怪盗少女の愛が深すぎる!?
アメリカの日常ドラマに出ていたヤンデレを見たときに思い付き、即席で仕上げたものです。
粗が目立つかもしれませんが、よろしくお願いします。
皆さんは、怪盗というものをご存じだろうか?
分かりやすく言えば、泥棒をかっこよく言った感じだろう。
一昔前は、創作物に留まらず本物の怪盗がいたらしい。
だがこの二十一世紀は科学技術が発達している。
監視カメラ、赤外線センサー、音検出、指紋認証……時代が進むにつれ、怪盗というものは自然と消えていった。
だが、その消えたはずの怪盗がまた現れたとしたらどうだろう?
そう、例えば今テレビで騒がれているように。
『また、世間を騒がせる怪盗、ファリアブル・ハートが現れました!』
この怪盗は、とても古典的だ。曰く、
『律儀に、今回も予告状があったそうです! 予告状があるにも関わらず捕まえられてないことに街の声が批判的なものに変わりつつあります』
予告状を事前に送りつけるらしい。
また、盗んだ場所にはメッセージのカードが貼ってあるとか。
『最新鋭の警備を潜り抜け、警察官の目を欺いたその技術! 専門家でさえ首をかしげているそうです!』
今までだって、普通に考えたらどうしても奪取できないはずの警備であったらしいのだ。
とある美術館では、予告状の通りに警察官の警備もガチガチだった。
なのに、誰も本人を見ることなく、予告時間を過ぎて確認したところいつのまにか盗まれていたというのだ。
ファリアブル・ハート本人以外にそのカラクリを知っている人はいないだろう。
必ず"愛"に関する物を盗むというのも共通してるらしい。
孤独の愛という絵画に始まり、今回で二十件目では無かろうか。
『担当の丹羽警部も、なぜ予告のときに捕まえられなかったのか、と嘆いています』
古典的な点その2。
そう、わざわざ現場に事前にパフォーマンスしながら現れ、皆が呆気に取られている間に好きなことを言い予告状を残して消えるのだ。
そして、そのファリアブル・ハートが余りにも派手なパフォーマンスをするため、メディアを通してその姿はよく知られている。
斜めかぶりにした、赤いリボン付きのシルクハットを被っており、手には白手袋、黒のマント。
片眼鏡をしており、髪は美しい金髪。そして、碧眼。
ヒラヒラのミニフレアスカート、出没時には大量の鳩とトランプを翔ばす。
片眼鏡ではっきりとは見えないが、とても美しい……少女だ。
歳は十五才程だろうか。
その個性的過ぎる怪盗は、今では世界的に有名だ。
今なら、突然出現しても、驚き固まりはするが誰だこいつ、とはならない。
なぜそう言いきれるのか?
それは、俺がついさっきその状況にあったからに他ならない。
俺はその時、大通りを歩いていた。
時刻は午後六時。
帰宅ラッシュを歩いてる最中だ。
何かのニュース番組の街頭インタビューをされたときだ。
ああ、これがテレビでよく見るインタビューか……なんて思いつつ、質問を聞いていた。
「最近起きた、大きな自分ニュースはなんですか?」
ほのぼの系の内容のニュースなのだろう。
それに答えようと口を開こうとた時、それは起きた。
背後から、ポンッという音と共にスモークが拡がる。
街の人々の驚く声、なかなかはれない煙幕への不安。
少しして、鳴り響くクラクション達の中に、羽音が聞こえたことに気がつく。
無数の羽音がスモークを吹き飛ばしたときには、路上にトランプが散らばっていた。
なぜかハートだけ。
そして、口を開こうとしたまま固まったの俺の首には、二本の腕が絡み付いていた。
どうやら何者かに後ろから抱きつかれているらしい。
「大きなニュースかぁ。うーん、例えば……ボクが、この子を盗みに来た! ってのはどう?」
テレビで見たときよりも可愛らしく感じる声。
振り向いた視界の端に、街灯の灯りを受けて輝く金髪が見える。
背中に押し付けられた双丘は以外と大きい。
「ハロー、ファリアブル・ハートだよっ! 今回は予告! 先程申した通り、この子……羽馬浩哉君を盗みます!」
帰宅ラッシュの中。
誰もが見る、夕方のニュースで。
堂々と誘拐を予告されました。
◇ ◇ ◇
あの後、流石メディア業界の人間と言うべきか、一番最初に復活したのはインタビュアーのお姉さんだった。
