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想造世界  作者: 篤
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試練の戦 リザルト

 柔らかな布の感触が頬に触れる。微かに鼻を掠める薬草の匂いと、肌を包む温もりが、命の灯がまだ絶えていないことを告げていた。うっすらと開いたまぶたの奥に差し込む光は、布の帳に柔らかく遮られて、どこか夢の続きを思わせる。


「……っ……」


 喉の奥で詰まった空気を押し出すように、乾いた咳が漏れた。続けざまに胸がきしむように痛み、深く息を吸い込もうとするたびに、肋骨と脇腹に鈍くも鋭い刺激が走った。意識はまだ曖昧だったが、ゆっくりと覚醒へと引き戻されていく。


「目を覚ましたか……」


 聞き慣れた声が、低く、落ち着いた響きで耳に届いた。


 視線を向けると、アーヴィルが椅子に腰を下ろしていた。剣は脇に置かれており、左肩から胸にかけて白い包帯が巻かれている。疲労の色は見え隠れしていたが、彼の眼差しは凛として冴えており、その瞳にはどこか静かな安堵が宿っていた。


「……撤退、できたのか……?」


 かすれた声を絞り出すように問うた。


「ああ。エイリュウは途中で退いた。理由は不明だが……俺らにとっては、幸運だった」


 アーヴィルはそう言いながら、天幕の隙間から差し込む陽光の先に視線を投げた。


「お前の助けがなければ……俺も、部隊も、もうなかった。感謝している。だが、それよりも気になるのは……」


 アーヴィルの言葉に、サキルはゆっくりと瞼を持ち上げた。


「……エイリュウの言葉、か」


 乾いた唇の隙間から漏れた言葉は、呪文のように重く響いた。


 そうだ――あの男が最後に残した言葉。


『裏でこの世界を歪めている奴らがいる。そいつらを根絶やしにすることこそが先決』


 あの言葉に嘘はなかった。サキルが《再厄》として追い求めていた敵。あの日、ゼルグの孤児部隊を葬った《闇》の正体。それを超えた、もっと根深いこの世界の歪み。


 ——同じ敵を見ている。


 その確信が、サキルの胸の奥に小さな灯火のように宿っていた。その灯火は、ただの希望ではなく、復讐や怒りとも違う、新たな「意思」だった。


「……このままじゃ、終われないな……」


 呟いた言葉は、誰にも届かなかった。だがそれは、確かにこの闇の時代を生き抜くための、新たな一歩だった。













 《熾炎隊》の天幕に、重い空気が満ちていた。


 ディルンがサキルとの交渉内容を語り終えると、誰もすぐには口を開かなかった。やがてアーヴィルが深いため息をつき、低く呟く。


「……で、結局、あの男はしばらく居座ることになったと」


 言葉は投げやりに聞こえたが、その裏には複雑な感情が滲んでいた。ディルンは無言で頷き、長い髭を撫でながら言う。


「サキルという男、確かに戦術眼は優れておる。だが問題は、我らがどう向き合うか、じゃな」


「でもさ、実力があるなら認めざるを得ないんじゃないか?」


 スレイが率直に言葉を挟む。


「今回は完全に劣勢だったし、あいつが来なかったら、俺たち……本当に終わってたと思う」


「……それはそうだけど」


 ユインが眉をひそめる。


「でも、感情的には受け入れられないの。ライの代わりなんて、誰にもできるわけない」


 その時、天幕の隅で小さく身を縮めていた男が、もじもじと手を上げた。三十代前半の痩せ型で、やや猫背気味のクレリッドだった。

 彼は補給担当として軍の縁の下の力持ちを務めており、普段は気弱で目立たない存在だが、軍の運営には欠かせない人物だった。


「あ、あの……僕も、意見を言ってもいいでしょうか?」


「もちろんじゃ、クレリッド。お前も首脳陣の一人なのだから」


 ディルンが穏やかに促す。


「え、えっと……」


 クレリッドは緊張しながらも、意を決したように口を開いた。


「僕は……僕は戦術のことはよくわからないし、いつも皆さんの足を引っ張ってばかりで申し訳ないんですが……でも、補給の現場から見ていて思うんです」


「何を思うんだ?」


 アーヴィルが真剣な表情で問いかける。


「ライガーさんが亡くなってから、軍全体の効率が著しく低下しています。物資の無駄遣いが激増し、負傷者の治療も統制が取れていません。このままでは、戦術以前の問題で軍が立ち行かなくなります」


