#9 結成・エンジェルフェンチーム
渡とニャンコ、シャーロックが親交を深めていた頃、床に寝かされていたリオが目を覚ました
「……!」
飛び起きたリオは一気に玄関口まで退く。
「何したのよッ!」
リオがもう一度救済戦線を開き、シャーロックと一対一で向き合うと拳を突き立てて戦闘態勢を取る。が、すぐによろけて膝を付く。それと同時に救済戦線も解除される。
「無理だよ。僕の柔術は体の筋肉を麻痺させる」
そう言いながらシャーロックはリオに近付く。対してリオは彼女を睨みつけながら殴りかかる。が、その拳は空振る。リオが気付いたその時にはシャーロックは消えていたのだ。辺りを見回すがどこにもいない。
「どこに…行ったのよあの青マント!!」
リオは怒りに身を任せた怒号の後、救済戦線を解除する。先程も見た渡の部屋。そこにはニャンコと渡と、シャーロックがいる。
「青マント!? 何故ここに!?」
戸惑いを隠せないリオだったが、それよりもシャーロックに対する戦意が先行する。
「青マントぉぉぉぉぉぉおおッ!!」
一心不乱に飛び出すリオだったが、途端に足が動かなくなる。なっ、と息を吐く様な声が漏れる。
床に突っ伏したままのリオは未だシャーロックを睨み続ける。
「もうしばらく君は動けない。僕の話を聞いてくれないか」
シャーロックの言葉も激昂しているリオには届かない。以前として無理に体を動かそうとしている。渡とニャンコは戸惑いながら顔をしかめる。
――
それから数時間経った。何とか部屋の扉を修復し終わった渡らは再びリオの説得を試みる。
しばらく騒いでいたリオだったが今は疲労からか落ち着いている。説得をするならチャンスだろう。
「リオ・ベリー・フュンフと言ったね。少し話を聞いて欲しい」
「…何の用よ」
依然としてリオはシャーロックに敵意の視線を向ける。ニャンコと渡もまあまあ、と仲介に入るが、やはり睨まれる。その獣の様な眼光に二人は萎縮してしまう。
「エンジェルフェンとエルフェンと言えどもこのうろたえ様、反吐が出るわね」
「そう言っている所悪いんだけど、君には救済戦をしないで欲しいんだ」
「―――は?」
シャーロックは何とかリオに自分の目的と思いを話す。
それを一通り聞いたリオはそう、と言って溜め息を溢す。
「アンタの願はそんなちっぽけな物だから良いじゃない。そこのツインテ緑だってきっとそうでしょ。
どうせつまらない願。私は違う。私の果たす願はそんな物じゃない」
先程とは全く異なる眼差し、それは敵意と言うより、リオの戦いに込められた”覚悟”を垣間見せる目だった。
その目に対してはシャーロックも何も言えない。ただ押し黙って頷いた。
「私のエルフェンの願は、誰よりも強いわ。それは全てのエンジェルフェンを薙ぎ払ってでも叶える位にはね」
「アンタ達はすぐに願を捨てられるから良いわよ。都合の良い話ね。でも…エンジェルフェンの力を本当に望んだ人間だっているのよ」
そう言うと、リオはすっと立ち上がる。やっと回復した彼女にニャンコとシャーロックは戦闘態勢を取る。が、彼女は何もせず、ただ二人に背を向けて玄関へ歩き出していく。
「ちょっと待って」
帰ろうとするリオを引きとめたのは、渡だった。リオが振り向いた頃には渡は冷蔵庫の前で少し強張った笑顔を見せている。
「プリンだけでも食べてってよ。折角だから」
「もしかして懐柔のつもり? 言っとくけど私は―――」
玄関を上がり前のめりになりながら渡へ近付くリオ。彼女が何かを言おうとしたその言葉を遮って渡は冷蔵庫からプリンを取り出して言い放つ。
「焼きプリンなんだけど」
リオの動きが止まる。その眼光は鋭く、獲物を察知した”ハンター”の様だった。
ヒッ! と情けなく叫び声を上げた渡は思わずその手から焼きプリンを手放してしまった。それによって重力のまま落下する焼きプリン。それをすかさずリオはキャッチする。玄関からここまでそれなりの距離はあった筈だが、その間を行くまでが目に見えなかった。それ程の瞬足を見せたのだろう。それより注目するのは、リオの焼きプリンへの執着である。
”プリン”と聞いた途端こちらに引き返し、焼きプリンと知ってからはさらに恐ろしい程の眼光で歩速を速めた。そして、今彼女は焼きプリンを手にして、最上級の興奮を見せている。
「……それ、好きなんですか?」
ニャンコの問いにリオははっとした様な表情を一瞬だけ見せると、ニャンコの方を向いて頷く。平静を装っているが、その高揚の程は一目瞭然である。
リオは焼きプリンを食べたそうにしているが、渡はそれを取り上げる。リオはあっ、と声を漏らして去っていくそれを眺めている。
「僕達に協力してくれるならこの焼きプリンをあげよう」
冗談半分で渡が言ってみると、リオは口元に手を当て、視線を落として悩んでいた。
(悩むんだ…)
(悩んじゃうんですか…)
(悩むんかーい!?)
リオの動向を見ていた三人が心の中で突っ込む。まさかあれほど崇高な意思を持っていたと思えたリオが焼きプリン一つでその気持ちに迷いが生まれるとは。
未だ彼女は悩んでいる。マジかよ。と、渡は突っ込みたい気持ちを押さえ、彼女をこちらへ協力させる言葉を並べる。
「いやー、この焼きプリンも賞味期限があるからさー。ね? 早く決めないと食べちゃうよ。ね?」
リオは額から汗を垂らしながら思考している。恐らくこれが究極の選択と言う物なのだろう。
そして、しばらく悩み続けた後、リオが口を開く。
「私はアンタ達に協―――」
と、リオの携帯の着信音が鳴る。リオはそれに出て、ええ、と何度か呟くと携帯を閉じる。
「呼び出しよ。じゃあね」
そう口早に言ってリオは急いで渡の部屋を後にする。
「…惜しかったなァ!!」
渡が悶えながら叫ぶ。あともう少しでリオと協力関係が築けたのに、と。
「ところで、何故リオと協力関係を結ぶのですか?」
「ん? ああ、だってあのエンジェルフェンさぁ、家知ってるじゃん? いつ攻撃されるか分からないから、こちらに引き抜いとくのが吉かなーと思って」
ニャンコの何気ない質問に渡は頭の後ろで腕を組みながら答える。が、ニャンコはリオが仲間になってから裏切る事が無いのかと問う。それを言うと渡は体を硬直させて引きつった笑みを浮かべる。
「兎角、今はその事を度外視して彼女の協力を仰ごう。それが僕達の当面の目標だ」
「その為に彼女の居場所を探る事となるよ。彼女のエルフェンとも交渉がしたいしね」
シャーロックがまとめ上げると、二人はこく、と頷いて了承する。
「よーし、それじゃあ―――エンジェルフェンチーム、結成だ!!」
渡が言うが、二人は反応せず、そうですね、そうだね、とたった一言だけだった。
「エンジェルフェンチーム…結成なんだからね」
悔しそうに渡が呟く。