だが、あくまで動くようになったというだけで、「えっ、あっ、ええっ!? ファリアブル・ハート!?」とキョドっているのだが。
ファリアブル・ハート本人は、俺の首筋に顔を埋めて俺を抱き締めたあと、それじゃね、待っててね浩哉君、と囁いて消えた。
呆けて俺を見てくる人を掻き分けてマンションに帰ってきた。
そして、そのまま荷物を片付けて、ご飯の下準備をし、テレビをつけたところで俺が予告されているニュースを見たのだ。
あぁ、俺、本当に予告されたんだな……というか、人を思いきり誘拐予告なんて、今までになさすぎて驚きを隠せない。
唐揚げの漬け込みにはもう少し時間がかかる。
米が炊けるまでも、同様。
ココアを作り、本を手に取り、ソファーに腰掛けてココアを飲もうとして……机においたばかりのコップが消えたことに気がついた。
「……は?」
思わず机を凝視する。
だが、消えたココアは戻ってこない。
「んっ、んくっ……ぷは、美味しいねこのココア」
意味がわからない。
ついさっきまで、隣には誰も座ってなんかいなかったはずなのに。
「あ、自己紹介はしたハズだけど、一応もっかいしとくね! 私が、ファリアブル・ハートだよ!」
「いや、なんでいるの……いるんですか?」
「ぶぅ~、固いなぁ。同い年なんだから仲良くしようよ!」
「いやいやいやいや……」
この状況で落ち着ける人がいるわけがない。
一人暮らしになって以来、戸締まりには人一倍気を配っているのに。
いつのまにか侵入した上にココアまで盗んで飲むなんて……誰が想像できようか。
というか、俺を盗むという予告の詳細の書かれた予告状には一週間後と書いてあったはず。
間違っても一時間後では無い。
「で、何しにきたんだ」
「いきなり盗むっていっても、流石に全く話してないっていう状況はどーかな? って思ったから、親交深めに来たんだよ~」
「ココアを勝手に飲むやつと親交を深めろと?」
「ほら、私怪盗だからさ、盗んだんだよ……アハハ……」
こんにゃろ、一発はたいてやろうか。
そう思える程度には俺も落ち着いているらしい。
というか、変なことが短時間に起こりすぎて感覚が麻痺しているのだろうか。
「ねぇねぇ、もしかして今ご飯作ってたりする?」
「しこみ中だ。ゆっくり飲もうとしたココアを誰かさんに飲まれたからどうしようか悩んでるんだよな」
「そ、それはごめんって! あと、夕御飯のご相伴にあずかりたいです!」
「はぁ?」
飯までぶんどる気かよ。
飲み物で飽きたらない、だから飯も盗むってか?
「盗み食い何てしないよ! 新婚さんみたい……じゃなくて、お友だちみたいだし、たくさん話したいなって、それだけだよぉ!」
信用できん。
だが、今からこいつを蹴り出すのは恐らく難しいだろう。
どうせこのままだと、泊めてください! とか言い出しそうだし。
金目のものはないから別にいいか。
ただし、何もなしで食わせるほど甘くもない。
「……わかった、別に相伴するのはいい。代わりに何か一品作れ」
「ほんと!?」
目をキラキラさせて、ガバッと立ち上がった。
そのまま台所に向かうファリアブル・ハートの後ろを見ながら、今度こそ本を読み始めた。
ファリアブル・ハートの作った春巻きは思わず固まるほど美味しかった、とだけ言っておこう。
◇ ◇ ◇
「ねえ浩哉君、大丈夫なの!? というか、予告が来たって本当!?」
「ち、近ぇよ……落ち着け」
朝になるといつのまにかいなくなっていたファリアブル・ハートに首をかしげながら朝御飯を作り、マイ箸が消えてることに少し怒りを覚えながら、「これあげる!」という盗んだ本人のメモ付きのニュー箸を使って食べた。
そして学校に行き、席についたところでこの台詞を言われたのである。
机をバンッと叩きながら。
「で、どうなのよ!」
「あー、うん、確かに言われたぞ」
さっきから俺を怒濤の勢いで問い詰めているのが、幼馴染みの実奈。
黒髪を荒ぶらせている、珍しい姿だ。
「なんでそんなに落ち着いてるのよ……!」
「いやまぁ、警察も来てくれるだろうし、人を盗むなんてそんな簡単なことじゃないだろ。だから大丈夫じゃね?」
「信用できないよ!」
バンッ。
クラスメイトが嫌でも注目してくる。
おいてめぇら、なにニヤニヤしてやがる?
