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パラダイス・ロスト  作者: 三番茶屋
EPⅢ Paranoia Lost
34/44

 変色視界のイグニッションスタート

 憂馬が夏焼に案内されたのは、白く染められたコンクリートの壁で囲まれた空間だった。

正方形に囲まれ、そこに入退出をするための扉しか存在せず、まさしく戦闘をするためにだけに形成されたところだった。

 何もないとは言っても、どうやら観戦用の二階フロアがあるらしく、見上げればそこに多数のギャラリーがいる。

夏焼を含むギャラリーは鉄製の柵に体重を預けながら憂馬を見下ろしていた。

爽やかな笑顔を浮かべる者もいれば、無愛想な者、仏頂面で腕を組む者、様々だった。

憂馬はその様子に、やりにくいなぁ、と思ったが、しかし、戦闘が始まりさえすればそんな些細なことなど忘却の彼方だろう。

 夏焼が測る実力とは、確かに強さだけではないのかもしれない。

 逃げる強さも試されているのかもしれない――けれど、憂馬は逃げるつもりなど露ほど考えていなかった。

 むしろ、これから行われるのは試験などではなく、普通の殺し合いだろう。

 一般的で平凡な、《異常者》にとっては日常の一部にまで浸透したただの殺し合いだろう。

 確かに夏焼の言う強さにも一理あるのかもしれないが、憂馬はそれを納得できないでいた。

生きるだけならそれもありなのだろうけれど、妹の憂香を追っている身として、必然的に相手を上回る力量が必要になってくることを重々承知していたのだった。

 だからこそ、負けるつもりはない。

 だからこそ、勝つつもりだった。

 たとえ、相手を殺すことになろうとも。

 たとえ、相手が死ぬことになろうとも。


「よぉ、新入り……お前が俺の相手だってな、くくっ……ご愁傷様だ」


 一つしかない扉を開け、憂馬の背後から声をかけた男。

 憂馬は振り向く。

 振り向いて、彼が自分の一回り以上大柄な体型をしていることを知った。

まるで一度交戦したことのある真野 梶を彷彿とさせる体つきだった。

 そんな隆々とした筋骨が憂馬を圧迫する、いや、それ以上に圧倒されたのは彼が背負う大きな剣だった。

しかし、剣と一言で表現しても、それが正しいのかどうか憂馬にはわからなかった。

より正しく表現するのなら、それは金属の塊――返り血で錆びたであろう茶色の斑点が至る所に見られた。

元々そういうデザインなのかと疑うほどに錆びた剣だったが、所々に覗かせる銀色の刀身を見るに、やはりそういうことなのだろう。

 刀身は軽く憂馬の胸くらいまではある。

 そして、その横幅は軽く憂馬の体躯を超越する。

 憂馬はそれに気付いて、まさかそんな剣を思うがままに操れるのか、と疑問に思ったが、しかし、彼の発達した筋肉を見ると、それもいとも容易く適うのだろうと思った。

油断しているわけではないが、そんな様子に好奇心を煽られた憂馬は、彼がどのように大剣を扱うのか見てみたくなった。

「まぁ、お前がもし正式に『チーム』の一員となるなら歓迎するけどよ……どうせ今から死ぬんだし、自己紹介もいらねぇよなぁ」

 余裕の笑みを浮かべて憂馬と対峙する大男は挑発した。

「俺を殺すってことは、おっさん、あんたを殺してもいいってことか?」

 対して、憂馬はその挑発に乗る。

しかし、そこに焦りや逸りはなかった。

むしろいつも以上に、真野や双子と戦闘した時以上に落ち着いていた。

ただ闇雲に刃を振るうのではなく、冷静さを保ったままで力を行使することを憂馬は学習していた。

「おいおい、そいつぁ無理って話だ! まぁ、でも一応自己紹介はしておくかな……塚貝 剣章(つかがいけんしょう)ってんだ。歳は二十三……おっさんじゃねぇよ」

「ふぅん、どうでもいいな」

「は……?」

「今から死ぬやつの名前なんか興味ねぇって言ってんだよ、おっさん」

「…………」

「自己紹介するなら、そうだな――『今からお前を殺す者』とか、かはははっ!」

「クソガキ……」

 憂馬には考えがあった。

以前の戦闘で学んだこと――宵 朝子が積極的な攻撃はしてこなかったことを思い出していた。

言ってしまえば、思考を停止させて突っ込んでいた己が非常に滑稽だったわけだが、それでも、相手を挑発して以前の自分と同じような心境にすることで隙が生まれるかもしれないと考えていた。

 その考えが的中したのか、塚貝 剣章と名乗った大男はどうやら単細胞のようで、憂馬のチープな挑発に脳を焦がしていた。

戦闘が始まる合図を、今か今かと待ち侘びている。

 その様子を見た憂馬は、ふっ、と鼻で笑った。


「何がそんなにおもしれぇんだよ、ガキ」

「別に、何も」


 会話が途切れ、一瞬後。

 夏焼の合図が空間内で響き、空気を振動させた。


「何がおもしれぇんだよ、クソガキィィィィ!」


 塚貝の怒声が響く。

彼が踏み出した大きな一歩がまるで地震のように感じられた。

 しかし。

 憂馬は冷静だった。

 合図が鳴っても動くことはせず、ただじっと塚貝が迫ってくる姿を凝視していた。

「…………」

 凝視。

 眼差し。

 赤い、赤い、

 赤ワインのような――

 まるで血涙を流し、鮮血を注いだような――赤い眼。

 真っ赤な瞳。

 『変色眼』――


「おっそいなぁ」

 

