#8 渡とシャーロック
「うーん……?」
渡が目を覚ます。いつの間にかベッドに突っ伏して眠っていたのでそれはもう気絶かぁ、とあくびをかきながら考える。と、目を開けた先には談笑するニャンコと、シャーロックがいた。
「ニャン、コ?」
渡の細々とした呼び声に気付きニャンコが振り向く。渡はベッドから起き上がるとシャーロックの方へ視線を向ける。
「君も、エンジェルフェンなんだろ?」
「ああ。僕はシャーロック・ベルベット・ドライ。よろしく」
シャーロックは笑顔で右手を差し出す。渡は得体の知れない彼女に対して、渡は疑念のこもった視線を向ける。が、先程ニャンコと彼女が仲睦まじく話していた事を思い出す。
「えっと、もしかして君はニャンコ…ニァンと知り合いなの?」
そうだよ、とやはりシャーロックは悠々と答える。ニャンコもそれを裏付ける様に頷く。
渡はニャンコの様子を見てほっと胸を撫で下ろす。シャーロックと名乗るエンジェルフェンがニャンコの敵では無い事は信用する事にした。
「オーケー、敵対する感じでは無さそうだね。僕は雨鵜渡。無論ニャンコのエルフェンです」
「うん、よろしく、渡君。ところで”ニャンコ”ってニァンの愛称かい?」
ああ、と渡が気の抜けた返事をする。それを見てシャーロックは怪訝な表情をする。
「渡君……何だかニァンと打って変わって、何だか腑抜けた人なんだね」
直球過ぎる彼女の言葉に渡はショックを受け、胸を押さえてうずくまる。
「いきなりどうしたの、シャー、ロック……」
「いやね、君はどうやら少年だ。故に経験も浅くあらゆる意味で”若い”事は分かる。だけど、君はエルフェンだ。自らの願を誰かに委ねた責任がある。それを君が認識している様子が見られないから腑抜けていると言ったんだ」
シャーロックの言葉が渡の心に重くのしかかる。まさか初対面の人物にここまで言われるとは夢にも思わなかったな、と渡はやはり心を傷めながら心の中で呟く。だが、彼女の言い分は非常に正しい。だからこそ痛烈に響く。けれど渡はそれだけでは屈しない。
「うーん、確かに僕は腑抜けてるってのは認める。腑抜けだ腑抜け。でもね、僕だってこの救済戦の事を何も考えていない訳じゃない、君の考えを聞かせて欲しい」
渡が静かにそう言うと、ニャンコがあっ! と口を挟む。先程保留にしていたシャーロックの”目的”についての事だった。ニャンコはシャーロックの目的を渡に簡潔に伝えると渡はうん、と頷いてシャーロックの方を見る。
「…ニァンが説明した通り、僕は人間はエンジェルフェンに頼らず願を叶えていけると思っている。だからこそこの戦いを止めようと思っている」
シャーロックの考えるその意志は、エンジェルフェンであるニャンコでは理解が追い付けなかった。が、自分の願を、幸せを知りたいと願う渡には、その意味が十分に理解出来る。
そして、彼女の目的の意味を知った渡は、微笑んだ。
「優しい願だね、シャーロック」
「優しい…願?」
呆気に取られた表情でシャーロックが復唱する。自分の目的は自分の為に遂行される物、と思っている。が、その目的を渡は”優しい”と言った。優しいと言うのは、他人から言われる、他への思いやりの言葉。自分の為と思っていた事が優しさなのか―――。
「僕は誰かの為に行動を起こしているつもりは無い。それでもそれは誰かの為の行動と相成った…つまり優しさと、そう言うのかい?」
「誰かの為にとか関係無しに君の願が、行いが既に誰かの為になっている。それが優しさなんだ。人間代表としてシャーロックに感謝するよ、ありがとう」
渡はそう言うと満面の笑みを見せる。
「やはり、僕も人間の事は良く分からないん、だね」
シャーロックは何だか人を見誤っていた気がして、申し訳無さと悔しさに顔を下げる。が、渡はそんな彼女の肩を軽く叩く。
「気を落とさずとも、シャーロックの考えは間違って無いから。誇って良いんだから! ね?」
「僕も、エンジェルフェンに願を肩乗せしてしまったエルフェンだけれど、僕の願は僕が叶えてみせるから……だから願の為に誰かを傷付けさせる事はしない」
渡が決意を込めた笑顔で語り掛ける。その目には炎が灯っている様だった。
「渡君…僕は君を勘違いしていた。腑抜けているなんて言って済まなかった。君は僕と同じ意志を持っている、と思う。だから、僕のこれからの行動にニァン共々協力してくれるだろうか?」
「僕は是非そうしたい。けれど、僕はニャンコの意見も尊重したい。どうかなニャンコ、シャーロックと協力すると言う事はこれから僕の願の為に君は戦わないんだ。救済戦を捨てる事になる。どうする?」
渡とシャーロックの視線がニャンコに向けられる。ニャンコは少し目を泳がせたが、すぐに目線を二人に合わせ、大きく頷く。
「私はこの救済戦の意味を知りたい。その為に、多くの事を吸収しなければなりません。その糸口に、渡とシャロは、なってくれると―――信じています。私の願、が為に、二人と共に行きましょう」
「おっし、決まりだな! 改めてよろしく、ニャンコ、シャーロック!」
渡が両手を合わせて打ち鳴らし、音頭を取る。それに対して二人も応える様に返事をする。
「それより驚いたよ渡君。君はエルフェンになって間もないだろうに、そこまで言い切るなんて」
シャーロックの感嘆を込めた言葉に渡はいやぁ、と照れながら口を開いた。
「僕の願は”幸せになる事”だ。だから自分が幸せになる為にはどんな事をすべきか常に考えている。直情的でいっつも今の事しか考えていないけれど、本当に自分が幸せになる為にはまず行動をするべきなんじゃないかって考えてる。それで、今回の場合は戦うか戦わざるか。僕は自分の願の為に誰かを傷付けたくない性分でね。ニャンコが傷付かない道を選んだって訳」
少し早口になってしまった為少々恥ずかしがるが、渡は改めてそれが自分の道なんだ、と思った。
「とにかく、僕はこんな突拍子も無い出来事も受け入れる寛容さとオカルティズムを持っているからね!」
先程までの台詞を帳消しにする様な発言と高笑い。ニャンコは釣られて苦笑いしつつも渡は”そう言う”人なのだろうと思った。
自分の正しいと思う道を信じて生きているけれど、それを素直に表せないのでしょうか―――。
ニャンコはふとそう思いながら苦笑いを続ける。