「はぁ、そろそろ席につけよ」
「後で、しっかりと、話を聞くからね?」
「はいはい……」
ようやく戻っていった。
ざわついた教室に先生が苦労しながらHRが終わる。
「あー、浩哉。HR終わったら職員室に来い。内容は、まあ言わなくてもわかるだろ?」
◇ ◇ ◇
職員室の中でも豪華にされている、客間。
その対面ソファーに俺は座っている。
隣には担任、そしてなぜか実奈。
そして、向かい合っているのは、髭を蓄えた……先生いわく警部らしい。
「悪いね、時間を潰して来てもらって。私が、本部警察の丹羽だ。ファリアブル・ハートの担当をしている警部だよ」
「「はじめまして」」
名刺を差し出される。
それを受け取りながらの返答が実奈と被った。
流石幼馴染みだな。
「それで、羽馬君だったな? ……何となく検討はついているかも知れないが、私達警察が君の自宅を守ろうと思っているのだが、どうだろうか」
予想通り。
まあ、もちろん答えは受ける。
発言しようと口を開き、
「待ってください、丹羽警部さん」
実奈がストップを掛けた。
なんだ警部さんって。そんな呼び方普通するか?
「私も、一緒にいさせてもらって良いですか?」
「それは、どういうことかね?」
「私は浩哉君の幼馴染みです。たぶん、浩哉君の両親は一週間後に帰ってくるのは難しいでしょう。……なので、私が、一緒にいたいんです」
警部が唸る。
考えているというよりも、実奈の迫力に圧されているだけだが。
「わ、わかった。許可しよう」
「ありがとうございます!」
実奈が顔を綻ばせた。
たぶん実奈は一緒に家の中でも警備するのだろう。
頑張るぞ、と息を荒げる実奈に視線を少しだけ送り、よろしくお願いします、とだけ言っておいた。
そして、運命の日が訪れる。
◇ ◇ ◇
「警部! 配置、完了しました!」
「うむ! ……ん? なんだこの配置は。全員外にいるじゃないか」
「え? 今朝の会議で、警部が幼馴染みの子が守ってくれるそうだし、萎縮させるわけにいかないから全員外の配置に変更するって言いましたよね?」
「あー……あー、そうだったな! うっかりしてたぞ、ははは!」
おかしい、俺は今朝会議なんか開いていないはず……というか、ワクワクして寝付けなかったせいで遅刻したはずだ。
ま、まあ、合理的だし、いざとなれば一応もらった合鍵で家内にも入れる。
大丈夫だろう。
◇ ◇ ◇
「それじゃあ、決して家から出るんじゃないぞ」
丹羽警部から再三注意を受けた。
そして、そのまま外の警備に行ったのを確認して玄関の鍵を閉める。
これで全ての鍵が閉められたはずだ。
予告に書かれたのは午後七時。
ソファーに実奈と隣り合わせで座る。
あと十分、あと五分………
……七時。
外が慌ただしくなったのが聞こえる。
ちゃんと探せ、いないか、と叫ぶ声。
まだファリアブル・ハートは来ていないようだ。
「ねぇ、浩哉君」
「ん?」
「外、行こっか」
「は? 実奈、何を言ってるんだ? 家の中で待機しとけって言ってただろ?」
ゆっくりと実奈がたちあがり、俺の方を向く。
その目は、いつのまにか日本人らしい黒から碧眼へと変わっていた。
「もっかい言うね。浩哉君……いや、浩哉。外に行こ?」
「お前、まさか……」
「お前、はやめてほしいなぁ。私は────」
ポンッという音と供に、小さな煙幕が広がる。
少しして、多数の羽音が部屋に響いた。
白い、いや、白すぎる鳩が煙幕を消し飛ばす。
そして。
実奈がいたところには、フレアスカートを揺らし、トランプの散らかったカーペットの上でポーズをキメる、
「────ファリアブル・ハートだよっ! 予告通り、君を盗みに来ましたっ!」
ファリアブル・ハートがいた。
足元には実奈の顔……というか、顔の皮が落ちている。
古典的な、変装用顔皮だろう。
「は、ははは……嘘だろ……」
「んふふ、驚いた?」
「驚くに決まってんだろ……」
まだ、時間は2分と経っていない。
完全なる予告通りだ。
「実は、ね?」
「ん?」
「私達、十年前に会っているんだ」
「え?」
「十年前……私達がまだ六歳だった頃。ここ近くに私もすんでいるから……会ったんだよ。偶然だけど、ね」
「そうなのか……」
「それでね。私は、友達と鬼ごっこをしていたんだけど、盛大に転んだ後だったんだよ」
十年前を思い出すように、ファリアブル・ハートは目を閉じている。
「それで、転んで、膝小僧を擦りむいて泣いてた私に……浩哉が来てくれたんだ」
ぜんっぜん覚えていない。
そんなことあったかな?
