イフィルド鎮圧戦 幕間②
イガートの天幕で重苦しい陰謀と屈辱が渦巻いていた頃。
同じゼルグ軍陣営の片隅、平民出身の将たちが身を寄せる急造の天幕では、全く別の空気が流れていた。そこにあるのは、飾る余裕すらない生々しい痛気と、泥臭い安堵の入り混じった空気だ。
「痛ッ……! おい、もう少し優しく巻けないのか……!」
「無茶言わないでください隊長。肋骨が三本もイッてるんですよ。大人しくしててください」
上半身裸になったアーヴィルが、衛生兵に分厚い包帯を巻かれながら顔をしかめている。
泥水の中を転げ回り、グレイスの不可視の鉄槌をその身に受けた彼の体は、文字通り満身創痍だった。紫色の痛々しい打撲痕が全身を覆っている。
「……文句を言う元気があるだけマシね。あのまま潰されて、トマトみたいに弾け飛ばなかっただけでも運が良かったと思いなさい」
天幕の入り口で、水筒から喉を潤していたユインが、疲れ切った顔でため息をつく。彼女の軽鎧も所々が破れ、煤で汚れきっていた。
「全くだぜ。俺の腕も、岩ごと粉々にされるかと思ったからな」
アーヴィルの隣には、巨漢のスレイがどっかと座り込んでいる。彼を象徴する太い両腕は、硬化させた岩の装甲ごとひび割れるほどの衝撃を受けたせいで、ひどい内出血を起こして腫れ上がっていた。
「……生きて軽口を叩けるのは喜ばしいが、現実は甘くないぞ。お前ら」
そこへ、天幕の奥で包帯を巻き終えたブレイルが、重い足取りで歩み寄ってきた。その後ろには、彼の部隊である『綺蓮隊』の頭脳を担う三人の将——カルク、リンフィア、ユンの姿もある。
ブレイルが手にしているのは、急ぎまとめられた自軍の被害報告書だ。
「俺の『綺蓮隊』も、お前の『熾炎隊』も、四千いた兵が二千四百まで減った。それぞれ千六百の犠牲だ。小隊長クラスも何人もあの『壁』に叩き潰された」
その言葉に、天幕の空気が一気に重く沈む。
千六百。数字にしてしまえばそれまでだが、彼らにとっては昨日まで同じ釜の飯を食い、背中を預け合った部下や仲間たちの命の数だ。
「アーヴィル隊長、スレイ隊長、そしてユイン副隊長。主たる死闘に加われず、誠に申し訳ありませんでした」
威厳ある長身を屈め、カルクが深く頭を下げる。実戦経験豊富な彼からの、痛切な謝罪だった。
「我々の後方からの支援術式が、あの『壁』の前に悉く無効化され、結果として前線の皆様に全負担を強いてしまった……。完全に私の戦術的判断の甘さです」
「頭を上げな、カルク。お前らのせいじゃねえよ」
アーヴィルが痛む腹を押さえて苦笑する。
「戦略的観点から見ても、あの男の防御は異常でした」
短い黒髪を揺らし、ユンが知的な顔立ちに悔しさを滲ませて分析を口にする。
「時間遅延も重力操作も、物理的な装甲というより『事象そのものの拒絶』です。我々の多段構えの手札をもってしても、突破口を開くことすら叶いませんでした」
「ええ……私の完全スキャンでも、術式の構成すら読み取れませんでした」
物静かなリンフィアが、淡々とした声の中に深い無力感を込める。
「データ収集が完全に遮断されるなど、過去の戦闘記録と照合してもあり得ません。あのグレイスという男、一兵卒ではなく戦術兵器として規格外すぎます」
「お邪魔しても平気ですか? ……酷い有様ですね、アーヴィル隊長。そして、君たちのその優秀な分析の通りです」
沈んだ空気を割るように、天幕の入り口がめくられた。
顔を覗かせたのは、血濡れた軍服の袖を乱暴に捲り上げたリノルと、いつものように静かな佇まいを崩さないサキルだった。彼らもまた、休む間もなくこの天幕へ足を運んできたのだ。
