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想造世界  作者: 篤
13/51

異変②

「いいね、いいよ! とってもいい、その顔! 絶望に歪んだその表情が見たかったんだよ! 素晴らしい、実に素晴らしい! ここまで周到に準備した甲斐があったってもんだ!」


 崩れ落ちたサキルの耳に、嗜虐と狂気を孕んだ声が届いた。

 人の不幸を悦ぶ、まさしく悪魔のような声音だった。


 サキル――いや、他の三人もハッと顔を上げる。そこには、かつてオーラクス城がそびえていたはずの更地に、ひとりの男が立っていた。


 切れ長の大きな目に通った鼻筋。整った顔立ちで、ただ立っているだけなら好印象を抱く者もいるだろう。だが、その紫に不気味な光を宿す瞳と歪んだ笑みが、その容貌すべてを異質なものに変えていた。村の惨劇を前にしてなお笑みを浮かべるその姿からも、常軌を逸した存在であることは明白だった。


 着ている衣もまた異様だった。着流しのような布衣を袖や裾で括り、動きやすく仕立ててある。それ自体は珍しくはない。戦場や労働の場で見かける実用的な衣装だ。だが、その文様には青と黒の波紋が描かれていた。波紋は凶兆の象徴としてこの世界で忌避されている。にもかかわらず、男は平然とそれを纏っていた。


 他を顧みぬ空気。存在そのものが「人ならざる何か」に思わせる奇異さがあった。いつからそこにいたのかも定かでない。ただ“いつの間にか”いた。あらゆる点において「不気味」という言葉では片づけられぬ異質さがあった。


 そして何より、サキルにはこの男に見覚えがあった。

 どこかで会ったはずだ。思い出そうとするたび、頭の中に這い寄るような痛みが走る。それが放置してよい記憶でないことは本能で理解していた。だが、今ここで思い出そうとするのは隙を生むだけだ。いずれ判明する。その時を待つしかない。


 だが、男の言葉には無視できない内容があった。

 「準備した」ということは、このオーラクスの異変を仕組み、ナバと自分たちの宿願を踏みにじった元凶であるということだ。


「どういう意味だ、貴様」


 サキルが口を開くよりも早く、フェインが詰問の声を発した。

 その表情は険しく、いつになく刺すような気迫が漂っている。今のフェインには、並の者なら目を合わすことすらできないだろう。


 だが男は、そんな怒りさえも楽しむように、歪んだ笑みを浮かべながら返した。


「いやいや、“どういう意味”も何もないよ。街に誰もいないことに焦って探し回って、ようやく見つけたと思った城も偽物で、そして今、絶望に堕ちた……そんな場面に、わざとらしく僕が現れたんだ。気づかない方が不自然じゃない?」


「お前は……!!」


 今度こそ、サキルの中で抑えていた激情が爆発した。

 男がすべてを見ていたという事実。そして、それを面白がるためだけに伝えてきたという愚弄。

 そのすべてに、怒りが煮え滾る。


 サキルは剣を抜き、殺意のままに男へと飛びかかる。


「貴様ぁぁぁ!!」


 フェインもまた、怒りの叫びと共に大地を操る。土が盛り上がり、鉾となって猛る蛇のように男へと襲いかかる。


「許さない!!」


 リセもまた震える手で矢を抜き、怒りの矛先を男に向ける。

 不幸を悦ぶこの目の前の存在に、誰もが激しい怒りを滾らせていた。


「ナバ様に何をした!」


普段は穏やかなホーキフまでもが怒声を上げ、素早く剣を抜いた。先ほど空間を破った時よりも強力な斬撃を放つ。男に向けられた濃密な殺気が、その威力を増しているのだろう。


怒りに満ちていても、無意識に互いの攻撃を邪魔しないタイミングで仕掛ける。サキル、フェイン、リセ、ホーキフの四人全員が、煮えたぎるマグマのような憤りを同時にぶつけた。


男はサキルの袈裟斬りを横跳びでかわし、フェインの土鉾には薄緑色の障壁を展開して防いだ。そしてホーキフの斬撃を避ける。ホーキフの水気を帯びた斬撃は物理的な壁を透過し切り裂く。それを見抜いて回避したのだろう。やはり一筋縄ではいかない相手だ。


