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パラダイス・ロスト  作者: 三番茶屋
EPⅢ Paranoia Lost
36/44

 快楽殺人のピースメーカー

「やぁシリアルキラー、お会いできて光栄だよ。光栄過ぎて、高鳴った胸が抑えきれないなあ」


 翌日の夜――ジュリィが用意してくれた場には、細身の男の姿があった。

最近の若者の間で流行の髪型、お洒落に疎い者でもわかるほどにファッショナブルで、しかしそれ故に、どこか奇抜な印象を与えるその男は、薄ら笑みを浮かべながら憂馬を歓迎した。

しかし、その皮肉めいた笑みが鼻についた憂馬は、そっと怪訝な顔つきになってしまう。

 その男は見るからに軽薄で、あからさまに希薄だった。

 心無く尻軽で、向こう見ずな雰囲気を露骨に醸していた。

憂馬は彼がそれをわざと自らの意思で演出しているのだと察知したが、そもそも、まともな人間が現れることなんて有り得ないと予想していたので、彼の言動には目を瞑ることにした。


 場所は変わり、市営公園である。

 以前、《放火狂人(パイロマニアック)》真野 梶と戦闘を行ったそこと比べると遥かに大きく、無駄に広大な敷地面積を誇る公園。

繁華街から少し外れたところにあるせいか、中は閑散としていた。

真冬の夜にわざわざ用なく公園に訪れる人がこの世にどれほどいるのかはわからないが、少なくとも憂馬にとって、その空間は二人きりのように感じられた。


 彼の不適な微笑みに心もとない街灯が影をつける。


「ところで、僕も自己紹介しておこうか。『深刻数字(シリアスナンバー)』所属、《快楽殺人(サイコパス)》の薬師 友人だよ。よろしく頼むよ、シリアルキラー」


 顔面を針のように刺す冷たい風にあおられながら、彼はそう名乗った。

表情は緩んだままだったが、それがそこはかとなく彼の危うさを表現しているようだった。

「そうかよ、あんたもやっぱ『深刻数字(シリアスナンバー)』なんだな。ジュリィちゃんには後で礼をしないと」

「ふぅん?」

「せっかく尻尾を捕まえたんだ、色々聞かせてもらうとするか」

「おいおい、ちょっと待ってよシリアルちゃん。妙に危なっかしい発言してるみたいだけれど、君はあれかい、武力行使で相手を押さえつけるのがお好みなのかい?」

「あんただって、最初からそのつもりなんじゃないのか?」

 殺し合うかどうかは両者次第――ジュリィはそんなことを言っていたが、それは話の通じる相手だった場合だろう。

憂馬は最初から、『深刻数字(シリアスナンバー)』に属している《異常者》と意思疎通を図ることができるとは考えていなかった。

どころか、たとえどんな経緯と契機を辿ったところで、最終的に待ち受けているのはそれだろうと確信していたのだ。

 結局はそんな世界。

 醜く殺し合い、淘汰される世界。

 今更、”世界”に希望を抱いたりはしない――憂馬は自分の全身が既に”異常”に浸かっていることを自覚していた。

 だからこそ、話は簡単な方がいいと考えた。

 シンプルに、簡潔に完結する方が手っ取り早いと考えた。

 つまりは、『殺し合い』である。


「ふっ、ふふふ、あははははっ!」


 薬師は少しの静寂が訪れた後、快活に笑った。

突然の出来事に、憂馬は眉をしかめる。

「そうか、そうか、そういうことか。なんだ、僕は勘違いしていたようだ。てっきり、君が頭を下げて僕から情報を買うと思っていたんだけれど、事はそうじゃなくて、君が実力で、暴力をもってして、僕の口から吐き出そうとしているのか。そいつは困ったなあ、本当に困ったものだよ――ねぇ、シリアルちゃん……?」

「…………」

「こう見えて僕は戦うことがあまり好きじゃないんだ、いや、そうじゃなくて、僕は殺されるかもしれないという危険性を冒したくないんだよ。僕が行うのは常に一方的な殺人、快楽を得るためだけの殺人しかしないんだ。だからと言って、僕が君に命乞いをするつもりは毛ほどもないんだよねえ。なら、こういうときはどうすれば正しいのか、最善の手を打つにはどうするべきなのか――」

