表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
想造世界  作者: 篤
42/54

共同戦線

「……っ!」


サキルは激しく息を切らしながら目を覚ました。額には冷たい汗が滲み、心臓が異常なほど早鐘を打っている。

何か恐ろしい夢を見ていたような気がするが、その内容は霧のように掴めない。

ただ漠然とした不安と、説明のつかない恐怖感だけが胸の奥に残っていた。


燃え盛る炎のような赤い光と、誰かの絶望に満ちた叫び声のようなものがかすかに記憶の片隅に残っているが、それすらも確かなものではない。

夢の内容を思い出そうとするほど、記憶は曖昧になっていく。


「……また、あの悪夢か」


サキルは眉をひそめながら立ち上がった。彼は昔から、時折不吉な夢を見ることがあった。

そして恐ろしいことに、そうした悪夢を見た時に限って、必ずと言っていいほど軍が襲撃を受けたり、仲間の誰かが命を落としたりと、不吉な出来事が起こっていたのだ。


これまでの経験から、この悪夢は何らかの警告である可能性が高い。

もっとも今までは夢の内容を覚えていたのに対して、今回は覚えていないので必ずしも同じとは限らないが、油断は禁物だ。

今日は特に注意深く行動する必要があるだろう。


軍営地は既に活気に満ちていた。朝日に照らされた訓練場では、スレイの豪快な号令が響き渡っている。


「おい、もっと腰を入れろ!その程度じゃ敵は倒せねえぞ!」


スレイは自らも大剣を振るいながら、若手兵士たちを鼓舞していた。

鍛え上げられた強靭な肉体が朝日に輝き、その人情深い性格が兵士たちの信頼を集めているのがよく分かる。


その隣では、ユインが軽やかな身のこなしで弓を構え、的を射抜くたびに鋭い矢音が響く。

彼女は兵士たちの動きを冷静に見極め、的確な指示を飛ばしている。


「もっと重心を低く!そう、完璧よ!」


炊事班からは香ばしい朝食の匂いが漂い、クレリッドがその日の物資の出入りを細かく帳簿に書き込んでいた。

彼の顔には若干の寝不足の色が見えるが、その手は淀みなく動き続けている。


「今日の食料は予定より少し多めに消費したな……補給路の安全確保は急務だ」


遠征に出てから既に数週間が経過し、連日の戦闘が続いているにも関わらず、熾炎隊の士気は高いままだった。

サキルが軍師として加わってから、彼らは負け知らずの連勝を続けていた。

戦術の精度は格段に向上し、クレリッドによる物資の効率的な運用により兵士たちの負担も軽減されている。

何より、アーヴィルが本来の力を発揮できるようになったことで、軍全体に活気が戻っていた。


しかし最近の熾炎隊には、これまでとは異なる点が一つあった。

それは、友軍との共同戦線を張っていることだ。

今まで単独で行動することが多かった熾炎隊にとって、これは新しい挑戦でもあった。


サキルは悪夢の警告を念頭に置きながら、アーヴィルの軍幕へ向かった。

軍幕に近づくと、アーヴィルの声と共に複数の親しげな声が聞こえてきた。


「失礼します」


「おお、サキル!ちょうど良いところに来てくれた」


アーヴィルが振り返ると、その周りには既に見知った人物と、初対面の数名が座っていた。

明らかにリラックスした様子で、まるで昔からの友人同士のような雰囲気が漂っている。


「改めて紹介するが、こちらは綺蓮隊隊長のブレイル・アステリアだ。俺とは同じ頃に軍を立ち上げた旧知の仲でな」


アーヴィルが嬉しそうに説明する。


「昔から何度も共に戦ってきた。戦友というより、もう兄弟みたいなものだ」


「アーヴィルの奴、相変わらず大袈裟だな」


ブレイルが苦笑いを浮かべる。


「とはいえ、確かに長い付き合いだ。こいつが無茶をしないよう見張るのが俺の役目でもある」


ブレイルはサキルとほぼ同年代に見える端正な顔立ちの青年だった。

金色がかった茶髪を短く整え、翠色の瞳が知性と意志の強さを物語っている。

身長はアーヴィルよりもやや低いが、引き締まった体格と洗練された立ち振る舞いが、彼の武人としての実力を窺わせた。


「そして、こちらが綺蓮隊の中核を担う面々だ」


ブレイルが隣に座る三名を紹介する。


「まずはカルク・ヴェルデン、綺蓮隊の副隊長を務めている」


