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一枚の絵  作者: 今居一彦
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II. 池の淵の老婆

 広場に向かう途中、公園の池の淵に一人の老婆が佇んでいるのが目に止まりました。魚に餌を蒔いているように見えましたが、ひと気のない公園の中で、老婆があまりに寂しそうに見えました。私は思わず近づいていき、池を覗いてみました。でもそこには魚は一匹もいないようでした。他にも生き物らしきものは見当たりません。私は不思議に思い「魚はいないようですね」と老婆に尋ねました。

 老婆は何も答えませんでした。まるで私がいることすら気がついていないかのようでした。私はもしかしたら耳が遠いのかと思い、今度はもっと大きな声で話しかけようとしたところ、老婆は急に振り向いて言いました。


「自分が蒔いた餌を、一つでも見つけて食べてくれる魚がいれば、それは幸運なことだよ」


 その声は低くしっかりとした声でした。私はどう返事をすればいいのかわからず、しばらくただじっと水面に散らばった餌が漂うのを黙って眺めるしかありませんでした。老婆は私にその言葉を告げたことで、あたかも自分の役割を終えたかのように翻って池の淵を離れると、静かにゆっくりと去っていきました。私はただその場に立ち尽くし、老婆の後ろ姿を見送っていました。そして気がつけば、無意識に老婆の言葉を何度も頭の中で繰り返し唱えていました。


 遠くでカラスの鳴き声が聞こえました。私はすでに視界から消えた老婆の残像を掻き消すように振り返り、また広場に向かって歩きだしました。

 

 掲示板の前には、まだ人集りができていました。私ももう一度絵をよく見ようと思いましたが、まだあの老婆の言葉が耳から離れず、集中して見ることができませんでした。そのとき、ふと絵の横に一枚の貼り紙を見つけました。何か書いてあるようでしたが遠くてよく見えないため、私は人混みに押し入って少し近くまでいきました。そこにはこんな内容が書かれていました。


「町民の皆様へ。明日午前10時より、臨時の集会を開催し、この絵の取り扱いを決めることといたします。公開の意見交換の場としたく、希望者の方は集会所へご参集ください。芸術振興会」


 特に予定もない私は、その集会を見に行くことを決断するのに何の迷いもありませんでした。それから、近くのレストランで適当に夕食を済ませてからホテルに戻ると、旅の疲れからか、その日はすぐに眠ってしまいました。

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