しかし、それも想定済みだった。回避した場所に誘導することが目的でもあったから。


「フッ!」


鋭く息を吐き、リセが放った矢が真っ直ぐに男へと向かう。


「くっ!」


小さく呻き、その場を離れようと跳躍する。だが遅い。


「食らいなさい!」


リセの凛とした言葉に応え、矢が光り輝き眩い閃光を放つ。次の瞬間、ドオオオーンと爆音が響き渡り、全てを消し炭にする。落ち着いたはずの更地をさらなる破壊が包み込む。


あの調子ならば、骨どころか皮膚一つすら残さず消し炭になっているだろう。もしくは障壁で防いだか。ならば確認だけはしなければならない。あの仇敵をしっかり仕留められているかを。


粉塵が晴れたその先、爆心地へと目を細める。


「いない……か」


「やったね」


「よし!」


サキルの呟きに、リセとホーキフも頷く。念のため気配を探ってみたが、何も感じない。一応、仇敵は仕留められたようだ。


「だが……奴が言っていたこと、それにこのオーラクスが破壊し尽くされたことが気にかかる。ナバ様に限ってやられるなんてことはないとは思うが……」


リセの表情は晴れない。オーラクスに異変を起こし、ナバ達を何処かに消した元凶があの男ならば、手掛かりを失ってしまったことになる。


「確かにフェインの言う通りだ。ナバ様を探さないと」


サキルも同感だった。街は破壊され、主人は行方不明。となれば、すぐにでも行動を起こさなければならない。そう思い頷き合って死の街に繰り出し、愛しき主人を探し出そうとする。


その瞬間、例の「悪い予感」が背筋を走る。


「だーだめ、まだゲームは始まってもないからね?」


「なっ!?」


驚愕の声を発し、本能に従うがまま、今度は先ほどの爆心地へと跳んだ。


「え?」


「なんで!?」


「くっ!?」


フェインとリセ、ホーキフも驚嘆し、サキルと一瞬遅れて同じ方向へと跳んでくる。何故なら、爆撃に巻き込まれ消し炭にしたはずの男が、突然サキル達の背後に現れたから。


「ははは、まぁまぁそんなに怒らないでよ。僕はただ君達と楽しいことをしたいだけなんだからさ」


まるで何事もなかったかのように平然と笑いかけてくる。相も変わらず、面白い見世物を見て楽しむような——そんな態度で不気味な紫色に輝く両眼を向けてくる。最初の印象は違わず、薄気味悪さを増したように感じた。


そして何より——


「貴様……何が目的だ」


フェインが問うように、男が何をしたいのか、その真意がわからない。どのような手を使ったかは判然としないが、この男は今、サキル達四人の意識から完全に消えていた。そして背後の至近に現れたのだ。


その気になれば皆殺しにだってできたはずである。なのに何故かしなかった。サキル達を誘き出して襲う以外に考え得る目的などない。だとしたら、彼は何をしようとしているのか。


「何が目的……か。ふふふ、いやぁだから言ってるじゃないか。僕は君達と遊びたいだけなんだって。そう、面白いゲームをしたいんだよ」


しかし男の答えは、はぐらかそうとしているのか、抽象的に目的を告げているのか判然としないものだった。とはいえ、どちらにしても、


「……貴様に構ってる暇などない。とにかくナバ様やその直下軍、オーラクスの住民について知ってることを全て吐け」


一刻も早く男から情報を絞り出し、この状況を打開しなくてはならない。フェインが敵意を高揚させるのと同時に、サキル達三人も言葉を交わすでもなく呼吸を合わせ、いつでも動けるように戦闘態勢をとった。


奇しくも男が背後から出現したから、怒りはそのままに冷静になれたのである。だが、今度同じように意識の間隙をついてきたら、無事で済むかわからない。


「だから二度と同じ手は食わない」


油断か、別の目的があったのかは定かではないが、男は完全に背後をとっておいて何もしなかった。それは単に好機を失ったというだけでなく、サキル達が知り得ない彼の情報が、持ち手が一つ明らかになったわけでもある。


背後からの急襲に対する警戒は、四人の心理に深く刻まれた故のその発言。サキルと同じように数々の修羅場を潜り抜けてきた他の三人も、同様に考えているだろう。


しかしながら、当然相対する男もそれに気付いているわけであり、かつまだサキル達が知り得ない手を使ってくるかもしれない故に、慎重に追い詰めていかなければならない。


そしてサキル達は再び攻撃を開始しようとするが——


「うーん、でも君達にとって愛しの愛しのナバ様の身柄を確保している僕に刃向かっていいのかな?」


「!?」


男の鋭く刃のような言葉が、サキル達の足をその場に縫い付け、動揺を誘う。内容もそうだが、この場面で切り出したことにさらなる相乗効果を発揮している。


「!?貴様まさか……いや、ならば最初から脅せばいいだけだ。貴様の戯言にのってやる義理はない」


生来のメンタルの強さ、もしくは誰よりも強いナバへの想い故だろうか。フェインは我に返り、素早く分析してサキル達三人を安心させると同時に、話に付き合う無意味さを指摘する。