長身で引き締まった体格の男性が立ち上がった。茶髪に緑の瞳を持つ彼からは、落ち着いた威厳が漂っている。


「綺蓮隊副隊長のカルクです。戦術面で隊長を支えさせていただいております」


その冷静な口調と的確な言葉選びから、彼の戦術家としての資質が窺えた。


「こちらはユン・シェリア、我が隊の軍師だ」


短い黒髪で知的な眼差しを持つ女性が優雅に会釈する。その鋭い瞳の奥に深い洞察力を秘めているのが分かった。


「軍師のユンです。戦略立案を担当しております。サキル軍師とは、ぜひとも意見を交わしたいと思っていました」


「そして、リンフィア・ノール。分析と情報収集のエキスパートだ」


物静かで上品な雰囲気を纏った妙齢の女性が、静かに頭を下げる。その落ち着いた佇まいからは、深い思慮深さと観察眼の鋭さが感じられた。


「リンフィアと申します。情報分析を主に担当しております。よろしくお願いいたします」


「改めて、熾炎隊軍師のサキルです」


「こちらこそ。アーヴィルから貴方のことはよく聞いています。優秀な戦友を得て、こいつも随分と頼もしくなりました」


ブレイルが言う。


「サキルはこの熾炎隊を救ってくれた存在だ」


アーヴィルがその時のことを思い出すように言う。


「軍師という立場だが、戦術面では完全に対等の関係で意見を交わしている。おかげで熾炎隊は格段に強くなった」


「そうだな」


サキルが頷く。


「アーヴィルの『武』があるからこそ、俺の策も活きる。互いに欠かせない存在だ」


「なるほど、それでこれほどの連勝を続けているのか」


カルクが感心したように言う。


「指揮官と軍師の信頼関係が戦力に直結するとは、まさにその通りですね」


「戦術的な視点から見ても、非常に興味深い組み合わせです」


ユンが知的な表情で頷く。


「熾炎隊の戦闘データを拝見させていただきましたが、勝率の向上曲線が顕著に現れています」


「データ分析の結果からも」


リンフィアが静かに口を開く。


「サキル軍師が加わってからの戦術変化は明確で、特に機動戦術との組み合わせが秀逸だと分析しております」


その時、天幕の外からディルンの穏やかな声が聞こえてきた。


「アヴィ、ブレイル殿もいらっしゃるのじゃな。失礼いたします」


「ディルン様、どうぞ」


ディルンが天幕に入ってくると、その後ろからスレイとユイン、そしてクレリッドも続いて入ってきた。


「おお、皆揃ったな」


アーヴィルが嬉しそうに言う。


「ブレイル、こちらが我が熾炎隊の中枢を担う面々だ」


「こちらはディルン・レイラー。我々の知恵袋にして相談役だ」


「はじめまして、ブレイル殿。老いぼれではありますが、よろしくお願いいたします」


ディルンが丁寧に頭を下げる。その垂れ目で優しげな表情と泰然とした雰囲気が、彼の人格を物語っていた。


「こちらはスレイ。武勇に優れ、兵士たちからの信頼も厚い」


「よろしく頼むぜ、ブレイル!アヴィの旧友ってことは、きっと良い奴に違いねえ」


スレイが豪快に笑いながら手を差し出す。その粗野な口調とは裏腹に、明るく優しい人柄が滲み出ている。


「そしてこちらはユイン。彼女もまた優秀な指揮官だ」


「初めまして、ブレイル隊長。アヴィがあんなに嬉しそうにしてるの、久しぶりに見たわ」


ユインがさばさばとした口調で言う。凛々しく美しい容姿と、その強い意志を宿した藍色の瞳が印象的だった。


「最後にクレリッド。補給を一手に担う、我々には欠かせない存在だ」


「あ、あの……クレリッドです。補給担当をしております。よ、よろしくお願いします」


クレリッドが緊張しながらも丁寧にお辞儀をする。気弱そうな外見だが、その几帳面さと責任感の強さが垣間見えた。


「皆さん、素晴らしい方々ですね」


ブレイルが感心したように言う。


「これほどの人材が揃っているからこそ、熾炎隊は強いのですね」


「何言ってやがる。そういう綺蓮隊も相当強いだろう。我がゼルグ国でも屈指の精鋭部隊だ」


アーヴィルが説明を続ける。


「特に機動戦術に長けており、その戦いぶりは『蓮の花のようにしなやかで、時に刃のように鋭い』と評されている。規律を重んじつつも、隊員たちの自主性や即応力を重視する指揮が特徴で、ブレイル自身も『仲間と共に強く生きる』ことを信条としている実力者だ」