「サキルにリノルか。……そっちこそ随分と血生臭いじゃないか。後方部隊は安全だったんじゃなかったのかよ?」
アーヴィルが顔をしかめながら問うと、サキルは《白銀の瞳》を細め、静かに首を横に振った。
「安全とは程遠かったよ。敵は背後に『死体』の部隊を配置していた。それも、かつての英雄……《不可視の衝撃》を操るフィリッドと、《空間切断のナイフ》を操るエインの死体だ」
「死体……だと?」
「ええ。痛覚も恐怖もなく、ただ生前と同じ精度の術式を乱れ撃ってくるバケモノでしたよ」
ブレイルの驚きに、リノルがげんなりとした顔で答える。
「『再厄』の連中の仕業だな。死してなお英雄を弄ぶとは……どこまで底知れない外道共だ」
スレイが忌々しげに拳を握りしめる。サキルは天幕の柱に背を預け、腕を組んだ。
「その死体の将をなんとか俺の粉砕して指揮系統は潰したんだが……奇襲を受けたイガート将軍の直下軍の混乱が酷すぎた。あそこだけで五千もの兵が死んでいる」
「五千……!? 馬鹿な、俺たち前線の部隊より死んでるじゃねえか!」
アーヴィルが痛む胸を押さえて身を乗り出す。
「統制を失った烏合の衆など、そんなものだ。……それに、前線のそっちも相当な地獄だったようだな。《黒蛇》セリムが死に、《焔斧》バシクが両腕を潰されたと聞いた。あのイガートの腹心たちが、赤子のようにひねり潰されるとは」
「あぁ……」
アーヴィルは悔しげに視線を落とす。
「……それにしても、イガート将軍はさぞかしお怒りでしょうね」
ユインがふと、本陣の方角へと視線を向ける。
「追撃戦では、私たちゼルグ軍は後方支援に回されるそうよ。直下軍の被害が一番甚大だったから……当然の判断だけど。あのプライドの高い将軍が、イフィラやアルグアの連中に手柄を譲るなんて、はらわたが煮えくり返っているはずだわ」
「知ったこっちゃねえよ。安全な後ろで偉そうにしてたツケが回ってきただけだ。……こっちはギリギリの兵力で、前線の地獄を支えてたってのによ」
スレイが鼻を鳴らして吐き捨てる。
「あ、あの……皆様、お話し中失礼いたします……」
そこに、遠慮がちな声と共に天幕の端から顔を出したのは、兵站と補給を一手に担うクレリッドだった。彼の腕には泥に汚れた帳簿が抱えられており、目の下には濃い隈ができている。
「クレリッドか。どうした?」
「その……前線で皆様が命を懸けて死闘を繰り広げている間、私だけ後方で……何の役にも立てず、本当に申し訳ありませんでした……!」
クレリッドは気弱そうな顔をさらに歪ませ、深く、何度も頭を下げた。自分だけが直接戦わなかったことへの強い罪悪感が、その細い肩を震わせている。
「馬鹿野郎、何言ってやがる」
スレイが豪快に笑い、腫れた腕でクレリッドの背中をポンと叩いた。
「お前が毎日寝る間も惜しんで兵糧と薬を管理してなきゃ、俺たちは剣を振るう前に野垂れ死んでるんだよ。前線に出ないからって謝る必要はねえ」
「スレイの言う通りよ。あなたの几帳面な仕事には、私たち全員が助けられてるんだから」
ユインも優しく微笑みかける。クレリッドは少しだけ安堵したように息を吐いたが、すぐにまた帳簿を握りしめ、深刻な顔に戻った。
「あ、ありがとうございます……。ですが、その補給について至急ご報告とご相談があります。……正直に申し上げますと、状況はあまり良くありません」
「どういうことだ?」
アーヴィルが真剣な顔つきで問う。
