試練の戦〜開戦前〜
——一人の男がとある軍陣の中を歩いていた。
フードにも似た特徴的な皮兜を頭に被り、鞘の曲がり具合から曲剣と思しき得物を片手に左腰にさしている。
その兜の影から覗く瞳は自信に漲る強く鋭い光を宿していた。
その自信は雰囲気や歩き方にも垣間見え、その在り方を疑っていないのだろう。
ただそれらは「垣間見える」という表現でわかるように、傲慢と感じるように表出はしていない。
その証拠というべきか周りで木剣を撃ちあったり創術の訓練をしていた兵達が手を止めて挨拶をしに近寄ってきて、
「リュウ様、おはようございやす!」
「ご機嫌ようリュウ様」
「リュウ様、今回も勝ちましょうぞ!」
敬いながらもどこか気楽で親しげに挨拶をしてくる。
「おうおう、お前らも今日は絶好調そうじゃねえか」
対して男は片手をあげ口元に親愛の笑みを浮かべて応えた。
その一幕だけで彼が隊の皆に慕われていることがよくわかるだろう。
自信を糧としながらも、一人では全てを変えることはできないと理解し、他者を尊重する器なのだ。
そうしてリュウと呼ばれた男は適度に部下達との会話を切り上げ、そのままに歩いて行く。
「はい!今日の俺の剣の腕は冴え渡ってますぜ!少しでもリュウ様の助けになるように頑張りやす!」
「いやいやリュウ様、俺の創術も今日はキレが違いますよ!」
「お前ら俺の槍を忘れてもらっては困るぞ!リュウ様、今日は俺の槍が唸りますぜ、負ける気がしません!」
「わかったわかった、皆も絶好調なのはわかったって。というかローグやディグはともかくレクターの槍は違う意味に聞こえるからやめろよな!おらお前ら各々の修練に戻れ!」
口々に意気込む部下達に男は苦笑しながらも陽気にツッコんで手を振り、そのまま陣の中央へと歩き出す。
そしてとある陣所の前に立ち、その入り口の布をめくって中に入った。
「おいっす」
「遅いですよエイリュウ。五分遅刻です」
途端に鋭い言葉が男——エイリュウへ投げかけられる。
「いやぁすまんすまんザンリ。兵の皆が張り切っててつい話したくなったからさ」
彼が皮兜をとり左手で持って右手で頭を掻いていると、
「その言い訳を何回聞けばよろしいのですか?あなたじゃないのですから皆毎回絶好調とはいきませんよ。戦においては一分一秒でも戦局が変化する可能性があり、あなたという存在一つで全てが変わるかもしれない。それなのに毎回五分もその貴重な時間を……やはりあなたには軍の中心であり皆の旗頭という自覚が足りないようです」
辛辣な口調で畳み掛けてきたのは色白の肌と腰に差した鞘から推測して刃渡り一メートル半程はあろうという得物が特徴的な男だった。
また色白でありながら、背筋がピンと伸びていることや服の上からでもわかる鍛え上げられた肉体から決して病弱のようにはみえない。
その瞳には理知的な光が宿り、皺一つない衣服から几帳面な性格だとよくわかる。
故に遅刻して気楽に謝るエイリュウを許せないのだろう。
だが彼の言葉をよく読み砕いてみると本当にそうなのか否か怪しくも思う。
「あー、いや遅れたのは悪かったけどよ」
「本当ですよ。その五分が後々あなたの命取りになったらどうするのですか。あなたは皆の希望であり象徴でもあるんですからもっと反省してください」
「もう何回も聴いてるけど慣れねえよ!褒めるか責めるかどっちかにしろ!そして希望とか象徴とかこっ恥ずかしいことさらっと言ってんじゃねえ!」
「別に褒めてるつもりはないのですが?しっかりと反省をしてもらわねば」
実はこの男——ザンリは無意識に責めながらも人を褒める真性の天然でもあった。
いや口調と表情が一致しない人物、というべきだろうか。
だからこそどれだけ口調が厳しくても迫力に欠ける。
そして褒め言葉が恥ずかしいものだから反応にも困るというものだ。
「尚悪いわ!」
エイリュウがツッコミ疲れて肩で息をする。
「待たれよ御二方、言い争う時間こそ無駄というものでなかろうか?」