「おいよせ、言い過ぎだぞ?」


ブレイルは照れながらも満更ではなさそうだ。


ゴホン、とディルンが咳払いを一つ。


「褒め合うのもそこら辺にして今回の共同作戦についての説明するのが先じゃな」


「はい、そうですね……」


アーヴィルがすぐに切り替えて地図を広げる。


「アルグア軍の動きが活発化している。単独での対処は困難と判断され、上層部が綺蓮隊との連携を決定した。まあ、俺としては旧友と一緒に戦えるのは嬉しい限りだがな」


「こいつと組むと、いつも無茶な作戦になるんだ」


ブレイルが苦笑いを浮かべる。


「でも、それが意外と上手くいくから不思議なものだ」


「ただし」


サキルが地図を見つめながら、重々しく言った。


「今朝、不吉な夢を見まして。私は昔から、そうした夢を見た時に限って何か悪いことが起こる傾向があります。今日は特に注意深く行動した方が良いかもしれません」


アーヴィルとブレイルは一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに真剣な顔になった。


「サキルのそうした直感は、これまで何度も我々を救ってくれた」


アーヴィルが説明する。


「確かに、その警告は無視できない」


「それは心配じゃな……」


ディルンが眉をひそめる。


「サキル殿の予感が当たったことは数知れず。十分に警戒すべきでしょう」


「俺も同感だ」


スレイが珍しく真剣な表情で頷く。


「サキルの直感を疑ったことは一度もねえ。今日は特に気を引き締めて行こうぜ」


「私も賛成よ」


ユインが腕を組みながら言う。


「サキルの予感は馬鹿にできないもの。備えあれば憂いなしよ」


「えっと……」


クレリッドが恐る恐る手を上げる。


「それでしたら、補給の面でも余分に準備しておきましょうか?万が一のことを考えて」


「興味深いですね」


リンフィアが静かに口を開く。


「戦場における予感や直感は、しばしば潜在的な情報の統合結果として現れることがあります。過去のデータからも、そうした警告を軽視すべきではないでしょう」


「戦術的に見ても」


カルクが地図を見つめながら言う。


「余裕を持った作戦立案は常に重要です。リスク管理の観点からも、より慎重なアプローチを取るべきでしょう」


「私も同感です」


ユンが頷く。


「戦略分析の基本は最悪のケースを想定すること。サキル軍師の警告を踏まえ、複数の対応策を用意しておきましょう」


「分かりました」


ブレイルも頷く。


「では、より慎重に作戦を練りましょう。用心に越したことはありません」


九人は地図を囲み、敵の配置、地形の特性、両軍の特徴を活かした戦術について議論を重ねた。

ブレイルの提案は的確で、サキルの戦術理論と見事に噛み合っている。

さらにユンが戦略的な視点から補完し、カルクが実戦での運用面を検討する。

リンフィアは敵の行動パターンを分析し、想定される変化要素を洗い出していく。

アーヴィルも両者の意見を聞きながら、実戦での経験を踏まえた貴重な助言を加えていく。


「敵の主力は小さな丘の上に陣取っています」


ブレイルが地図上の一点を指す。


「約三千程度の部隊ですが、正面からの攻撃は地形的に不利です。しかし、東側に迂回路があります。綺蓮隊はそこから回り込み、背後を突きます」


「その間、我々が正面で陽動を行う」


サキルが続ける。


「敵の注意を引きつけ、綺蓮隊の動きを隠す。タイミングが重要ですね」


「戦略的には」


ユンが地図を見つめながら言う。


「敵の退路も考慮に入れるべきです。完全包囲ではなく、逃げ道を残すことで無用な抵抗を避けられます」


「情報分析の結果から判断すると」


リンフィアが静かに報告する。


