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想造世界  作者: 篤
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シゼリ荒野丘奪取戦、裏の奪い合い②

ゼルグの隊列から離れた瞬間、サキルの背筋に冷たい違和感が走った。

 あの忌まわしい感覚——命の危機が迫るときに襲ってくる得体の知れない気配。それは一瞬のうちに悪寒へと変わり、サキルは即座に顎を引いた。


——ギンッ!


 喉元を銀閃が掠め、薄皮一枚が切り裂かれる。致命傷ではない。

しかし、あと一寸でも判断が遅れていれば、首筋を断たれていたに違いない。


「……やはりか」


 冷静に傷を確認しながら、サキルは予想が的中したことを確信する。

——姿の見えない敵は、まず喉を狙ってくる。

 一撃で確実に絶命させるための致命点を狙っているのだ。


——ならば次も同じだとは思わない方がいい。


 一度見切られた以上、次は別の部位を狙ってくる。

しかも一撃で仕留めるのではなく、確実に致命傷を与えるよう手法を変えるだろう。

敵が接近してくるタイミングは感覚で捉えられるが、どの方向から斬撃が来るかは予測がつかない。


「予測なんかじゃ足りない……感じろ……もっと研ぎ澄ませ……!」


 視界に入る敵の動きは皆無。周囲には炎の刃や投擲されたナイフが飛び交っているが、敢えてそれらの危険を意識の外に追いやり、ただ感覚に全てを委ねる。


「させない!」


 突如、重厚な水の壁がナイフの軌道を防ぐ。

グンドルが構えた防壁だ。

不器用だが一度協力を誓えば、必ず約束を守る男。

サキルは彼を信じ、ただ目の前の見えざる敵に集中する。


 再び、違和感が伝わってきた。

それはまるで肌に触れるような微かな空気の揺らぎ。


「——来る!」


 サキルは右に身を逸らし、背後に跳躍する。

完全には避けきれなかったものの、右の二の腕と左の脇腹に浅い傷が刻まれただけで済んだ。

——致命傷ではない。十分な成果だった。


 虚空に微かな揺らぎが生じ、見えない敵の驚愕が伝わる。


——奴の力も完全ではない。どれだけ気配を消そうと、意表を突けばその隙は生まれる。


 心中で確信が生まれた瞬間、見えざる刃は執拗にサキルだけを狙い始めた。

膝、肩、頬……次々と肉が裂け、血が滴る。

それでもサキルは一切引かず、紙一重のところで致命傷を回避し続ける。


——もう少し……もう少しで捉えられる……!


 ゼルグ裏部隊とイフィラ裏部隊の間では激しい創術の撃ち合いが続いていた。

だが、サキルは意識を全て目の前の敵に集中し、外界の喧騒を切り捨てる。


「……見えた」


 次の瞬間、サキルは見えざる刃を完全に避けた。

驚愕が虚空に満ち、敵は焦ったように短剣での刺突に切り替える。


——遅い!


 サキルは躱しざまに剣を振るい、袈裟懸けに一閃。


——スパァァン!


