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想造世界  作者: 篤
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次なる任務

シゼリ荒野にて意識を失い倒れていたサキルが目を覚ましたのは、暗がりの一室だった。身体の痛みと疲労は激しかったが、それ以上に脳裏を巡るのは、直前の記憶だった。


 ──策は機能した。敵の虚を突き、混乱を誘い、味方の損害を最小限に留めた。 そのすべてが、意図通りだった。


 その結果として生き残り、そして今、再び目を覚ました自分に課された新たな任務とは──


 「試験、合格だよ。サキル。君の次の仕事は『軍のスパイ』だ。やってくれるよね?」


 そう告げたのは、ラギアロ・カイン。ゼルグ軍の内務を担う冷笑の男であり、実質的に影から軍を操る人物だった。


 「軍のスパイ、だと? ……つまり敵軍に潜入し、兵士になりすませということか?」


 サキルは、即座に警戒を強めた。もしそれが本意ならば、命を使い潰すつもりだと受け取るほかない。


 「スパイを送り込むのなら、領民や官人に化けた方が適している。兵として潜入しても身動きが取れん。何より、ゼルグの敵になることを前提とした任務など、君たちにとっても都合が悪いはずだ」


 論理的な指摘だった。実際、そうであるならば断るという意思が含まれていた。


 だが、ラギアロはまるで構わぬように言葉を返した。


 「君は相変わらず聡明だ。分析も冷静で、理詰めで詰めるのも上手い。だが、少し早とちりだよ。君に命じたいのは敵軍への潜入ではない」


 サキルの眉がぴくりと動いた。


 「……つまり、味方内部への監視、か」


 「正解。ゼルグの軍に君を再び送り込む。もちろん表向きは正規兵として。そして実質的には、指揮官たちの行動と動向を逐一報告してもらう」


 サキルは一瞬、言葉を呑み込んだ。だがすぐに、冷静に問い直した。


 「軍のスパイとは言いながら、やらせたいのは軍師だな?」


 ラギアロが口元を歪める。


 「君がシゼリ荒野で仕掛けた策──予備戦力を囮と見せかけ、敵の中央を割って包囲網を展開した手際は見事だった。加えて完治不可能な敵兵を仕留めたことは君の戦闘能力の向上が認められる。私は今回の君の戦果に大いに満足している。よって、君に次の任務を託す決意を固めた」


 「……だが、断る。俺は軍師ではない。俺の目的はただ一つ、復讐だ。あの戦場に戻れば、それが遠のくと分かっている」


 きっぱりとした拒絶だった。命じられた任務を無条件に受け入れる立場であっても、サキルは己の信念を曲げるつもりはなかった。


 「君のその言葉は予測済みだよ。だが、どうだろう。あの戦場には、君の復讐相手も影で動いている。おそらく、奴らの目的は戦を起こすことであって、自ら手を下すことではない。だから君の復讐も困難になっているのだろう?」


 「……その通りだ。だがそれを言うなら、お前も知っているはずだ。奴らは各国でお尋ね者になっている。正規の戦場に関わっているのなら、それを隠しているお前の方がよほど怪しい」


 その指摘に、ラギアロは少しだけ目を細めた。


 「やれやれ……正論には弱くて困るね。よし、ならば条件を出そう。こちらが得た復讐相手の情報を、君に逐次渡す。その代わり、君には軍に入り、命令を遂行してもらう」


 「結局最初からそれが狙いだったんだろ。……だが、受けてやるよ。その代わり、俺の目的に干渉するな」


 そう言い残し、サキルは新たな戦場に戻る覚悟を決めた。

サキルはそのまま立ち去ろうとするが、


 「……それともう一つ、聞いておきたいことがある」


 立ち止まって軍師任務の説明を終えたラギアロに、サキルはふと何気ない風を装って問うた。


 「シゼリ荒野での戦、俺が策を張っていた裏で——妙な影が動いていたのは知っているか?」


 問いかけの声は静かだったが、言葉の奥には鋭い棘が潜んでいた。


 「妙な影、か……ふむ、それはどんな影だろうね?」


 ラギアロは興味なさげに指先をくるくると回しながら、素知らぬ顔で返す。まるで演技のように緩慢な態度だったが、サキルはその「わざとらしさ」にすぐ気づいた。


 「戦の混乱に乗じて味方を狙う。兵を囮にして敵の配置を確認し、戦の潮目を操ろうとする。……まるで戦そのものを遊戯とでも思っているような連中だ。故に今回の戦にも介入してくる可能性は十分あり得た……心当たりは?」


 ラギアロの動きが、そこで一瞬止まった。表情には出さないが、視線がほんの僅かに揺れる。


 だが、やはり飄々とした笑みを崩すことなく、彼は言った。


 「いや、僕は戦場の煙の中にいる者には疎いからね。そういうことは前線の士官たちに任せているよ」


 そう言って、煙草に火を点けるような仕草をする。ただしそこに本物の煙草はない。


 「……さすがだな。情報を持っていても、煙のように濁して吐かない。本当にお前は、会話する価値のない男だよ」


 サキルは内心で毒づいた。


 (あれほどあからさまな反応をしておきながら、涼しい顔をしてとぼけるとは……だが、これで確信した。ラギアロは《再厄》の存在を知っている。いや、それどころか何らかの形で関わってすらいるかもしれない)


