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想造世界  作者: 篤
39/62

試練の戦⑤

 


 実を言うとエイリュウが最初から力の底を見せていないことはスレイを遠隔援護していた時にわかっていた。

 風と視野だけでなく感覚も擬似共有して彼を観察できたサキルだからこそ気付けたのだろうが、もっと上の次元の強者であれば気付けたとも思える。


 ーーまさか装備の下に錘を付けているとはな。


 彼は胸を胸当て、両足を具足、両腕を籠手を装備して局部的に鉄製のものを用いているが、それ以外の部位は布多め鉄を少々混ぜ込んだ程度のものだ。

 しかしサキルは風の擬似感覚共有で彼の装備の空気抵抗の受け方に違和感を覚えた。そして眼で視てはじめてその局部的な鉄装備以外の戦装束の内側に鉄の延棒のようなものが複数括り付けられていることに気付く。

 鉄の延棒の大きさは掌に収まるサイズのもので、防具として攻撃を防ぐことよりも外から見て認識できないようにすることを重視しているように思えた。


 ーーつまり俺らは全力を出すに値しない敵だとそう思わられているということだな。


 それが導き出された結論になる。

 だが実際それでも尚彼は速く強い。スレイを一方的に戦闘不能に追い込み、光を取り戻したアーヴィルを圧倒してみせたので間違いない認識といえる。

 スレイとアーヴィルがこのことを知ったら彼我の戦闘力の差に戦慄するか、本気を出されなかったことに憤るか微妙なところだ。

 とはいえ二人の反応はそのどちらかに違いないだろう。


 ならサキルはどうか?

 考えるまでもない。


 ーー好機だ。


 戦闘力に差があり過ぎることには思うところがある。ただサキルは自身の弱さは十分自覚しているし、だからこそこれから強くなっていけば良いと考えているので思い詰めたりはしない。

 だが憤りを感じるか否かに関しては論外だ。

 正々堂々か否か?残虐で非道な行いか否か?など倫理観に依るものは全て論じるに値しない。

 卑怯でも勝てば良いし、如何に冷酷非道でも利があるのならそれで良い。

 全てを奪われ、奪う側にもなったサキルの考えはそう帰結した。

 故に思うのだ。


 ーーエイリュウが全力を出してこないのなら、全力を出させせないままに葬る。


 力を抑えられた今のままでさえ厳しいのだからそうする以外に勝ち目は……いやサキルが生き残り先を繋ぐ道はない。


 ーーだからここで確実に仕留める!


「ァァァァァァ!」


 声を引き絞り、疼く全身の斬傷をアドレナリンという名の戦意へ変え斬撃を放った。

 錘を付けても尚速く鋭いエイリュウの動きをサキルが持ち得る全ての手段を総じて読み切り、動揺を誘った上で壁を創って逃げ場を塞いだ一撃。

 エイリュウの肉体を袈裟に捉えるその瞬間、彼の口元に好戦的な笑みが刻まれたのが見えてーー


 キキキィィィィィィ、バシッ


「っっ!?」


 異様な音が連続して聞こえ、手に返ってきた感覚は剣を通して肉を裂いたものではなく、握った剣を離さざるを得ない直接的な衝撃だった。


 ーー何をされたんだ!?


 いやエイリュウの行動は辛うじて見えていた。

 彼は右手の剣を離さざるを割り込ませて斬撃の勢いを削ぎつつ近付き、左手で剣を握るサキルの手に触ったのだ。

 問題は如何にしてサキルが剣を手放させる程の衝撃をたった数秒触っただけで起こしたのか。

 エイリュウは剣で斬撃の勢いを削いではいたが、それだけで防ぎきれてはいなかった。

 手元に強い衝撃を受けなければ斬撃は確実にエイリュウを斬り裂いていただろう。

 しかし最早それらを推察する余裕すらない。


 剣を失ったサキルに容赦なくエイリュウが斬撃を放った。

 まともに食らえば即死は必至の一撃を前に剣を手放してしまったサキルはなす術もなく立ち尽くす。


 その瞬間全ての時間が遅く、スローモーションになった。

 いや避けられぬ死を前にしてそう体感しているだけかもしれない。

 速く鋭い筈のエイリュウの斬撃が鈍くゆっくりに感じる。

 周囲への感覚も鋭敏になり、背後数メートル先でアーヴィルがサキルを守ろうと動き出したことさえも感じ取れた。

 もっともアーヴィルが決して間に合わないこともわかってしまってはいたが。

 故の絶対的不可避の死。


 ーーまだ……まだだ!まだまだ死ねない!


