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想造世界  作者: 篤
38/54

試練の戦④ 希望の回帰

 

  「失くした仲間の意思と共に戦う仲間の想いを決して無駄にするな。全てを失う前に——俺のようになる前に」


  その予想外の言葉を聞いて目の前の男——サキルへの不信感・猜疑心・それらからくる怒り……全てを一瞬忘れてしまった。

  何故、一方的に怒りを突き付けるだけだったのか。

  何故少しも考えることがなかったのか。

  そして何故、自分だけが大切な人を亡くし、一生癒えない痛みを背負ってると——


  「何故……勘違いしてたんだ…」


  一度そう我に返ってしまえば連鎖的に次々と頭に浮かぶ。

 

 ——ユインは最初ライガーを侮り、飾り軍師だとか色々ひどいことを言っていた。

  ともすれば今のスレイに対する物言いよりも数段ひどく。

 しかし彼がだした策が常勝無敗のものとなり、彼女も認めいつしか信頼がおける戦友となっていったのだ。

  そしてライガーが戦死した時、一番に涙したのはユインである。

  もっとも平静さを失いかけたところをアーヴィル共々スレイに叱咤されていたわけだが。

 そうなるほどに彼女にとってもライガーの死を受け入れ難いものだっただろう。

  それでも彼女は今命を賭して戦っている。

  痛みを堪えて、戦っているのだ。

  アーヴィルが痛みから立ち上がるのを信じて。


 ——スレイはそのおおらかさ故か、最初からライガーとは仲が良かった。


 性格的な波長や連携の息も合って良き親友であり戦友でもある。

 故にライガーが死んだ戦場では、アーヴィル同様に取り乱すかと思ったが、彼は決してその場では涙をみせることはなく気丈に振る舞って軍を撤退させてくれた。

 しかしその代わり彼は戦が終わると誰よりもライガーを悼み、泣いていた。

  それでもアーヴィルのように腐ることなく痛みを堪え、今も命を賭して戦っている。


  ——ディルンはライガーを孫のように可愛がっていた。

  もっとも彼は隊の全員を息子、娘、孫のように優しく見守る父のような存在ではある。

  それでも特にライガーは参謀タイプ同士ということもあって実の孫のようであった。

  ともすれば実の孫であり同じ軍にいるユインよりも会話や、やり取りは多かった気がする。

  故にライガーが戦死した時、彼もまた心に強い痛みを負っていたはずだ。

  同時に護れなかったことに誰よりも強い罪悪感を感じている。

 その理由もあるが、何よりもアーヴィルが立ち上がると信じているからこそ見守るという選択をしてくれていたのだろう。

 

 彼らに加えてライガーを慕っていた兵達も皆深い悲しみと痛みを負い、それでも亡き軍師の為と戦っている。

  というのに彼らの将で本来最前線に立って最も痛みを負うべきアーヴィルが何故今ここにいるのか。


  「俺は……」


  ——何がしたいのか?


  「……アヴィよ。何をすべきかはお前が一番わかっている筈ではないか?」


  ディルンが背中を押すように優しく諭す。

 いや彼の顔を見れば焦りを抑えているのだとすぐにわかった。

  今すぐに怒鳴りつけたいだろう。

  引きずってでも戦場に連れて行きたいだろう。

  それでもアーヴィルを慮って見守ってくれているのだ。


  「…………」


  「そうか……それがお前の決断ならばもう俺から言えることは何もない。俺が今すぐ出陣を——」


  沈黙を拒否と捉えてサキルが話を先に進めようとする。


  「待て、お前は軍師だろ?戦場には出るな」


 しかし勝手に話を進めないでほしい。

  声高にサキルの提案に反対する。


  「お前はいまだに何を……言っ……て……」


  彼はまだ意固地になっているとでも思ったのだろう。

 最初は語勢が強かったが、後半になると尻すぼみに消えていく。

  迷いを振り切ったアーヴィルの顔を見たからだろうか。

  もしくは翳りの消えた強いオーラを感じ取ったからだろうか。

 あるいは両方か。

 取り敢えず今はどうでも良い。

  サキルの提案が間違っているのは確実だ。

 故に、

 

「サキル、お前は俺のサポートをしろ」


  ひどく迷い遠回りをしてきたが、それももう終わりだ。


  「戦場には俺が出る」


  「……ふっ、色々文句は言いたいところだが、それしかないようだな。サポートは引き受けた。その代わり下手うつんじゃないぞ」


  決意のこもった言葉にサキルが肩を竦めて軽口を叩きながらも応じてくれる。

  これで勝算はできた。

 ならば後は覚悟を——

 

  「ああ、任せろ。今度こそ……今度こそ俺が全てを守ってみせる」


 覚悟を言葉にしてアーヴィルは影を取り払い、再び光を取り戻したのだった。

 

 


 

 


 

  **************************

 




 ——間に合え!