「奇襲部隊による後方の混乱の余波で、物資を積んだ馬車が数両破損してしまいました。現在、無事だった物資を再編して各部隊へ配っているのですが……負傷者の急増で包帯や薬の需要も跳ね上がり、深刻な人手不足に陥っています。半刻後の出立までに、全兵士へ十分な補給と治療を行き渡らせるには……どうしても人手と時間が足りません」
クレリッドの切実な報告に、将たちの間に緊張が走る。
「……兵站の遅れは、攻城戦となる要塞都市での追撃においては致命的ですね」
ユンが顎に手を当てて思考を巡らせる。サキルも静かに頷いた。
「クレリッドの懸念はもっともだ。敵の罠が待ち受けているであろうフィルドへ向かうなら、最低限の薬と水は必須になる」
「なら、俺の『綺蓮隊』の軽傷者を補給班の支援に回そう。カルク、すぐに手の空いている者をリストアップしてクレリッドにつけてやってくれ」
ブレイルが即座に指示を出すと、カルクは力強く頷いた。
「承知いたしました。すぐに手配し、物資の運搬と仕分けを急がせます」
「た、助かります……! 私もすぐに指示を出して急ぎます!」
クレリッドが慌ただしく天幕を飛び出していき、アーヴィルたちが仮設の寝台で重い息を吐き始めたのを見届けると、サキルは静かに天幕の入り口へと向かった。
「俺とリノルは、別陣営の状況と配置の確認をしてくる。半刻後の追撃の刻限まで、お前たちは少しでも身体を休めておけ」
「あぁ……頼んだぜ、サキル……」
疲労の極致にあるアーヴィルが目を閉じたまま応じるのを聞き届け、サキルとリノルは、泥と血の匂いが充満する天幕を後にした。
***
右翼のゼルグ軍が甚大な被害に喘ぎ、イガートが暗い屈辱の炎を燃やしていた頃。
左翼を死守したアルグア軍の総大将、エイリュウの天幕には、静かだが刃物のように研ぎ澄まされた重い空気が満ちていた。
「……そこはきつく巻きすぎだ。剣を振るうのに支障が出る」
「も、申し訳ありません、エイリュウ様!」
上半身裸で丸椅子に腰掛けたエイリュウが、傷の手当てをする衛生兵を鋭く一瞥する。
彼の鍛え上げられた肉体には、怪物ディアグとの死闘の痕跡が痛々しく刻まれていた。肋骨周辺の凄惨な打撲痕に、数え切れないほどの裂傷。極度の疲労と創力の枯渇によって顔色は蒼白だったが、その瞳の奥にはギラギラとした猛禽のような闘志が未だに燃え盛っている。
「……ご無理は禁物です、エイリュウ。あれほどの怪物と単身で渡り合い、前線を維持していただいたのですから、今は一刻も早くお身体を休めるべきです」
衛生兵と入れ替わるように歩み寄ってきたのは、副将のザンリだった。
彼は刃渡り一メートル半の巨大な剛剣を傍らに立てかけながら、背筋をピンと伸ばして静かに頭を下げる。驚くべきことに、あれだけの泥濘の死闘を潜り抜けたというのに、彼の白く理知的な顔にも、皺一つない上質な衣服にも、泥や血の汚れは一滴たりとも付着していなかった。
「……お前のその無駄に綺麗すぎる身なりを見ると、俺が一人で泥水を啜っていたのが馬鹿らしくなってくるな、ザンリ」
「お褒めに預かり光栄です。戦場であろうと身だしなみを整えるのは、将としての最低限の嗜みと礼儀。……もっとも、あのディアグとかいう怪物には、そのような躾は一切通じませんでしたが」
ザンリは生真面目な顔つきのまま、静かな声に僅かな嫌悪を滲ませた。
「全く、非常識にも程がある質量と再生能力でした。私とキョーリンの二人掛かりで急所を破壊し続けても、怯むどころか喜んで傷を塞いでいく。生物としての理から完全に逸脱しています。……猛省を促すことすら不可能な、純粋な『災害』でした」
