#17 インターミッション
不敵に笑う雪奈の顔は、聖母の様に優しく微笑んでいる様にも見えたが、彼女に立ち向かうシャーロックにはそうは見えない。冷酷で、残忍で、例えるならば、地獄を這いずり回る鬼。
「ジュンに、会いたい?」
「ええ。明日の十四時。場所は―――」
ここで雪奈が言葉に詰まる。そうした途端、不敵な笑みを浮かべて橘を呼び付ける。それを聞いた橘は一瞬体を震わせた。
「何でアイツは俺を呼んでるんだよ!?」
「私も同行します。落ち着いて、冷静に彼女の言動と行動に注意して下さい」
橘と、それに同行するニャンコがリビングから玄関に移動する。
「俺に、用があるんだな……」
初めて橘と雪奈が対面する。
橘はリオと大して親交を深めた訳では無い。しかし、エルフェンとエンジェルフェン、そこには感覚で共有される通じ合いがある。橘はそれを”絆”と捉えている。少し照れ臭いしリオはそう思っている訳が無いとはしているが。
目の前の白装束はリオを傷付け、あろうことか連れ去った。それは橘にとっては―――
「絆を踏みにじった」
「え?」
橘の呟きに思わずシャーロックとニャンコが聞き直す。一方の雪奈はその言葉に何を思ったか少しだけ顔をしかめた。
「雪奈、って言ったな。これから何を言おうが俺は全力でお前に立ち向かう。そしてリオを取り戻す」
「ええ、ええ。橘ジュン様。貴方の怒りは聞き届けましたわ。故に貴方に伝えなくてはならない事があるのです」
雪奈の異常な程落ち着いた口調に橘は拳を握り締めて彼女を睨む。その眼差しに怯む事無く雪奈は話を続ける。
「向かうべき戦場はここより南、東京都品川区にあるマンション、品川シーサイドヒルの地下」
「その場所こそ橘ジュン様、貴方の友であった人、私のエルフェンが住まう場所です」
雪奈の情報に橘が目を丸くする。
「お前のエルフェンが……俺の、”友”?」
「それって―――」
橘の友と呼べる人物を思い浮かべる。想像出来る人物は数多といるが、何故だろうか。雪奈の顔を見ると一人しか断定出来なかった。
「烈か?」
剣咲烈。橘の所属していたバンドグループ「フォーカード」のボーカル。だった。
一年前に彼は声を失い、それと共に全てを失い橘の元を離れた。
何も言わずに失踪した剣咲、その別れは橘に大きな衝撃と喪失感を与えた。その心の傷を埋める様に現れたのがエンジェルフェン。ならば―――。
剣咲の元にエンジェルフェンが現れていたとしても過言では無い。そして雪奈の頷きがこの推測を裏付けた。
「その通り。私のエルフェンこそ貴方の友、剣咲烈様ですわ」
「やはり…か」
予感が的中した橘は即座に雪奈の発言を飲み込んだ。だが、その場に居合わせたニャンコはまるで狐につままれた様な表情を浮かべていた。
「剣咲烈って…橘さん、あなたの友って…そんな事ってあるんですか」
「何の因果だろうな…さて、それは神のみぞ知る、としか言い様の無い話だ」
「エルフェンもよもやと高笑いしておりました。現実は小説より奇なりとはまさにこの事」
玄関に集まっている一同が押し黙る。少しの間を置いて溜め息を吐きながら橘が雪奈に問う。
「烈がリオをさらって今更俺に何の用だ?」
橘の顔つきは険しい。雪奈のエルフェンが剣咲であると言う事実が状況を更に悪化させていると感じるからだ。何か自分にまつわる、救済戦とはまた異なる争いが起こると、そう感じ取れるのだ。
「用…そうでしたね。ええ、端的に言うならば、”復讐”です」
「復讐? 何故?」
「自分を裏切ったフォーカードが、そして貴方が許せない、とエルフェンはそう仰っていました」
