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想造世界  作者: 篤
17/54

生き残る為の絶対条件

  ………。


 サキルは目を開け、ゆっくりと身を起こした。

 昨日、人生を百八十度狂わせる出来事があったというのに、頭は冴え渡っている。

 暗がりの中でも迷うことなく身支度を整えると、狭く乱雑な部屋の扉を開ける。


  ギィィィ


 相当ガタがきているのか、耳障りな金属音が響いた。

 サキルは気にも留めずに廊下へ出て、船内のような細長い通路を進む。

 外へ通じる扉を開き、数段の石段を降りると、その先に小柄な女が立っていた。


 フードを目深に被っており、顔立ちはほとんど見えない。

 だが、その細身の体つきと佇まいから女だと判断できた。

 彼女はサキルに向けて双眸を向けると、冷たい声音で告げた。


 「あなたがラギアロの言っていた新入りですね。遅いですよ。まずは礼儀から叩き込みますか」


 昨日、眼帯の男ラギアロにより、サキルはゼルグの裏部隊「ネレネス」に強制的に入隊させられた。

 アジトに詰め込まれ、翌朝五時にその女と会うように指示されていた。

 彼女の名はフィルミア。

 ラギアロの話によれば、ネレネスの中でも一、二を争う実力者らしい。


 だが、目の前に立つ彼女からはラギアロのような不気味さも、復讐対象である三人のような圧倒的な威圧感も感じられない。


  ——本当にそんな実力者なのか?


 疑念が顔に出ていたのだろう。

 次の瞬間、フィルミアの雰囲気が一変した。

 サキルは本能的に危険を察知するも、動く間もなく彼女が一瞬で鼻先十センチまで近づき、冷たい刃が喉元に押し当てられていた。


 「……!?」


 サキルは思考が追いつかないまま固まる。

 喉元の冷たい感触が、鋭利な短剣であることをようやく理解した。

 フィルミアは先程とはまるで別人のような冷徹な声で告げる。


 「あなた、私を見くびりましたね?人は見た目で判断してはいけません。あなたなど、この右手を少し動かせば簡単に殺せるのですから」


 常人であれば恐怖で動けなくなるだろう。

 だが、サキルはすでに全てを失っていた。

 感情らしい感情もほとんど失われ、恐怖も感じない。

 喉元の短剣さえも、復讐の炎を揺らがせるものにはなり得なかった。


 だがその分、警戒心は確実に強まっていた。


  ——こいつは本物だ。


 フィルミアがその実力を隠し、油断を誘ってきたのだと理解した。

 彼女の言葉は正論だった。見た目で判断してはならない。

 サキルはその言葉を深く心に刻み、目の前の女を危険な存在として警戒する。


 サキルは喉元の冷たい刃を意識しながら、フィルミアを真っ直ぐに見据えた。

 「確かに、俺はあんたを見くびっていた。俺のミスだ。あんたは強い」


 一瞬の間があり、フィルミアは驚くほど素早く殺気を収めた。

 目深に被っていたフードの中から、微かに感嘆したような声が漏れる。


 「……驚きですね。同じことをされた新入りは大抵、腰を抜かしてしまうのですが。

  あなたは恐怖もせず冷静に学び、警戒を深めた。戦場の経験があるのでしょうね」


 フィルミアは数秒考えるような間を置き、フードを左手で持ち上げた。


  ——そしてその素顔が明らかになる。


 灰色の艶やかなセミロング、同色の鋭い瞳、透き通るような肌。

 可憐でありながら、内に秘めた冷徹さが伺える美貌だった。


 「確かに、ラギアロが珍しく逸材と言ったのも頷けますね。とはいえ、今のままでは弱すぎて話になりませんが。……いいでしょう、私が“アレ”を教えてあげます」


  “アレ”

 その響きにサキルの思考は加速した。


  ——秘術の類か?それとも戦闘技術か?


 「といっても、礼儀を失した態度は別ですけど」


 フィルミアが言い放つと同時に、サキルの喉元の短剣が僅かに押し込まれた。

 鋭利な刃が皮膚を切り、薄く血が滲む。

 だがサキルは恐れず、彼女の双眸を見据え続けた。


 フィルミアの殺気はさらに鋭さを増し、息苦しさを覚えるほどだったが、

 その瞬間——


 「おいおい、新入りいびりはその辺にしとけって」


  ——重厚な男の声が割り込んできた。


 振り返ると、異様な風貌の大男が立っていた。

 無数の刀傷や火傷の痕が刻まれた顔、特に右目周りの焼け爛れた痕は痛々しい。

 それでいて左目は無傷で、鋭い光を放っている。

 異様なまでの威圧感を纏いながら、豪快に笑っている。


 「よぉ、新入り。俺の名はアーズだ。ネレネスの実力トップの一人さ。

  こっちのフィルミアもトップの一人だ。つまり、ネレネスの顔役二人がそろってるってわけだ」


  ——ネレネスのトップ二人


 サキルは思わず目を細めた。


 「おいおい、二度も言わせるな。新入りいびりはその辺にしとけって。

  それにしても、お前が新入りいびりとは珍しいな。そんなに気に入ったのか?