だが、そこには彼女の前述の理由故こその希望的観測が介在しており——


「ふふふ、まぁ信じたくないのもわかるさ。さっき僕と君達は会ったばかりなのに、言葉だけじゃどうしても……って感じかな?じゃあ、仕方ない見せてあげよう!ふふ、色々な意味で動揺すると思うけどね」


対する男の反応は、そのフェインの願望を見透かし、憐れみ詰るような悪辣さを感じさせた。優越感に浸るような言動、その中に隠そうともしない興奮がある。不用意に動くのを躊躇われる不気味さ。


だが——


「戯言はいい、早く答えろ。ナバ様をどこにやった」


サキルはもう一秒でもこの男に時間を割かれたくはなかった。


誰よりも大切で、愛おしく、彼にとって至上の存在であるナバの命が、今まさに弄ばれているかもしれない——そう思えば、平静を装うなど到底できるはずがなかった。


 「…………」


 リセもホーキフも、沈黙を保ちながらも、サキルと同じ強い想いを胸に抱いているのが伝わってくる。彼ら四人の態度は、男の脅しに屈しないという意思表示にほかならなかった。


 「ははは、いいね、実にいい。絶望に歪んだその顔、まさに見たかった表情だ!ここまで周到に準備した甲斐があったってもんだよ!」


 だが男は、思い通りに事が運ばなかったことすらも愉しむかのように、狂気を孕んだ声で嗤う。そして、その笑みはさらに異様さを増していった。


 「でも、まだまだ足りない!もっと……もっと絶望を見せてよ。お楽しみはこれからだ!」


 その言葉と同時に、男は右手の指を気障ったらしく軽く鳴らす。


 ——パチン。


 次の瞬間、空間が歪み、その中から——


 「……ナバ様……?」


 当惑の声が、サキルの口から零れた。


 歪んだ空間の中から現れたのは、紛れもなくナバだった。だが、それだけではない。ナバは城跡の左手、廃屋の二階部分に設けられた高所に、四肢を縛られ、磔にされた状態で現れたのだ。


 見る限り外傷はなく、ただ意識を失っているように見える。だがそれはつまり——


 「なぜ……あんなにも探していたナバ様を、俺たちは……」


 隠されていたとはいえ、至近にいたはずのナバを見落としていた事実に、サキルたちは愕然とした。


 「わたし……どうして……」


 フェインの声はか細く、混乱の色を隠せなかった。先程までの毅然とした態度は鳴りを潜め、女言葉が漏れるほどに動揺していた。


 男の力は、もはや彼らの常識の及ぶところではなかった。空間を操作するその能力は、サキルたちの理解を超えている。


 「はぁあ……あんなに“ナバ様ナバ様”と繰り返していたくせに、まさか素通りとはね。君たち、一体何がしたいの?この前の戦だって、ナバ様がいたからこそ勝てたというのにさ……まさか、恩を仇で返すつもりなのかな?」


 男はまるで子どもをからかうように言葉を並べ、残酷に嗤った。


 「黙れ……貴様に、私たちのことなど関係ない。……だが、なぜ“最後の戦”のことを?情報統制を敷いていたはず……百歩譲って漏れていたとしても、なぜそこまで知っている」


 フェインが震える声で問う。先程の自信は陰を潜め、動揺が隠し切れない。


 男はその様子を見て楽しげに目を細め、意地悪く続けた。


 「ふふふ、そこは“秘密”ってやつさ。けれど君たちのことはよく知っているよ。軍を率いていたのはフェインくん、そしてリセくんとホーキフくんは精神的な支柱、そして——サキルくん」