そうして生まれた間隙に言葉を差し込み、不毛な争い?を止めたのはザンリの横に控える男だった。
禿頭で閉じてみえる程の細目と口調も相まって軍人ではなく僧のイメージが強い。
エイリュウとザンリに比べて大分落ち着いた雰囲気だ。
凪のよう、と比喩しても良いかもしれない。
それもまた僧というイメージを強くしてもいる。
「まったくショウルの言う通りだぜ。とっとと軍議を始めるぞ」
「まぁ時間もありませんし」
「誰が時間を無くしたと思ってんだおら」
「あなたの皆を案じる優しさでしょう」
「こんなこというのもなんだがお前はまともに責めることをおぼえろよ!」
「もういい加減おやめなさい。キョーリンさんも始めますよ」
また無為な時間が始まる前に禿頭の男、ショウルが諌め少し離れた場所で一人武器の手入れをしていた女にも声をかける。
「……やっと終わった。本当にいつまでも成長しない」
すると紅一点の女——キョーリンが武器をしまい、その切れ長の瞳を呆れたように細めて近付いてきた。
彼女の第一印象は黒の女、だろう。
青みがかった黒髪だが、動き易さ重視の黒の戦闘服が大人びたクールな顔立ちによく似合うので総じて黒のイメージが強い。
またその隙のない歩き方や立ち姿一つとっても只者ではない。
この場の男三人と比べて精錬された身のこなしだ。
無意識に刷り込ませるほどに戦場の中を生きてきたのだとわかる。
それでいて外見年齢は二十ほどというのだから底が知れない女とみるべきだろう。
「確かにこのお二方には成長がみられませんが、あなたももう少し注意するようにいたしてください。あなたが何も為さないので毎回私がその役どころをつとめさせられているのですが」
しかし今まで我関せずにいたキョーリンにショウルもまた呆れ顔で不満をこぼすが、
「嫌、この二人話聞かない。それよりも軍議を」
「お待ちくださいキョーリンさん、何もお答えになられていないのですが……はぁもう良いでしょう。時間もありません」
その適当極まりない彼女のいなし方にショウルは小さく反論するが、やがて諦めたように息をつく。
「では軍議を開始いたします」
そして他の三人を見回して厳かに告げた。
全員が同時に頷き準備ができたと確認してショウルが話し出す。
「今日の敵は強軍と噂されておりますが、今は絶不調とのことです。皆様に情報共有をさせていただいた通り三日前の戦で核となる軍師を失ったことが原因だと思われます。そんな今だからこそ障害になり得る強軍を討つべし、と私達が派遣されたわけです」
先程までの弛緩した空気が一気に張り詰める。
話し手のショウル含めた四人それぞれ表現に違いこそあれど、皆が闘志に満ちた雰囲気に変わる。
「……とはいってもやはりエイリュウさんは弱っている相手を討つことに気が進みませんか?」
否、ただ一人エイリュウだけは気が晴れないような表情をしていた。
それを気遣いショウルが意思確認する。
もっとも彼の言葉はここまできたならば覚悟を決めてもらうしかないと言外に告げてもいたが、
「いやまぁそうだな、正直言っちまうと主義じゃねえ」
エイリュウは素直に首肯する。
これまで正々堂々正面から数多の敵を打ち破ってきた彼のことだ、そう思うのも当然だ。
それは戦場に在って多くを感じてきたわけでもある。
しかし一瞬瞑目し、「けど」と言葉を継いで押し開かれたその瞳には既に迷いはなかった。
「戦場で甘いことも言っていられねぇ。少しでも同情すれば大切な戦友を失うことになる。それに戦場に出れば誰でも死ぬ可能性があり、何かを失う可能性もまた同じなんだ。奴らにはその覚悟が足りなかった。だから主義に合わなかろうが関係ねぇ。俺はいつも通りやるだけだ」
ありのままを受け入れ、ありのままに考える。
それがアルグア国においてもっとも『四将星』に近い人物と目されるエイリュウ・レイダムの在り方だ。
そして他三人がその意思に覚悟を決めたのをみて、彼は宣言する。
「アーヴィル軍、在り方を失った彼らは俺が葬ってやる。それがせめてもの介錯だ」
そうして役者は揃い試練の戦が始まる——
