#11 妖的な強敵
人の願を叶える天使、エンジェルフェン。彼女らの戦い、”救済戦”に巻き込まれた少年、雨鵜渡。
彼の日常は、その一件によって崩れ去って行くのだった。
ニャンコが出掛けてから眠ってしまった渡は、インターホンの音で目覚めた。
―――玄関の先に誰かがいる。
(ニャンコ? だとしたら直接上がって来るし…何か頼んでたっけ)
(待て、リオか…? まあ今回は上げてやるか)
そう思い立って渡は扉を開ける。
「こんばんわ、雨鵜渡様」
玄関を開けた先には着物の意匠のある純白のドレスを着た、美しい黒髪をなびかせる若い女性が立っていた。
奇抜な風体の女性に、渡は言葉を失う。
「……宗教はお断りでーす」
そう言うと渡はゆっくりとドアを閉める。そしてベランダへと走る!
(エンジェルフェンだッ!!)
感覚で分かる。あの格好、あの殺気。美しい女性の姿をしているが、彼女の目は宇宙の様に果てしなく、黒い。光を許さぬ強い意志が彼女に瞳に光を落とさせない。
(怖いよあんな死んだ目のエンジェルフェン!)
ベランダに出た後の事は考えない。ただ逃げる。それは恐怖、そして本能の発露。
一目散に逃げ出した渡だったが、その退路は塞がれる。夕日に照らされてオレンジ色の反射光を放つ鉄の鎖が目の前の視界を塞ぐ。渡は思わずその場に倒れ込み、尻餅を突く。
「逃げられませんわ。おとなしくしていれば痛覚を刺激せず殺害出来ますから」
「えっ殺すの!?」
渡の体中から冷や汗が溢れ出て来る。今までのエンジェルフェンには威圧感に恐怖と絶望以外の感情が出て来ない。
「さあ、渡様。エルフェンからの勅命なのです。ここでその命、頂戴致します」
エンジェルフェンが妖麗な笑みを浮かべる。そして、先程まで部屋を壁の様に覆っていた鎖を自らの指輪で巧みに操作し、渡の首に巻き付ける。
「ぐっ…ッ!」
渡の首に巻き付けられた鎖はさらに力を増し、首の骨を折る勢いだ。このままでは十秒と持たない。渡は短い自分の一生を思い出しながら、最後にちゃんと、幸せになれなかった事を悔いる。
(人生、こんなもんなのかな…呆気無さ過ぎるよ)
(もし神様が本当にいて、僕を見てて下さるなら、どうかもうすこしだけ生き長らえさせて欲しいな……)
つまらない人生だった、と渡は苦しみももう感じない中で思った。これが終わりか、と命を終焉を噛み締める。
「これで…エルフェンに認めて貰えますわ……」
エンジェルフェンは目から零れ落ちる涙を拭わず、ただ目の前の鎖に神経を集中させる。渡を殺せばエルフェンからの信頼を得られると信じて止まず、人を殺す罪から目を背けながら―――。
「―――リオチョップ!!」
鎖が断ち切られる。その勢いで渡が倒れるが、ベランダの窓を破壊してやって来た人影が彼を腕で抱いて助ける。
その人影は、リオ・ベリー・フュンフ。以前ニャンコ、渡と交戦したエンジェルフェンである。
今、自分を助けた彼女の横顔が渡には頼もしく見えた。リオは乱入に動揺した雪奈の腹に拳を撃ち込む。
「がはァッ!」
「アンタがエンジェルフェンなのは本能ってヤツが教えてくれてんのよ。さぁ、救済戦とシャレ込もうじゃないッ!!」
リオがそう叫ぶと雪奈を連れてベランダに飛び込んで戸を閉めると、リオと白装束がいた場所の周辺の空間が歪み二人が消えていく。恐らくだが救済戦線が展開されたのだ。それを見届けると渡の意識が遠のいていった。
――
「そこな赤のエンジェルフェン…貴女を倒せとエルフェンは仰られていませんが、邪魔立てすると言うのならば…! 貴女の一切を切り刻みましょう」
白装束が鎖を波打たせ、リオ目掛けて勢い良く放つ。一方のリオは武器を持っていないと言う状態でなおその余裕は崩さず、不敵な笑顔でファイティングポーズを取る。
――
「―――たる…わた…わたる……」
渡の感覚がうっすらと戻る。ぼやけた視界を見つめながら遠くから聞こえて来る優しい声に耳を澄ませる。どこかで聞き覚えのある、懐かしい声だった。
「ニャン、コ……」
「渡!」
ニャンコの声に渡ははっとする。やっと意識を取り戻すと、首の痛みと暫く呼吸出来なかった苦しみで咳き込む。
「大丈夫ですか、渡!? 一体何が!?」
渡は深呼吸をして息を整えると、目の前のニャンコにゆっくりと事情を話す。ニャンコが出掛けてから急に現れた白装束のエンジェルフェン。そして彼女に殺されかけた事、リオに助けられた事を説明した。
「そうでしたか…どうりでこんなに部屋が滅茶苦茶なのですね」
ニャンコにそう言われて渡が改めて部屋を見渡すと、窓が破壊されて風通しが良くなり、壁が壊された事により部屋が少し広くなっていた。
「アハハ、快適なお部屋ですね…ビフォーアフターだぁ」
渡の顔から血の気が引く。多分ここでは暮らせない事が大体把握できたからだ。これからの事も今の事も考えられない渡はただ引きつった笑顔で泣くしか出来なかった。これにはニャンコも哀れに思ってか彼を胸に抱く。
と、部屋の中心の空間が歪み、中から二人のエンジェルフェンが出て来る。すかさずニャンコは身構えて戦闘態勢を取る。一方の渡は急にニャンコが離れた為に体勢を崩し頭をぶつける。
「あなたが渡の言っていた白装束! って、リオ!?」
白装束を睨むニャンコだったが、すぐにリオの方に目をやる。彼女は全身に傷を受けてボロボロになり、立ち上がる事すら出来ずに倒れていた。
「ご機嫌麗しく、緑のエンジェルフェン。こちらの赤のエンジェルフェンは褒章とすべくこちらの手中とさせて頂きますわ」
「待って下さい! あなたは一体何者なんですか!?」
ニャンコの問いに白装束はふふ、と下弦の月の様に口を両側へ引きつらせ笑う。
「私は雪奈・魔月・アイン。エルフェンの令が為に生きる者ですわ」
そう言い残すと雪奈と名乗るそのエンジェルフェンは窓をさらに粉砕して夜闇に消えた。
渡は首元と頭をさすりながら雪奈の行った先を睨んで立ち尽くす。
「雪奈……か」
「また戦いが始まるのかな」
ニャンコは渡の虚ろな声に何も言う事が出来なかった。