アンジェリカ、奴隷となる
繁栄の絶頂を極めた帝都。初めて訪れる旅人は、3度、ため息を吐くという。
1度目が、帝都を守る城壁とその門だ。城壁には、魔法の素質が無いものでもうっすらと輝いて見えるほど、強固な魔法防御が付与されている。そして、随所に彫り込まれた荘厳な獅子の彫刻。敵が攻め込んできた際には、この彫刻は動きだし、敵を食い殺すという。帝都の強固な守りに、旅人は身の安全を保証された気持ちとなり、安堵のため息を吐くのである。
2度目の旅人のため息は、門をくぐり抜けた後に見える大通りである。石畳の幅広の道が続いている。そして、その両側には各種商店が店を構える。行き交う馬車、人、物。その多さと活気に旅人は、ため息を吐くのである。旅人が商人であれば、この帝都での成功を夢見るであろう。
3度目のため息は、夜の帝都である。帝都は、眠りを知らない。魔法で明るく灯されている街灯。夜、頼りない星明かりしか知らなかった旅人は、帝都の夜景に目を奪われるのだ。
そんな、帝都の夜。賭場にて、今宵も白熱した賭け事が行われている。
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「そろそろ、手元が寂しくなってきたんじゃないか? ニーナに対して謝罪をするのならば、許してやるぞ。当然、巻き上げた金も返す」と、佐々木・昇は言った。
彼のテーブルの前には、金色に輝くコインが山の様に積み重なっている。このコイン1枚は、一般的な庶民の半年分の収入に等しい。この積み上げられたコインの山だけで、一生、豪遊して過ごせそうに思える。
「あら、私はハイデルローズでしてよ? あまり見くびらないでくださらない? セバス・チャン!」とアンジェリカが言った。
「はい。アンジェリカ様」と、セバス・チャンと呼ばれた男は、身を翻し、コインの交換所へと向かう。
アンジェリカは、金髪の輝く髪を優雅に舞わせる。
「謝罪する気は無い、というのだな?」と佐々木昇は言った。
「薄汚い獣人に、謝罪することなどございません」とアンジェリカは断言をする。人間族以外の者を蔑視する者達がいる。アンジェリカもその1人であった。
「ならば、俺も容赦はしない」と佐々木昇は言った。
「謝罪はしませんが、いま、コインを持って来させていますわ。まだ、勝負を続けてくださるのよね?」とアンジェリカは言う。そして、彼女は、ブラウスのボタンを2つほずし、胸元を開けるように襟を折った。
佐々木昇は、目を細める。彼女のうなじから鎖骨へと流れるラインは美しかった。そして、さらにその下に目を向ければ、豊満な胸で作られた深い谷間があった。アンジェリカも意識して見せているのか、両手にカードを持ちながらも、両腕では胸を寄せている。
「ああ、もちろんだ。ちゃんとニーナに謝罪をするまで、許すつもりはない。それに…… 目の保養もさせてくれるというなら、ゲームを続ける分には俺は一向に構わない」と佐々木昇は言った。実際、彼の股間は熱くなっていた。
「なんのことですの? 私は、少し賭場の熱気が我慢できなくなっただけですわ」と彼女は惚ける。
苦肉の策だった。そして、貴族のメンツだった。アンジェリカはこの国の指折りの貴族、ハイデルローズ家の令嬢である。もちろん、帝都の深夜の賭場に出入りしているくらいだから、じゃじゃ馬であることは間違いがないが……。
そんな彼女は、焦っていた。その焦りが表に出ないように平静を装いながらも、焦躁していた。その理由の1つは、彼女が佐々木昇との勝負で失った金の大きさだ。ハイデルローズ家の令嬢として、大粒のダイヤモンドを数個買える程度のお金ならば、令嬢の賭場での火遊びということで片付けられる。しかし、大粒のダイヤを数十個買える金額を、ギャンブルでスッたとなれば話は別である。
アンジェリカが散財をするような娘、という噂が立つ。そして、それはハイデルローズ家の名誉に傷を付けてしまう。既にハイデルローズ嬢の火遊びというレベルでは済まなくなっている。アンジェリカは、なんとしても、負けを取り返したかった。しかし、手持ちの賭け金が無くなっては勝負が出来ない。賭け金を取りにいかせている間、佐々木昇と名乗った男に席を立たれてしまっては取り返すことも叶わなくなる。