 アーヴィルは己の中の創力を身体能力の向上に割き、目前に立ち塞がる敵のみを最低限薙ぎ払いながら全速力で走る。

 痛みから立ち直ったのは良いが、遅過ぎた。

 戦況が取り返しのつかないところまでいく前に間に合う必要があるのだからこのやり方以外選べない。


  ——すまない、すまない!今は耐えてくれ。後で……後で必ず助ける。


  故に目的地に向かうまでに見かけた自軍の兵が蹂躙される瞬間も、黙って見過ごすしかなかった。

  これも立ち直るのに時間を要したアーヴィルの罪だ。

  叫び出したいのをギリギリと音が脳に響くほど強く歯噛みすることで耐える。

 せめて懺悔を心で叫びながら、走り続ける。

 そうして悔悟と罪悪感に蝕まれながらも、走って走って走り続け、


 ——スレイ!


 ようやく目的地、アーヴィルを信じ戦うスレイの姿が遠く見えてきた。

  常の彼よりも段違いに弱い気配で満身創痍なのが窺い知れる。

  それだけで命を賭してアーヴィルの為に時を稼いでくれたのが痛いほど伝わってきた。

 ただもう限界で後数秒で全てが終わってしまうこともわかってしまった。


 ——待て……させない……させてたまるか!


 焦燥が身を焦がし、心が、身体が強烈な熱を発し、全身から熱き力が湧き上がった。

 長らく忘れていた感覚。

 どこか懐かしくもある感覚。

 ここまできて眼前で失うようなことは絶対にさせない。

 その強き想いを焼べ、炎よ、内にある大炎よ——


  「燃え盛れぇぇぇぇ!」


  絶対に護り抜く——猛き叫びと共に、戦場にいくつもの炎柱を解き放った。


  と同時に先程まで鋭く動き続けていた敵将——エイリュウ・レイダムと思われる気配が止まる。

 対して動きが鈍っていたスレイの気配が一瞬だけ俊敏になった。

  そして——


「ぐぅらぁぁぁぁ!」


 呼応するように裂帛の気合いが炸裂し、スレイがエイリュウに一撃を叩き込んだ。

  その合間に一気に距離を詰めて、


  「ここだ!」


  滾る熱量を込めた渾身の炎を、吹き飛ばされるエイリュウに叩き込んだのだった——





 ***************************




「ここに着くまでそんなこんなの色々があったんだが、どうにか間に合うことができた。——後は仲間が傷つけられた分を返してやるだけだ」


  アーヴィルは左にさした長剣を右手で抜き放ち、鋭い鋒と敵意を相対する敵将エイリュウに向ける。


「はっ、まぁ確かに間に合うことはできたんじゃねえか?その点だけはギリギリのギリのギリで褒めてやるよ。そのまま臆病風に吹かれて仲間見捨てるゴミクズのままよりはよっぽどマシだからな」


 その言葉をエイリュウは挑発的な笑みで跳ね返す。

  威嚇したつもりだったが全く堪えた様子はなく、それどころか侮ってきているようだ。

  まぁ仲間を見捨てかけた愚将なのは事実だから、それも当然だろう。

  エイリュウのような常勝無敗の猛将からしたら笑い者以外のなに者でもない。

  実力的にも彼の方がアーヴィルよりも上なのだと気配だけで察っしてまってもいたから。

 将としても、実力的にも劣っているのは客観的事実だ。

 

「マシ……か。そうだなその通りだ。将として、俺は最低に近いだろう。だがだからといって負けるとは決まっていないだろ?」


  それでも抗わなければ、間に合った意味がない。

  故に絶対に諦めないことを言の葉に刻み、戦意を高める。


  「まぁどれだけ抗えるか試してやるよ」


 エイリュウも剣を構え、戦闘態勢に入る。

  両将合間見え、戦況は終局。

  多くの言葉はいらないし、その暇もない。

 ここに、エイリュウ軍にとっては存続の為の、サキルにとっては任務初の試練の戦、その最後の一騎討ちが始まった。


 


