#6 蒼い探偵
少年、雨鵜渡は”救済戦”初戦の相手であるエンジェルフェン、リオを何とか撃破した筈だったが、再起する。その時、空から謎の人物が飛来してくるのであった。
まさしく探偵、かのシャーロック・ホームズが着用していた様な姿形のコートと帽子、茶色いショートヘアーに青いメッシュの入った少年の様な風体をした少女。ホームズと異なるのは彼女のその服装が濃い青色を基調としている事だろうか。
渡は突然の事に開いた口が塞がらない。が、一方のリオとニャンコ、二人のエンジェルフェンは二人の間に入る様に降り立つ青いコートの少女に対して何ら違和感を覚えず、冷静に戦闘態勢を取る。
「救済戦線はその場に居合わせたエンジェルフェン二人とそのエルフェンが来たる場所…どうやってここに来たのかは分かりませんが、何のつもりですか?」
ニャンコが本を手元に配置し、青いコートの少女を睨む。が、彼女は両手を上げて戦う意思が無い事を示す。その姿にリオははぁ? と息を切らしながら叫ぶ。
「二人共そう敵意を向けないで。僕は君達の戦いを”止めに来たんだ”」
余裕の笑みでそう語る少女は舌打ちをして突撃して来るリオの攻撃を華麗に受け流して彼女の腹に膝蹴りを加える。倒れるリオを支えながら寝かせて、少女は渡の方を見る。
「君は、エルフェンかい?」
少女の問いに渡はゆっくりと頷く。
「その様子だと君はそっちの小柄なエンジェルフェンのエルフェンだね?」
またも少女が余裕そうな顔を見せる。と、白い世界が解除されて、渡の自宅に戻る。
「おや、この救済戦線を開いたのは倒れた彼女だったか。まあいいや、君達の方が話は聞いてくれそうだし」
少女がズボンの埃をはたき、座ろうとしているので渡がそそくさと座布団を出す。その様子に少女は感嘆しながらありがとう、と言って腰を下ろす。その姿を見て渡はリオとはまた違った、理性的なエンジェルフェンなのか、と合点が行き少し緊張がほぐれた。
「……さっきから何も言えなくてもごめん、やっと気持ちが落ち着いたよ」
ゆっくりと呼吸をしながら渡がニャンコに謝罪する。ニャンコはいえ、と一言呟く。彼女はそれよりも目の前で正座をする少女が気になる様だ。
渡がリオに毛布を掛け、少女にお茶を出すと、ベッドに横になり、そのまま寝てしまう。
「渡? 寝て、しまったのですか?」
「どうやら力の使い過ぎらしい。君も動きが悪くなっていただろう?」
少女の推察にニャンコは過去の事を振り返ると確かに思い当たる。
「成程。あなたの推理、流石とお見受けしました」
ニャンコは関心しつつも、正体不明の少女への嫌疑は晴れない。ニャンコのそんな表情を見た少女はそろそろこちらの話をしようか、と微笑しながら言う。
「僕の名前はシャーロック・ベルベット・ドライ。ご想像の通りの探偵エンジェルフェンさ」
「探偵? 依頼を受けて事件やトラブルを調査する―――とにかく、あなたがその探偵、とは思ってませんでしたけど……」
ニャンコのツッコミの後、数秒程静寂が流れる。
しばらくしてシャーロックは咳払いをして話を続ける。
「あと説明するべき事柄は目的と、救済戦線に入った方法だね。整理して話そう」
シャーロックが先程渡に出されたお茶を一口飲むと、話を再会する。
彼女の語る目的。それは、救済戦を”止める事”。彼女のその目的にニャンコは絶句する。それは発言したシャーロックを含めたエンジェルフェンの存在を否定する事と言っても過言ではない。ニャンコはその事情について詳しく追求する。
シャーロックはそう言われる事を分かっていた様にそうだね、と返す。
救済戦を止める事とはすなわちエンジェルフェンの存在する意味そのものを否定する事。それを語るシャーロックは勿論自分の存在を否定していると言っても相違無い。しかし彼女はそれを平然と目的としている。
「何故。何故なのですか、シャーロック。何故あなたは救済戦を否定するのです」
「―――救済戦が”人に対する救済”では無いからだよ」
シャーロックの言葉にニャンコは思わずは? と口漏らす。救済戦は人の願を叶える戦い、すなわち人への救済では無いのだろうか。ずっとそう思っていたニャンコはシャーロックの推論に衝撃を受ける。
「人に対する救済では無いですって? では誰に対する救済なんですか?」
「それは僕にも分からない。ただ、人自身の力では無く、僕達エンジェルフェンの戦いによってその願を叶える……単刀直入に言うならば」
シャーロックが眠っているリオ、そして渡に視線を向けてから、再びニャンコの方を見る。その挙動をニャンコは不思議がりつつも、シャーロックの次の言葉を傾聴する。
「…傲慢な話だ」
シャーロックが眉間にしわを寄せながら言う。その表情は哀しみと怒りが混じった感情が読み取れた。
「僕とてこの世界に立ってまだ間も無いエンジェルフェンだ。けれど、僕が自分を”探偵”と名乗る限り僕は真実を追い求め続ける。その先にある物が例え今まで信じて来た事と異なっていても、だ」
「故に……僕が出会った真実が救済戦を否とするんだ」
シャーロックが救済戦を止めると決意するに至った真実。彼女はそれをか細く、かつしっかりとした声色で語る。
「人は自分の願を自分で叶えられる可能性を持っている。それを僕は知ったからだ」
「一体どこでそれを知ったのですか…そして、それがあなたの思う真実である理由を、お聞かせ下さい」
疑心に駆られたニャンコが問う。彼女にそのつもりは無くとも、その様子は尋問そのものだった。探偵と名乗るシャーロックが尋問される光景はやや皮肉的だが、それ故にかシャーロックの弁舌はいつもより働いた。
「これを知ったのは僕がこの世界に呼び出されて間も無く。三週間程前か」
「ここからは少し複雑な話になるけど…僕は誰かに呼ばれたエンジェルフェンでは無い」
ニャンコがは? と首を傾げる。まるで今言われた事が理解出来ていない様だった。
「戸惑うのも無理は無い。君にとってそれは常識から乖離した事象だろう。本来エンジェルフェンは誰か―――エルフェンによって呼ばれるのだから」
「だけど、僕は違う。僕は、世界中の人間の僅かな願から呼び出された”総意”のエンジェルフェン。一つの願の為に呼ばれたモノでは無い。その為僕が救済戦に勝てば不特定多数の人間の小さな願が叶う」
「でも、僕を呼ぶその願は、例えば仕事を休みたいとか、あの料理が食べたいとか、少しの行動で叶う願なんだ」
だから人の願を叶える戦いを止めると言うのですか―――。
ニャンコはそう脳裏で思考を巡らせた、筈だったが。いつの間にかそれは言葉に出ていた。
「否定は―――出来ない」
シャーロックは小さくそう呟いた。