ブラウスのボタンを外し、胸元を見せる。これは、苦肉の策であった。アンジェリカは、自分自身が充分に魅力的であることは良く知っている。男なら、むしゃぶりつくほどのきめ細かい白い肌と豊満な胸。それはアンジェリカの武器の1つではある。しかし、アンジェリカは貴族であって、娼婦ではないのだ。今日初めて会った、貴族でもない、旅人風の格好の、しかも佐々木昇という聞き慣れない名前の男に、アンジェリカは自分の肌を見せる必要などないのだ。帝都や周辺の有力国の王子、それも第一か第二継承順位の王子であれば、アンジェリカはそのよな色仕掛けを行ったかも知れない。
こんなに大負けしなければ、ブラウスの胸元のボタンを外すなどという行為は、アンジェリカは絶対にしなかった。ただ、自分自身の賭け金が無いにもかかわらず、目の前の男がテーブルから立つのを制止することは出来ない。「もう金がないじゃないか」と言われればそれまでである。
「アンジェリカお嬢様」とセバスは、コインを大量に乗せた台車を弾いてきた。
「お待たせしましたわ。勝負を再開致しましょう」とアンジェリカは高飛車に言う。
「どうせ、また巻き上げられるだけだぞ」と佐々木昇は静かに言った。
「ギャンブルの勝ちというのは、最後にコインが手元に残っているかで決まります。まだ、あなたは勝っていませんわ」
「ふっ。自分はまだ負けてないって言いたいのかい? 俺と勝負をした段階で、既に君は負けている」と佐々木昇は冷笑した。
心の中で、貴族の令嬢とは思えない悪態を吐きながら「まだ、勝負の途中です。しかし、もう夜も更けて参りました。ポーカーを辞めて、他のゲームを致しませんか?」とアンジェリカは提案をする。
ポーカーでは分が悪い、とアンジェリカは思ったからだ。
「良いだろう。そちらに任せる」と佐々木昇は言った。どれでやろうとも自分の勝ちは動かない、という自信に満ちているようだった。アンジェリカはそれが気に食わない。
「では、オール・カードで勝負致しませんか? 親は私が引き受けます」と、アンジェリカは言った。
「止めておけ。破産するぞ?」と佐々木昇は言う。しかし、アンジェリカは聞き入れない。
「ハイデルローズ嬢はああ言っているが、いいか?」と、勝負の成り行きを見守っていたカジノの支配人に佐々木昇は言う。
「特別に許可を致します」と支配人は承諾をする。2人の勝負を見守っているギャラリーは、支配人がハイデルローズ家の圧力に屈した、と思った。しかし、支配人の思惑は別にあった。カジノの長年の支配人としての経験が告げていたのだ。佐々木昇は異常であると。カジノ側としても関わるべきではない、と判断したからだった。
「では、新しいトランプをお持ちください」とアンジェリカは、カジノ支配人に指示を出す。
オール・カードというのは、シンプルなトランプゲームである。ハート・スペード・ダイヤ・クラブの1から13までのカードにジョーカー4枚を加えて遊ばれる。ゲームの子は、賭け金をかけて、自分の引くカードを宣言するのだ。例えば「ハートのカードを引く」と宣言し、実際にそのハートのカードを引けたら、賭けた金額の3倍の金額を得ることができるという仕組みだ。もちろん、「6以下のカードを引く」や「数字の13を引く」など、子の側はいろいろ選択することができる。しかし、どのカジノゲームでも言えることであるが、親が絶対的に有利、ということは言える。「ハートのカードを引く」という可能性は、ジョーカーを除いたとしても、4分の1の確率だ。しかし、それを見事に当てても賭け金の3倍しかもらえない。確率で言えば、期待値が低く、親が有利で子が不利なのは明白である。堂々と、自分が有利なゲームを提案をするのは、さすがハイデルローズ家の令嬢だ、と言ってよいだろう。
逆に、アンジェリカも周りのギャラリーも、自分が不利になるということが明かなのに、勝負を受ける佐々木昇に違和感を覚える。
その自信、へし折ってやるわ! とアンジェリカは意気込む。
既にシャッフルされた状態で箱に収められている、封が切られていないトランプを、カジノの従業員が山積みして運んできた。イカサマ防止の為、勝負の都度、新しいトランプを使うのだ。支配人が、手早くカードをテーブルの上に広げていく。
「賭け金は、これ全部だ。ニーナ、レベッカ」と佐々木昇は言った。佐々木昇の後ろに控えていた美女2人が、無言のうちに金のコインをテーブルに積み上げていく。美女2人の内の1人は、銀色の長い髪から三角の耳が出ている。帝都でも珍しいエルフだ。