  **************************

 



 ——それなりに嘘を重ねたが上手くアーヴィルを焚き付けられた。


 彼が全てが手遅れになる前に戦場に間に合ったのを視ながら、心中でひとりごちる。

 レイグは暫く戦闘不能だろうが命に別状はないだろう。

  ユインも他の兵達もアーヴィルの登場のお陰で今のところは皆奮闘している。

 まだ一騎討ちがはじまるまで時間があると感じ、ざっと戦況を俯瞰してみたが、今しばらくは問題は無さそうだった。

 後は上層部がひそかに期待を寄せる新星アーヴィルが、常勝無敗の怪物『闘極者』エイリュウ・レイダム相手にどれだけやれるかが見物である。

 勿論任務の方が重要で復讐計画に支障をきたすようなことをするつもりはなく、できるだけ支援はするつもりだが、


 ——全てを裏切りかけた奴が、果たしてこの難局を乗り越えられるのかな?




***************************




  アーヴィルの能力は火炎を創り精密に操ることができるものだ。

 その精度は同じ系統の能力者の平均を大きく超越したものである。


 しかしそれだけではない。

 もう一つ並みの能力者との差を明確に隔てる強力な能力を併せ持っている。

 それは彼自身が創った火炎は勿論、周囲数十メートル以内に発生した炎ならば感知網として使うことができる能力だ。

  サキルのように視野を繋げることは出来ないが、創力や気配を感知することが可能である。


 通常、炎を操れるだけの異能者は「良き兵」にはなれても「良き将」とはなれない。

 何故なら敵を攻撃するつもりが、味方まで巻き込んで使ってしまうかもしれないからだ。

  他の属性の異能にも大なり小なり言えることではあるが、炎は人体に触れただけで害をなす故に最も顕著な例といえるだろう。

  故に精密な火炎操作が成せて始めて一人の将となれるが、それでも一軍全体を率いる程の将にはなり得ない。


  しかし炎を感知網として扱える特異かつ強力な能力がアーヴィルを「一軍の将」としていた。

 気配まで感知できるから味方を巻き込まずに敵のみを討ち果たせる。

 加えて攻撃手段としてだけではなく、戦場の変化を敏感に察知し軍を勝利に導くことも可能だ。

 単身としても、炎感知を使えば敵の動きを読んで先手を取り続けることもできる。


「——!!」


 ——ここか……。


 故に神速で動くエイリュウを目で捉えられずとも気配で感知し、反応することができる。


  ガギン


 しかし敢えてアーヴィルが防ぐことはせず、サキルが創った壁に防御を任せた。

 それはしっかりと役目を果たし、硬度が高いのかどうかは定かではないが斬撃を防ぎきってくれる


 ーー信頼しても問題はなかったか。


 最初の十分はサキルに防御を任せると取り決めていた。

 正直まだ深く知らないサキルに命綱を握らせることには抵抗を覚えたが、相手がエイリュウ・レイダムとなればそうも言ってられない。

 今まで直接合い見えることはなかったが轟く武名や武勇伝、そして何よりも国が保有する彼に関する情報が人を超越した存在だと感じさせる。

 そんな相手にアーヴィルが食らいつくとしたらそんな方法以外なかった。

 スレイを持ち堪えさせたことも躊躇いが薄れた要因ではある。

 ともかくそうして攻撃の際にできたエイリュウの一瞬の硬直を見逃すことなく、炎弾を放った。


  「っっ!!」


  瞬きする間もなかったが、確かにエイリュウの表情には驚きがあった。

 しかし——


  「はっ、やるじゃねえか。可能性が低いとは思っていたが、まさかそれをやってくるとはな」


 最初の位置に戻り、好戦的で獰猛な笑みを浮かべるエイリュウがいる。

  どうやら炎弾は紙一重で躱されてしまったようだ。

 そして彼の言葉から、


  「壁を逆に足場として利用し、逃れたのか」

 

  想定されていたならば、そのような芸当も可能だろう。

 反射挙動が間に合うかなど、エイリュウ・レイダムだからという理由で説明がつく。


  「はっ、それはどうかな!」


「っ!」


  それを肯定するようにエイリュウの姿が掻き消え、高速の斬撃を見舞ってくる。

  だが先程と同様にサキルの壁に受け止めさせ、炎弾でカウンターを狙う。

  しかしそれも先程と同様に壁を足場として躱された。

 短時間で数回その攻防戦が続いたが、ようやくエイリュウの攻撃が止む。


  「やっぱりその壁硬えなぁ。破るのに苦労しそうだ。けどその必要はねぇな……そろそろそっちから攻めないとやばいんじゃねえか?」

 

