#18 出発
ニャンコの能力によって拳銃を造った渡は彼女の力で救済戦線を開いてその力の程を試し始めた。
「ここが救済戦線…」
部屋全体が白く染まった異次元空間に橘は言葉を失う。
「早速だけどビーキューブ製拳銃の試射を始めよう」
渡の指示にニャンコが頷く。それに応じて渡が叫ぶ。
「拳銃を造る!」
その言葉によってニャンコの手に拳銃が握られる。無から生成されたそれは渡の体力を消費して生み出される。素材の材料として何が消費されているかは不明、それこそ人智を越えた神の世界の産物としか理由は語れない。
それはともかく、未だ謎の多いメカニズムの拳銃が造られた。先程よりも洗練された内部構造になった拳銃になるようイメージを高めた渡は複雑な顔だ。
「どうしたましたか、渡?」
「…エンジェルフェンとは言え女の子に拳銃を撃たせるってのはやっぱり嫌だからさ、言いだしっぺは僕なんだけど」
「銃の危険性は分かっている…とは言えません。私はここに来てからそう時間が経過している訳でも無く、本物の銃を見た事もありません」
ニャンコは自らの持つ銃口が真下に向けられた拳銃を見つめると、リロードし神妙な面持ちで誰もいない場所にゆっくりとそれを構える。
「ですが、今の私達には雪奈に対抗しうる力は持ち合わせていません…渡の知識から得た又聞きてすが、彼女は自らの生成する鎖を操作し攻撃する能力を保有しています」
「正直飛び道具でどうにか出来るとは思えませんが、やるしか無いのです」
そう言うとニャンコは、息を大きく吸って、呼吸を止める。それから一拍おいて、救済戦線にて白く変容したハンガーに掛けられた冬物コートの左胸を見事に狙撃する。距離はおおよそ三メートル。動体でも無いのでニャンコの銃撃能力が活かされる事は無い。だが、この試射はそれを見る為の物ではない。
一発射撃した拳銃をニャンコがセーフティを確認した後、マガジンを取り除いて内部を分解してテーブルに広げ始めた。
「やはり…バレルとストライカーに破損やひび割れが見られますね。材質に問題はありませんが形状に難ありです。可動時の干渉で亀裂が発生した模様です」
これ以上この拳銃を使用すると暴発する危険性がある。渡は破損箇所を確認すると、ニャンコにパーツらを消して貰う。
「もう一度…拳銃を造る!」
渡の言葉は現実となって再び拳銃が造られる。それを受け取ったニャンコはすぐさま先程と同じ場所を狙い撃つ。
「コートに恨みでもあるのか?」
銃撃音に耳を塞ぐ橘が苦笑を浮かべる。救済戦線における複製品とは言え自分の物だ。あまり気持ち良くは無い。だが渡はそれを気にも留めず、もう一度拳銃を分解したニャンコと共にパーツの破損確認を始める。
「今度は破損が見られませんね。もう一回射撃してみましょうか」
「まだ暴発の可能性が拭えた訳じゃないよ。ニャンコにもしもの事があったら僕らに勝ち目は無いしそもそもスゲー痛いじゃん」
渡の注意にニャンコが押し黙る。が、時間は限られている、例え危険があったとしてもそれを乗り越えられれば戦力はさらに向上する。だからこそニャンコは覚悟を決める。
「それでもやります。離れていて下さい、渡」
「でも―――!」
ニャンコが睨む。その決意の表情に渡は言葉が出なくなった。やらなくちゃいけないのは分かっている。だがニャンコを危険に晒す訳にはいかない。渡のその持論は矛盾していた。
例え今ニャンコが何もしなくても、結局戦いに行くのは変わらない。どうしたって危険なのだ。
この現状に立たされた時渡はやっと気付いた。救済戦の理不尽さに。
「残酷だよこんなの…何が嬉しくて自分達の願の為に女の子を戦わせるのさ! 一体誰がこんな事を考えやがったんだ!」