雪奈と橘の繰り広げる問答。そこには感情が含まれず抑揚の無い言葉のぶつかり合いだった。しかし、それが返って橘の心に火を付けた。
「ふざけるなッ! 俺は烈の声を治す為にここまでやって来たんだぞ! そんな横暴な理由でいきなり戦えと言われたって馬鹿馬鹿しいとしか言えないだろッ!?」
「ですがエルフェンはそう仰っていました」
「そうかよ! 全てアイツの勝手じゃないか! 烈…いいや。剣咲のヤロー、話の前に一発ブン殴ってやる」
橘が今にも殴りかかりそうな形相で雪奈を睨む。一方の雪奈は怯む事無く彼の目を見つめる。
「ならば明日、先程提示した場所にてお待ちしております」
「望む所だ、例えお前が立ち塞がろうと剣咲にパンチを見舞ってリオを取り戻す」
その意気込みを聞くと、雪奈は冷たく微笑んでから軽く頭を下げると、夜闇の中に消えて行った。
彼女が去った事を確認すると、橘から体全身の力が抜け、体勢を崩して玄関の下駄箱に寄りかかる。
「ふーっ、死ぬかと思った……」
「大丈夫ですか、ジュン!」
「ジュン?」
体制を立て直した橘は心配そうに声を掛けたニャンコに問う。彼は実際名前で呼ばれる事が少なく、フレンドリーなニャンコに少し戸惑う。
「ニァンは人との接し方が面白くてね。良ければそう呼んで貰うのはどうだろうか」
「ああ、それは構わないが…面白いって……」
「それはともかく、一旦リビングに戻ろう。雨鵜君はどうしているのやら」
頭を掻きながら橘がリビングに戻る。と、いつの間にか渡は自分のノートパソコンを開いて何が調べている様だった。手元にはノートも置いてあり何かを書き殴っている。
「渡? こちらの話は終わりました。明日雪奈と戦います」
「ああ、聞こえてたよ。だからこちらも戦いに備えくなくちゃ」
会話している間にも渡はノートとパソコンから目を離さず、ノートにはどうやら絵が描かれている様だった。シャーロックがその内容を覗き見ると、銃を分解した図が精巧に描かれていた。
「渡君、それは?」
「ニャンコは銃撃に秀でている。まあゲームでの話だけどね。ただそれに賭けてみようかなって」
そう言うと渡はニャンコにノートを見せる。
「恥ずかしながら見て欲しいんだけども、少し僕の考えを聞いて欲しいんだ」
「ニャンコの使う能力は僕が望んだ物を作る能力。この能力を正しく発現させる為には僕の想像力が必要不可欠になるみたい。前にご飯を作った時は完璧だった。それは日常的に触れるからこその補正が掛かると思うんだ」
これらの話が憶測なのは渡が一番分かっている。だからこそ試してみる。
「ニャンコ、ビーキューブを」
渡の言葉に従い、ニャンコが大きな本型の端末、ビーキューブを発現させる。
「―――銃を、造る」
渡がそう言い放った瞬間、ニャンコの手に一丁の拳銃が握られる。渡から得られた知識を元に、ニャンコが拳銃を少しいじる。
「オーストリアのグロック社製、グロック17ですね。細部に異なる点がありますが、目立ちません―――!?」
ニャンコが鳩に豆鉄砲を食らった様な顔をする。ここまで細かく精密な機械を造れる事の凄まじさが能力を使うニャンコにはひしと伝わる。拳銃についての知識、ビーキューブの詳細を知らない橘はピンと来ず眉をしかめる。
「何が起こってるのか俺にはさっぱりなんだが」
「渡君の想像力は頭の中で銃を組み立てられるレベルって事だよ」
シャーロックの解説によって橘が状況を理解する。それに伴って橘の表情が急変する。
「何だよその才能は……」
「そう、才能。渡君の才能が今ニャンコの能力と組み合わさって堅牢堅固な一つの力となっている」
シャーロックが柄にもないしたり笑いを見せる。
「彼らなら…雪奈に勝てる!」