  まさか、惚れちまったってわけじゃねえだろうな」


 フィルミアが再び殺気を出したので慌ててアーズが止めにかかる。

アーズの軽口に、フィルミアが射殺さんばかりの視線を向けた。

 彼女の冷え切った瞳には、先ほどまでサキルに向けていたものとは桁違いの殺気が宿っている。


 「……あなた、そんなに死にたいのですか?」


 フィルミアの声音は冷徹そのものだったが、対するアーズは全く動じない。

 むしろ豪快に笑い飛ばし、肩を叩く仕草を見せる。


 「ガハハハハ!冗談だ、冗談!

  フィルが誰かに惚れるなんて、天地がひっくり返らねえ限りあり得ねえよな!」


 フィルミアは目を細め、冷ややかな視線を送りつつも、

 やがて軽く息をついて表情を戻した。


 「……何度も言わせないでください。私をフィルと呼ばないで。それに、あなたを好敵手ライバルだなんて一度も認めたことはない。それどころか、いずれあなたは私の手で葬られる運命です。今は協力していますが、それは私がまだ生かしているだけに過ぎません」


 その言葉には、一片の誇張も虚勢も感じられなかった。

 フィルミアは本気でアーズをいつか殺すつもりなのだろう。

 だが、アーズはそれをまるで気にする様子もなく、再び豪快な笑みを浮かべた。


 「ガハハハ、やっぱりフィルは変わんねえな!俺たちは最高の好敵手だろ?」


 「……前言撤回しましょうか?今、殺します?」


 その静かな言葉には、鋭い刃のような殺気が宿っていた。

 だが、アーズはまたもそれを軽く受け流し、さらに声を張り上げて笑い出した。


 「まぁ、ふざけるのはこの辺にしとこうか。そろそろ本題に入るぜ」


 突然、アーズは笑いをピタリと止め、真剣な表情へと切り替えた。

 フィルミアも渋々ながら頷き、鋭い視線をサキルへと向ける。

 彼ら二人の意識がサキルへと集中するのを感じ、サキルも自然と身構えた。


  ——本題とは一体何だ?


 その疑念が表情に出ていたのか、アーズがニヤリと口元を吊り上げ、

 楽しそうな声音で続ける。


 「俺の名はアーズ。もう知ってるだろうがな。ネレネスの実力トップの一人だ。そしてこっちがフィルミア。俺たちは、ネレネスの中でラギアロに次ぐ立場にいる」


 サキルは改めて二人を見やる。

 ラギアロ、フィルミア、アーズ——

 この三人がネレネスの中心を担っているのだ。


 「でだ、新入りのお前に今日は特別なもんを教えてやる。ネレネスの新人には、俺かフィルミアのどちらかが指導を担当するのが習わしだ。今回はフィルミアが珍しく興味を示したんで、二人揃って面倒を見てやることになった」


 アーズの言葉にフィルミアが不機嫌そうに眉を寄せるが、

 それでも何も言わずサキルを見据えている。

 サキルは疑問を飲み込みつつも、静かに続けた。


 「教えてくれるってことは、何か特別な力を与えてくれるのか?」


 アーズは肩をすくめ、大袈裟に笑い飛ばす。


 「力そのものはやらねぇよ。だが、力と成り得るものは教えてやる。

  それが生き残るための絶対条件ってやつだ」


 「生き残るための絶対条件……だと?」


 サキルが問い返すと、アーズは頷いて話を続けた。


 「まず、一つ目は情報の管理だ。この世界には創術と呼ばれる異能が存在する。中には規格外の力を持つものもあるが、それでも完璧なものはない。どんな創術にも弱点は存在するんだ。それを知っていれば対抗できるし、知らなければ瞬殺されるだけだ」


 アーズの声には重みがあった。

 ただの理論ではなく、彼自身が幾度となく死線を越えてきた証のように。


 「逆に、自分の力が相手に知られればどうなる?格下でも手の内を読まれれば負けることは十分にある。だからこそ、自分の術は隠し、相手の術は暴く。これが生き残るための一つ目の条件だ」


 「次は私が話します」


 今度はフィルミアが前に出た。

 彼女の目はサキルを鋭く捉え、冷徹な響きを帯びた声で告げる。


 「二つ目は、敵の力量を瞬時に見抜く力と、それを元に迅速な判断をすること。

  そして、どれほど感情が揺さぶられようと冷静に行動する精神力。」


 「対峙する相手が自分より格上かどうか。勝てないと判断したら即座に撤退する。無意味な戦いで死ぬほど愚かなことはありません」


 「逆に、勝てると見れば容赦なく叩き潰す。そして状況が悪化すれば即座に撤退を判断する。感情に流されず、常に合理的な選択をすること。それが生き残るための二つ目の条件です」


 フィルミアが一歩引くと、アーズが前に出てきた。


 「最後の三つ目だ。これはちょっと抽象的だけどな、“運”だ」


 サキルは目を細める。

 生き残るための条件に“運”が入っているのは予想外だった。


 「確かに運は制御できねえ。けどな、俺らが今ここにいるのも、あの日たまたま生き延びたからだ。一つ目と二つ目の条件を守り続ければ、運も味方につく瞬間がある」


 アーズは言い切り、満足げに腕を組んだ。


 「これで教えるべきことは全部だ。後はお前がどう活かすかだな。長生きできれば部隊の戦力になる。死ぬならそれまでの奴だったってことだ」

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