「敵部隊の士気はそれほど高くないと思われます。効果的な打撃を与えれば、比較的早期の決着が期待できるでしょう」


「実戦面では」


カルクが続ける。


「迂回路の地形を詳しく調べておく必要があります。雨天時の対応策も含めて、複数のパターンを準備しましょう」


「合図は狼煙で行おう」


アーヴィルが提案する。


「綺蓮隊が攻撃位置に着いたら狼煙を上げ、それを合図に我々も攻撃を開始する」


「地形的に見ると」


ディルンが地図を詳しく観察しながら言う。


「この迂回路は確かに有効じゃが、雨が降ると足場が悪くなる可能性がある。天候にも注意が必要じゃな」


「あの……」


クレリッドが遠慮がちに手を上げる。


「補給の観点から申し上げますと、この作戦なら矢の消費量は通常の戦闘より少なく済むと思います。機動戦術中心なので、長期戦にはならないでしょうし」


「さすがクレリッド」


サキルが感心したように頷く。


「その分析は的確ですね。物資の心配が少ないなら、より積極的な作戦を立てられます」


午前中、両隊は連携を確認しながら前線へ進軍した。今日の戦は決して大規模なものではない。

アルグア軍の偵察部隊が付近の補給路を狙って小競り合いを仕掛けてくる——それに備えての布陣だった。


合流地点で綺蓮隊と合流すると、ブレイルの部隊の練度の高さが一目で分かった。

兵士たちの動きは機敏で統制が取れており、装備も軽装でありながら実用的だ。

機動戦術を得意とする部隊らしい特徴が随所に見られる。


「敵の偵察部隊を発見しました」


斥候が戻ってきて報告する。


「約三千名程度、丘の上に布陣しています」


「こちらの戦力は?」


サキルが確認する。


「熾炎隊が三千、綺蓮隊が二千五百。数的には優位ですが、地の利は向こうにあります」


「詳細な配置は?」


ユンが追加で質問する。


「敵の予備兵力や退路の確保状況も把握したいのですが」


「敵の行動パターンから推測すると」


リンフィアが分析を加える。


「おそらく後方に小規模な予備隊を配置していると思われます。本格的な戦闘よりも、陽動や時間稼ぎが目的の可能性が高いでしょう」


「では、予定通りの作戦で行きましょう」


アーヴィルが決断を下す。


両軍は予定された位置に展開した。熾炎隊は正面から、綺蓮隊は東側の迂回路を使って敵の背後を突く。

サキルとユンは両軍の後方から全体の指揮を執り、ブレイルはカルクとリンフィアと共に迂回行動に移った。


「敵が動き始めました」


前線からの報告が入る。


アルグア軍の兵士たちが丘の上で隊形を整え、こちらの動きに警戒している。

しかし、綺蓮隊の存在には気づいていないようだった。


「よし、陽動開始」


アーヴィルの号令で、熾炎隊が前進を開始した。


「行くぞ野郎ども!サキルの策を無駄にするんじゃねえぞ!」


スレイが豪快に叫び、先陣を切って左翼を突撃する。


「焦らないで!一歩ずつ、確実に!」


ユインが冷静に指示を出し、右翼から弓兵隊を率いて援護射撃を開始した。


「慌てるな、我慢じゃ!必ず好機は来る!」


ディルンが中央で兵士たちを統率し、敵の攻撃を受け止めながら、ブレイル隊の迂回を待つ。


同時に、綺蓮隊は迂回路を駆け抜けていた。


「地形は予想通りです」


カルクが進行状況を確認する。


「このペースなら予定時刻に攻撃位置に到達できます」


「敵の警戒範囲も分析通りですね」


リンフィアが周囲を観察しながら報告する。


「発見される可能性は低いでしょう」


敵も応戦の準備を整え、弓矢・創術の応酬が始まった。

しかし、これは本格的な攻撃ではない。

あくまで敵の注意を引きつけるための陽動だった。

熾炎隊は適度な距離を保ちながら、敵を刺激し続ける。


「狼煙が上がりました!」


東の空に白い煙が立ち上る。綺蓮隊が攻撃位置に到達した合図だった。