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——まずいな……。
サキルは戦支度を始める兵達を見渡し、心中でそう呟いた。
ただ今の時刻は午前九時、太陽が昇り始めている。
陽の光が控えめながら辺りを照らし、その中で小鳥達が囀り羽ばたく音は朝が明け始めていることを告げてくる。
空に雲はなく、爽やかな朝といえるだろう。
だがアーヴィル軍の陣内は、それらの朝の空気を濁らせてあまりあるほどに嫌なものだった。
彼らの士気はどちらかというと低く、それぞれの配置に向かう足も重くみえる。
余所者で亡き軍師の後釜になろうとするサキルをみても少し胡乱げな視線を向けるだけで睨みの一つもきかせてこないから尚更そう感じた。
理由は思い浮かぶ限り二つ。
一つ目は単純な兵達のコンディションの悪さ。
昨日の戦が終わった時間が午後四時頃で、一日も経っていない。
とはいってもその昨日の戦においてもし優勢な場面が多ければ余裕は保てただろう。
なんなら多少苦戦したとしてもいくらか体力は温存できたはずだ。
しかしご存知の通りアーヴィル軍は昨日の戦で詰みの寸前まで追い詰められた。
攻められ続ければ体力を使うのが道理であり、昨日の疲労がまだ回復しきってないのだろう。
二つ目は士気の低さだ。
未だに先日戦死したライネスの影を引きずってるのもある。
だがそれはサキルへの対抗意識である程度カバーはできているはずだ。
アーヴィルらが次の戦如何によって新しくサキルが軍師となることを軍全体に伝えたのが活きている。
別にサキルとしては一向に構わないし、むしろ軍全体に広められないで賭けに勝ったとしても知らされてないことを理由に反発する兵が現れる方が面倒だ。
逆に言えば敢えて軍全体に広めないことで賭けに負けたとしても、そうやって反発させることで約束を強引に反故する手もあるわけだ。
しかしさすがに無為に共倒れとなるようなことはしなかったようだ。
また昨夜にサキルを襲ってくるようなこともなかったのだからこのアーヴィル軍の兵達は芯の通った軍なのはまちがいないだろう。
とはいえ理由はそれだけではない。
いやむしろこれが最も大きなものだ。
それは今朝方入った敵軍の情報にあり、
——まさかあのエイリュウ軍がでてくるとはな……
サキルもまた予想以上の敵の存在に驚きを隠せない。
それほどに彼の軍ーーエイリュウ軍は隣国アルグアの中でも強軍として有名なのだ。
簡単にその強さを示すならば、今まで大小合わせて百以上の戦で勝利を飾ってきたと聞き、しかもそれらの八割以上は圧倒的な勝利だったといえばわかるだろう。
確かに軍師を失い絶不調ともいえるアーヴィル軍を仕留める為、隣国のアルグアは強軍を寄越してくると思っていたが、これほどとは。
しかしその効果は絶大で、アーヴィル軍の兵達は戦う前から怖気付いてしまっている。
そして精神的支柱だったアーヴィルがあの調子ならば士気も下がる一方だ。
——これは本格的に戦術修正が必要かもしれない。
サキルはアーヴィル軍の今までの戦い方、常勝戦術などの情報を既に暗殺部隊から渡されている。
それを元にアーヴィル軍のいるこの地に着く前に加えて昨夜も睡眠時間をギリギリまで削って追い詰められた際にどう打開するかを練っていた。
そして一応良いと思える策は練り上げた。
だが敵があのエイリュウ軍ならばより高度なものが必要となる。
いやそもそもどれだけ良い策だろうとサキルが独断で動いて軍の兵達を動かすことしかできない今の状況下では有効なのだろうか。
数十秒熟考し、
——いや策だけでは無理だな。
そう考えた理由は情報はあっても実際にエイリュウ軍の脅威を経験したことなかった故に策を決行した先の展望がまったく予想できないものになると感じたから。
策とは無秩序な戦場に自分たちに都合の良い秩序を生み出すものであり、良かれ悪かれでも策を使った後の展望が思い浮かばねば意味はない。
ーー臨機応変に対処するとして、戦術以外にもなさねばならないことが一つあるな。