 虚空に血飛沫が散り、驚愕の声が響く。

敵は見えないまま後退したが、確実に手応えがあった。


「……捕らえたぞ」


 しかし、敵の反撃は早かった。

イフィラ裏部隊の仲間たちが一斉に創術を放ち、サキルへと殺到する。

炎の斬撃、礫、投擲ナイフ……三方向から一気に襲いかかってくる。


——かかったな。


 サキルは口元に冷笑を浮かべる。

今、イフィラ裏部隊の意識は完全に彼に集中している。

これはネレネスが徹底的に訓練してきた「好機」であり、ゼルグの精鋭たちはそれを見逃すことはない。


 サキルは風を爆発させ、自らを吹き飛ばし無理やり攻撃を躱した。

骨が軋み、血が口から溢れるほどの衝撃だが、価値はある。


「来た……!」


 スフィードの創術が炸裂し、イフィラ裏部隊の頭上に無数の岩が降り注いだ。

それに続くように、四方から津波の如き水が押し寄せる。


「グンドル……これが、死水か……」


 大量の水には重水が混じっていた。

普段は微量にしか存在しないが、大量に摂取すれば猛毒と化す水。

それに飲み込まれた者は、体が痙攣し、力なく倒れ伏していく。

溺れるには早すぎるほど短時間で命を奪われていった。


 水の波に飲み込まれ、イフィラ裏部隊の兵たちは次々と倒れていく。

戦闘不能となった創壁の術者が力を失い、天空からの巨石が一気に雪崩れ込んだ。


「——ぁぁ!?」


 断末魔もろとも、残された者たちの身体は容赦なく押し潰されていく。

サキルは静かに立ち上がり、剣を握り直した。


「さて、残るは後処理だけか……」


 そう呟いた瞬間、背筋に鋭い悪寒が走る。

反射的に後方へ跳んだものの、腹部に一筋の切り傷が刻まれる。


「よくも……よくも皆を!!」


 姿なき敵の残党が次々と襲いかかる。


見えざる斬撃を本能と直感でかわし続ける中で、サキルの右眼が徐々に変化していった。

 漆黒の瞳は次第に光を失い、まるで闇を反射するかのように白銀へと染まっていく。

 その瞳は夜闇の中でも不気味なほどに輝き、視界の隅々まで鮮明に捉えていた。


「終わりだ」


 サキルは静かにそう呟くと、迫りくる刃を完璧に避けた。

 その返しに虚空を袈裟懸けに斬り裂く。


——シュッ!


 音もなく血飛沫が宙に舞い、術が解ける。

 次の瞬間、今まで見えなかった敵が地面に倒れ伏した姿で露わになった。

 その身体は血に塗れ、力を失って震えるばかり。

 数分もすれば息絶えるだろうが、サキルには待つつもりはなかった。


「あいにく数分待つつもりはない」


 サキルは無言のまま容赦なく剣を振り下ろし、首を刎ねた。

 転がった顔を見て、彼は微かに目を細めた。


「……やはり女だったか。年は俺と同じか、それ以下か」


 戦場に立つには若すぎる。だが、それは彼女自身が選んだ道だ。

戦う意思を持った者に情けは無用、ましてや女子供でもその刃を躊躇う理由はない。


——女子供であっても、俺の前に立ちはだかる敵は容赦なく消し去る。


 光の差さない闇の中を生きるサキルは、戦場の理に従い、その手を汚し続けてきた。

 彼の中の闇は、人としての道を外れていることを疑う余地も与えなかった。


 処理を終えると、彼の右眼は再び黒瞳に戻っていたが、白銀に染まっていたときの不気味な輝きは確かに残像として焼き付いていた。

 それは人ならざるものを連想させ、戦場の闇をさらに深く沈めていく。


 サキルはネレネスの部隊と共に次の任務地へ進軍する。

 今回の戦、表向きは「光」を有する者たちが激しくぶつかり合う戦いといってよかった。

 アーヴィル、ライガー、オブリグス、アルティラ——

 彼らは戦場という闇の中でも、揺るぎない光を宿し続ける者たちだ。

 その存在が兵の士気を鼓舞し、戦況を明るく照らす灯火となっている。


 だが、その裏では、サキルや他のネレネスの者たちが闇を駆け、戦況をひっくり返そうとしていた。

 光の戦場を覆い隠すように、濃い闇が蠢いていたのだ。

 そして——その闇のさらに深い場所で、別の勢力が動き出していた。


「さぁ、僕たちも始めようか」


 どこか場違いなほど明るい声が響いた。

 声の主はタシュア。

 その傍らには、慇懃な態度で忠誠を誓う者たちが静かに並んでいる。


「はい、タシュア様。すべてを壊して差し上げましょう!」


 暗闇の中、何よりも濃い漆黒の影が蠢き、鈍く光る紫の眼が一層輝きを増す。

 彼の隣には、ただ無言で佇む不気味な存在がいた。

 それは物言わぬまま、ただ圧倒的な存在感を放ち、辺りを支配している。


——暗闇の紫眼は、一層鈍く光り、狂気の言霊を放った。


「ああァ……この二年、どれほど待ち望んだことか——楽しみだなぁ……楽しませてくれよ?サキル・セルフェウス君」


 その声は、静寂を切り裂くように響き、まるで狂気の刃のように心を抉った。

 誰もがその声に背筋を凍らせ、無言のまま闇に飲み込まれるかのようだった。

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