 時間はスローモーションなのに全く身体は動かない。

 どれだけ心で叫んでも身体が応えてくれることはなかった。


 ーー何か……何か生き残る手はないか?


 思考だけが巡り巡って何も成せないまま空回りする。

 心臓が早鐘のように鼓動を刻み続け、耳鳴りが酷い。

 鼓動の音がエイリュウに聞こえ、なんなら数メートル離れたアーヴィルにも聞こえているのかと思えてくる。

 刃を、死を前にしてドクドク、ドクドクドクドクドクドクドクと心臓が煩く跳ね回りーードクン、と一際大きく跳ねた。


「ーー!!」


 同時に時が本来の速さを取り戻し、エイリュウの斬撃にも鋭さが戻る。

 そしてその速度のままにサキルの()()()()()()()()()()()











 ーー斬撃が逸れた!?ならばもう一度。


 そう思い直し、エイリュウは一度斬撃を放った態勢から最速で逆袈裟に斬撃を放とうとする。


「させるか!」


 だがすぐに気付いて追撃を中止し背後に距離を取った。

 次の瞬間先程までエイリュウのいた場所から膨大なエネルギーの爆炎が噴き出した。

 炎の壁がサキルを護るように展開される。

 だがそれも数秒で、すぐに炎のベールは取り払われた。


「へぇ、一度失ってしっかり学習してるじゃねえか」


 その炎のベールが下りた数メートル先、サキルを背後にアーヴィルが剣を構えている状況を目にして、エイリュウは好戦的に笑った。

 ここまで手の内を見せて尚倒れず戦意の折れていない相手は久方ぶりだ。

 最大速度ではないにしてもほとんどの敵は一刻と経たず仕留めてきた氷舞ひょうぶに食らいつき、剰え全て見切られて反撃されたのはここ数年を省みても記憶にない。

 少々全力を出して仕留めにかかったがそれも防がれた。


「とはいえ全てを取っ払って全力でやれば終わるだろうけどなぁ」


 そうぼやいて剣を向けてみるが、相対するアーヴィルも彼に庇われて斬られた脇腹を抑えながら口の端に血を垂らすサキルさえも戦意が衰える気配はなくエイリュウを見据えてくる。

 それにエイリュウは笑みを浮かべて剣を逆手に持ち、そのままーー


「やめだ、やめやめ。今日はここまでにしてやろう。お前ら撤退するぞ!」


 鞘に収めて背を向け、周りに声をかける。

 既にエイリュウとサキルとアーヴィルを囲っていた壁は霧散しており、台風の目のようにぽっかりと空いた穴の周りで両軍の兵がぶつかり合っている状況だ。

 両将の一騎討ちを見守りながら戦っていたので乱戦までには発展しておらず、故にエイリュウの声はすぐに軍へと伝播した。

 しかしそれでも一拍反応に遅れがあったのは別の理由だろう。


「ま、待ってくださいエイリュウさん。まだ俺らの方が勢いはありますし、エイリュウさんも敵将を圧倒してるじゃないですか!」


 そう戸惑いながら部下の一人が問うてくる。

 確かに彼の言うことは正しく、この戦場を国の上の連中に見張られていた場合、背信行為だと罰せられるだろう。

 加えてエイリュウも手の内を見せてしまい、全力でないとはいえ動きを完全に読まれてしまったのだから今仕留めてしまうのが最善だ。

 次も今回の序盤のように圧倒して仕留められると思えるほど彼らは弱くないと感じてはいた。

 だがーー


「いいや、やめだやめ。このままやれば奴らを打ち取れるだろうが、時間がかかってしょうがねえ。横撃に入ったはずのキョーリンのやつもこいつらの軍の手練れに足止めされちまってる。こいつらにも他に隠してるものがあるかもしれんし、そしたら俺らも無事で済まねえかもしんねえしな」


 既に決めたことだ。アーヴィルの軍が強いから方便にも困らなかった。


「……わかりました。エイリュウさんに従います」


 渋々と言った感じで頷く部下にエイリュウは苦笑して、


「全軍撤退だ!」


 今度こそ声高に此度の戦の終結を告げたのだった。












 サキルは傷を負った脇腹を抑え荒い息を吐きながらも次なる手を考え続けていた。


 ーーなんだと?


 だがエイリュウと彼の部下のやり取りとそこからの撤退宣言を聞いて、不覚にも思考に空白を作ってしまった。

 確かにエイリュウが話した彼らの撤退理由も一理あるのだろうが、それでもこのまま継戦する方が最善だ。

 もしサキルがエイリュウだったら間違いなくそうする。

 しぶとく食い下がった上で手の内を知り、エイリュウが全力でないとはいえ動きを完璧に読んだサキルをこのまま生かして良い理由が一つも思い浮かばない。


 ーー何故だ?