記憶を走査する。
「優しく、私を担いで足を洗ってくれて。痛い、痛いって泣く私を優しく慰めてくれた」
「それでね、私、浩哉の事が気になっちゃった。帰っていく浩哉をこっそり追いかけて、家を調べて……色々、したんだよ?」
「全く気がつかなかった……」
口元に指を当てた、どこか可愛らしい仕草。
その一挙動が、なぜか見逃せない。
「なんか、途中から気持ち押さえられなくなって干されてた服とか盗んじゃったなぁ。いっぱい、いっぱい」
「よく無くなったのはおまえのせいかよ!? あれで親に結構怒られたんたぞ!?」
あはは、ごめんごめん、とファリアブル・ハートが笑う。
「それでね……なんか、今から言おうとしてることより凄いことを既に言っちゃった気もするけど、」
目に見えてファリアブル・ハートが緊張を表す。
足も、震えているようだ。
「私は、浩哉の事が……大好きです。愛しています」
だから、私に、
盗まれてくれないかな?
そう、耳元で囁いた。
「……俺、お前の名前も知らないんだけど?」
「お前、はやめてってばぁ! 私の名前は、ファリアブル──」
「いや、そうじゃなくて。実名だよ」
顔を赤らめて、急に照れはじめた。
「……言わなきゃ、ダメ?」
「あたりまえだろ」
「はぁ……聞き覚えがあってくれたら嬉しいんだけど……私は、椎名茉莉。日本人とのハーフで、お父さんが日本人だから和名です。国籍も日本だよ」
マジか。
ハーフだったなんて……。
妙に日本人顔で金髪だからそこまで拒否感がないのだろうか。
って待てよ、茉莉?
もしかして、小さい頃に目を奪われて、それ以降一度も見れなかった、俺の初恋の────
俺の驚きを封じるように、携帯が鳴る。
時間を過ぎても外に出現しないから、一応の確認の電話だろう。
「……でなくていいよ、それ」
「でも……」
「んー……じゃあ、私が出るね」
止める間もなく、俺のスマホを手に取り耳に当てた。
「ハロー、ファリアブル・ハートだよっ!」
『ぬぁぁあっ!? 貴様、どこから入ったぁ!』
「いつも通りメッセージカードは残しとくからね! ばいびー!」
『待っ──』
プチっ。
「それじゃ、すぐ警部さんたち来るだろうし、行こっか。眼を瞑って、手、出して?」
どうやって抜けるかは見られたくないのか、目を瞑らされた。
そのせいでどのようにして抜けたのかさっぱりわからなかった。
その数分後。
警部達が乗り込んだ時には既にもぬけの殻になっていた。
残されていたメッセージには、こう書かれていたとか。
『ハロー、そしてグッバイ警部さんっ
予定通り浩哉を盗んだことをここに記し、今回もサヨナラさせてもらいます!
ファリアブル・ハート』
◇ ◇ ◇
──あの、怪盗による誘拐事件から三年がたつ。
あれ以降、散々盗みをしていたファリアブル・ハートは完全に息を潜めていた。
担当警部として期待されていた俺は、あの失態により降格。
それまでの実績積み上げにより、警部補で収めてくれた上司には感謝しかない。
まあ、こうなった以上、あの怪盗はもう現れないだろう──
「に、丹羽警部補、早急に確認願いたい事があります!」
「どうした!?」
部屋に飛び込んできた警察官に聞き返す。
余りにも必死な姿に、何かわからないが緊張が走る。
「こ、こちらを確認してください!」
そうして見せられた画面には。
金髪で片眼鏡、豪華なフレアスカート──
──二度と見ることの無い、と思っていた怪盗が、撮されていた。
「よ、予告のようです!」
鳩、トランプを撒き散らしながらパフォーマンスをする美女と美少女を足して二で割ったような容貌の怪盗。
三年前より、さらに美しくなっている気がする。
「俺はもう担当じゃない。捜査に任せれば良いだろう」
「そうではないのですよ、丹羽警部補……いや、丹羽警部」
声のした方を振り替える。
警視の娘であり、幼いながらも敏腕を振るう少女がそこにいた。
警視の娘である、という意識からか、六歳の時から親による英才教育を受けてその才能が開花した、正真正銘の十歳の少女である。
幼いなりの可愛らしさが、警察署には違和感しかないゴスロリを納得させている。
「貴方は、今をもって警部補から警部に昇格。同時に、ファリアブル・ハーツの担当に再任します」
「そ、それはありがたいことで……ぇ、ハーツ?」
ハート、ではなく、複数形のハーツになっている。
「よく画面を見なさい」
ファリアブル・ハートの、その横には。
彼女と同じくらいの歳の、男がいた。
パフォーマンスは佳境を迎えている。
トランプの、相変わらずハートのみを撒き散らしながら揃って一回転。
今までと違う、ひとつのハートから二つでひとつのハーツになったトランプを見せびらかしている。
「「私達が、ファリアブル・ハーツだ!」」