だがそれは策を考えること以上・・・いやともすれば策を実行して戦況を操るするよりもよっぽど困難なものに思える。
それでも、そうだとしても、
「為さねばならないな」
周りの兵士達から視線を外し、陣の中央辺り、かつては太陽だったが今は翳ってしまった男の方へと向いて瞳を細めてもう一つの問題の解決方法を模索する。
その翳りを解くことが勝利につながると信じて。
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ーーまずい空気じゃな。
今回の戦において実質的に大将を担う存在、ディルンもまたサキルと同様に自軍の兵のコンディションが最悪だと感じ取った。
既に点呼を終え、軍の兵達は陣内の一所に集まっており、ディルンが前に出てその傍らでアーヴィルが見守っている構図だ
そして前にいればすぐわかる。
兵一人一人の負の空気が重なり合い、どんよりとした暗い雰囲気が軍全てを包み込んでいると錯覚してしまうほどの危うさを。
隣国アルグアの中で五指に入る強軍が相手ならばそうなってもおかしくはない。
兵のコンディションをあげるためにいくつか手を打ったがここまでの衝撃はカバーしきれなかった。
結果、戦まで十分前を過ぎ、檄を飛ばそうとするこの時点で士気が下がってしまっている。
だがまだ間に合う、いやいっそ今ここで皆の士気をあげてしまえば関係ない。
傍らのアーヴィルは、まだ彼の瞳はかつての光を取り戻しておらず、今回もまたディルンが大将代理を務めている。
故に檄も役目となったわけだ。
そして兵の皆はその始まりを察して話を止め、静かになっていく。
その機に乗じてディルンは大きく息を吸い、
「皆の者も話は聞いているじゃろう。今回の敵軍は強大じゃ。故に皆が不安になるのも仕方ない。正直儂も不安じゃ」
声を張って語りかけ始める。
しかしその入りはネガティブで弱々しいものだ。
兵達もどよめきを抑えられない。
数秒ほど喧騒が続く。
だが微動だにせずその終わりを待つディルンにやがて誰からともなく口をつぐんでいき、やがて静けさを取り戻してゆく。
「だが断じてそれが負けて良い理由にはならぬぞ!」
そしてディルンは細い目を見開き、今一度声を張り上げて右手を斜めに振るう。
勢いに兵たちが圧倒され、この場の全ての意識が集まった。
その機を逃すことなく、
「我らが軍師ライネスに成り代わって軍師になろうとしている者がいる!それを防ぐためには今回の一戦で勝利する必要があるのだ。・・・させない、そんなこと絶対にさせてたまるか!我らにとっての軍師はこれまでもこれからも一人だ、そうだろう皆の者」
普段の温和な雰囲気とは打って変わった力強いディルンの声は末端の兵の心にまで轟いた。
口調を敢えて変えているのも大きい。
「俺達の軍師はライネス様一人だ!」
「余所者に好き勝手させるな!」
「そうだそうだ!そんなことさせるか!」
そして問いかけるような言葉尻に兵達は強く同意の声をあげ、ボルテージが上がっていき、
「ならば軍師ライネスが残した戦術をもってこの戦に勝利し証明するぞ。彼の戦術は、そしてその意志は我々の中で篝火のように残り、道を示し続けていると!敵が強大だろうが関係ない、勝つぞ!」
「おおおおおおおおおおお!」
爆発して地を揺らした。
先程までの暗い空気は完全に消し飛んで、士気は最高潮に上がっている。
その成果を眺めて満足げに頷く。
正直言うとディルンはサキルが軍師に成り代わろうとしていることよりもアーヴィル軍があのエイリュウ軍に勝つことの方を今回の戦における最大の目的と考えていた。
エイリュウ軍が来ていると知ってそう考えを変えたわけである。
サキルに手を借りるのは屈辱的だが、軍の保全と大きな白星には変えられない。
しかし今回の敵を相対するには生半可な言葉では物足りない。
ライネルを失った傷が残っているのなら尚更に。
故にサキルを利用し兵達の士気をあげたわけだ。
ーーすまぬなサキル殿.
