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パラダイス・ロスト  作者: 三番茶屋
EpⅠ Paradise Lost
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 純白深紅のバディペティ

「あ、こんなところにいたんですかー。もうっ、いつも言ってますけど、単独での自由行動は禁止ですよっ! 仮にも拘束されている身、自覚してくださいっ」

「『自由行動は禁止』、ふん。人とは本来自由な生物なのよ、しかし、拘束されずには生きていけないわ。何なのかしらね、この矛盾は――いいえ、ジレンマと言うべきかしら」

 

 快活な印象を与える茶髪の女とそれに応える蒼白な顔面の女。

 雑居ビルの群れ――その内の一つ、屋上である。


「まーたそんな屁理屈ばっか言ってー。まぁ、どこに行ったかと思えばいつも屋上ですからね。探す側としては楽ちんですけどっ」

「ふふふ、別に逃げないわよ。それに、簡単に逃げられるとも思ってないわ。ただ独りになりたい時くらい、私にもあるってことね」

 蒼白な顔面の女の両手には手錠がかけれていた。

簡素なものではなく、猛獣を繋ぐ鎖のように太い錠だった。

それと相応にかなりの重量を有するであろう手錠は、コンクリート地を鈍い音で打ち、悪寒のする音色を奏でた。

 そんなことはお構いなく、重さを感じない様子で赤い前髪を整える女は微笑みながら言う。

「ねぇ、『執行者(エクスキューショナー)』の花孫 和花(はなまごわか)さん、いつになったら私を解放してくれるのかしら」

「さぁ、どうですかねー……行方(ゆくえ)さんはわたしたちの交渉材料でもありますから、簡単に解くことはできません。もし無断で脱走した場合、殺害許可も下りてますよっ! えへへっ!」

 お茶目な様子で舌先を見せる花孫に、可愛い顔をして恐ろしいことを言う、と行方は思った。

 肩を竦める行方は拘束錠を鳴らし、真っ赤な頭髪をなびかせた。

それを見た花孫は感嘆の声を漏らして、

「わぁっ、ほんと綺麗な髪ですね! まるでお花みたいっ!」

「…………」

「お花って言うか、導火線みたいですね! 真っ白のすべすべお肌も羨ましいです!」

「私はあなたの能天気な頭が羨ましいわ……」

 はぁ、と溜息を吐いた行方は再び肩を竦めた。

 蒼白な行方の面は冬の夜空で際立ち、花孫はきらきらと輝く無垢な瞳で見つめる。


「ふふふっ、ははっ、あはははははっ」


 行方は鉄柵のない屋上の縁から足を宙に投げ出して座った。

そして、屈託のない笑顔を見せた。

虚弱と思わせる血色の悪い顔からは想像だにできないほどの笑顔で、花孫は釣られて行方の隣に座る。

「……どーしたんですか、突然」

「あはははっ、いいえ、ちょっと面白いものを見てしまっただけよ」

「……?」

 花孫は首を傾げて、行方が指す方へと視線を遣った。

ちょうど真下から左の位置に見える――花孫と行方にとって、毎日のように目にしているそこは、公園だった。

大きくも小さくもない、どこにでもある、どこにでもあるような普遍的なそれだった。


 そこに。

 そこに二人の男の影がある。


 二人の影――貴船 憂馬と真野 梶の姿がある。

 《連続殺人鬼(シリアルキラー)》と《放火狂人(パイロマニアック)》――二人が互いに対峙した姿。

「やっぱり……あの子が噂の――」

「噂の、ですか?」

 行方が神妙に頷いた様子を横目に、花孫は反復した。

「あら、知らないの?《連続殺人鬼》だって、噂よ」

「シリアル……キラー、ですか……」

「噂よ、噂。ついこの間に《無差別殺人鬼(スプリーキラー)》が出現したと思ったら、続いてこれよ。信憑性はないわ。仮にもし、その二つの情報が本物なら、これから大変そうね」

「…………」

 花孫は沈黙する。

初めて耳にする情報だったということもあったが、それ以上に、《連続殺人鬼(シリアルキラー)》と《無差別殺人鬼(スプリーキラー)》という名に恐怖を感じていた。

そして、またまたそれ以上に、その二つの名が及ぼすであろう影響を危惧してのことだった。

 先ほどまでの楽観的な態度と表情が強張ったのを察知したのか、行方は、

「まぁ、まだ右も左もわからない子よ。あの子も、この子もね――だからこそ、きちんと道を示してあげなくてはいけない。それが私たちなのか、あなたたちなのか、それともまた違う人なのかは知らないけれど、それは彼らが決めることだわ」

「道なんて、この世界には最初からありませんよ……」

「それもまた世の理ね。人の道に正解がないのと同じ、世界にも正解はない――しかし、それがたとえ正解だとしても、間違いだとしても、選択するときは必ず来るものよ。人生は道を歩くゲームではなく、選択するだけのゲームだわ。それに少なくとも、人はみな自分が選択した道がより正しいものだと認識している。だからこそ、だからこそ――これから大変よ」

 行方はさらに加えて続けた。

「目に見えてわかる――先天的な殺人能力を持った彼と彼女、二人の略奪戦が始まるってことよ。それくらい稀有な存在なのよ。言うなれば、ナチュラルボーンね」

「ナチュラル……」

「ふふふっ、もしかして、既に始まっていたりして」 


 人は先天的な才能や素質を持っている――その言葉は、他人に後ろめたさや引け目を感じる者が直視できない現実から逃れるための言い訳のように聞こえる。

前向きなベクトルを有する言葉のようだが、それはポジティブでも何でもなく、あまつさえ希望でもない。

その裏側に含意しているのは、身勝手な欲望と願望、我が儘な現実逃避に過ぎないのだろう――行方は微笑みながらそんな風に考えた。

連続殺人鬼(シリアルキラー)》と《無差別殺人鬼(スプリーキラー)》――二つの名が及ぼすであろう影響を、行方も懸念していたのだった。

「面白いものが見れそうね――連れて行きなさい」

「えっ、あそこにですかっ!?」

「そうよ、私は自分の目で《連続殺人鬼》の姿を見たいのよ」

「勝手な外出は許されていないんですけど……」

「なら、許可しなさいよ」

「ひ、ひどいっ! 自分勝手過ぎます! 傍若無人にもほどがあります! そんなことをしたら、わたしが怒られますよ! 給料減額ですっ!」

 花孫は大きく身振り手振りをして狼狽した。

それを横目で聞き流し、行方は長い前髪を遊ばせた。

「大丈夫よ、勝手な真似はしないつもりだから。そもそも、この枷があるからできないわよ」

「それもそうですけどぉ……うぅ……」

「お金なら用意するわ」

「えっ! いくら、いくら、いくらですか!」

 行方は前のめりに迫る花孫の目先で、指を二本立てた。

小枝のようにか細い、人差し指と中指である。


「…………乗ったぁぁぁぁぁぁ!!」


 風になびいて折れそうな指を両手で掴みあげた花孫に行方の痛みを感じることなど到底できなかった。 




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