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一枚の絵  作者: 今居一彦
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III. 開会冒頭の陳述

 翌朝、目を覚ますとすでに9時を回っていました。いつもは早く起きるのですが、いつ雨になってもおかしくない曇り空に覆われた静かな町で、私は死んだように深く眠っていたようです。しばらく仰向けで目を開けたまま外の景色を見ていましたが、起き上がるとすぐに身支度をして、買っておいたパンをかじりながら、集会所へと向かいました。

 

 集会所には、すでに数十人ほどが集まっていました。部屋の中央には会議用の大きな円卓があり、数名が席についていました。その他の人達は、周りを取り囲むように配置された椅子に座っていました。円卓の人達には個々に水が用意されていて、身なりもしっかりしているところを見ると、この会のために特別に招待された人達だろうと察しがつきました。

「どうぞご自由にお座りください」とどこからか声がしたので、私は入り口付近の椅子に座りました。運営係りと思われる人が、参加者に紙を配って回っていました。私も一枚受け取り、見るとあの絵の写真を印刷したものでした。

「えー、それでは、そろそろ時間になりましたので始めさせていただきます」と、部屋の一番奥で円卓の席についていた女性が立ち上がりながら話し出しました。昨日掲示板の横で拡声器を持って話していた町の職員と思しき女性でした。「この度は、わざわざこのような会にお集まりいただきましてありがとうございます」

 円卓についていた人達は、一斉に眉をひそめ、あからさまに女性の方を睨みつけつける人もいれば、うつむいて目を閉じている人もいました。「わざわざこのような会」というネガティブな言い回しが気に入らなかったようでした。しかし女性の方も、これもまたあからさまに、いかにも煩わしさそうな事務的な開会宣言をしたことに、何も臆することはないと言わんばかりの不敵な無表情を貫いていました。

「昨日もお伝えしましたが、今回の絵の騒動につきまして、上層部および本庁に再度確認しました。結果としては『何も関与していない』とのことでございました。ということは、これまでも皆様からも多く意見のございました通り、ただの悪戯と考えてもおかしくないわけでございますが、ここにこうしてご出席いただきました芸術振興会の方々の強い意向によりまして、また、今日は不在にしておりますが、町長もそれに賛同する旨を確認いたしましたので、これよりこの絵についての意見交換および取り扱いの検討を始めさせていただきたいと思います」

 いかにも仕方なく開催するという雰囲気を全面に押し出している様が、部外者の私にもすぐに伝わる話しぶりでした。

「まずは着座いただいている振興会の方より意見をいただきたいと思いますが、周りの皆様も、随時意見などありましたら発言いただいてて構いませんので、遠慮なくよろしくお願いします」と言うと、女性は着席して水を少し口にしました。そして、誰から話すのかと確認するかのように、円卓の人達の顔を見回しました。

「それでは、芸術振興会を代表してまずは私から一言申し上げます」と、真っ先に発言したのは赤いスーツに濃紺のブラウスを着た女性でした。「まず、この度は私共の要望を汲んでいただき、このような場を設けていただいた町長にお礼を申し上げます。そして早速ですが、結論から申しますと、私共はこの絵を非常に高く評価しています。紙質、絵の具、構図、色合いなどどれをとっても一級品です。決してただの悪戯とは思えない作品です。ぜひとも、この作者に名乗り出ていただきたいと切実に願っております。ですので、作者が現れるまでの間、引き続き掲示いただくことを強く希望しますが、もっと言わせていただくと、風雨に晒されている状態では作品の劣化が懸念されますので、できれば美術館に移送して適切に保管するのが最善かと考えています」

 この町に美術館なんてあったのか、と周囲からささやきが漏れ聞こえました。

「一級品とのことですが、具体的にどこがどう一級品なのか説明いただけますか?」と職員の女性がすかさず口を挟みました。

「先ほども申し上げましたが、まず、紙が違います。このあたりではそう簡単に手に入らない高級品が使われています。絵の具もそうです。特殊な顔料が使われています。私共はプロですから一目でわかります」

「つまり、なんていうんですか、画材ですか?画材がいいというだけですか?」

 職員の皮肉った質問に、赤いスーツの女性は、悪い物を食べてお腹を壊したときのような歪んだ表情をしました。「いえいえ『まずは』ということでお話しただけであって、最初に申し上げた通り、構図や色合いといった様々な観点からも一級品とみています。その点については、ここにいる会員メンバーも皆、意見を同じくするところです」と言って、他のメンバーの発言を促すように目配せをしました。しかし、そもそもその目配せを見ていないメンバーもいたためか、すぐにフォローする人はいませんでした。少し気まずく思った赤いスーツの女性は「メンバーは常にそれぞれの専門的な見地から作品を評価しています。今回の絵についても同様に、それぞれの見方がありますので、その辺をご紹介させていただきたいと思います」と言葉をつなげると、メンバーの顔を覗き込み、再び催促をしました。

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