 その名を呼ぶときだけ、男の声に妙な熱がこもったように感じられた。


 「僕は、君たちと“遊びたい”だけなんだよ。面白いゲームをね」


 その言葉には明らかな執着と狂気が宿っていた。だが、サキルたちの脳裏には一つの疑問が浮かぶ。


 ——なぜここまで彼らの情報を知っているのか。どうやって調べたのか。その方法にまったく心当たりがない。


 そして、とうとうサキルが声を上げる。


 「……お前は何者だ」


 声にはわずかな震えが混じっていた。ホーキフもリセも沈黙している中、その問いは本能の奥底から滲み出るような切実なものだった。


 「いやいや、君たちはもう僕のことを知ってるはずだよ。知っているけど、“知らない”フリをして僕を騙し、有利に立とうとしてるんだろう?」


 男はまるで全てを見透かしたかのように、紫色の不気味な瞳でじっと見つめてくる。


 「だから、まずは自己紹介から始めようか」


 両腕を大仰に広げ、天に祈るような仕草のまま、神への冒涜とも取れる嘲笑を浮かべて言い放った。


 「僕の名は、タシュア=イーライグ。巷では“紫蝕の悪魔”なんて呼ばれてるけど、好きな方で呼んでくれて構わないよ!」


 その名こそが、破滅の象徴だった。


 運命の歯車は、今この瞬間、狂い始めた——。














 「ゲーム……だと?」


 サキルは、もはや警戒を隠すことなく問うた。

 タシュアが姿を現した時から嫌な予感はしていたが、目の前に捕らえられたナバを見せつけられた今、その予感は確信に変わっていた。

 この男——タシュアの言葉は、一つ一つに悪意と毒が潜んでいる。信じるに足るものなど何一つない。


 「そうそう。もし君たちが勝てたら、大事な大事なナバ・セルフェウスと、その直下軍、ついでに街の人々も解放してあげるよ」


 あたかも親切心から提案しているかのような調子で、男は楽しげに続けた。

 だが当然、そんな“勝利報酬”に信憑性などあるはずもない。

 本当に解放するつもりがあるのかも不明だし、ナバ以外の者たちが生きている保証もない。

 そもそも、ナバたちを襲ってまで捕らえ、こんな悪趣味な“ゲーム”を持ちかけている時点で、サキルたちを弄ぶ以外の意図は見出せなかった。


 今までのタシュアの言動が、その全てを物語っている。


 「もちろん、君たちに選択権なんてないけどね。ゲームに乗らなくても構わないけど、その場合は無条件に“敗北”とみなすよ。つまり君たちを含めて全員処刑ってわけ」


 タシュアは楽しげに肩をすくめ、続ける。


 「まあ、僕の言葉が信用できないってのはわかるけどさ、もし君たちが勝ったら必ず全員無事に帰してあげる。それに、僕の身柄も好きにしていいよ。各国の指名手配犯である僕を引き渡せば、国から莫大な報奨金がもらえるんだからさ。ね、勝てばいいこと尽くめだろ?」


 つまり、サキルたちに“拒否”は許されないということだ。

 街の異変を偽りの空間で隠し、誘い込み、拘束されたナバを見せつけ、逃げ道を塞いだ上でのゲーム宣言。

 さらにはナバの直下軍、街の住民、そして大将軍ナバ自身を“殺さずに”捕らえているという徹底ぶり。

 全ては、サキルたちの心を縛るための計算だ。


 「…………仕方ない。その“ゲーム”、受けてやる」


 長い沈黙の末、フェインが苦渋の決断を下した。

 サキルたちにとって、ナバの存在は命よりも重い。

 どれほどタシュアの言葉が胡散臭く、軽薄なものであろうと——それでも、彼を救う手段がそれしかないのならば、乗るしかなかった。


 だが、馬鹿正直にその“ゲーム”に従うつもりなどない。

 フェインも、サキルたちも、ただ機をうかがっている。

 隙を突いてタシュアを引き離し、できるならば抹殺し、ナバを奪還するつもりだ。

 このまま、彼の思い通りに終わらせるつもりは微塵もない。


「ふふふ、そうこなくっちゃね!いやいや、大丈夫、そんな顔しないでって!僕は絶対に、何があっても約束だけは守るからさ!」


 だがその言葉すら、サキルたちの企図をすでに織り込み済みであるかのように感じられた。すべてがタシュアの掌の上――彼の言動、状況設定、ナバを人質とした一連の構図に至るまで、まるで最初から勝負の盤を敷いたのは彼自身であったかのようだった。