 普段の気弱さとは打って変わって、クレリッドの声には確信が込められていた。


「具体的には、どういうことだ?」


「今日の戦闘だけで、矢の消費量が通常の三倍に達しました。一人当たり平均二十本程度で済むはずが、六十本以上を消費しています。これは明らかに、指揮系統の混乱による無駄撃ちです」


 クレリッドは手に持った帳簿を開きながら続ける。


「治療薬の使用量も異常です。軽傷に対しても高価な薬草を大量使用している。これも現場での判断力低下の表れです」


「……そこまで詳しく把握していたのか」


 ディルンが感心したように頷く。


「僕の仕事ですから。数字は嘘をつきません」


 そして、クレリッドは意を決したように顔を上げた。


「だから……もしサキルさんが本当に優秀な軍師なら、僕は受け入れるべきだと思います。ライガーさんを失った悲しみはわかりますが、このまま軍が崩壊したら、ライガーさんの想いも無駄になってしまいます」


 アーヴィルの決断:


 クレリッドの言葉に、天幕内の空気が変わった。


「……お前の言う通りだ」


 アーヴィルが静かに頷く。


「俺たちは感情に囚われすぎていた。サキルをライの代わりとして見るから、受け入れられないんじゃないか?ライは唯一無二だ。誰にも真似できない。だが、サキルは別の人間だ。別の価値を、この軍にもたらすかもしれない」


「アヴィ……」


「もしライが生きていたら、何て言うと思う?『アヴィ、軍のことを第一に考えろ』……あいつなら、そう言うさ」


 その瞬間、まるで応じるように天幕の外から声が響いた。


「失礼します。明日の戦に向けて、戦術会議を開きたいのですが」


 戦術会議とクレリッドの貢献:


「入ってくれ」


 天幕に姿を現したサキルは、緊張を纏った視線を五人から浴びながらも、一礼して進み出る。


「お前は俺たちの軍をどう見ている?」


 アーヴィルの問いに、サキルは率直に答えた。


「優れた軍だ。各将の能力も高く、兵の士気も本来なら申し分ない。ただ……中核を失って混乱している。それだけだ」


「この軍の最大の強みは理想を共有していること。『世界を変える』という目標があるからこそ、これだけの人材が集まっている。だが今は、その理想が力を持たず、形だけになりつつある」


「勝てる軍に戻したい。それだけだ」


 サキルの柔軟な姿勢に、場の空気が和らいだ。


 戦術会議が始まると、サキルは地図の上に駒を並べながら、敵軍の構成と最適な対処法を説明していく。その時、クレリッドが恐る恐る手を上げた。


「あ、あの……補給の観点から質問があります」


「何だ?」


「この作戦だと、矢の消費量はどの程度になるでしょうか?」


「効率的な配置により、通常の戦闘より少ない消費で済むはずだ。具体的には?」


 クレリッドが計算を始める。


「はい、この配置なら一人当たり十五本程度で十分だと思います。むしろ、集中運用により無駄撃ちが減るので、物資効率は大幅に改善されます」


「素晴らしい分析だ」


 サキルが感心したように頷く。


「戦場を数字で読み解く能力は、軍師にとって不可欠だ。クレリッド、あなたの専門知識は貴重だ」


「そ、そんな……僕なんて……」


「謙遜する必要はない。あなたのような人材がいるからこそ、この軍は機能している」










 翌日の戦闘でサキルの戦術は見事に成功し、《熾炎隊》は圧倒的な勝利を収めた。戦後、クレリッドが興奮気味に報告に来た。


「サキルさんの作戦、本当に素晴らしかったです!物資の消費量が通常の半分以下で、負傷者も最小限に抑えられました!」


 普段は控えめなクレリッドの興奮ぶりに、一同も驚いた。


「数字は嘘をつきません。サキルさんは本物の軍師です」


 戦後、天幕に集まった首脳陣の前で、アーヴィルは宣言した。


「サキル。お前を《熾炎隊》の軍師として迎え入れる」


「了解した。俺は俺の役割を果たすだけだ」


「それと、クレリッド」


 サキルがクレリッドに向き直る。


「あなたの補給管理能力は軍師の仕事に不可欠だ。これからは戦術立案にも参加してもらいたい」


「え、えっと……僕なんかが戦術会議に?」


「数字で戦場を読む能力は、感情に左右されない判断を下すのに重要だ。あなたの視点が必要だ」


 クレリッドは困惑しながらも、どこか嬉しそうだった。



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