シゼリ荒野合戦前任務
「今私達の前に広がっているのは、半径一メートル以上の中礫や巨礫が散在する石多発地帯です。凹凸が激しく、野営や布陣を整えるのは難しい地形です」
説明をしながら、サキルは地図を広げ、赤く印を付けた現在地から北へ伸びる道筋を指し示す。
続いて、周囲を見渡し、集まった隊員たちの反応を確かめる。
「一見、戦闘には不向きな場所だと思うでしょう。実際、何も考えずに飛び込めばそう感じるはずです。しかし、こうした複雑な地形は逆に敵の動きを予測しやすい。何故なら、ここで不用意に動けば、敵も同じように動きを制限されるからです。つまり、戦闘を開始するか、あるいは地ならしをして布陣を整えるかの二択に絞られます」
明確な言葉で言い切ったサキルは、続けて指示を出した。
「私が戦場でそれを判断し、隊を分けて対応策を講じます。皆さんはその準備をしておいてください」
可否を問うのではなく、命令として告げた。
「……現場の判断だと? ふざけるな。そんなのに任せて大丈夫なのか?」
すぐに反論が飛んできた。くぐもった声だが、強い苛立ちが滲んでいる。
声の主は漆黒のマントを纏い、顔をマスクで覆っているため、顔立ちはわからない。
細身で背は高いが、男か女かも判断がつかない。
だが、サキルに向けられる敵意は明確だった。
その瞳には怒りと不信が宿り、周囲も同様にサキルを睨みつける。
この部隊の中で彼はアンチ・サキルの筆頭であり、他にも同調する者は少なくない。
「待てよ、話が違うだろ?」
割り込んできたのは、水色と黄色の髪を混ぜたような短髪の男だ。
猫目の鋭い瞳を持ち、普段は明るく快活なムードメーカーだが、今は一転、殺気を帯びていた。
その視線はまるで肉食獣のように、鋭く相手を射抜いている。
「今回の任務は彼に任せるって、そういう命令だろ? 結果が悪ければ叩けばいい。けど、まだ何もしていないのにその態度はどうなんだ?」
彼の言葉に一瞬沈黙が広がる。しかしマントの男は即座に反論した。
「貴様は奴に任せて平然としていられるのか?」
周囲もそれに同調し、「そうだ」「任せられるか!」とざわめきが起こる。
しかし短髪の男は一瞬目を閉じ、再び穏やかな口調で語りかけた。
「皆の言いたいことはわかる。けど、これは命令だ。俺も納得してるわけじゃないが、今回は従うしかない。その代わり、俺が責任を持ってサキルを監視する。それでいいだろう?」
彼の説得は功を奏し、次第に不満の声も鎮まっていく。
だが、彼が「監視する」と言ったように、完全な信頼は得られていないのも明白だ。
「サキル、今回はお前に任せる。だが、失敗は許さない。もし任務が失敗したら、その身をもって償ってもらう。覚悟しておけよ」
重く冷たい言葉がサキルに突き刺さる。
だが、サキルは一歩も引かず、挑発的な笑みを浮かべて——
「大丈夫です。絶対に失敗はしませんので」
きっぱりと断言した。
生きる意味を賭けた復讐の誓いが、彼の心を揺るがせなかった。
サキルが思い描いた構図で戦闘が進み、決着した。
その結果はーー
「思った通りだな……策も万全なら、予想以上の戦果を上げることができる」
敵部隊の屍が転がる戦場で、サキルは静かに呟いた。
今回の勝因は二つあった。
一つ目は、部隊を三つに分けたことだ。
少数精鋭の部隊をさらに三分割するのは本来なら悪手である。
だが、敵が前後に分かれて布陣していると見抜いたサキルは、
奇襲による包囲殲滅を狙ったのだ。
「なぁなぁ、どうやって敵が二隊に分かれているって見抜いたんだ?」
任務終了後、隊員たちが集まり、サキルに興味津々に問いかける。
「感知範囲ギリギリに兵士が見えたので、感知を欺いて地形を整えていると推測しました」
答えるサキルの言葉に、隊員たちはさらに驚きを露わにした。
「いや、それよりも見張りの位置を寸分違わず当てたのが驚きだぜ!」
「最後の三隊目の奇襲のタイミングも完璧だったな!どうやって読んだんだ?」
「すみません、それも経験としか言いようがないんですが……」
サキルを詰る空気は完全に消え去り、代わりに興味と感嘆の視線が集まる。
「いいねぇ、新人君!」
そこに近づいてきたのは、スフィードだった。
短髪の水色と黄色の髪を揺らし、榛色の瞳が笑っている。
「ラギアロが即戦力だって言ってた時は正直信じてなかったけど、これは凄いな!……サキル、と呼び捨てでいいか?」
「恐縮です、スフィード隊長。サキルで大丈夫です」
スフィードはネレネスの中で五位の実力者であり、部隊の隊長を務めている。
しかしその強さは詳細が隠されており、実態は未知数だ。
サキルへの疑念は払拭されたわけではないが、
戦果によって明らかに空気は変わっていた。
そして、サキルは確信する。
「次の戦いで、必ず一歩近づいてみせる」
復讐という信念のもと、サキルはさらなる高みへと歩みを進める。