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パラダイス・ロスト  作者: 三番茶屋
EPⅢ Paranoia Lost
31/44

 進捗邂逅のボーダーアライアンス

 夕刻を過ぎ日付が変わる手前、憂馬は柳凪に礼を述べ、診療所を後にした。

まるで行く当てを失った野良犬か野良猫のように、どこに行くわけでもなく、目的地などなく、町外れの静まり返った国道に沿ってそぞろ歩きをしている時だった。

 目の前に影が現れる。

 黒い影だった。

 人のような形をしているもののそこに立体感や圧力はなく、憂馬は眼前をその黒色に塞がれるまでその存在に気付かなかった。

 気付けば――


「グッドイブニング、《連続殺人鬼(シリアルキラー)》」

「……は?」


 やけに流暢な発音で挨拶をする女性が目の前にいる。

腕を胸の前で組み、真上から見下ろす女――憂馬より遥かに上背で、まるで町屋と対峙しているような感覚を覚える。

 そして、お互い沈黙。

 しかし、憂馬は自身のことを《そう》呼称されたことに思い至り、はっと距離を取った。

いつでも戦闘を始められるように身構え、ホルスターに収納された二つのナイフの柄を握る。

「オー、ワタシそんなつもりないネ! 戦うつもりなんてないヨ! 降参降参、コウサーン!」

「…………」

 組んでいた腕を真上に挙げ、片言の言葉で古典的な白旗を揚げる彼女。

 金髪。

 碧眼。

 長身――暗がりの中でもわかるほどに、彼女は異国の人だった。

 憂馬はじっと目を凝らし、本当に戦う意思がないのかを確認する。

「ホラ、それ仕舞って仕舞って! ジュリィはそゆの好きくナーイ!」

「ジュ……は?」

 金髪の彼女は呆気に取られる憂馬の目の前まで寄り、挙げた両手を下ろした。

そして、快活な微笑みを見せる。


「ワタシ、あなたの敵じゃない!」

 

 近づいてさらにわかったことが、憂馬の身長は彼女の胸部あたりまでにしか至っておらず、加え女性特有の柔らかさと細さを感じさせる体躯に、生唾を飲み込んだ。

モデルのような体型だが、それすらも超越したスタイルを持っていた。

 ごくり。

 憂馬は再び生唾を飲み込む。

 盛り上がった胸部が視界に飛び込んできたせいだったかもしれないし、彼女が持つ異様な雰囲気に毒されたのかもしれなかった。

 憂馬は彼女に交戦する意思がないということを理解して、臨戦態勢を解いたけれど、いずれにせよ不信感は払拭されるはずがなく、注意深く彼女の一挙一動に目を遣る。


「にひっ」

 

 そんな憂馬の心境など知らず、金髪をなびかせた彼女は満面の笑みを向けた。

自分の意思を理解してくれたことが嬉しかったのだろうが、少なくとも憂馬にとって、その笑顔は不気味以外の他になかった。

 《連続殺人鬼(シリアルキラー)》――その蔑称を知っているということは、つまり彼女もまた同じ《異常者》である可能性が高い。

いや、その可能性しかない――それを瞬時に理解していた憂馬は、いくら敵意も屈託もない笑みを見せられたからと言って、彼女に対する不信感が拭われることなど皆無だったに違いない。

