裏側(ダークサイド)
「ここはどこだ?」
サキルは目を開け、見知らぬ光景に戸惑った。
周囲を見渡しても、ただ真っ白な空間がどこまでも広がっているだけで、何一つ手がかりがない。
「俺はどこに……なっ!?」
視覚で捉えられないのなら、触覚で探ろうと手を伸ばした瞬間、モノクロだった世界が鮮やかに色づき、風景が目の前に広がっていった。
「何がどうなっているんだ?」
戸惑うサキルの耳に、変声期前の高く澄んだ声が届く。
無垢で真っ直ぐな響きが懐かしさと愛おしさを呼び起こした。
「サキル兄ちゃん遅いな……敵に遭遇したのか?」
「レイグ……」
思わず口をついて出たその名は、サキルにとって弟のような存在であり、部隊内で感知隊を束ねる少年だった。
明るい水色の髪と瞳を持ち、年若いながらも毅然とした立ち姿をしている。
決して一人で全てを成し遂げるわけではなく、皆と力を合わせて前に進む。
その素直な強さが周囲の信頼を集め、支え合いながら成長してきたのだ。
目の前にいるレイグの隣には、鋭い一重瞳が特徴的な少年兵ロウと、眠たげな表情ながらも声に焦りを滲ませる少女兵ミルが並んでいる。
共に感知部隊の一員であり、レイグとは特に仲が良かった。
「ナバ様からの返答がなかったこともあわせると、その可能性が高いかもしれない」
「そうしたら私たちも行った方が良いんじゃない?」
レイグの冷静な分析に続き、ロウとミルも不安げに声を上げる。
「いや、お前らは感知部隊だ。行くとしたら俺らが小隊を編成して行く。護る戦力も必要だろうからな」
「けど行く人数は多めの方が良いのか?」
「……嫌な流れが続いている。多めの方が良いだろう」
「なら俺も行くぞ!」
「私も行くわ!」
周囲には孤児を中心に構成された部隊の仲間たちが集まってきた。
若く非力な者も多いが、逆境の中で培われた精神力は強く、彼らは互いに支え合いながら生き抜いてきた。
サキルは、そんな彼らの結束と優しさを心から信じていた。
「わかりました。先行した隊の捜索は先輩方にお任せします」
先程まで不安げだったレイグが即断し、任務を託した。
それだけ彼らには絶対の信頼があったのだ。
この時代の欲望と裏切りが渦巻く世の中で、無条件の信頼で結ばれた部隊は稀有な存在だった。
サキルもその姿に目を細め、心が温かくなるのを感じた——その時、場違いな声が割り込んだ。
「いえ、申し訳ございませんが貴方達はここで終わりです」
突如現れた声の主に、一同が凍りつく。
「この声は……」
その異常な出現方法に、サキルは既視感を覚えた。
目の前の空間がまるで紙をぐしゃりと握り潰したように歪み、そこから一人の男が現れたのだ。
しかし、そこに立っていたのはタシュアではなく、浴衣を身に纏った青年だった。
年齢以上の落ち着きを感じさせ、湖畔で本を読んでいれば絵になるだろう。
泰然自若としたその姿は、異様なまでの冷静さを纏っていた。
「無駄な問答をしている暇はありません——早速ですが、全員殺害させていただきます」
静かに燃える熾火のような殺気が辺りに広がり、近付く者の精神を容赦なく焼いていく。
「くっ!? い、いや、お前は一人だ。それで何ができるんだ!」
殺気に圧倒され怯む者が続出する中で、強気に返したのはレイグだった。
相手は一人、対してこちらは二百人近い兵力がある。
数の理論で言えば、負ける要素などないはずだった。
「!? 上だ! 避けろ!!」
レイグの叫びと共に、頭上の空間が歪んだ。
新たに出現した巨体が、そのまま降り注ぐ。
その影が覆い被さるように部隊を襲い、レイグを中心に数名が血煙を散らして倒れた。
「やめろ!」
サキルの叫びも虚しく、目の前で命が散っていく。
巨体の男は素手でありながら、手刀一つで肉を裂き、臓腑を抉り出していた。
その破壊力は剣や槍をも超えるものだった。
「レイグぅぅぅ!」
「イヤァァァ!?」
ロウが叫び、ミルが悲痛な声をあげる。
サキルは心臓が跳ね上がるのを感じ、怒りに突き動かされて駆け出した。
「レイグぅぅぅ!」
「イヤァァァ!?」
ロウが失った友の名を叫び、ミルが悲痛な声を上げる。
サキルは心臓が大きく跳ねるのを感じ、怒りに突き動かされるまま駆け出した。