「…………」


  スタミナが切れたのかとも思ったが、やはりそうではないらしい。

  間近に火炎を受けて所々に小さな火傷があるが、エイリュウは涼しい表情を崩さない。

  実際まだまだ余裕はあるらしく、挑発的に笑い嫌なところを指摘してくる。

 つまり後方で支援している存在——サキルにも限界が近いのだと。

 彼の力は風と擬似的に視野を繋げるだけで、言葉などを伝えることはできない。

  だがそれでもここに来る前に限界が近いことは教えられており、エイリュウの言うことはおそらく正しい。

 スレイを助けることにほぼ全力を使ってくれていたのだから仕方ないだろうが、そもそもがそうなるまで放置したアーヴィル自身の責任でもある。


  「ならばもう守るのはやめだ」


 その責務を果たす為に今度はサキルの護りを借りず、全身全霊をかけよう。


 アーヴィルは右手に持った自身の剣の刀身を持ち手側から鋒の方へと左手の指先でなぞる。

 これも先程サキルと決めた合図。

 それはつまりーー


「護りは不要。全力をもってエイリュウに抗ってみせる」


 想いを言霊にのせ、戦意の高揚と共に周囲にある炎の勢いを強める。

  同時にエイリュウとアーヴィルを囲むように透明な壁が展開された。

 それは最初にスレイとエイリュウがぶつかる際にあった土壁に被せるように、である。

 合図は届き、攻撃の準備もできた。

 ならば後は苛烈に——


  「攻める!」


 その言葉が攻撃の威令となって、アーヴィルの周囲の火炎が轟音と共に猛り、爆ぜる。

  高熱高温の深い朱が南北東西上方を覆い、隙間なくエイリュウへと襲いかかった。


  どれだけ高速に動けようと、動くスペースがなければ無意味だ。

  例えアーヴィルの感知しない火炎の隙間があり、そこをすり抜けられたとしても、全てを焼き焦がすほどの高温の中ではただでは済まないだろう。

  今はサキルの加護は薄れているが、問題はないはずだ。


  ——だがそれで満足はしない。


  しかし理屈の上ではこれで詰みだとしても、決して慢心はしない。

  炎と感覚を擬似共有させ、その一挙手一投足を予断なく監視する。

 何故ならエイリュウ・レイダムは歴戦の猛者だ。

  この程度の危うい状況はいくらでもあっただろう。

  それでも勝ち続けたのならばこの手の全範囲攻撃に抗し得る能力を有しているに違いない。

 炎が伝えてきている感覚では、今のところエイリュウは動いていない。

 だがこれで終わるとも思えない。

 さてどうくるか——


  「破ァ!!」


  「なっ!?」


  そして驚嘆に目を見張った。

 何故ならエイリュウが裂帛の気合いを発すると同時に創力波のようなものが放たれ、彼に迫り来る炎を散らしたからだ。

 とはいえそれは僅か数秒程度のものでしかない。

  すぐに元に戻り、再びエイリュウを狙うだろう。

  だが彼にはそれで十分過ぎる。

 停滞する炎の合間を凄まじい速度ですり抜け、必殺の刃がアーヴィルの首を狙う——


  ガギン


  「くっ!」


 だが辛うじて右手に持った長剣で防ぐことができた。

 万全な戦闘態勢にあっても防ぐことが難しいのに、驚愕をつかれたとあれば防ぐことなど常人ならば不可能だ。

 ただ今回は炎の感知網のお陰でギリギリ反応することができた。

  アーヴィルが万が一の事態を想定していたのと、エイリュウにも絶対に防げないと多少の油断があったのが一因ではあるが。


  「へぇ、ならば」


  ただ完全に防げたわけではなく、エイリュウの勢いにおされて体勢を崩してしまったところを猛追される。