そして、もう一人の美女は、犬のような耳が頭部についている。そして、彼女のお尻から突き出ている長い尻尾が、彼女が獣人であることを語っている。獣人も珍しい。
そして、2人の首には、奴隷であることを示す首輪があった。市場で購入したとしてら、どれほどの値段であろうか。
美女2人が優雅にコインを積み上げていく姿に皆が見とれ、会場が静まり返る。アンジェリカは、獣人であるニーナに、汚物を見るかのような冷たい視線を送る。そして、誰にも聞こえないように心の中で舌打ちをする。
「一応、聞いておこう。この金額での勝負、受けてくれるのか?」と佐々木昇は口を開いた。
アンジェリカの心に一瞬、不安がよぎる。しかし……「もちろんですわ」と、不安を押し殺し、強気に答える。
「では、私が引くカードは、スペードの『1』だ」と佐々木昇は宣言する。
どよめきの後、静寂。まさかの1点張りであった。もし、佐々木昇が見事にそのカードを引き当てたら、賭け金の39倍の金額をアンジェリカは彼に支払わなければならない。ただし、ジョーカーを除いたカードは52枚。52枚の中からスペードの『1』を引く可能性は低いように思えた。
「では、カードを選ばせてもらおう」と、佐々木昇はテーブルに並べられた56枚のカードに視線を落とした。
「ちょっと待って」とアンジェリカは叫ぶ。
「怖気づいたか? 止めてもいいぞ?」と、佐々木昇は言う。
「違いましてよ。カード、私が選んでも良いかしら?」とアンジェリカは不敵に笑う。社交界で数々の男性を虜にしてきた満面の笑みだ。本来なら、親が子のカードを選ぶなどあり得ない。しかし、それを行うためのアンジェリカの微笑みだ。色仕掛けで、佐々木昇の妥協を誘う。
結局、誰にもどのカードが何であるか分からない。そういう意味では、佐々木昇がカードを選ぼうが、アンジェリカが選ぼうが、変わりはない。アンジェリカが無茶を承知でこの提案をしたのは、この男ならば、スペードの『1』を選び出しそうだという不安があったからだ。
「好きにしろ。自分で自分に引導を渡す、というのはあまりいい趣味とは思えんがな」と、佐々木昇は静かに言った。自らの勝ちは動かないと、彼は言うのだ。
「では、私が選びます」と言って、アンジェリカは優雅に立ち上がる。テーブルを見渡し、1枚のカードを手に取った。
手に取ったアンジェリカは固まっていた。周りのギャラリーも、彼女が何を引いたの興味深々である。彼女の後ろに立っているギャラリーなどは、好奇心に負けて彼女の後ろからカードを覗き見ている。
「早く、なんのカードを引いたのか宣言しろ」と、佐々木昇は言う。
「じょ、ジョーカーよ」
アンジェリカの声は震えていた。
この、オール・カードというゲーム。子に有利な点が1つだけある。それは、ジョーカーを引いた時だ。ジョーカーを引いた際には、報酬が跳ね上がるのだ。今回の勝負で言えば、次にアンジェリカがスペードの『1』を引いたとしたら、賭け金 × 39倍 × 39倍の金額を支払うということになる。さらにジョーカーを引き、そしてスペードの『1』を引いたのならば、アンジェリカは、賭け金 × 39倍 × 39倍× 39倍を支払わねばならない。
「それならば、さっさともう1枚引け」と佐々木昇は冷淡に言う。アンジェリカの背中に、冷たい汗が流れる。
既に、誰が見てもアンジェリカの手は震えている。アンジェリカ自身も、手の震えを抑えることができない。
「カードを選ばないのなら、俺が選ぶぞ」と、先ほどよりも大きな声で佐々木昇が言った。
「わ、私が選びますわ」と、アンジェリカは言ったが、その声も震えていた。
次に引いたのは……また、ジョーカーであった。会場から歓声があがる。オール・カードにおいて、2連続でジョーカーが引かれるということは滅多にないからだ。確率で言えば、0.3896%だ。
「これでもしスペードの『1』を次に引いたら、飛んでもないことになるぞ」とギャラリーの1人が言った。勝負の当事者でない者が口を挟むことは禁じられている。しかし、この場に誰もそれを咎める者はいなかった。何故なら、声に出さないまでも、誰もがそう思っていたからだ。
