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パラダイス・ロスト  作者: 三番茶屋
EpⅠ Paradise Lost
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 凄惨悲惨のオープニング

 例えば、路地裏に潜む影が人の形をした、人ならざるものだった場合、君はどうするだろうか。

 例えば、行き交う人混みの中に人の皮を被った化け物が紛れていた場合、君はどうするだろうか。

 例えば、すれ違う彼が人の子ではなく鬼の子だった場合、君はどうするだろうか。

 例えば、家族だった場合、

 例えば、友達だった場合、

 例えば、彼氏だった場合、

 例えば、彼女だった場合、

 先生だった場合、知り合いだった場合、来訪客だった場合、職員だった場合――君はどうするだろうか。


 人の形をした人ならざる者。

 人の真似をした化け物。

 人の面皮を厚く被った鬼。

 

 この世界はいつからそんな風に狂っていたのだろうか、いつから狂い始めたのだろうか、或いは、最初から狂っていたのだろうか――いや、本当に世界がおかしいのか、世界だけがおかしいのだろうか。

 この世界を動かしている者がいるとするならば、それは人を超越した神に等しき存在なのだろう。

けれど、そんな曖昧で希薄な存在などを心底信じることは到底不可能だ。

 ならば。 

 世界を不気味に稼動させる歯車があるとするならば、狂っているのは世界の方ではなく、歯車の方に違いない。

と言えば、なら一体、世界の根幹で蠢く歯車とは何なのだろうか。

 


 不気味な歯車――例えば、放課後の帰宅途中、目の前で人が殺された場合、君はどうするだろうか。

 助けを求めるだろうか。

 犯人を追いかけるだろうか。

 或いは、その場に脱力して立ち尽くしてしまうだろうか。

 もしくは、真っ白になってしまった思考の中、一歩も動けなくなってしまうだろうか。

 ならば――例えば、帰宅後にリビングのドアを開いてみたら、家族全員が凄惨な死を遂げていた場合、君はどうするだろうか。

 助けを求めるだろうか。

 不確かな犯人を追いかけるだろうか。

 或いは、混乱して狂乱してしまうだろうか。

 もしくは、放心状態に陥り身動きが取れなくなってしまうだろうか。

 ならば、題を変えよう――例えば、公園で恋人を待つ彼女が何者かによって殺害されていた場合、君はどうするだろうか。

 駆け寄ることができるだろうか。

 はらわたを引きずり出された無残な光景を前にしても近づくことができるだろうか。

 永遠の愛を誓った彼女を抱きしめることができるだろうか。

 返り血さえ厭わないと、確かにそう言い切れるだろうか。


 

 もしも、これらの問いに非現実感を抱き、「そんな出来事は有り得ない」と吐き捨てる希望的観測者がいるのならこの先に進むことをお勧めしない。

世の中の理と人間の理に無知で、純情無垢さが故に、或いは現実視ができないが故に理想を世界に描く者も、この先に進むことをお勧めしない。

この先は、現実を知らない者と異常を知らない者だけ進むことができる、異常者と狂者と乱者が住まう世界の欠片を、少しだけ語った物語だ。

 そこに変愛は存在しても、愛は存在しない。

 冷戦的平和が存在しても、太平は存在しない。

それらは、存在しないものの中にも存在しない。

 だからこそ、先に進むべき者は限られてくる。

誰もが先に進めるというわけではない。

 次のステージへ上る資格は異常者だけであり、純白すらも黒く染めてしまう闇色で病み色の住人だけだ。

どんな穿った目で観測したとしても、白ほど染まりやすい色はないのだから。


 道を誤ったのか、外れてしまったのか、

 そもそも、端から外れてしまっているのかはわからないけれど――


 少年は確かにその時、自分の中に潜む鬼を感じたのである。

 内側に伏せた化け物を、

 厚顔に隠れた悪魔を、

 それは体の先端から徐々に蝕むウイルスのようで、一度病んでしまったら最後、二度と治ることのない病的な不治の病のようでもある。



「……はっ、はっ、はっ……………………へへへっ」


 一人は首根っこを切断された男性。

 一人はありとあらゆる関節を不可動域まで捻じ曲げられた女性。

 少年の目の前で殺されていたのは――彼の実の両親であった。

 血を分け、愛息子に愛情を注いだ両親であった。



 少年の手には一本の包丁が握られている。


 少年の目からは止まない雨が降り続いている。

 

 しかし、

 少年の口角はほんの僅かに上がっていた。




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