  しかしアーヴィルも異能の上に胡座をかいていたわけではなく、ある程度剣を使うことができる。

  故にエイリュウの剣圧におされながらも、右手の長剣で応戦できた。


  ガギンギンガギン


 そうして押されながらも数合交え、周りの炎の脅威を感じたのもあるのか、ようやくエイリュウが元の位置に退いていった。


  「へぇ先程までビビり倒してた割にはやるじゃねえか」


  そして好戦的に笑う。

  どうやら少しは認められたようだ。


  「……千載一遇のチャンスを逃したな。次で終わりだ」


  しかしそれに対して何かしら反応する余裕などアーヴィルにはない。


 ——燃やし尽くせ。


  周りの炎に心の内で威令をかけた。

  再びエイリュウが視界から消え、その代わり彼の気配だけが炎を通じて伝わってくる。

 そして猛り狂う豪炎は一層勢いを増し、再びアーヴィルを包み込まんと襲いかかった。


  「破ァ!」


  再びエイリュウが創力の波動を放つ。

 だが炎の勢いは鈍りこそすれど、包囲の隙間を作ることはない。

 術として発動するでもなくそのままに発して顕現している術に干渉するなど今でも驚きだ。

  しかし「そういうもの」だと想定できたのなら攻撃の手を緩める愚は犯さない。

  アーヴィルの残り創力量からして、どのみち次が最後の攻撃になるだろう。

  ならば全てを出し尽くしてでもエイリュウを仕留めて——


「何が!?」


  しかし次の瞬間エイリュウを襲おうとしていた炎の感触が掻き消えたのを感じた。

  エイリュウを「見失った」のではない、「感覚ごと失った」のだ。

  例えるならば伸ばした手が痛覚もなしに突然消えたような——そんな感覚である。

 だが失ったのはアーヴィルに近かった炎だけで、それ以外は今も感知できていた。

 迫り来る炎を何らかの方法で消し、凄まじい速度で近付いてくるエイリュウを。


  ガギン


  「くっ!?」


  「これも防ぐか」


  辛うじてエイリュウの斬撃に右手の剣を合わせて防ぐ。

 勢いに押されて後方に吹き飛ばされるが、なんとか踏み留まった。

  それからは先程と同じエイリュウの速く鋭い斬撃を防ぐ一方的な展開だ。

 

  「まぁ俺と剣を合わせて『拮抗』なんてすぐ終わるんだがな」


  ——こいつ、この短時間で剣筋を変えてきただと!?


  だがそれも長くは続かなかった。

 アーヴィルはエイリュウの動きを予測し、その剣が狙う先に逆らわぬように弾き、受け流して捌いていた。

  つまり一撃一撃を強く重い斬撃にしていたわけだ。

 しかし今のエイリュウの剣筋は重さよりも速さと正確さを重視したものに様変わりしていて、手数が追いつかない。

 

  「さぁ、終わりだ」


  エイリュウが繰り出した斬撃がアーヴィルの剣を叩き、体勢が崩れる。

  無防備な状態、次にエイリュウが攻撃してくるまでに立て直すことはできないだろう。

  そして必殺の刃がアーヴィルの首元を——


  「チッ!時間をかけ過ぎたか」


  しかしその斬撃を放つ途中で、エイリュウは舌打ちし周囲の異変に気付いたように周りに目を向ける。

  悔しがるような素振りを見せた割には躊躇いなく背後に退いていった。

  その次の瞬間にエイリュウが先程までいた場所——つまりはアーヴィルの目の前の地面が爆ぜ、砂埃を舞い上げる。

 だが透明の壁が目の前にできていてその余波によるダメージはアーヴィルにはない。


  「……何度も助けてもらうのは癪だし、みっともないとも思ったんだが、やはりそうは言ってられなかったか」


  周囲の状況を炎感知で把握し、背後から近づく気配に肩をすくめる。

 

