが、すぐに立て直して指示を飛ばす。

 冷静な判断だった。


「敵が目の前にいなければ……な!」


「しまっ……ぐっ……ぁ……!」


 その混乱に乗じて、サキルは剣を振るい、数人を一瞬で薙ぎ倒す。そして指揮官の胴を裂き、首を刎ねた。返り血は壁で防ぎ、すぐに次の行動――包囲の突破へと移る。

 敵軍は指揮官を失い、内外からの攻撃に晒され、混乱に沈んでいく。


「サキル、大丈夫!?」


「ああ、助かったぜホーキフ。お前が来なかったらやられてたかもしれねぇ」


 二人は合流を果たす。


「……回復したみたいだな。けど、ゆっくり話してる暇はなさそうだ」


「……ああ」


 敵兵が異変に気付き、再び集まりはじめる。

 リガイルの安否を聞かれなかったことで、ホーキフが何を察してここへ駆けつけたのかがサキルにも理解できた。

 ホーキフもまた、リガイルの“奥の手”の代償を知っている。


「なら早く終わらせよう。策はあるか?」


「リセが来る。それまで……耐えて!」


「了解」


 簡潔な作戦を確認した直後、上空から矢音が鳴り響き、敵軍の数か所で小爆発が起きた。


「……早かったな。助かる」


「僕も正直、ギリギリだったからね」


 単独で包囲を突破したサキルと、仲間のために全力を尽くしたホーキフ。完全には回復していない中、このリセの援護はまさに天の助けだった。


 冷気で戦況を読み、二人を送り出してくれたフェインの判断にも感謝すべきだろう。

 ここからは敵兵の殲滅、あるいはそれに近い打撃が求められる。


 今ならやれる――そう確信できる状況だった。だが、その裏に微かな違和感があった。


「…………」


「どうしたの、サキル?」


 次の瞬間、その違和感が、かつてないほどの戦慄となって背筋を駆け抜けた。

 ほんの数秒の空白が、数倍にも引き延ばされたように感じた。


 ホーキフがすぐに気づかなければ、危機に陥っていたかもしれない。

 リセに気を取られていた敵の警戒が甘くなっていたのが幸いだった。

 だが――見逃せない。


「……ホーキフ、本陣に戻るぞ」


「えっ? 本陣? どういうこと?」


 盤面を無視した唐突な提案に、ホーキフが困惑する。


「言葉にはできない。ただ、何か――嫌な予感がする」


「感知したわけじゃ……ないんだよね?」


「ああ、違う」


 会話を交わす時間すら惜しい。

 だが、ホーキフはすぐに察した。


「さっきの様子……異常だった。わかった、すぐ行って!」


「すまない、任せた!」


 ホーキフが迷わず送り出してくれたことに、サキルは心から応えねばならない。

 ホーキフが水刃を放ち、敵の意識を逸らす。

 その隙にサキルは駆け出した。


 ――無理はするなよ、ホーキフ。


 駆け抜けるその途中、サキルは心の中で祈るように呟き、仲間の待つ本陣を目指して走った。






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