サキルがいるであろう軍の後方に目を向け、心中で懺悔する。
さすがに酷い扱いをし過ぎたと罪悪感はあった。
軍師の話でややこしくはなっているが元々助けられた身ではあるのだから。
ーーだが我々も負けるわけにはいかぬ。
それでも積み上げ育ててきた未来への光を絶たせるわけにはいかない。
故に利用できるものは利用する、汚れるのは老いぼれ一人でよいのだから。
だから、
ーー頼んだぞヴィル、戻ってきてくれ。
かつての光を翳らせた傍らのアーヴィルを視界の端に収めながらそっと心中で呟く。
込められた想いは全く別、だがサキルとディルンの考えは奇妙に一致したのだった
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「へぇ、敵さんは弱ってると聞いてたがそうでもないらしいな」
そのアーヴィル軍の天にも轟く叫びを聞き、好戦的な笑みを浮かべる者がいる。
皮兜の陰からでもわかる強く猛々しい眼光をその発生源へと向け、感心したように笑うのは相対する将ーーエイリュウだ。
「私達も対抗して檄をしますか?」
その様子をみて隣に控えていたザンリが至って真面目な表情で問う。
わかりにくい、だがそれは彼なりの冗談だ。
言葉と表情が一致しない時が多いのが彼の特徴である。
しかし長年共にいたエイリュウには伝わった。
だがそうわかっていてもこの議題についてはふざけて返す気にはならない。
「いや、別にする必要はねえよ。あんなのは本当にここぞという戦でするべきだからな。むしろ毎回檄任せの士気で戦うとそれを打ち砕かれた時が悲惨でならねぇ。まぁ敵さんにとっては今回がその『ここぞという時』なんだろうがよ」
「それはつまり、我々にとってアーヴィル軍は全てを賭けるべき敵ではないと?舐めるのはどのような敵でも悪手ですが」
「別に舐めてるつもりは全くねぇよ。どんな敵でも全力でいく、それは変わらない。それにな……」
そこでエイリュウは言葉を切り、自軍を見渡して——
「てめえらも負けてやるなよ!勝つのは絶対俺らだ!」
「おおおおおおおおおお!」
一声をあげて皆の闘志を爆発させる。
そして自軍の兵達の叫びの中で好戦的な笑みを浮かべる口を押し開き、
「檄などしなくても俺らの方が士気が高い。まぁ全てを賭けてやらなくちゃならねえ敵でもないのは本当だがな」
「さてさて、最初は乗り気じゃなさそうで心配しましたが、それは杞憂だったようですね……アーヴィル軍の皆さんも敵ながら可哀想に思えてきますよ」
意気込むエイリュウに横でザンリが肩を竦めて嘆息する。
「ザンリ、いつでも出れるようにしとけよ」
それに問答を返すことなく、敵軍を見据えながら準備を促す。
「はい」
ザンリも端的に意思を示し、前を向いた。
そしてエイリュウはーー
「さぁ、今回もどんな戦になるかな」
陣形を組んで戦準備に入り始める敵軍を鋭く光る両の瞳で捉えながら、肉食獣が食事の前に舌舐めずりするかのように口の端を舐めた。
戦は始まりを告げる——
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ーーこの時代においての『軍』は必ずしも多い方が良いとは限らない。
理由は単純である。
創術という異能があるからだ。
しかしながらその異能は「与えられし者」と「持たざる者」、そして「与えられし者」の中でも個の力にはそれぞれ大差があった。
とはいえ「持たざる者」でも剣や弓、他の白兵戦における何らかの技術が抜きんでていれば「与えられし者」を倒すことも可能だ。
それでも絶対的な創術には残酷なまでにどうあがいても勝てない。
だがそれはあくまで個の話である。
陣を組み策を弄して連携を図ることができれば強き「与えられし者」相手でも勝利することは可能だ。
それらを主眼に置いて編成されているのが『軍』である。
しかしその不可能を可能にして強敵を倒すには軍に一人でも連携に遅れをもたらす存在がいれば成り立たず、規模が大きくなればなる程その連携も難しくなる。
故に中規模部隊であり続けるべきと考える『軍』も少なくはない。
ーーそのうちの一つがエイリュウ軍だった。
現時点でエイリュウは大将軍に近い位にあり、普通ならば数十万の兵の内側にいるべき存在だ。
しかし彼は束縛を嫌い、国を守るお飾りとなることを嫌い、何よりも内側で大人しく座していることを嫌った。
故に彼はアルグアに隣接する前線の土地の防衛へと移動し続け、戦歴を重ね続けている。
その際に軍の動きについていけぬ者がいると、 例え軍の規模が拡張したとしても逆に枷となる。
そう思ったエイリュウは兵を選りすぐり、たった五千の遊軍部隊としていた。
故に今回のアーヴィル軍とエイリュウ軍の戦において兵の数にそれほどの差はない。
前者が三千に他軍の援軍を加えた四千五百、後者が五千でその差はたったの五百だ。
しかしアーヴィル軍は千が援軍かつ先日軍師を失い、本調子でないという弱みもある。
とはいえ数字の上では近い。
軍師を失い新たな軍師の出現を拒み抗うアーヴィル軍が安定した強さをもつ常勝無敗のエイリュウ軍にどう立ち向かうか。
—— 全ての情報の結果が残酷な殺し合いとして今顕れる。