 憂馬自身、どのようにして『変色眼』を操っているのかわかっていない。

それに、その瞳がどのような効果をもたらし、或いはどのような効力を及ぼすのかも理解していない。

加え、自分の眼が赤くなっているのかどうかという自覚さえない。

 しかし、二度に亘る戦闘の結果、学んだことが一つだけあった――この眼は動体視力をぐんと上げるということだった。

さすがにスローモーションとまではいかないものの、プロボクサーになったかのような気分だった。

いや、プロボクサーが見る視界など経験したことがない憂馬にとって、その表現は間違いでしかないが、少なくとも、戦闘については伊和里らに遠く及ばないのにもかかわらず、真野 梶の攻撃や宵 朝子の反撃を(かわ)すことができたのは、『変色眼』があったおかげなのかもしれなかった。

 そして。

 さらに言えば、憂馬は以前の彼ではない。

二度の修羅場と死線を乗り越えてきただけあって、経験値はある程度達していた。

今までは実力と経験、二つとも圧倒的に欠如していたけれど、生き抜いてきた甲斐あって、自覚はないものの格段にレベルは上がっていた。

 憂馬は迫り来る塚貝を見て思う。

 遅い。

 鈍い。

 隙だらけ。

 真野や朝子と比べれば一目瞭然だった。

 彼らと比べれば、瞬時に理解することができた。

 こいつは――塚貝 剣章は彼らより格下だと。


「クソガキがぁぁぁぁぁァ!」


 塚貝は大きな動作で剣を振り上げる。

 憂馬は次に振り下ろされるであろう刹那に、少しだけセンチメンタルになった。

今から死ぬ相手に同情したわけではなく、ただもう少しくらいどのようにして塚貝が大剣を上手く扱うのかを見たかっただけだった。

 しかし。

 待つ猶予などない。

 手加減ができるほど、実力があるわけでもない。

 子供をあやすように戦闘をする技術もない。

 だからこそ、

 だからこそ、本気で向かうしかなかった。

 本気で殺すことを決意し、覚悟し、腹を括って――


「駄目だ、おっさんじゃ全然駄目」


 一瞬の出来事だった。

 刹那の出来事だった。

 永遠のような刹那だった。

 塚貝の振り上げた大剣が振り下ろされることはなく、彼は胸の中心をアーミーナイフで抉られ、仰向けになって倒れたのだった。

まるで噴水のようにおびただしい量の出血で、必然的に憂馬は赤いシャワーを浴びることになる。

 視界が赤い。

 真っ赤に染まった視界。

 それが『変色眼』のせいなのか、塚貝の血のせいなのかはわからないが、憂馬はこの時、初めて人を殺したような気がしたのだった。

いや、気がしたのではなく、思えば自らの手で明確に人を殺したのは初めてのことだった。

両親は初めから殺されていたし、真野と双子は伊和里が殺した――しかし、初めてだったけれど、憂馬にとってそれは今まで何度も慣れ親しんできた行為のようにも思えた。

結果は初体験かもしれないが、殺意を相手に向けるということは幾度も経験してきたのだ、きっとそれのせいなのだろう。


「…………」


 憂馬を含む空間にいる全員が沈黙していた。

 絶句していた。

 まさかこんな一瞬で決着がつくとは思っていなかったのだ、しかし、手を叩く小さな音がどこからか聞こえて、それが次第に大きくなった。

歓声と拍手が喝采する――予想外の反応に、憂馬は思わず返り血で染まった顔面を上げた。

 見上げれば、誰もが微笑んでいる。

 誰もが歓迎している。

 大きな声で憂馬を褒めそやす者、ガッツポーズを掲げる者、ジュリィにいたっては勝利の舞とも言える奇妙なダンスを披露していた。

夏焼もまた、柔らかい笑みを憂馬に向けていた。

 その様子に憂馬は心地よくなる。

平凡な日常を送っていた頃は勉学の成績を褒められたりすることもあったが、親を殺されたあの日から、暫くこのような気持ちになることはなかった――この”世界”には、誰かを称えることなんて皆無だと偏見を持っていた。

しかし、裏を返せば、実力を問われる下克上とも言える”世界”だからこそ、そういうことがあるのだろう。

それこそ、平凡な日常を営んできた以前より、そうなのかもしれない。


「おめでとう、憂馬くん。君は晴れて『僕たち』の一員だ」


 夏焼の声が聞こえる。


「ようこそ、『血まみれの血統(ブラッディブラッド)』へ。そして、これからもよろしくお願いするよ」


 憂馬は勝利の熱と歓喜を隠さず、快活に笑った。

腹の底から思いっきり笑ったのはいつ振りだろう――そんなことをふと思った。




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