「……同感」
天幕の影から、音もなく青みがかった黒髪を揺らして現れたのはキョーリンだった。
黒の戦闘服に身を包んだ彼女は、手に持った布で愛用の双剣にこびりついた怪物の血肉を、無表情のまま念入りに拭い去っている。
「心臓を抉っても、喉を裂いても、次の瞬間には肉が繋がっていた。……殺し甲斐がないどころか、殺すという概念自体が通じない相手だった。私の剣術と、相性が悪すぎる」
寡黙な彼女がこれだけ言葉を紡ぐこと自体、あのディアグという存在がいかに暗殺者にとって理不尽な壁であったかを物語っていた。
「……あぁ、厄介なクソガキだった。だが、俺が本当に腹を立てているのはあの化け物じゃない」
エイリュウが忌々しげに舌打ちをし、傍らの机に置かれた名刀《白嵐》に視線を落とす。
極限まで圧縮した刃を放った直後、タシュア・イーライグに向けた必殺の突き。それをたった二本の指で、白羽取りのように軽々と止められた屈辱が、エイリュウの脳裏に鮮明に焼き付いていた。
「タシュア・イーライグ……。まさか俺の渾身の一撃を、涼しい顔で停止させやがった」
「あの男……エイリュウ様と面識がおありだったのですね。我々三人の同時攻撃すらも、まるで遊戯のように躱して退却するとは。空間の歪みを自在に操るフィローレ一族の術式とも違う、異質な気配を感じました」
ザンリの鋭い指摘に、エイリュウは重く頷いた。
「あぁ。あいつは戦場全体を自らの盤面としか思っていない。味方の死体すら駒として操るような外道だ。あの撤退も、間違いなく奴が仕組んだ次なる『遊び』への誘導に過ぎない」
エイリュウは血の滲む包帯の上から、乱暴に新しい純白の軍服の袖を通した。
その時、天幕の外から駆け込んできた伝令が、片膝をついて声を張り上げた。
「ご報告いたします! 軍議が終了し、ヴェルンド総大将より新たな命が下りました! 我がアルグア軍の被害はおよそ七千と報告! 右翼のゼルグ軍が半壊の甚大な被害を受けたため、半刻後の追撃戦は、我が軍とイフィラ軍本隊が先陣を務めることとなりました!」
その報告に、天幕の中に一瞬の沈黙が落ちた。
三万のうち七千の損害。決して安くない犠牲だが、あれだけの死闘を繰り広げ、軍の崩壊を免れたのは、エイリュウたちが前線でディアグの暴威を完全に引き受けたからこそである。
「……ゼルグ軍は半壊か。連中の右翼には、あの『絶対防御』の男がいたと聞く。平民上がりの部隊長たちが随分と粘ったようだが、あのプライドの高いイガートの腹の虫は収まらないだろうな」
エイリュウは冷笑を浮かべ、立ち上がった。
満身創痍の身体が軋み、激痛が走る。だが、将としての責任と、タシュアへの煮え滾るような怒りが、彼を立たせていた。
「ザンリ、キョーリン。聞いた通りだ。ゼルグが後方に下がる以上、逃げる反乱軍の背中を叩き、要塞都市フィルドへの血路をこじ開けるのは俺たちの役目になった」
「承知いたしました。陣形の再編を急がせ、規律なき敗残兵どもに正しい逃げ方を指導して差し上げましょう」
ザンリが一礼し、巨大な剣を背に負う。
「……了解。次は、必ず喉を掻き切る」
キョーリンも双剣を鞘に納め、短い殺意と共に頷いた。
「休めるのはあと半刻足らずだ。兵たちに水と食料を回し、最低限の傷の処置を終わらせろ。……奴らの用意した罠ごと、この《白嵐》で粉微塵に切り刻んでやる」
エイリュウの決意に満ちた号令が響く。
半刻後の追撃戦——罠の匂いが色濃く立ち込める死地への行軍に向けて、アルグア軍の陣幕もまた、静かな、しかし確かな戦意を研ぎ澄ませていた。