「取りあえず、君たちの大事な大事なナバ様は、僕の仲間に預かってもらうね」


 ゲームを始めるにあたって、サキルたちが最も懸念していたのは人質の扱いだった。だがタシュアは平然と告げる。それにしても、「仲間に預ける」という言葉の不気味さ。近くに気配を感じないのに、仲間が控えているという事実。そしてその仲間がタシュアと同等、あるいはそれ以上の実力を持っている可能性……想像するだけで胃が痛む。


「なっ!? 貴様、ナバ様をどこへやった!」


 ホーキフの怒号が響く。


「どこって? いやぁ、大丈夫だよ。空間を操作して、仲間のところに転送しただけ。ちゃんと僕に勝てたら出してあげるよ」


 その瞬間、タシュアの足元に虚空が割れ、ブラックホールのような歪みにナバの身体が吸い込まれていった。


「待て、それで納得すると思うのか? 早くナバ様を出せ! 他の場所に移せ! そうしなければゲームが成立しない!」


 フェインが食い下がる。サキルも怒りを堪えかねて声を上げかけたその時――


「もう、心配性だなあ。ほら、無事ですよぉ〜っと」


 同じ場所に再び空間が開き、ナバが吐き出される。四肢は縛られたままだが、外傷はない。意識もあるようだ。だがその一瞬の安堵を与えた直後、再び空間が開き、彼は引きずり込まれていった。


「ナバ様!!」


「貴様ぁぁぁぁぁっ!!」


 ホーキフとサキル、リセが名を叫び、フェインが怒声を叩きつける。


「もう、そんな怒らないでよ。ほら、生きてるって確認できたんだから、次はルール説明ね」


 タシュアはまるで何事もなかったかのように笑みを浮かべ、話を続ける。


「ルールは簡単。君たち四人と僕で戦って、僕は君たち全員を戦闘不能にして捕まえたら勝ち。逆に君たちは僕の体のどこでもいいから掠り傷を負わせたら勝ち! どうだい? 断然君たちに有利なサービスルールってやつだよ?」


「……待て、それはあまりにお前に不利過ぎる。何が目的だ? それとも……俺たちを舐めているのか?」


 フェインが思わず問い返す。サキルたちも同様の疑念を抱くが、今は交渉の場を乱さぬよう黙していた。


 なぜタシュアは自分に圧倒的に不利なルールを提示するのか。もしそれで勝たれてしまえば、彼にとって何の利益もないはず。だが、もしルールを反故にされれば――勝利すら空虚だ。


「ぷっ、あははははっ! いやぁ、いいねぇ。そこまで考えてくれるなんて本当に君たちは僕好みだなぁ。もう疑い深いのなんのって、僕としてはこれまでの準備が報われるってもんだよ!」


 サキルたちの疑念を、まるで玩具を転がすように一笑に付す。その姿は愉悦に満ちており、もはや快楽の域にある。


「……こいつは、本当に何がしたい」


 サキルは内心で呻いた。ここまで読めない敵も珍しい。タシュアは目的も思想も語らず、ただ混沌と悪意を垂れ流すような存在だ。


「御託はいい。早く始めろ」


 フェインが言葉を遮る。


「まぁまぁ、焦らないでよ。最後に、どうしてこのルールにしたかだけ教えてあげようかな。深読みする必要なんてないよ、理由は単純」


 その目が細められ、口調は変わらぬまま、ただ言葉に込められた気配が一変した。


「君たち程度なら、掠り傷ひとつすら与えられないと思っただけさ」


 ――!


 その瞬間、場の空気が変わった。四人は無言のまま息を呑む。タシュアの言葉は揺るがぬ自信に満ちており、そこに込められた圧倒的な「力の実感」が、否応なしに肌を撫でた。


 いよいよ、本性が見えはじめたのか――。 


「はっ、上等だ。ナバ様に手を出したこと、そして“サービスルール”などというふざけた条件を提示したこと――そのすべてを後悔させた上で、葬ってやる」


「私は特に、ナバ様に手を出したことを強調しておきたいわ」


「僕も、絶対に許さないよ」


「ああ。作戦は、前に打ち合わせた通りで行こう。使う機会は少なかったが、今こそその時だ。あとは臨機応変に頼む」


 サキルたちにも、絶対に譲れぬ理由がある。

 駆け引きも、論理も、もはや関係ない。

 成すべきことはただ一つ――目の前に立つ悪魔を打ち倒すこと。それだけだ。


「準備はいいようだね。さあ、ゲーム開始だ」


 狂気に満ちた声音が、死を招く饗宴の始まりを高らかに告げた――。


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