「全軍、攻撃開始!」


アーヴィルの号令と共に、熾炎隊が一斉に突撃を開始した。同時に、丘の背後から綺蓮隊の雄叫びが響く。


挟み撃ちにされたアルグア軍は混乱に陥った。

正面からの熾炎隊の猛攻と、背後からの綺蓮隊の奇襲に対応しきれず、隊形が崩れ始める。


「敵、退却を開始!」


戦況は予想以上に早く決着がついた。

アルグア軍は統制を失い、散り散りになって撤退していく。

追撃は適度なところで打ち切り、両軍は戦場に勝利の雄叫びを響かせた。


「見事な連携でした」


戦闘終了後、ブレイルがサキルとアーヴィルに声をかけた。


「サキル軍師の戦術と熾炎隊の実行力、そして両軍の息の合った連携。完璧な勝利でしたね」


「両軍の戦術指揮官同士の連携も素晴らしかった」


ユンがサキルに向かって言う。


「戦略面での意思疎通がここまでスムーズだとは思いませんでした。今後の共同作戦への期待が高まります」


「情報収集の精度も向上しました」


リンフィアが静かに分析を述べる。


「両軍のデータを統合することで、より的確な敵情分析が可能になりそうです」


「実戦面でも」


カルクが頷く。


「両軍の特性を活かした作戦立案が実現できました。機動戦術と正面攻撃の組み合わせは非常に効果的でした」


「綺蓮隊の機動力があってこその勝利です」


サキルが答える。


「タイミングも完璧でした」


「いやあ、流石サキル殿じゃ。完璧な采配じゃった」


ディルンが穏やかな笑顔でサキルに近づく。


「おかげで被害も最小限に抑えられた」


「へへっ、サキルの策は最高だな!俺も思いっきり暴れさせてもらったぜ!」


スレイが満足そうに笑う。


「まったく、スレイはすぐ調子に乗るんだから」


ユインは呆れたように言うが、その表情には安堵と喜びが浮かんでいた。


「でも、本当に助かったわ。サキルの言う通り、今日は何か変な胸騒ぎがしたから、ずっと気を張ってたのよ」


「今回の戦いで、両軍の連携の可能性を確認できた」


アーヴィルが満足そうに頷く。


「ブレイル、お前との共同戦線はやはり心強い。これなら、より大規模な作戦でも十分に対応できるだろう」


「サキルさん!」


クレリッドが駆け寄ってきた。


「今回の物資消費は予測値の九割に収まりました!負傷者も軽傷がほとんどで、治療薬の在庫も十分にあります!」


「ご苦労だった、クレリッド。あなたの功績も大きい」


サキルは温かく答える。


「あなたの分析があったからこそ、安心して作戦を実行できた」


小規模な戦闘ではあったが、全員にとって貴重な経験となった。熾炎隊と綺蓮隊の連携は予想以上にスムーズで、今後の共同作戦への期待が高まる。


熾炎隊にとって、戦に明け暮れる日々は既に日常となりつつあった。

しかし、今回の綺蓮隊との共同戦線は、その日常に新たな可能性を加えるものだった。

サキルの冷徹な戦術眼、アーヴィルの圧倒的な武力、そしてブレイルの規律ある機動戦術。

さらにユンの戦略的思考、カルクの実戦経験、リンフィアの分析力。

この組み合わせは、これまで以上に強力な戦力を生み出していた。


しかし、サキルの心の奥底では、朝方に見た悪夢の残滓がまだくすぶっていた。

今回は何事もなく勝利を収めたが、過去の経験が警鐘を鳴らしている。


——この勝利は、新たな災いの序章ではないか?


そんな不安が、勝利の余韻の中でも完全には消えることはなかった。


戦場の向こうに沈む夕日を見つめながら、サキルは自分でも理解できない予感に襲われていた。

この戦いは、もっと大きな何かの始まりに過ぎないのではないか。

そんな思いが、彼の胸に重くのしかかっていた。


——この悪夢が、ただの夢で終わることを祈りながら。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