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 2 ・二千十四年六月初頭(2)


 眠りはいつも通り浅く、長い間夢を見た。

 唐突ではあるけれど、僕にはちょっとした「問題」がある。

 ぼうっとしていたり、眠っていたり、夢うつつの起き抜けだったり、自意識が揺らぐような時間が人にはあると思うのだけれど、僕はそういう時間に、奇妙なものを見るのだ。

 幻想・妄想・想像、なんでもいいし、どれが正解かも分からない。けれど、とにかく、見るのだ。というか、時には聞こえもするし香りもする。ひどくリアルだ。

 ここではないどこか。今ではないいつか。現実の世界と少しだけ違うこともあれば、大きく違うこともある。

 大きな六本足の馬に乗って戦場をかける自分の姿や、軌道エレベーター事故に騒ぐ南の国の人々の姿。何もかも緑に覆われたかつての都市の廃墟を駆け回る子供たち。もろにサイバーパンクそのまんまな町並みとアンドロイド。

 それらは、夢のようだが、しかし嫌にはっきりと見える。起きていても、気を抜いたとき、例えば午後一の授業で眠たい自習時間を過ごしているときなどにも、見えたりする。

 大して害があるわけではない。はっきり覚醒しているときにも、見ようと思えば見れるが、逆に眠くも退屈でもない状況で勝手に見えることは少ない。だからあまり、気にもしていない。もしかしたら精神的に問題ありで、何らかの病名があるのかもしれないのだが、特別困っていない以上まあいいかと放っておいていた。

 なにせ、物心ついたときには既に見えたのだ。今更あわてることでもない。

 眠るとき、普通に夢を見ることもあれば、夢よりも鮮明なこの「幻想」を見ることもある。僕の脳みその中のフィクション。分裂した様々な世界たち。

 いつものことだ。いつもの。

 どこか、夢を見る自分の頭上か背後に控えるもう一人の自分、メタ的な立ち居地にいる意識が、冷めた呟きを漏らす。なれたこと。飽きるほど経験してきたこと。

(…………?)

 違和感を覚える。急激な変化だった。それまで調子よく食事を続けてきたのに、いきなり喉に魚の骨が引っかかってしまったみたいな。

 見えているものに、別段変化はなかった。様々な世界の様々な僕や他人。けれど、何かがおかしい。いくつもいくつもおかしな別世界を見ているのに、今更何がおかしいのだろう? 考えるが、すぐには出てこない。

 足りない。

 その一語だけが、鮮烈に脳裏に浮かぶ。

 何かが欠けている。足りない。その正体を掴む寸前に、僕は覚醒する。朝日が不定形な思考の手がかりを、漂白していく……。


   *


 恐ろしく悪い寝覚めを、僕はそれから何度も経験した。その間に六月に入り梅雨は本領を発揮し始め、演劇部は一応完成した台本にしたがってオーディションを行い、役を決め、裏方を決め、本格的な稽古に入っていった。僕と恵理紗は主要な役にはつかなかった。

 僕も恵理紗も演技は苦手ではなかった。むしろ得意と言っていいかもしれない。家庭事情の賜物というものだ。

 けれど、役者希望はそれなりの人数がいたし、なにより僕と恵理紗は台本の作者だったから、ある意味舞台で最も面倒な(名誉な、と言ったほうがいいかもしれないけど)仕事をすることとなった。演出と、その助手だ。

 演出というのは、そのままの役割だ。劇全体の演出を考え、チェックし、指示・指導する。単純に表現すればそれだけだが、劇ってものは当然役者の演技だけでは成り立たないわけで、演出の仕事は必然、多岐にわたる。

 照明・音響関連のチェックと調整、指示。舞台道具監督役との調整、指示。勿論役者一人ひとりへの教育。そして、台本の深い理解。

 プロの世界でも、脚本家と演出家は同じ人が行うことが多いらしい。台本の読み込みから理解というプロセスが高い信頼性で素早く行えるからだ。

 ということで、僕と恵理紗は共同で台本を作成し、皆が練習に入ってからは、台本の手直しを行いつつ、舞台全体の演出作業に努めていた。ちなみに、メインの演出は恵理紗だ。

「私よりも有理がやれば……」

 と遠慮しかけたが、僕や部長は断然恵理紗を推した。以前の学内公演で恵理紗の演出は非常にいい結果を残したからだ。

 これもまた、恵理紗の「直感性」の賜物ではないかと、僕は思っている。恵理紗は台本作成でも、演出でも、びっくりするくらい綺麗な完成形をイメージしていて、皆をそこへ導いた。

 彼女は、物語を作るとき、最良の結末を考えて、そこから演繹的に途中のお話を作る。

 彼女の稀有な直感性が、ある何がしかの物語を作成するに当たり、そのお話にとって『最も適した結末』を導き出すのだ。

 僕は、その力添えに過ぎない。途中の話を考えたり、ちょっとした矛盾を解消したり、端役を肉付けしたりする。恵理紗が「過程が分からない」という例の状態に陥ったとき、手助けするだけだ。

 とにもかくにも、練習は始まり、梅雨時の涼しさがいつ夏の蒸し暑さに置き換わるか分からない季節の中、僕と恵理紗はいつにも増して二人で話し込むことが多くなった。当然だ。舞台についてあれこれ相談しないとならないのだから。

 部活中は勿論、僕らは昼休みや朝礼前などにもちょくちょく話し合った。本格的な練習が始まったとはいえ、台本には手直ししたい場所が残っていたし、練習が進めば進むほどに、各役者の演技について相談することも増えていく。

 そのせいで、元々薄らとあった噂が、色を濃くしてしまう。なんというか、まあ、男女二人揃えばどこでもいつでも流れる噂というものは、ある。


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