  「ああ、時間切れだ。ここからは俺も直接加勢させてもらう」


 そこには黒衣に身を包んだ黒髪の青年がいたのだった。





***************************






 全身黒ずくめの中で異質に輝く白銀の右眼はその手に握る長剣よりも鈍く鋭い光を放ち、敵兵も自軍の兵もその場に居合わせた兵を威圧する。


「もうゴネてもいられない状況か……仕方ない。だが無策でやっても犬死にするだけだぞ?」


 しかしアーヴィルは全く惑うことなく、いやむしろサキルよりも強い光を宿した瞳で真っ直ぐ受け返した。

 強靭な精神は強靭な肉体に宿り、それは逆も然り。

 特に創力は精神力を源としており、他を圧倒する精神力こそ彼らが有象無象と一線を画す将足りうる存在だと感じさせた。


「おいおいさっきまであんなにも密に殺し合っていたのに無視なんて悲しいぜ」


 そして彼らと相対する男ーーエイリュウも然り。

 周りの空気感など意に介した風もなく、涼しい顔で首をすくめる。

 強者故の余裕を感じさせるが全く隙がない。

 しかしサキルは臆することなくアーヴィルよりも数歩前へ出て、


「いや次は俺が相手だ」


 左腰の鞘から抜いた剣の鋒を向け宣戦した。

 それなりに剣気を放ったつもりでいたが、エイリュウは興味深いものを見るかのように目を細めて口元に好戦的な笑みを浮かべる。


「へぇ、後ろでこそこそ壁張って他の奴に戦わせるだけじゃないのか。いいじゃん、やろうぜ」


 そう言ってエイリュウも半身になり剣を向けてきた。

 同時に彼の気配も豹変する。

 近くに在るもの全てを威圧し圧倒する気配ーー正しく《闘極者》の異名を持つに相応しい。

 だが怖気付くわけにはいかない。

 勝機は短期決戦のみ。


「ーーーー!」


「っっ……!」


 ただやはり視るのと体感するのでは大きな違いがある。

 声がブレるほどの高速移動と重く鋭い斬撃は防ぐことさえ容易ではなく、完全な回避など不可能だ。

 故に踏み出した一歩がそのまま進むことはなく、むしろ勢いに押されて下がってしまう。

 ただ苦鳴をあげることだけは歯を食い縛ることで辛うじて耐えた。


「まだまだぁ!」


「くっ……!」


 ただ息つく暇もなく必殺の斬撃が放たれ続ける故にそんなささやかな抵抗も無意味となる。

 右から複数の斬撃がきたと思えばその一秒後には左から同数の斬撃が走り、その次の瞬間には背後から同数の斬撃が襲ってくるーー正しく息つく暇もない。

 感知し、風との擬似視野共有で俯瞰し、先程まで視て観察したスレイやアーヴィルとの交戦記録を思い起こし、勘さえも頼り、とにかく全てを総動員する。

 そうまでしても尚全てを無傷で防ぐことはできない。

 ましてや反撃など不可能である。

 そのまま防戦一方に追い込まれる。

 ただ、


 ーーもう少し、後少しだ。


防戦一方の体たらくだが、ようやく視た側と体感する側のギャップを埋められてきた。

ならば必要なのはきっかけだけである。


右斜め後ろからきた斬撃を撃ち払い、かと思えば次の瞬間には左斜め前から身体の向きを変えたサキルの背後をとるように斬撃がくる。それも身体の向きを変えながら剣で受け流す。そのまま流れる動作で斬撃が来た方へと剣を向けてーー


ガギン


「っっ!」


素早く剣を引き戻し左からきた斬撃を受け止める。

初めて完全に攻撃を防がれたことにエイリュウの動揺が伝わってきた。一瞬の隙で術式を練り上げ、剣を横に弾いて反撃の気配を掴ませる。

それを聡く感じたエイリュウが弾かれた剣と共に霞んで消えた。


「ーー!」


音速に紛れた呼気は聞いた瞬間に動いても間に合わない。

三百六十度サキルを囲うように止め処ない斬撃が音すらも置き去りにして放たれる。

それは全神経を集中させ気配を掴み動きを予測していたとしても完全に防ぐのは不可能だがーー


「なっ!?」


どれだけ疾く鋭い斬撃も速度や威力など全てを予測できれば防ぐのも可能だ。

放たれた斬撃が受け流され弾かれ受け止められ、全てを完全に防がれたことで今度こそエイリュウから驚愕の声が漏れた。

対面、剣と剣を重ね合った彼の目が見開かれ、動揺が露わになっている。


ーー今だ。


生まれた大きな隙を狙い、先程組み上げた術式を放つ。

剣を重ねるサキルの方向以外エイリュウの背後は壁で覆った。

彼なら一瞬で破壊できるかもしれないが、それでもサキルに背を向けて壁に斬撃を放つ必要性がある。

先程と同じ剣での鍔迫り合いに持ち込みエイリュウの動きを止めた。そして先程と大きく違うのは彼の移動範囲が制限されていること。

故に、


ーーこれで逃げられない。一瞬で仕留める!


「ァァァァァァ!」


重ねた剣を押し戻し、裂帛の気合いと共に必殺の斬撃を放ったのだった。




 

 

 


 



 

 


 

 

 


 


















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