 それでも。

「アリガトー! わかってくれるなんて嬉しい!」

「…………」

 もはや、憂馬はすでに見ず知らずの者に声をかけられることに慣れていた。

だから、こうして金髪碧眼の彼女の登場にも狼狽することはなかった。

しかし、相手の意図を捉えることはできず、むしろ彼女が浮かべる天使のような微笑が妙に鼻についてしまう。

 きっと隠している裏側があるに違いない。

 きっと隠している側面があるに違いない。

 こんな笑顔に騙されてはいけない――疑心暗鬼と言えばそうなのだろう、憂馬にとって信頼できる《異常者》は伊和里以外に知らない。

 しかし――

「あー、もう! カワイイなぁ! えっへっへ!」

 名前も知らない彼女は、憂馬の予想を遥かに超えた行動に出る。

「憂馬クーン、憂馬クーン、えへへっ!」

 圧倒的な圧力と暴力的とも言える力をもって、彼女は憂馬を抱きしめた。

いや、抱きしめたというより、それはもはや羽交い絞めにしたと言った方が正しいだろう、憂馬は顔面を襲う柔らかくも力強い、それでいて心地いい弾力に息を絶えた。

仄かに香る爽やか匂いも相まって、憂馬は一瞬の抵抗を見せた後、彼女に身を委ねた。

 いや、正しく言えば。

 抵抗すら許さないほどの力強さで抱き締められていたので、抗おうにも抗えなかったとした方が表現的には正解だった。

 暫くの間、憂馬はまるで人形のように彼女の玩具にされたが、真っ白になった頭と熱を感じる顔面を認めて、

「ちょ、お、おい……お、おい!」

 力ずくで引き剥がそうにも剥がれない、粘着質のガムのように纏わりついていた彼女は胸元から発せられた篭った声にはっと我に返った。

そして、ゆっくりと憂馬を放し、にひっ、と再び整った歯並びを見せた。

「ゴ、ゴメーン……ついつい。やっと会えたと思うとどうしても、ネ?」

「…………」

「憂馬クン、怒ってる?」

「いや、怒ってねぇけど……むしろよかったけど……」

「へ……?」

 息苦しさと高湿度から解放された憂馬は、鼻を刺す冷たい空気を吸い込んで咳払いをする。


「で、えっと……あんた、誰?」


 まるで久しぶりの再会を喜ぶ男女のような図であったが、勿論、言うまでもなく憂馬は彼女のことを知らない。

見たこともなければ、縁もない――外国人の知り合いなんて、考えたところでいるはずがなかった。

「ジュリィ・ケイト・ロックハート――ジュリィって呼んでネ!」

「じゅりぃ……?」

 その名前を聞いて、憂馬は彼女が正真正銘の外国籍の人間であるということを確信する。

外見もそうだが、たどたどしい言葉遣いはやはりそのせいなのだろう。

「そうだヨ、ジュリィ、ジュリィなんだヨ! ワタシの名前はジュリィ、憂馬クンの名前は憂馬クーン、えへへっ」

「…………」

 この手のタイプは苦手だ、非常に会話し辛い――憂馬は表情には出さず、心の中でそんなことを思う。

「で、そのジュリィが俺に何の用なんだよ……俺のことを《そう》呼ぶってことは、あんたも”そっち側”の人間ってことだろ?」

 敵意はないとしても、ジュリィが”異常”を生きている内の一人であるということは判然としている。

そんな彼女が憂馬に用があって声をかけたということは――


「えっとネー、勧誘!」


 えへっ、とあざとく微笑むジュリィに対して、憂馬はその言葉に頭を抱えた。

勧誘と言えば、町屋が『深刻数字(シリアルナンバー)』に参画するよう要求してきたことを思い出させたのだった。

「また『チーム』の話かよ……」

 しかし、そうなれば憂香を見つける手がかりとなる可能性もあるので、憂馬は話を促すように、それで、と催促した。

 憂香の情報が得られるかもしれないのなら、話を聞くだけでもいいかもしれない――そう思った結果だった。


「チーム『血まみれの血統(ブラッディブラッド)』、《射幸心殺(トリガーハッピー)》ジュリィ・ケイト・ロックハートは憂馬クンの参加を希望しますヨ!」


 そんな風に、憂馬の思いなど知ったことではないと、ジュリィは身勝手な思いを投げ放った。

 それを聞いた憂馬は溜息しか出なかったが、しかし、野良犬となってしまった以上、頼る存在もなく、いい機会なのかもしれないと考えた。

 『チーム』というものが一体どんなものなのかも知らない。

 伊和里以外に信用できる《異常者》もいない。

 憂馬は自身の力量不足よりも、この”世界”についての知識が乏しいことを自覚していたし、それが故に弱さにも繋がっているのかもしれないと考えていた。

だからこそ、憂香の情報を得る以前に、”異常”を生き抜くためにも智慧(ちえ)が必要だった。

 ジュリィが何かを企み、何かを目論んでいる、或いは憂馬を利用しようとしている――考えれば考えるほど、その可能性は尽きないし、不安は払拭されない。

 けれど、

 けれど。

 賽の目を自ら振り、自らの意思と意図を持って飛び込む他に方法が見当たらなかった。

そこが地獄の谷なのか地獄の沼なのかはさて置き、それもまたいいだろうと憂馬は思う。


 これまでは《異常者》としての自分と向き合ってきた。

 それなら次は、今自分が生きている”世界”と向き合おう。

 自身が存在している”異常”と対峙しよう――

 


 だから、憂馬は少し考えて結果、

「じゃ、その話の続きを詳しく教えてくれよ」

 と、久しぶりに笑ったような気がした。

 不器用なりに見せた憂馬の笑顔に、ジュリィは負けじと見蕩れるほどの笑みを零して恥ずかしそうに赤面したのだった。


「えへっ、じゃ場所変えようネ!」


 その後、国道沿いに位置するパーキングエリアに停めていた真っ赤な車体のスポーツカーの助手席に乗り込み、暫く快走して到着したネオン街に憂馬は絶句する。

 深夜にもかかわらず、妖しく光る電光が辺り一面に散りばめられた街並み――その一角、周辺環境とはまるで不相応なリゾート施設がそこにあった。

豪華絢爛な門扉の横には噴水があり、綺麗に剪定(せんてい)された木々や花々が植えられている。


「…………」


 憂馬はその施設を見上げて息を呑む。

 『HOTEL LOVE&PEACE』――視線の先には紫色の電飾で掲げられた看板があった。


「何してるー、早く入ろッ?」



「……ちょ、えっ…………?」


 ジュリィは腕を掴み、足腰の固まった憂馬を引き摺った。



「え、え、は……はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああっ!?」



 憂馬とジュリィの姿は際立つネオンの光に包まれ消えていった。


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