「あんた、何が言いたいんだ?」

「簡単なことさ、至極簡単、シンプル極まりないことだ。なぜなら、僕は君の妹に関する情報を持っているからさ」

「……?」

「わからないかい、なら、わかるように説明してあげよう」


 薬師は不適な笑みを維持しつつ、人差し指を自身のこめかみ付近に当て、


「ここだよシリアルちゃん、君の脳味噌の中には何が入っているんだろうねえ。確かに、君はこの”世界”に足を踏み入れてまだ日が浅い――いや、背中を押されて、として方が正しいかな。ま、どっちでもいいけれど、はっきり言うと、”ここ”は君が思っている以上に難解で複雑な世界なんだよ。日常と異常が混ざり合って、絡み合って、どころか一枚のカードの裏表の表裏一体で、むしろ三位一体と言ってもいい。勿論、この場合のもう一つは”神の世界”なんだけれど、そこを生き抜いていくには身体的能力だけじゃ難しいんだよ」

 流暢に、そして饒舌に語る薬師。

時折見せる、まるで子供に事を説明するかのような口調はきっと無意識にやっていることなのだろう。

「つまり、さ――シリアルちゃん、ちょっとは脳味噌を使えってことだよ」

 そして辛辣に。

 薬師は薄ら笑みを掻き消して、憂馬に剣呑な眼差しを向けた。

「君だって、妹を見つけるまでは死ねないんだろ? こんなところで容易く命を落とすような真似をして、それのどこが賢いのかなあ」

「別に、死ぬつもりなんてねぇけど」

「はははっ、そうだね、そりゃそうだ。けれど、現実はそうじゃない。純粋な確率論なんかじゃ語ることはできないけれど、そのリスクを負う可能性という『確率』は常に、誰しもに、平等に存在するさ」

 僕は理想論なんかに興味はないからね、と薬師は肩を竦めた。

「どいつもこいつも現実から目を背けて、自分の力を過信して、見誤った道を選んでるけれど、生憎、僕は常に最善の選択をしてきた――最善の選択をして、最善の結果を出してきた。自分が歩む道が正しいと信じて止まないのは、それが故なんだ」

「…………」

「ということは、ここで僕も君も選択をしなければいけないよねえ。決断して、英断するべきシチュエーションさ。それがたとえ断腸の思いだろうと、なりふり構わずだろうと、単なる直感だろうと、僕たち人間には神から強奪した楽園の果実がある――思考する能力と脳味噌がある。それを今使わずして、果たしてそれは『人間』と呼べるのかなあ?」 

 憂馬は回りくどい話をする薬師に目を遣りながら、大きく溜息を吐いた。

それを見た薬師もまた、やれやれ、といった感じで大袈裟に肩を再び竦める。

 他から見れば、薬師の調子のいい言葉に乗せられたようではあったが、憂馬自身、彼の言っていることが強ち間違いではないと思った。

正しくはなくとも間違っていないし、捻くれていたとしても的を射た正論であることは確かだった。

しかし、さもその思考が、自分の価値観が、万国共通で世間の一般であるかのような素振りを見せることについては賛同しかねる憂馬だった。

「……わかった、わかったよ、とりあえず話を続けようぜ。それで、俺があんたから憂香の情報を貰うとして、あんたは何を求めているんだよ」

「妹に関する情報の対価として、君には少しお願い事をきいてもらおうかと思ってねえ」

「何だよ……」

「なぁに、そんな心配そうな顔をしなくても大丈夫だよ。きっと君なら簡単にやってのけるはずだからさぁ。朝飯前って言葉の由来を僕は知らないけれど、君なら本当に朝食の片手間にこなせるかもしれないなあ、ふはは」

 単刀直入に、円滑な会話運びをわざと避けようとしている薬師の気配に、憂馬は気鬱になった。

そんなことを言っておいて、きっととんでもない条件を持ち出すに違いない、そう思えてならなかったのである。

「君にはとある人物を僕の前まで連れてきて欲しい。たったそれだけなんだ」

「とある……?」

「そう」

「俺の知らないやつだったら、結構難問だぜ?」

「それは大丈夫さ、その点については事前調査済みだし、現在、彼女がどこで何をしているのかも把握しているよ」

「ふぅん、で、誰だよ」

 薬師は短めに整えられた前髪を掻き上げながら、にやり、と微笑む。

 長い舌の先を覗かせて言った人物の名前は――



道無 伊和里(みちなしいより)



 薬師が発した言葉と先ほどまでとはうって違った雰囲気に、憂馬はつい生唾を飲み込んでしまう。



「僕は彼女と殺し合いがしたい。彼女の死体で快楽を得たい」



 緩やかに微笑む薬師に、憂馬は戦慄した。




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