「―――ゼム」
シャーロックの一言に橘の視線がそちらに向く。
「ゼム!? ゼムって言ったか、今?」
「その名前しか僕達は知らない。けど…その存在が救済戦を統括すると言う事だけは分かる」
その情報のみを語るとシャーロックは首を横に振る。どうやら”ゼム”に関する他の事は分からないらしい。橘は何かを言おうとして、口をつぐんだ。
「そんな事よりも、私達が優先するべきは打倒雪奈です。このビーキューブの力を高めなければ」
ニャンコの高まる語気に渡は歯を噛み締める。
彼女を戦わせる事への疑念が頭をよぎる。渡が呆然としている中でも、ニャンコは訓練を続けていた。結果、拳銃が暴発する事は無かった。
――
「烈…剣咲は明日救済戦を行うと言っていた。今日はこの辺にして明日に備えた方が良い」
救済戦線とは言え部屋中を穴だらけにされた橘が息を飲んで言う。彼の言葉に嘘は無いがこれ以上続けるのは拳銃の耐久面、周囲の精神衛生面に関わるとして訓練の続行は望ましく無かった。
橘に言われるがままニャンコが救済戦線を閉じる。先程まで白く染まっていた空間から色彩を取り戻し、現実に戻って来た事を実感させる。しばらく色の無い場所にいた為か、渡はまばたきを繰り返す。長時間の救済戦はエルフェンの健康にも悪い事が実証された事を目頭を押さえる橘と共に実感する。
「今日は色々ありすぎて俺は疲れた。二階に四つ部屋があるだろうから何も掛けられてない所を使ってくれ。しばらく誰も使って無いがリオが掃除してくれたらしい」
それだけ言い残すと橘は部屋には行かず、リビングのソファに横になる。ソファに置かれていた毛布をニャンコがかける頃には彼はもういびきをかいていた。余程疲労が溜まっていたのだろう。それに、辺りを見回すと綺麗だが、橘の生活を鑑みるとここまでしっかりとした掃除を行う事は出来そうにも無い。
人の云々を詮索する嫌いがあるシャーロックは早速その悪癖を遺憾無く発揮させる。
リビングや他の部屋を見周り、何度も首を縦に振る。十分程経過してリビングに戻って来ると、彼女は少し微笑んでいた。その様子にニャンコと渡は少し気味悪くした。
「やはりリオ…彼女がこの邸宅を掃除していたみたいだ。掃除されたのは最近で、邸宅への来客は僕達が久しい様だった」
「私達以外でこのお家に立ち入ったのは、リオ…と言う事ですね」
二人の推測に渡は以前リオと会った時の事を思い出す。確かに彼女は律儀だったと今になってじわじわと理解し始めた。例えば、ベランダから入って来て靴は脱いで行ったり、交渉に応じたり…。
「助けよう、リオを」
ふと渡の口からそんな言葉が零れる。その強い声色は彼の決意を物語る。
「けど、二人を危険な目には合わせたくない! エンジェルフェンはエルフェンの願を叶える為にいるんでしょ。だったら僕の願が叶うまではちゃんといてくれなくちゃ」
シャーロックは渡のエンジェルフェンでも無ければエルフェンがいないと言う。その事を今更思い出して渡はあ、と気の抜けた声を上げて彼女を見る。間の抜けたその姿にシャーロックは溜め息を吐きながら肩をすくめる。
「今の目的は救済戦をしない、って事だ。平和に行こう」
「オーケー。ニャンコも、絶対に無理をしないで」
渡の懇願にニャンコは強く頷く。
――
瞬く間に夜は過ぎ、十一月十二日午前八時。ついにその日は訪れた。
各々の準備を済ませた一行が玄関に集う。
「よし…皆用意は良いか?」
ギターケースを背負った橘が振り向いて問う。各自返事をすると橘は扉の方を向いて、そのドアを開ける。
「出発だ……!」