「取らぬ狸の皮算用をやっても意味がないだろう」と、騒ぎ立てるギャラリーを佐々木昇は静まらせる。
アンジェリカは、意を決して再度カードを選ぶ。結果は、またジョーカーだった。カジノの支配人もそれには動揺を隠せない。長年、カジノの支配人を務めていたが、実際に3連続ジョーカーを見るのは初めてだった。
既に、アンジェリカの脳裏には、次に引くカードも、まさかジョーカーではないのかという不安が過る。そして、ギャラリーは既にそれを期待していた。そして、アンジェリカが次に引いたのも、ジョーカーであった。
またもや会場は歓声に包まれる。これで、次にアンジェリカがスペードの『1』を引いたら……。
「静まりなさい。次で、外れればいいだけですわ。次にスペードの『1』を引く可能性は、52分の1ですわ」とアンジェリカはギャラリーを睨み付ける。
「机上の空論は意味がない。早く、次を選べ」と佐々木昇は先を急がせる。
「分かっているわよ!」と、今度はアンジェリカは佐々木昇を睨みつける。
「ならいいが」と、佐々木昇は両肩を竦めた。
アンジェリカは、スペードの「1」で無いことを祈りながら、ゆっくりとカードを選んだ。そして、そのカードを見た瞬間、目の前が真っ白になった。よろめいた彼女を、彼女の執事であるセバス・チャンが支える。
彼女の手元にあったカードは、スペードの「1」だった。一斉にギャラリーから歓声が上がる。
「そういうことだ。支配人、俺の勝ちはいくらだ?」と、佐々木昇は、固まっているアンジェリカを無視して支配人と話をする。
「賭けられたのは、金貨コインで720枚です。ですから、十六億六千五百六十七万七千五百二十枚になります」と支配人は言った。
「暗算でそんな計算を出来るのはさすがだな。支配人」
「恐縮です。しかし…… 私のこれまでのキャリアで、これほど大きな金額の計算をしたのは初めてです」
「そうだろうな。金貨で積み上げたら、どれほどの高さになるだろうな」
「金貨16億枚など、この世に存在しないと愚考致します」と、佐々木昇と支配人は暢気な会話をしている。支配人は内心、やはりこの勝負にカジノ側は関わらなくてよかったと安堵した。
「ギャラリーの皆様にも祝義をあげよう。ニーナ、レベッカ、この金貨を皆様に配って差し上げなさい」と山積みされた720枚のコインを指差す。
会場の歓声は最高潮となった。
「さて、ハイデルローズ・アンジェリカ」と、佐々木昇は声をかける。アンジェリカは未だに放心状態だった。
「お前は、従者であろう。彼女の目を覚まさせろ」と、佐々木昇はセバス・チャンに言う。セバス・チャンは甲斐甲斐しくアンジェリカに水を飲ませるなどの介抱を行っている。
「ニーナ、どうする?」と佐々木昇は、後ろに控えていたニーナに話を振った。
「僕にゃ、全然気にしてないにゃ。彼女、無様だにゃ」と機嫌よさそうに佐々木昇にすり寄ってくる。ニーナは、アンジェリカから侮辱されたことなどとうに忘れていた。むしろ、彼女の主人である佐々木昇が自分の為に動いてくれたことが嬉しかったのだ。
「そうか。ニーナがいいなら俺ももう別にいいんだがな。レベッカはどうしたい?」と、佐々木昇はニーナの喉元を右手でくすぐりながら言う。ニーナは喉を鳴らしている。
「家事、洗濯をする奴隷が欲しいなと、常日頃から思っておりました」とレベッカは言った。
しかし、佐々木昇の反応は芳しくなかった。
「いやぁ、彼女、家事とか洗濯とかしたことなさそうだぞ? 貴族だし。それに、旅に連れて行っても、戦闘力ゼロで、足手まといになりそうだしな」と佐々木昇は言った。実際、レベッカはエルフで弓の名手だし、ニーナは猫の獣人だけあって近接戦闘では高い能力を誇る。
「貴族というだけで勘違いをした、ただの小娘ってことでございますね」と、レベッカはばさりと言い放つ。
社交界の華とまで歌われたハイデルローズ・アンジェリカ嬢は、散々な言われようだった。
「まぁ、そういうことだな」
「では、昇様の夜伽として何日か使ってやってはどうでしょう?」
「おい、どうしてそうなるんだ」と、佐々木昇は思わず突っ込みを入れた。
「あの小娘の胸元を、凝視している時間が長いと感じたものですから」とレベッカは言った。
「いや、俺はお前たち2人で満足しているからなぁ」と佐々木昇は2人の手前、そう言いながらも、味見をしたいという気持ちになる。それに、戦闘に関しても、ニーナとレベッカがいれば、大体の敵は瞬殺である。結構、美人だよな…… と、佐々木昇の天秤は、肉欲の方へと傾いていく。