突然現れた巨体の男は、身長二メートルを優に超え、筋骨隆々とした堂々たる偉丈夫だった。
手に武器を持っていないにもかかわらず、その剛腕で放たれる手刀は、簡単に人間の身体を断ち、内臓を引きずり出していた。
ただの身体強化ではあり得ない力。
あの手刀の一撃は、剣や槍の斬撃をも凌駕する鮮やかさと残虐さを兼ね備えていた。
サキルは怒りのままに距離を詰めるが、どれだけ走っても相手との間合いは縮まらない。
「なっ……!?」
目の前に広がる空間が異様に歪んでいるのだ。
まるで目の前の空気だけが引き伸ばされ、無限に距離を保っているかのような錯覚を覚えた。
振り切った拳は、仇敵の二メートル先の空を虚しく切り裂くだけだった。
「落ち着け、敵は二人だ!陣形を立て直せ!」
サキルがもがく間にも、暴れ回る巨漢の男に部隊は蹂躙されていく。
だが、それでも冷静な判断を下そうとする者もいた。
彼らは多くの戦場を生き延びてきた歴戦の兵士たちであり、経験に基づいて立て直しを図ろうとしていた。
「させませんよ」
「なっ!?」
静かだが冷酷な響きを持つ声が辺りに響いた。
次の瞬間、空間が歪み、無数の裂け目が出現した。
その裂け目はただの転移ではなく、圧倒的な殺意を宿した攻撃として機能していた。
空間の裂け目に囚われた者は、何の抵抗もできぬまま四散した。
理解不能な力、未知の技術——それがもたらす結果は、理不尽なまでの一方的な死だった。
それは、まるで無情な神の手による虐殺のようだった。
レイグが命を懸けて守ったロウとミルも、その歪みに飲み込まれて粉々に砕け散った。
「やめろ……やめてくれ……」
サキルは虚空に手を伸ばし、必死に叫んだ。
だが、そこには何も掴めるものはなく、ただ無力感が積もるばかりだった。
怒りも憎しみも虚しく、声は届かない。
冷酷な殺戮は淡々と進み、かつて共に戦った仲間たちが次々と命を散らしていく。
「……ざっとこんな感じだな」
「さて、タシュアさんの方はどうなっているのでしょうか?」
全てが終わった頃、巨漢の男と浴衣の男は平然と会話を始めた。
その様子はまるで日常の一コマのようにすら見え、サキルの怒りをさらに煽った。
「……ぁ」
その光景を見て、サキルは理解する。
目の前で起きた惨劇は「記憶の追体験」だと。
今、サキルが目にしているのは過去の出来事であり、彼自身が干渉することは叶わない幻影だ。
それはタシュアと対峙している時、何らかの力によって引き出された記憶だったのだろう。
何故この場にいなかったはずの自分がその光景を見ているのかはわからない。
だが、その残酷な現実が「確かにあったこと」であるという確信はあった。
まるで夢の中で「これは夢だ」と悟るような奇妙な感覚だ。
「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
サキルは叫んだ。
忌むべき敵の姿は既に消え、残されたのは無惨に散った仲間たちの屍だけだった。
怒りよりも先に、底知れぬ悲しみが込み上げ、涙が溢れる。
無力感に打ちのめされ、地面に手をつき、声も枯れるまで泣き続けた。
助けたかった。
護りたかった。
せめて最期の瞬間だけでも手を握ってやりたかった。
「……ざまぁねぇな」
その時、空間が再び歪み、声が響いた。
サキルは顔を上げる。
そこには忌むべき浴衣の男と巨漢が立っていた。
「あの時もそうだ。お前は目の前で大切なものを守れず、何もできずに見ているだけだった」
その言葉はサキルの胸を鋭く抉った。
守れなかった記憶が蘇り、悔しさと怒りが沸き上がる。
「絶対に……絶対に殺してやる」
サキルはその場で拳を握りしめ、狂気じみた怨嗟の言葉を吐き出した。
何度でも、何度でも誓う。
その誓いは狂おしいほどの執念となり、彼の心に深く刻まれた。
叫びも悲鳴も届かず、目の前の光景はモノクロへと色を失い、やがて霧散していく。
サキルは虚空に手を伸ばしたまま、立ち尽くすしかなかった。
「絶対に……絶対に殺してやる」
その呪詛のような言葉が虚空に響く。
サキルの心に深く刻まれた憎悪と悲嘆が、何かを呼び起こそうとしているかのように。
しかし、次の瞬間——
バチンッ!