 当然とも言うべきだが、エイリュウとサキルの思考は同じ結論に至り、だからこそそれとは真逆の行動をエイリュウがとったことに思考を止めてしまうほど戸惑っていた。

 故に平時ならば絶対にしないことをしてしまう。


「何故だ?」


 考えるよりも先に口からこぼれ落ちていた。

 こぼれ落ちた言霊は心に大きな波紋を呼び、生まれた衝動に耐えられず叫んでいた。


「何故だ、エイリュウ・レイダム!」


「お?」


 背を向けながらも全く隙を感じさせず堂々とこの場を去ろうとするエイリュウの足が止まる。

 首を傾げながら背後へーー疑問を叫ぶサキルの方を振り返った。

 エイリュウ軍が撤退してくれるのならば熾炎隊は壊滅を免れ、サキルの命も助かると同時に先への道も繋げるだろう。

 黙って見送るのが正しいのだろうが、どうしても解せなかった。


「このまま撤退した場合、お前らは戦果をあげられなかったことを上に追及されるだろう。そればかりかお前らの戦術や戦力を直接体感した熾炎隊は次やり合えばお前らにとって難敵となるに違いないというのに、何故そうまでして俺らを生かそうとする!」


 そしてこれらの疑問を棚上げしたまま在り続ける方が不快に感じてしまった。

 とはいえエイリュウならばこの程度のことは既に思い至っていると感じており、故にここで問答を投げたとしても意を翻して戦を再開するとは考えられないと計算していたがーー


「……裏でこの世界を歪めている奴らがいる。そいつらを根絶やしにすることこそが先決、ただそれだけだ」


「ーー!?」


 エイリュウの答えを聞いて一瞬呆気に取られたが、すぐにその意味を解する。

 むしろ千以上の戦を経験し、この世界の在り方を見て感じてきた筈のエイリュウが裏で暗躍するあの戦闘集団の存在とその脅威を認知していないはずがない。

 少々思考を巡らせれば容易に思い至ることもできたはずなのに。


「いずれ奴らが俺らの邪魔をしてくることは間違いないだろう。ならば次会う時は敵か味方かーー楽しみが増えたな」


「…………」


 言葉通りの高揚した笑みを浮かべ、だがそれ以上話す気はないとばかりに今度こそ首を前に戻して撤退を始めた。

 とはいえサキルも理由が氷解した故に投げる問いもない。


「撤退!撤退だぁぁぁぁ!撤退の銅鑼を鳴らせぇぇぇぇ!」


 号令と共にゴォーン、と腹の底まで揺らす重低音が鳴り響く。

 それに合わせてエイリュウ軍全体が統率された動きで素早く陣形を変え、将と同様に隙を見せることない撤退行動を開始した。

 対する熾炎隊は、


「いつでも撤退できるように陣を整え、待機しておけ」


 アーヴィルは密かにそう指示を出し、隊列を整えていた。

 ただつい先程まで混戦の中にあり、部分的に押し返していたとはいえ各所ではアーヴィル軍に圧倒されていたのでやや遅れていた。

 辛うじて奇襲に備えて防御陣形を形にすることはできても、

「いつでも撤退ができる」ところまでは手が回ってない状況である。


 ーーこの差から勝利するまでにどれだけかかるか想像もできないな……。


 負傷した脇腹を抑え、疲労と消耗から押し寄せる眠気に必死に抗いながらサキルはそんなことを感じた。

 無論サキルも警戒は怠っていないし、霞む右眼も酷使してアーヴィル軍が奇襲をしかけてくるような怪しい動きがないか予断なく視ている。

 とはいえ騙し討ちをしかけてくるくらいならば、先程のまま継戦する方がよっぽど良い選択なのは間違い無かったのでその可能性は極めて低かったのだが。


 ーー課題は山ほどあるが、一先ずは首の皮一枚繋がったか……。


 考えた通り怪しい動きなくアーヴィル軍が撤退したのを視て、次へと思考を巡らせはじめる。


 ーーまずは……軍の編……成……を見直して……それから……

 。


 しかし抑えていた消耗と疲労が安堵した隙を狙って一気に押し寄せてきた。

 瞼が重くなり、思考がまとまらない。


「負傷者には応急処置だけして動けるもので運べ。俺らも防衛拠点のドウルまで撤退するぞ!」


「おう、了解したぜ、だがこいつはどうする?」


「サキルは俺が運ぶ。皆は疾く撤退しろ」


 ーーーー


 そんなやり取りを耳にしつつ、サキルの意識は深く深く落ちていった。























































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