「佐々木昇様、証文の準備ができました」と、支配人がやってきた。カジノという場だけあって、さすがに準備が良い。
「ありがとう。支配人にも迷惑をかけたな」と佐々木昇は軽く頭を下げた。
「いえ、とんでもございません。私個人としては、強運の持ち主というのをこの目で見れて大変光栄です。しかし、カジノの支配人としては、二度とお目にかかりたくはありませんね」と冗談を言うかのように本音を言った。
「安心しろ。カジノ側から金を巻き上げようなんて思っていないさ」と、支配人の意図を察して、佐々木昇は言い、「おい、ハイデルローズ・アンジェリカ」とアンジェリカに呼びかける。
やっとのことで正気に戻ったアンジェリカは「な、なによ」と目に微かに涙を浮かべながらも気丈に言い放つ。負けた金額は、ハイデルローズ家の全財産、それこそ爵位から一族全員を奴隷として売り払ったとしても到底足りるような金額ではないと理解しているにも関わらず、気丈さを失わない。この女を屈服させたいという黒い欲望が佐々木昇の中に広がっていく。
「佐々木昇様、この件に関しましては、旦那様にご報告致します。しかる後に、旦那様より正式なお詫びを……」と、アンジェリカに代わり、セバス・チャンが詫びを入れる。
「ちゃんと、ニーナに謝りさえすれば、それでよかったのだがな。お前も、いつも大変そうだな」と、セバス・チャンを佐々木昇は労いながらも、静かにセバス・チャンの仲裁を無視した。
「ハイデルローズ・アンジェリカ、お前に選ばせてやる。負けた金額、耳をそろえて払うか、お前が俺のものになるかだ。どちらが良い?」
「昇様、それでは選択肢を与えたうちに入りませんが」
「ご主人様は、エッチだにゃ」
2人から突っ込みがはいるが、佐々木昇はそれを無視する。
「貴方の妻になれと言うの?」と、アンジェリカは震えながらも言う。このままいけば、一族全員が奴隷市場直行となる、すでに彼女の選択肢はない。
「妻? 寝言は寝て言うものよ?」
「自分の立場を分かってにゃいな。ご主人様、この子に教育が必要にゃ」
ニーナとレベッカは、殺気立つ。ニーナに至っては、ヒゲをピンと立てている。妻という立場になる存在があるとすれば、それは自分だ、という自負が二人にはあるからだった。
「俺の奴隷になるということだよ」と佐々木昇は言って、指輪式のアイテムボックスから従属の首輪を取り出し、それをアンジェリカに向かって放り投げる。
孤を描いた首輪を思わずアンジェリカは思わずそれを手に取る。首輪の中央には大きな宝石が埋め込まれている。何らかの魔法付与が施されているのは明らかだった。そして、アンジェリカは、同じ首輪を嵌めている2人が、佐々木昇に好意的であることに違和感を覚えた。魔法による精神操作の効果も付与されているのではないか、という考えにアンジェリカは思い至る。こんな男の操り人形になるのは真っ平ごめんであった。
アンジェリカは、首輪を思いっきり地面に叩きつける。がちゃん、という金属音が響いた。
「その提案、お断りさせていただくわ。私を妻にしたいということでも身の程知らずというものなのに、奴隷にしたいなど、言語道断よ」とアンジェリカは啖呵を切る。
「どうせ、借金のかたに売り飛ばされるだろうし、その際に買っても、結果は同じか。どうせなら、ハイデルローズ家の全員を、俺が奴隷として購入して、こき使ってやるか。そちらの方が、安上がりというものだな」と佐々木昇は独り言をいった。当然、アンジェリカに聞こえるように言っているのではあるが……。
しばらくの沈黙の後、佐々木昇は再度、アイテムボックスから首輪を取り出した。
「さっさと証文にサインをするか、この首輪を自ら嵌めるか選べ」
「私が奴隷になれば、先ほどの負けは帳消しというのは本当ね」とアンジェリカは、首輪を受け取りながら言った。
「ああ。俺は約束を守る男だ。それに、奴隷もちゃんと可愛がるぞ?」と佐々木昇は言う。
「この外道が。たとえ奴隷となっても、私の心は渡さないわ!」
アンジェリカはそう言って、自らの首に奴隷の首輪を嵌めたのだった。
3章の部分を冒頭に載っけるという暴挙をやってみましたw。
ちゃんと、本編プロローグはあります。