#13 リオのエルフェン…
少年、雨鵜渡は新たなエンジェルフェン、雪奈・魔月・アインの襲撃によって帰る家を失い、途方に暮れる。同居していたニャンコと共に寝床だけでもと街を彷徨っていたその時、二人はシャーロックと出会う。
彼女は家の無い二人に対して、リオのエルフェンを紹介するのだった。
渡の自宅があるのが東京都台東区の裏路地である。そこから駅までの徒歩、電車の乗降を経て一行が辿り着いたのは、東京都板橋区。全国交通網の要である首都高速道路も通るその土地の一角に大きな邸宅が構えていた。シャーロックが言うには、この豪邸こそがリオのエルフェンの自宅らしい。
「こんなトコにこんなおウチが……リオのエルフェンってどんな金持ちだよ」
渡が広い門をまじまじと見ながら呟く。それに同意する様にニャンコも返事する。
「僕が調べた所によると、彼は橘 ジュンと言う若い男性。その経歴は不明だけれど、彼は平日の昼過ぎでも家にいる事から職業は恐らくデスクワークかフリーター。今までの調査の限り彼が在宅している可能性は極めて高い」
シャーロックが”探偵”らしく調べ上げた情報を羅列する。それを聞いて渡に緊張が走る。
目の前にそびえる豪邸とまともに働かざるとも生活出来ると推測出来る事からその経済力の程が伺える。今までずっと慎ましい生活を送って来た渡には想像も出来ない。
だから、なのだろうか。渡は橘と言う人物に偏見ながら抵抗を抱いた。”鼻持ちならない”と言う表現の方が正しいかも知れない。
「なあシャーロック。その橘さんが一体どんな人物なのか全然知らないけれど…何だかあまり良い気持ちがしないんだ。金持ちってのがちょっとね……」
渡が親指で鼻の片方を押さえる。彼が金持ちを毛嫌いしている事がすぐに分かる。
「あの、渡。私はそのお金持ちと言う物が、お金と言う感覚が良く分からないのですが、渡がそう思う程お金持ちは嫌な人なのですか?」
ニャンコの問いに渡は首を横に振った。
「お金持ち、と言うかお金に対しての抵抗かな」
「―――この世界はお金が無いと生きていけないから」
渡が目を逸らす。その目は先程彼の父の話をしていた時と同じだった。
「僕と父さんはけして”成功”した家族では無かったから、僕はずっとお金を、価値を、生きる為の術を考えていたんだ。それが辛くて辛くて」
何故辛いのか、ニャンコはまっすぐな瞳で渡に問う。渡はこの話題が明るい話では無いので少し躊躇ったが、ニャンコの瞳に負けて、口を開く。
「お金を持っている人ならこんなに考える事も無かったのかな、って」
「お金が全てと言う訳では無いけれど、あると無いとでは人って違うから」
「でも、渡はお金が無くても、幸せそうですよ?」
ニャンコの一言に渡は鳩に豆鉄砲を食らった様な顔を見せる。
「僕が…幸せ……?」
渡はずっと、幸せになりたいと願って来た。今までの経験が渡を不幸にした訳では無い。だが渡は、生まれたその時から幸せを願っていたのだ。
幸せとは一体何なのか、その意味を理解する以前からその願を強く抱いていた。
自分が不幸とは思わない。だが―――。
”まだ幸せでは無い”と、そう思っていた。
「渡は、信頼出来るお父さんがいて、少なくても友達がいて、今自分のやりたい事をやれている。それは幸せな事だと思います」
「渡は”幸せ”になりたいからこそ私を呼んだ訳ですから本末転倒な話ではあるでしょうが」
ニャンコに諭され渡は押し黙る。
と、静寂を断ち切る様に渡らの眼前に構える門が開く。そこから姿を表したのは、長髪長身の男だった。
「人ん家の前で、何してんすか…?」
男の発言にシャーロックは辺りを見回す。門前の塀に監視カメラが設置されているのを確認すると、成程、と顎をさすった。
「橘ジュン、君は見ていた訳か」
皮肉とも嫌味とも感じ取れる含んだ彼女の言い方に長身の男、橘は怪訝な表情を見せる。シャーロックの詮索が逆効果となって相手の不信感を煽ってしまった。渡はそれを受けて聡明なシャーロックの失敗に驚きと呆れを覚える。が、事態はそれどころでは無い事を思い出す。何とか橘に事情を説明しなければいけない。
「あの、僕達は怪しい者ではありません! って、怪しいか……。とにかく、あなたのエンジェルフェン、リオが大変なんです!」
渡はそう言うが、内心自分が一番大変な様な気がした。エンジェルフェン、そして救済戦に巻き込まれ、流されるまま行動した結果が現状である。初対面の人に対しての言葉では無いな、と後になって反省する。
そんな渡に橘はそうか、と一言口漏らすと踵を返す。彼は自分達の話を聞き入れず無視していくのか、と一行は潰えた希望に肩を落とした。
「―――入って」
橘が振り返りながら呟いた。その一言に全員が注目する。
「立ち話じゃアレでしょ。さ、中に入って」
彼に先導され、一行が邸宅の中に入る。
――
「お邪魔、します」
細々しい声で渡が言うと、橘が少し笑った。
「そう緊張しないで、俺は”もう”特別じゃないんだ」
「もう? 前は特別だったみたいな口振りだね」
シャーロックが口を挟む。先程それで失態を犯しているので渡はあまり良い表情をしない。が、橘は話を続ける。
「去年の話になるか。俺はミュージシャンをやっててな。まあそれなりには多くの人から注目を浴びていた…だからこそ今、こんな事が起きているんだろうけど」
こんな事。そう彼が言い切ったのは恐らくリオ、そして救済戦にまつわる事だろう。
「ちょっと待って。何故ミュージシャンをやっていたら救済戦に巻き込まれるのさ? 君が憂いているのはエンジェルフェンの事だろう?」
シャーロックが問う。すると橘は口を押さえ、しばらく俯き黙る。
どの位経ったか、沈黙が続くと唐突に橘が口を開く。
「分かった。多分俺の話が先だ。去年の事を話させてくれ。そうすれば君達の問いも明確になるだろう」
橘はそう言うと過去を振り返りながら語り始めた。