 それでも口に出すことはしなかった。情報を引き出すには、今はまだ役を演じる時だと判断したからだ。


 ラギアロもまた、サキルの真意を測りかねている様子で一瞬だけ黙り込む。そしてやがて、再び表情を緩めてから言った。


 「さて、話は戻そうか。君の任務はもう決まっている。スパイであり、軍師であり、そして生きた観測者でいてもらう」


 (……つまり、使える駒は全部使うってことだ)


 サキルは溜め息を内に隠して目を伏せた。口の端には、皮肉な笑みが浮かんでいた。











「……よろしかったのですか?」


 サキルが部屋を去った直後、ラギアロの背後の壁から、影のように一人の男が現れた。

 いや、正確には、薄暗がりに紛れた隠し扉から姿を見せただけだ。黒衣を纏っていたために、まるで闇そのものが這い出してきたかのように見えたにすぎない。


「……スフィードか。何がだい?」


 ラギアロは一切驚いた様子もなく、椅子に腰掛けたまま背を向けたまま応じる。

 まるで彼がそこに控えていたことを、初めから知っていたかのように。


 スフィードは無言のまま進み出て跪き、顔だけを上げて言葉を続けた。


「サキル——あの男の力は、我々の記録にも存在しない未知のものです。特に右眼に宿る力は特異であり、常に警戒対象として扱うべきだと考えます。それはあなたも同意見でしょう。それなのに、なぜ行かせたのですか? 本当に、野放しにしてもよろしいのですか?」


 普段は陽気さすら纏う彼の声音は、今は堅く恭しいものだった。

 それだけに、言葉の重みは深く響いた。


「ああ、確かに彼の力は謎に満ちている。ゼルグがこれまで記録してきた魔術の類にも該当しない……まさに異質。警戒すべきという判断も、正しいだろうね」


 ラギアロは素直に認めた。だが——


「だからこそ、さ。今の我々の知識では、その力の本質を解き明かすことはできない。ならば、実戦という舞台に立たせ、限界まで力を引き出させてから謎を解く。その方が早い」


 スフィードの言葉を肯定しつつも、違う結論を示す。それは、断言と同時に“支配”の宣言でもあった。


「……確かに、それも一つの手ではあります。しかし、他の手段も考えられるはずです」


「例えば?」


 わかっていて尋ねる、あまりに意地の悪い問い方。

 スフィードも承知の上で、淡々と告げた。


「例えば——サキルを拘束し、実験台にする。力を直接調べる。それが最も確実な方法です」


「ああ、もちろん考えたよ」


 ラギアロは肩をすくめるように、軽い調子で相槌を打つ。

 あまりに軽すぎて、言葉の内容との乖離がかえって異様さを引き立てる。


「けれど、それでは彼の常軌を逸した頭脳を無駄に腐らせるだけだ。あれほどの逸材を拘束しておくなんて、もったいないと思わないか?」


 その顔に浮かんだのは、無邪気に近い嗜虐の笑み。

 冷徹なまでの知的好奇心と、無自覚な残酷さが同居する表情だった。


「…………」


 スフィードは言葉を失ったまま、わずかに身を強張らせる。

 だが、それを表には出さず、沈黙のまま沈み込む。


 やがて彼は静かに息を吐き、言った。


「……私も、ラギアロ様のご判断に賛同いたします。サキルが戦場にあれば、それだけで戦局は塗り替わる。それは、私自身が彼と幾度も任務を共にし、肌で感じてきたことです。——戦争を、意のままに操ることさえ可能かもしれない」


「ふむ、確かにその通りだろうね」


「ですが、だからこそ。もし彼が裏切り、敵に回ったなら……我々にとって最大級の脅威となり得ます。最悪、国の命運さえ左右しかねません。その点だけは、どうかお忘れなきよう」


「そんなこと、わかってるさ」


 ラギアロは軽く返す。その語調には、半ば呆れすら混じっていた。


「まあ、でも共に命を懸けた者の言葉には重みがある。わかったよ。サキルの使い方には細心の注意を払おう。……いちおう、ね」


 その言葉の軽さに反し、確かに彼はスフィードの忠告を内心で咀嚼していた。

 ラギアロは確認や念押しを好まぬ男だが、スフィードはあえてそれをした。

 無意味なことを嫌う男があえて確認したのなら、そこに意味があると認めざるを得ない。


「肝に銘じておくよ。伝えてくれてありがとう」


 それでも最後の言葉は、別の方向を見ながら投げかけられた。

 話は終わりと示すための、暗黙のサインである。


「……はい、それでは失礼いたします」


 察したスフィードは、それ以上言葉を重ねず、無音のまま隠し扉へと戻っていった。

 ラギアロはその背を振り返ることはなかったが、遠ざかる気配で彼が去ったのを確信した。


 ——ただし、その直後。


 闇の奥で、ほんの僅かに紫の光が瞬いたことだけは、彼の感知からも外れていた。


「ふふ、面白くなりそうだ。良い役者が揃って……これは、愉快な舞台が開けそうだな」


 何者かが、遥か離れた場所からラギアロの部屋を眺め、静かに嗤っていた。






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