***
兵士たちが慌ただしく駆け回る喧騒から少し離れた、ゼルグ軍陣営の最奥。
あらかじめ厳重な人払いが済まされている、一見するとただの予備物資の保管用と思しき薄暗い天幕に、二人は音もなく足を踏み入れた。
周囲に微かな気配すらないことを《白銀の瞳》で完全に確認すると、サキルは表向きの『軍師』としての冷静な仮面を外し、声の温度をさらに一段階下げた。
「……表の舞台はここまでだ。ここからは、俺たち『名を捨てた者』の仕事だ」
サキルのその低く冷徹な呟きに応えるように、天幕の暗がりから、まるで影そのものが起き上がるようにして複数の人影が滲み出た。
気配も、足音も、呼吸音すらも完全に殺しきった黒装束の者たち。彼らこそ、サキルがこの時のためだけに密かに従軍させ、周囲の目を欺いて潜伏させていた彼直属の隠密部隊——『名を捨てた者』の兵たちであった。
「準備はできているな」
「ハッ。ご指示の通りに、既に手筈は整っております」
影の一つが短く、感情の抜けた声で応える。
サキルは自身の軍服の目立つ装具を素早く外し、闇に溶け込むような、より身軽で実戦的な隠密の装束へと着替え始めた。
「……先輩、本気で一人で行くつもりですか?」
背後から響いた声には、先ほどまでアーヴィルたちに向けていたような「愛想のいい後輩」の面影は微塵もなかった。
振り返ると、リノルは顔の泥を拭い去るようにあっさりと仮面を捨て去り、ひどく冷酷で、底意地の悪い氷のような笑みを浮かべていた。これが誰も知らない、彼女の『裏の顔』である。
「あのタシュアとかいうイカれた男が敷いた死地へ、単独で突っ込むなんて正気の沙汰じゃありませんよ。……まぁ、あっちの馬鹿正直に血を流してる連中を盛大な囮にして裏をかくのは、最高に効率的で私好みですけど」
「あぁ。総大将ヴェルンドの号令で動くあの数万の追撃軍は、タシュアの目を引くためのこれ以上ない『巨大な陽動』になる。奴らの視線が本隊に釘付けになっている今この瞬間しか、あの場所に潜り込む隙はない」
サキルは愛剣を背に帯び直すと、リノルとネレネスの兵たちに鋭い視線を向けた。
「俺がいない間の表の指揮は頼む、リノル。アーヴィルたちには、俺は別動隊の指揮や後方支援に回っているとでも適当に理由をつけて誤魔化せ。……絶対に、俺が陣を離れたことを誰にも悟らせるなよ」
「……了解しました」
リノルは冷たい瞳のままクスクスと肩を揺らして笑う。
「あの単純なアーヴィル隊長たちを騙くらかすくらい、息を吐くより簡単です。ダミーの通信と影武者を使った情報操作は、このネレネスが完璧にこなしてあげますよ。……だから、絶対に死なないでくださいね。先輩が死んだら、私がこの面倒な連中の後始末を全部やらされる羽目になるんですから」
「誰に口を利いている」
サキルはふっと口角を上げると、天幕の隙間から、暗雲が立ち込める西の空を——要塞都市フィルド、あるいはそれとは全く別の「ある地点」を、獲物を狙う鷹のような目で見据えた。
その瞳には、かつて孤児部隊の仲間を喪った夜と同じ、冷たく燃えるような決意が宿っている。
ーー待っていろ、タシュア・イーライグ。……お前を始末するための『致命的な一手』を、俺が探ってやる。
彼がこれからどこへ向かい、その刃を何に突き立てようとしているのか。その真の目的は、リノルたちにすら明かされない深い闇の中だ。
一陣の鋭い風が天幕の布を大きく揺らした。
次の瞬間、サキルの姿は陽炎のように掻き消え、大軍がひしめく戦場の気配から完全に消失していた。