鈍い衝撃音が響き、サキルの視界が一瞬揺れた。
意識を取り戻した時、彼は見知らぬ部屋の椅子に縛られていた。
「……ここは?」
周囲を見回す。
薄暗い部屋には整然とした家具が並び、壁際には本棚がずらりと立ち並んでいる。
しかし、その整然とした空間には不穏な雰囲気が漂っていた。
照明も弱々しく、陰影が深く落ちている。
視線を巡らせると、部屋の隅には漆黒の影のような存在が立っていた。
人影であることはわかるが、詳細は薄暗さに紛れて判別がつかない。
「俺は……なんでここに……」
先程までの激闘、そして記憶の奔流が脳裏を過ぎる。
あの惨劇の最中に自分は倒れ、そして気がつけばここにいた。
意識が完全に覚醒するにつれ、目の前の影の存在が徐々に鮮明になっていく。
そして一歩、また一歩とこちらへ近づいてくると、漆黒の影は隻眼の男へとその姿を現した。
右目には布製の眼帯が巻かれ、鋭い目つきと整った顔立ち。
まるで人間離れした冷徹さを滲ませている。
「サキル君。我が国ゼルグの第二の大将軍ナバ・セルフェウスによって拾われ育てられた戦争孤児であり、彼が組織した戦争孤児中心の特殊部隊に在籍。特筆すべき魔術は使えないが、危険を予知する謎の能力を持ち、聡明な頭脳で数多の戦場を生き延びた部隊の要……君の経歴はこれで間違いないか?」
その言葉にサキルは息を飲んだ。
全てを知り尽くしているかのような口ぶり。
情報が漏れているのか、それともこの男の手中にあったのか——どちらにせよ尋常な存在ではない。
「……お前は何者だ?何を知っている?答えろ、でなければ容赦しない」
サキルは睨みつけながら脅しをかけた。
目の前の男はただならぬ存在感を放っている。
気圧されるような威圧感を受けつつも、決して怯まず視線をぶつける。
しかし、男は楽しげに微笑んで答える。
「いやー、そんな警戒しなくても取って食ったりはしないよ。ちゃんと警戒を解いて話を聞いてくれれば、私が知る限りの情報は全て教えてあげる。君はこれから私達の部隊の新戦力だからね。あの《大焼炙》ナバ・セルフェウスが率いていた部隊で活躍していた君が仲間に加わるのだから、期待も大きい」
その言葉にサキルは眉をひそめた。
この男は何を言っているのか。
部隊に加わる?
そもそも自分は敵に囚われている身であり、状況も理解できない。
「お前が俺に何を望んでいるかは理解した。だが先に聞かせろ。俺の部隊はどうなった?ナバ様や皆は……生きているのか?」
サキルの問いかけに男は少し目を細め、愉快そうに口角を上げた。
「現実逃避は無意味だよ。君もわかっているんだろう?ナバ・セルフェウスも彼の部隊も、オーラクスの街も全て消え去った。君の部隊も皆殺しだ。唯一の生き残りが君だよ」
――皆殺し
その響きが頭の中で反響する。
先程までの記憶の奔流と繋がり、否応なく現実を突きつけられた。
「……嘘だ……そんなはずがない……俺は……まだ何も……」
サキルの声は震えていた。
残された微かな希望が音を立てて崩れていく。
「残念だけど生き残っている者は君以外にいない。酷い有様だったよ。戦いではなく、まるで狩りだった。君の部隊の遺体も既に回収済みだ。後で確認するかい?少しは踏ん切りがつくかもしれない」
男の淡々とした言葉に、サキルは絶句した。
声を出そうとしても、喉が引き攣り、ただ無音の息だけが漏れる。
「……俺を解放しろ」
しばしの沈黙の後、サキルは低く絞り出すように告げた。
「ふむ、全て教えたら私の部隊に入ってくれるということでいいかな?」
男は笑みを浮かべながら問いかける。
その表情には一片の感情も見えなかった。
「話を聞くとは言ったが、入隊するとは一言も言ってない。両手を縛り、こんな暗がりに連れ込んで、一方的に経歴を話すような奴を信用できるわけがない」
サキルは強い口調で言い放った。
この男の手練手管に乗る気は一切なかった。
「まぁ、そう言うだろうね」
男は肩を竦めたが、その表情には余裕が残っている。
「けれど君は既に私達の一員だ。否応なくね」
そう言うと、男は右手を軽く掲げた。
次の瞬間、サキルの胸に灼熱の痛みが走り、視界が歪んだ。
バチンッ!
