#7 緑の異端児
人の願を叶える為に戦うニャンコと、その願の為に戦う救済戦を阻止するシャーロック。
二人の持つ思いは、それぞれエンジェルフェンたる無機質な”目的”を越えていた。人間の様に強い感情を抱く彼女らは、その気持ちをぶつけ合った。戦いでは無く言葉によって。
「―――否定は出来ない。僕を呼んだ人々の願を矮小だと思ったさ。故に僕は問うた。僕の戦いの意味を、そして知ったんだ。人は僕らがいなくても自分の願を自分で叶えられると」
「だから、真実を求めて僕は様々な場所へ行った。そこで出会った大半の人々は自分の願を他人に叶えて貰う事を良しとしていた。でも、その中には、自分の力で叶える願を尊ぶ人がいた」
自分の力で叶える願…。ニャンコはその言葉に何か表現しきれない複雑な感情を覚えた。
「僕は自分の願を自ら叶える人達に出会っては”何故?”と聞いた。彼らはその後、決まって答えた。”その方が幸せだ”と」
「幸せ……!」
その言葉を、ニャンコは前にも聞いた。無論、渡の口からだ。彼も幸せについて語っていた。幸せになるのが願だと、言っていた。
もし、シャーロックの言う事が本当ならば、渡が本当に幸せになるには、自分で叶えてみせる事が必要なのでは無いだろうか。だがしかし、とニャンコの心の中で一つの反論が生まれる。
「では自分の願を誰かに叶えられた人はどうだと言うのです? その人達だって願が叶った事に変わりは無いのでしょう?」
ニャンコの問いに対してシャーロックはまたも待ってました、と言わんばかりに余裕のある表情で答える。
「そう思って僕が出来る事の範囲で人の願を叶えてみたんだ。例えば探している人の捜索、食べたい料理をご馳走する、仕事を休む、とかね。人探しはまだ良かった。一度叶えればそれで万事解決さ。でも、料理とか仕事とか、そう言った簡単な願はどうだったろう。また願うのさ、同じ願をね」
まるで狂言回しの様に道化た口振りのシャーロックとは裏腹にニャンコは口元を押さえて目を丸くしている。
「ではもしシャーロックが勝ったとしてもそれによって願が叶ってもまた、願う……事になりますか?」
「その通り。君は聡明だね。すぐ察してくれる。…とにかく。この状況、不毛だとは思わないかい?」
シャーロックが語るのはもし自分が勝ってもエルフェンの願によっては自分、そして他のエンジェルフェンの犠牲の意味は、”ゼロ”になるかも知れないと言う事だった。
「私は、自分のエルフェンの願がその、不毛? なモノとは思っていませんが、人の願とはそんなに軽いモノ、なのですか?」
「全てが軽いとは言わないけれどそうである事もあるのさ。だから僕は言ったんだ、”傲慢”だと」
成程、とニャンコは呟き、ゆっくりと目を閉じる。シャーロックの言っている事が本当なのか嘘なのか今の自分では判断がつかない。彼女は今までの言葉を真実としているが、自分も同じ考えに辿り着くのかは到底分からない。今彼女の話を聞いても飲み込める事は非常に少ない。しょうがない、とニャンコは溜め息を吐く。
「私のエルフェンが起きるまでその話は保留にしましょう、シャーロック。今度はあなたの能力についてお聞かせ願います」
そうだったね、と苦笑しながらシャーロックは肩をすくめる。
「目的について話し過ぎた。今度は能力か。簡潔に話そう」
そう言うとシャーロックは先程のお茶を飲み干す。どうやら喉が渇いていたらしい。ただ、話を区切って飲むよりはニャンコが溜め息を吐いている間にでも飲んで欲しい、とニャンコは思った。
「僕の能力は”他のエンジェルフェンの発生させた救済戦線に入る事”。通常救済戦線はそれを発生させるエンジェルフェンと、そのエンジェルフェンが指定したエンジェルフェン、そして双方のエルフェンのみがそこへ入る事が可能だ。当然それ以外の者は立ち入る事は出来ない」
「が、僕の能力ならば、そこに入る事も出来るし、なんだったら救済戦線の発生している場所を探知出来る」
成程、とニャンコが顎に手を当てて唸る。救済戦線への進入。確かに先程のリオとの戦闘に介入して来られたのも能力あっての物とするなら辻褄が合う。と、シャーロックがただ、と話を続ける。
「僕の能力はただそれだけ。救済戦に割って入るしか無い。故にそれからの戦闘とかは自分の力でこなすしか無いんだ」
苦笑しながら説明するシャーロックにニャンコは怪訝な表情を見せる。
「何故そこまで、自分の事を教えるのですか? 私があなたと戦うならば、あなたは不利になるのですよ?」
懐疑するニャンコに対して、シャーロックは目を閉じてふふ、と鼻笑する。その挑発的な態度にニャンコは何がおかしいのですか! と怒号を浴びせた。彼女の何もかも見透かした様な姿勢にニャンコは怒りを見せる。が、それは同時に羨望でもあった。シャーロックは、自分の知らない何かを、自分の持っていない何かを持っている様だったからだ。
「……君は―――」
「私は、色んな事を知りたい。エンジェルフェンとは、エルフェンとは、救済戦とは……自分の事なのに知らない事が多過ぎます。それが私には耐えられないのです!」
先程の微笑とは一転してシャーロックは面食らった様な表情を見せる。ニャンコの心からの叫びは、もう”願”と呼んでも過言では無かった。
エンジェルフェンでありながら願う―――。
シャーロックは彼女の思いに心打たれた。
「シャーロック。あなたは私の知らない事を沢山知っている・・・それが悔しいと思ってしまったのです」
まるで人の様な事を言うニャンコにシャーロックは興味が湧いて来た。エンジェルフェンとして自分は異端だと思っていたが、等しく異端な存在が、目の前にいた。
「僕だって知らない事はあるさ」
シャーロックが悔しがる様に呟く。一方ニャンコは首を傾げる。
「……君の名前」
あ、とニャンコは口漏らす。確かに自分の紹介をしていなかった。そう思ったら何か笑えて来た。
「ほら、君だって他人の無知を笑う」
「そんな!? 馬鹿にしている訳では」
ははは、とシャーロックが笑うと、ごめんごめん、と今度は軽く謝罪する。
「その笑いは、きっと誰かに自分の知っている事を教えたい笑いだ。人間の様に言うならば、”好奇心”と言う物だ」
「好奇心……」
「そう。僕達はお互いエンジェルフェンならざる好奇心を持って呼ばれ出でたエンジェルフェン、なのかもね」
前のめりになって言い放つシャーロックの言葉に次第にニャンコものめり込んでいく。ああ、これが”知る”と言う事なのか。”知りたい”と言う事なのか。好奇心と言う言葉として紡がれた自分の気持ちが、何だかとても気持ち良い。
「―――ニァン・クォーツ・フィーア、です」
ニャンコが少しはにかんで自分の名前を言う。ニャンコの名前を初めて知ったシャーロックは微笑みながら右手を差し出す。ニャンコもそれに応えて右手を出し、握手を交わす。
「よろしくお願いしますね、”シャロ”」
「シャロか……気に入ったよ。よろしく、ニァン」
二人はただ、見た目通りの少女らしく笑う。