よくばりで、素直な僕へ。
遠くの空を見つめたら、いつか飛べるのだろうか。
細胞が進化したりして、羽が生えたりしないだろうか。
あなたに追いつこうとしていれば、いつか追いつけたりしないだろうか。
しないんだろうな。
よくばりで、素直な僕へ。
小さな頃は何でも不思議なものだった。
なんで空が青いのか。水は何で掴めないのか。でも今だってそれが何故かを知らない。
それでも疑問に思うことは少なくなった。「こういうものなんだ」と自分を納得させて、何故を追及することがなくなった。
それは、別に大人になったからじゃないんだろうけど。
感情が鈍くなったのは、年を取ったからだと言い訳にする。そうではない人もいるのに。今だってどうして切なくなるのか、
悲しくなるのか、一生懸命考えたり、何かを見たときに素直に感動して「綺麗だね」って微笑む大人もいるのに。
例えば君とか。
小学生の時に、大人になるってなんだろうって考えた。
小さい時は大人はきらきらしていて、何でも出来て、自由なんだろうなぁと思っていた。早く大人になりたかった。
だって子どもは勉強をするでしょ?勉強なんて嫌だったから。
授業中に頬杖をつきながら、飛行機雲をずっと見ていた。
空が青い。それを突き抜けていく、飛行機。
僕もきっと大人になったらあんな風に空を自由に飛ぶんだ。
ところがどうだろう。大人になったら。
制約などないはずなのに、なんて不自由なんだろう。
失敗や後悔を幾つ繰り返してここまで来てしまったんだろう。
小学生の自分を笑った。お前の望んだ自由はこれかよ、と。
全然自由じゃないよ。何が自由だよ。
そんなことを思いながら、同じ青の下を歩く。
今日は約束の日だ。
君が来てるかな。しばらく会ってはいないのだけれど。
約束を忘れていなければ、来るはずなのだけれど。
小学生の時に二人で歩いた並木道に桜が咲いている。
そんな季節か。心の余裕がなくて、季節の変わり目を楽しむ自分もいない。
もっと純粋に世界を見ていた自分は何処に行っちゃったんだろう。
あの飛行機になりたいって思ってた自分は何処にいたんだろう。
最初からいなかった?
本当は、いなかった?
通っていた小学校の校内のグラウンド。
寂しく一本、桜の木が立っていて。
その下に君と、二人で埋めたタイムカプセル。
「大人になったら掘り返そうな」「絶対だよ」
わくわくしながら、いろんな宝物を一緒に埋めた。
「絶対だよ。」
とりあえず君はいないから、一人でスコップを持って掘り返してみる。
さくさくと土が音を立てた。春だからか、土が柔らかい。
草の匂いが辺りに広がって、日向できらきら土が輝く。
あれ、俺こんなに自然から離れてたっけ。こんな全部柔らかいものだっけ。
そう思いながら掘ること20分、こつんとスコップの先が何かに当たった。
あ、これだ。淡いピンクのスチールの箱。
土を払ってその箱を小さく掲げてみる。木漏れ日にさらされて少し誇らしげな淡い淡い桜の色。
早く開けてよ、と言われた気がした。何とも言えない気持ちで箱を開く。
野球ボール。なわとび。タンポポの押し花。おもちゃのネックレス。
変な形の石。変わった色の貝殻。手紙。
懐かしい、というかほとんど入れたものを覚えていなかった。
なんだこれ、と思いながら一人で笑う。
手紙を入れたのは覚えているんだけどな。
丁寧に封筒に入った手紙を見ようと封を切る。
封を切った時点で、大人になった俺へ!と汚い字で書かれている。
手紙を開く前に挨拶するとか、俺なんなんだよ、と呆れながら手紙を開く。
《大人になった俺。元気ですか。
小学生のぼくは、毎日勉強をがんばっています。
つまんないです。
大きくなったら何をしているのか、ぜんぜん分からないです。
でも今ぼくがやりたいことじゃないかもしれないけど
何十年後かのぼくがやりたいことを、やっているんだろうなと思う。》
「何で泣いてるの?」
ちょっと上から声が聞こえた。やっぱり遅れて君はやってきた。
なぁ手紙だよ、自分からの、と言うと、「懐かしいね」って笑った。
優しく降り注ぐ日の光がきらきら。遠くに青が見える。あの時と同じようで、違う青。
《ぼくは今部活動をがんばっています。
バスケットボールが好きです。
今も好き?好きだったらうまくなってるといいな。》
小さい頃、思い描いてた大人にはなっていないと思う。
自分の思い描いていた大人はもっとかっこよかった。
無くしたものばかりだ。見えていないものばかりだ。
でも、忘れずに、ここに掘り返しに来たんだと気づく。
昔の約束なのに忘れていなかった君にも気づく。やっと。やっと。
《これを見ているぼくは、ちゃんと忘れずに来たんだね。》
「忘れなかったね」と手紙を読みながら君は言った。
遅れてくるから忘れてると思ったよ、と悪態をつく。
《大人のぼくが幸せであることを、願っています。》
ひとしきり泣いたら、また世界は綺麗に見えるだろうか。
また飛行機になりたいなんて思えるだろうか。今からでも遅くなんてないんだろうか。
手紙が全部の答えなんだろう。どんな答えもちゃんと受け止める自信がなかっただけだ。
どんな答えでも受け止めれば、すぐに自由になれたのに。
真上に君がいて、泣いてる僕を見て、笑ってる。
いつもの日々の繰り返しのようで、でもそれが奇跡のように思える、春の昼下がり。
飛行機雲が見える。二人で空を見上げた。
「空が綺麗だね。」
淡い、春の、昼下がり。
はじめましての投稿になりました。
「僕」「君」だけでつづらせていただきました。
「あなた」「お前」「君」などなど
一人称二人称がたくさんある日本語は
想像が膨らむのでとてもきれいだなぁと思います。
あなたにとっての「君」は誰ですか。
読んでいただきありがとうございました。(2015.11.20)