鈍い衝撃がサキルの胸を打ち、全身に焼け付くような痛みが走った。
心臓が締め付けられるような感覚に襲われ、身体は一瞬で硬直する。
「……がぁ……ぐっ……!」
言葉にならない呻きが喉元から漏れる。
脈打つ激痛が全身に伝播し、まるで内臓が煮えたぎっているかのようだ。
筋肉が強張り、神経が焼き切れそうな感覚に支配される。
ドサッ……
サキルの身体は椅子ごと前のめりに倒れ込んだ。
縛られた両手は床に押し付けられ、抵抗するどころか身動きすらできない。
指先すら思うように動かせず、全身が灼熱に焼かれたような痛みに苛まれる。
「はぁ……はぁ……」
荒い呼吸だけが室内に響く。
意識は朦朧とし、全身が鉛のように重く感じられた。
「理解できたかな?」
男の声が、まるで氷のように冷たく響く。
サキルは苦痛に耐えながら顔を上げた。
目の前に立つ男は、表情一つ変えずに見下ろしている。
「君の身体には、私達ゼルグの術式が施されている。逆らうような行動をとれば、先程のような激痛が全身を駆け巡る。命を奪うことだって簡単だよ。これで理解できたかい?」
サキルは呼吸を整え、震える声で答えた。
「……わかった。お前らの部隊に入る……。だが……その前に一つ聞かせろ……お前らは……ゼルグなのか?」
その問いに男は口元を歪め、笑みを浮かべる。
「そうだ。僕達はゼルグの裏部隊だ。名はない。便宜上“ネレネス”と呼ばれている。ネームレスネス……“名を捨てた者”の集まりだよ」
ネレネス——名を持たず、存在を隠し、ゼルグの影で暗躍する部隊。
サキルはその名に聞き覚えはなかったが、言葉の意味からして決して普通の部隊ではないことは理解できた。
「俺をここに連れてきたのも……お前か?」
サキルは顔を上げて問いただした。
男は頷き、胸を張るように続ける。
「そうだとも。僕はこのネレネスの統括者……ラギアロだ。かのナバ・セルフェウスが育てた君の能力には大いに期待している」
ラギアロ——それが男の名だった。
その名を聞いた瞬間、サキルの中で何かが引っかかった。
どこかで聞いたような気もするが、記憶が朧げで掴めない。
「それじゃあ、改めて歓迎しよう。ようこそ、ゼルグの裏側——ネレネスへ」
ラギアロは一歩前に踏み出し、サキルに右手を差し出した。
サキルはその手を見つめる。
無論、握る気などさらさらなかった。
だが、この場で拒めば再び激痛が走るのだろう。
何も考えず、ただ手を差し出した。
カシャン……
手と手が触れ合った瞬間、何かが脈打つような感覚が走った。
ラギアロは満足げに微笑む。
「君にはまず試験を受けてもらう。その結果次第で役職を与えよう」
「……試験?」
「ああ、試験だ。簡単なものだよ。ついて来な」
ラギアロが部屋の奥の扉を開けると、そこには石造りの長い廊下が続いていた。
蝋燭が薄暗く揺れ、石壁には無数の鉄扉が並んでいる。
まるで地下牢のような雰囲気だった。
「ここはどこだ?」
「ゼルグの地下だ。オーラクスから運ばれてきた君を匿うには最適な場所でね。追手も来ないし、外部からも干渉できない」
廊下を歩くたびに、冷たい空気が肌を刺す。
足音だけが反響し、不気味な静寂が続く。
サキルは無言のまま、ラギアロの背中を追った。
心の中には復讐の炎が燃えている。
ナバ、フェイン、リセ、ホーキフ、レイグ、ロウ、ミル、そして部隊の仲間たち。
全てを奪った悪魔と、その影に潜む“ネレネス”。
「ここだ」
ラギアロが足を止め、鉄扉を開ける。
中には広大な闘技場のような空間が広がっていた。
中央には無数の武器が並び、所々に訓練用の標的が設置されている。
「ここで試験を受けてもらう。実力を見せてくれれば、それ相応の地位を与える。もちろん、反抗は許されないがね」
ラギアロは背後で鉄扉を閉め、静かに微笑む。
「さあ、始めようか。君の“力”を試してもらおう」
ガシャン!
