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創造作(そうぞうさ)のエンジェルフェン  作者: テンペスティア
開幕・救済戦
20/22

#20 橘と剣咲

 雪奈とニャンコの救済戦がついに始まった。駐車場全体を救済戦線にする雪奈の能力と、自在に動く鎖。強大かつ計り知れない彼女のテリトリーにニャンコと渡は早々にして容易に手が出せない状況に追い詰められていた。


「ジュン、今の内に剣咲を探して欲しいんだ。彼の目的は君なんだろう? 僕らの事は良いから早く」


 シャーロックが橘の戦線離脱を促す。剣咲は橘を狙っているが、何故か雪奈をこちらに寄越した。しかも彼女は橘では無く他の面々を狙っている。考えられる剣咲の考えは、自分と橘の一対一の状況を作る事だろう。だとしたらいち早く彼らを対面させる事で状況の悪化を防げるのではとシャーロックは思索する。


「恐らく雪奈からの妨害はされないだろう。悪いが僕らは渡君を守るのに徹する」

「一人で行け・・・って事か?」


 橘が迷っている内にもニャンコらは雪奈の猛攻に圧されている。躊躇っている暇は無い。皆を置いていけない気持ちを押し殺して橘が飛び出す。


「とにかく俺が剣咲と話をつける! それまで皆、持ちこたえてくれッ!」


 彼の心からの願いに応える様に渡が雪奈を見つめたまま親指を上げてジェスチャーを送る。余裕の無い筈の彼が言葉無く贈る思いに橘は勇気を貰った。そしてただひたすらに走り続ける。


――


 しばらくして橘は息を切らし、駐車場の隅の方で立ち止る。表示によるとかなり奥の方だ。どれだけ走ったのか分からず、剣咲のいる痕跡も未だ見当たらない。

 体力が限界を迎え、頭も働かない。ただ彼らとの約束が橘を突き動かす。


「どこだ、剣咲・・・!」

「どこだ・・・」


 鬼の様な形相で膝から崩れ落ち、両拳をコンクリート製の堅牢な地面に叩き付ける。急がなければ渡達の命は無い。こうしている間にも―――。


「クソーーーッ!」


 闇雲に走り出した橘の脳裏に必死に戦っている皆の顔が浮かぶ。会って間も無い自分を信じてくれた彼ら。そして、リオ。彼女に戦う理由を問うた時の言葉を思い出す。


「アンタが願った希望を手に入れられるのは私しかいないのよ!」


 ああ、その通りだ―――橘はあの日の彼女の言葉に答える。


「リオ、今皆を救えるのはお前だけ・・・いや、俺とお前なんだッ!」

「どこだ・・・リオ!」


 その瞬間。橘の頭を駆け巡る様にこの場所の地形が流れて来る。突然の出来事に思わず頭を抱える。が、その情報の意味も伝わって来る。


「見えた・・・?リオの居場所、だ」


 エンジェルフェンとエルフェンの繋がりが引き起こした奇跡。一瞬の事ではあったがその場所は橘の頭脳に焼き付いた。ここから三〇〇メートル先の車、橘の愛車と同じカマロ。まさか彼女が車中にあるとは流石に思わなかった。

 すぐさま走り出す。情報が本当に彼女の居場所を伝える物なのかは確信出来ない。だが今はそれに頼るしか無い。体力の限界など忘れて無我夢中に走り出す。


 見えた、赤いカマロ。

 ナンバープレートまで同じ・・・妙な車だった。勿論自分の車とは違う物だ。こんな所に停車した覚えは無い。しかし車内は全く見えず、窓ガラスには自分しか映らない。


「こんなおかしな車、絶対ビンゴだろ」


 橘が口角を吊り上げ、不敵に笑う。そして固唾を飲んでドアを開ける。そこから眩しい光が差し込み、その明るさに思わず目を腕で覆った橘はバランスを崩してその光の中に入り込んでしまった。


――


 橘が気付くと、そこは辺り一面が真っ白な世界、救済戦線だった。


「奇偶だな。まさかあの赤いエンジェルフェンがお前のだったとはな」


 ひどくしわがれた声に橘がその声の方向を向く。そこには、旧来の親友・・・そして、敵の姿があった。


「―――剣咲ッ!」


 彼の姿を捉えた瞬間、橘は彼の服の襟を掴み彼を揺さぶる。


「雪奈を止めろ! 皆の命がかかってるんだ!」

「なんだよジュン。半年近くぶりの再開なんだぜ、挨拶も無しかよ」


 剣咲の飄々とした態度、そして切羽詰まった状況に橘は剣咲を思い切り殴る。


「ってぇ、何すんだよ」

「お前の狙いは俺だろ!? 俺はここに来た! もう皆の用は無い筈だ、雪奈が何もしなければ何もしない筈だ!」


 そんな事言われても、と剣咲が呟くと妙な笑みを浮かべて頭を掻く。

 剣咲の言葉が言い終わる頃には既に橘は走り出していた。ここのどこかにリオがいる。彼女を探し出してすぐにでも皆の元へ賭け付けなければ。リオの力が無ければこの状況は脱せない。


「リオ、リオ! お前の力だけが頼りなんだ! どこにいるんだよ、リオ!」


 橘の心からの叫びに呼応する様に頭の中に電撃が走ったかの様なイメージが湧き上がる。そのイメージがどんな物だったのか思い出せない。だが体が自動的に動き、再び走り出している。