重厚な鉄扉が閉じられ、闘技場の中央に立つサキルは周囲を見渡した。
広大な石造りの空間には訓練用の標的が並び、武器が整然と配置されている。
天井は高く、無数の鉄格子が張り巡らされているのが見える。
外の光は一切届かず、天井から吊るされた魔光石が冷たく光を放っていた。
「準備はいいか?」
闘技場の縁からラギアロの声が響く。
彼は余裕たっぷりの表情で手を組み、サキルを見下ろしている。
「準備も何も、具体的な試験内容を聞いてないんだが」
サキルは視線を鋭く向け、警戒を怠らない。
それを見たラギアロは口元を歪めて笑う。
「簡単なことだよ。ここで生き残れば合格だ」
その言葉が終わるや否や、闘技場の四隅に設置された鉄格子が一斉に開かれた。
サキルは反射的に構えを取り、動き出した影に目を凝らす。
ガシャン!ガシャン!
四方から現れたのは武装した複数の人影だった。
全身を黒い装束で覆い、目元だけが露出している。
それぞれが剣、槍、斧など様々な武器を手にしている。
「なるほどな……生き残れ、か」
サキルは薄く笑みを浮かべると、冷静に戦況を見定める。
四方から同時に襲いかかるように配置された兵士たち。
連携の動きは滑らかで、彼らが訓練された者であることは一目でわかる。
「問答無用ってわけか」
カンッ!
一人が先手を打ち、サキルの頭上へと剣を振り下ろしてきた。
サキルはそれを横に身を捻ることで回避し、同時に相手の踏み込みに合わせて肘打ちを見舞う。
骨の砕ける感触が伝わり、相手の顔が苦痛に歪む。
「ふっ……遅い」
返す刃のように、サキルは相手の手元から剣を奪い取り、逆手に持ち直した。
その間にも他の兵士たちが距離を詰め、四方から包囲しようと動いている。
「面倒だな……」
サキルは一度後方へ飛び退り、四方を囲む敵を視界に収めた。
訓練された動き、無駄のない連携、そして躊躇のない殺意。
この状況で一人ずつ相手にするのは分が悪い。
——ならばまとめて相手をするしかない。
「行くぞ……!」
剣を構え直し、一気に踏み込んだ。
迎撃しようと振るわれた槍を躱し、逆手に握った剣を横なぎに払う。
同時に膝を砕かれた兵士が地面に倒れ込む。
すかさず背後から斬りかかってきた斧使いの一撃も後方に半歩下がり、
その勢いを利用して相手の脇腹に突き立てた。
「……二人」
静かに数え、サキルは次の動きに備える。
残る兵士たちは動きを見直し、間合いを測っている。
「どうした?来ないのか?」
挑発するように手招きする。
ラギアロの視線が上から注がれているのは感じていたが、意識を向ける暇はない。
「くっ……一気に行くぞ!」
残る三人が一斉に動き出した。
サキルは刃を構え、全神経を集中させる。
まず右側から突進してきた兵士の突きをかわし、その手首を蹴り上げて武器を弾き飛ばす。
さらにその勢いを利用して左手で相手の胸を押し倒し、剣をひと突き。
「次……!」
次に斜め後方から放たれた槍を受け流し、柄を引き寄せて相手の顔面に膝蹴りを叩き込む。
骨の砕ける音と共に相手は地面に崩れ落ちた。
最後の一人はサキルの動きを見定め、距離を取っている。
冷静に隙を探っているのがわかる。
「……なるほど、お前は冷静だな」
サキルは剣を構え直し、一歩ずつ相手との距離を詰めていく。
相手は一瞬の迷いもなく後退するが、サキルの目には動きが見えていた。
「だが、それが命取りだ」
一気に踏み込んだサキルは、相手の防御を崩しながら刃を突き立てた。
最後の一人が地面に倒れ込むのを確認し、静かに剣を収める。
——全滅。
サキルは手にこびりついた血を払い、呼吸を整える。
闘技場は静まり返り、ラギアロの拍手が場に響いた。
「素晴らしい……さすがはナバの下で鍛えられた男だ」
ラギアロは満足そうに頷き、目を細めて笑った。
「これで合格だ。ようこそ、ゼルグの裏側へ……君には相応の役職を用意させてもらう」
サキルは一瞥だけをくれて、無言のまま立ち尽くしていた。
ラギアロの声がただの雑音のように遠く聞こえる。
ーーこの血の意味を……決して忘れはしない。