 その先には、リオの姿があった。

 ―――が。


 白い地面に乱雑に突き刺さっている鉄骨に鎖で縛り付けられているのだ。

 見るも無残な姿な彼女に橘は言葉を失う。


「剣咲・・・リオに何をした?」

「泣きそうな顔をしているぜ、ジュン」


 未だ懲りずに悪態をつく剣咲の襟を千切れんばかりの力で引っ張る。


「お前が何を考えてるのか知らないが、今は人の命がかかってるんだよ・・・!」

「とにかくリオを離せ!」


 鬼の形相で迫る橘に萎縮する事無く剣咲が睨み返す。


「だったら…少しだけでも今まで俺がどれだけお前らに対して憎しみを抱いていたのかを考えてみてくれよ」


 剣咲は橘を振り払うと息を大きく吸い始め、雪奈の名を叫んだ。すると一瞬の隙無く雪奈が橘の前に立ちはだかる。


「エルフェン、ご指示を」

「あの男に一発食らわせろ」


 剣咲の命令に従い、雪奈は自らの指に絡む鎖を思い切り伸ばし、橘の左腕を打つ。避けられずに直撃した橘は勢い良く吹き飛び、体全体を地面に打ち付けて転がる。

 全身を打撲した橘が言葉にならない苦悶の声を漏らす。その鳴咽をまるでかすかに聞こえる音楽に聞き入る様に耳をすませる剣咲が気味の悪い笑みで頷く。


「とても良いメロディだぜ、ジュン。お前のギターよりも美しい…ハハハハッ!」

「良い気味だぜ全くよォ。俺を裏切ったお前が悪いんだよ」

「お、お…俺が裏切った?」


 あばらを痛め、腕でかばいながらも体を起こして橘が問う。いつの事だろうか、彼を裏切ったなんて覚えが全く無い。剣咲と自分との間に某かの齟齬があるのでは無いか。橘の脳裏にその可能性がよぎる。


「お、お前が病院からいなくなる前に……何があったんだ?」

「必死に聞くなぁ、忘れてる癖に一々癪にさわるぜ。まぁ良い、きっちり思い出して謝罪して貰わなくちゃあな」


 そう言うと、剣咲は以前の事を語り始めた。何故病院から抜け出したのか、橘を狙うのか。その理由を事細かに説明する。


――


 剣咲が病院から抜け出した日、橘がメンバー二人の脱退を告げてから少しの時間が流れた頃。

 フォーカードの”元”メンバー、神代からのメールが剣咲に届いた。件名なしの一通には目を疑う様な痛烈な文章が羅列されていた。そのメールによるとあの時の事故は橘が引き起こした事なのでは無いかと書いてあったのだ。

 根拠の無い暴論に苛立った剣咲はふざけるな、と怒りを込めた返信を送る。それから間も無く神代からの返信メールが届く。そこには橘が剣咲を突き飛ばす一部始終の動画が添付されていた。


 なんだこれ、と思わず口に出そうになったが喉から先に音が響かない。やはり声が上手く出せないらしい。その醜い呼気、携帯の画面に映し出される絶望的な光景。それらは剣咲の感情を歪ませるには容易だった。

 続け様に神代からの連絡が入る。この一部始終は自分が手づからその地域の監視カメラを管理している会社から買い取った物で、これを橘に見せる前に彼は消えてしまったと伝える。

 どうしてこんな事を? 剣咲の単純な問いに神代は淡々と答える。


 ”あの人は自分を置いて世界に上り詰める剣咲サンが憎かったんスよ”


 その一言で受けた衝撃は次第に憎悪へと変貌する。事の真実を問い質そうと橘に連絡しようとしたその時、神代からのメールの文字が異様な形へと変わり、形を何度も変えながら一文字一文字意味の成立する文章へと構築されていく。そして最後の文字が打たれると同時に他の文字化けが消え、一つの文章が完成した。


『あなたの願、叶えます。是か否かお答え下さい』


 そこに文字を打つ必要性など無かった。この奇跡が彼の答えを決した。


「俺は…アイツに復讐する……それが俺の願だ」


 先程の文字化けによってか携帯が故障し、着信音が鳴り続ける。それに気付いた医師や看護師が剣咲の病室に集まる。が、既にその部屋には立ち入れない。雪奈の鎖はその部屋の出入り口を完全に封鎖していた。


「エルフェン、貴方の望を」

「俺をここから連れ出せ。橘に気付かれない様にな」


 そうして病院にいた人間全ての記憶を”雪奈の能力”によって操作し、脱出した。あれから半年近くが経過するまでこの駐車場を根城にし退廃的な破壊を行っていた。目撃者の記憶は全て揉み消した。そんな”遊び”に飽き始めたその頃、橘がエルフェンになったと雪奈からの報告を受け、事を起こしたのだ。


――


「俺はお前にずっと復讐したいと思っていたよ。だが、そんな気持ちも何だか―――話してたら薄まって来ちまった。もう少し俺は遊んでいたいぜ」

「遊ぶ? いい加減にしろ剣咲! 一度でも俺に会いにくれば良かっただろ、俺に聞けば良かっただろ!? そうすればこんな誤解は…お前が間違った事をせずに済んだんだ!!」


 剣咲が口をあんぐりと開けて動かない。が、口角の辺りが次第に震え、死の間際の老夫の様な声が救済戦線に響き出した。


「分かってたさ、お前じゃないって。でも、もう、お前しか……お前しか憎めないんだよォォォッ!!」

「俺のこの苦しみはお前にしかぶつけられなかった。俺の怒りはどこにぶつけたって静まらなかった!」

「お前が・・・例えお前じゃなかったとしても…俺はお前を憎むしか無いんだよッ!」


 醜い鳴咽が、剣咲の涙と共に溢れ出る。橘に返す言葉は無かった。

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